百田尚樹(ひゃくた・なおき) 1956年大阪府生まれ。同志社大学中退。放送作家として「探偵!ナイトスクープ」など多数の人気番組を構成。2006年『永遠の0』で作家デビュー。同作は10年に文庫化され88万部を超えるベストセラーとなる。08年『ボックス!』で第30回吉川英治文学新人賞候補、2009年本屋大賞5位、10年には映画化された。11年『錨を上げよ』で第32回吉川英治新人賞候補、2011年本屋大賞4位。この度「新刊ニュース」09年12月号から11年5月号まで連載した連作短編小説『幸福な生活』(祥伝社)を上梓。
── 『新刊ニュース』の一年半の連載がまとまった『幸福な生活』は短編小説が全十八話。それぞれブラックユーモアやホラー、SF、ほら噺、家庭劇など多岐にわたり、百田さんが公言される「同じジャンルを繰り返さない」という本領発揮の作品集になりましたね。 百田 ありがとうございます。〈幸福な生活〉というテーマで括り、「さり気ない日常や普通の家族に隠された秘密」という限られた設定で、どれだけ小説の世界を広げられるかが今回の挑戦であり、楽しみでもありました。それから、頭の中にたくさんあった長編のアイデアを、贅沢に短編小説で書いてやろうと思いました。たとえて言えば、一匹のマグロからトロだけを選ぶような、肉でいうと霜降りの極上の部分を惜しげもなく切り取って食べて貰うような、贅沢な作品集になったと思います。 ── テーマは毎回どのように考えたのですか。 百田 締切前日に必死でアイデアを考え、その日に一気に書き上げて、翌日細かい直しをします。オチとなる秘密≠フネタを考える、物語の展開を似たものにならないように工夫する、一人称の語り部を変える、を自らに課して作っていきました。苦労したのは、一作読めば二作目以降は読者がオチを「こんなんちゃうか」と先読みするんで、それをはずさなあかんのです。登場人物は語り部の他にせいぜい一人か二人です。例えば旦那が嫁さんのことを語る、そうすると嫁さんの方に秘密があると読者は先読みする。その読みをいかに越えるかは気を使いました。また、ラストのオチもルール違反ではいけない。オチを読んでアッと思った後に、そういえばきっちりネタ振りしてたなと納得してもらわないといけない。 ── 読み終わった後で、もう一度伏線や仕込みを点検する楽しみがありますね。 百田 この作品は二度読めば「だからこうなのか」とそれぞれの人物の行動や言動の裏の背景がわかります。オチが判っているから余計楽しいと思います。でも中には敢えて最初からオチが予想できる物語も入れています。約束された悲劇に向かう不気味さを味わってもらう目的です。 ── 粒ぞろいの作品集ですが十八作の中であえて愛着のある作品はありますか。 百田 どれも好きです。最初に書いた「母の記憶」も好きですし、痴漢の冤罪に巻き込まれた家具職人の物語「痴漢」も好きな作品です。「ママの魅力」(連載時「女性の魅力」より改題)は、笑いで行こうと考えました。お笑いなら僕の本職でいくらでも書けます。長編小説は構想して展開を考えるのでじっくりした味わいを狙いますが、短編小説はコントを書くようなところがある。ネタ一発、テンポ、切れ味勝負です。 ── 余命を悟った妻が生前に夫へのメッセージビデオを残す「ビデオレター」は、オチもさることながら全体が妻の独り語りで作風も強烈です。 百田 最初に思いついた時は病室での夫婦の会話だったんです。しばらく書いていると何かオモロない。そこで今回は大胆に一方的な語りにしたれと変更しました。オチだけでなく作品の語りも色んなパターンをやってみたかったんです。だからミステリーもホラーもSFもコメディもあります。 ── 単行本にまとめるにあたり、連載とは作品の並びを替えていますね。 百田 食べる順番で料理の味が変わるように、組み合わせと流れによって個々の作品が活きる場合と死ぬ場合があるんです。読者にそれぞれの作品の一番の面白さが伝わるように並べ直しました。それから単行本化にあたり、語りの人称を再考したり、ページをめくると最後の一行でアッと言わせて終わるように工夫を加えました。 ── 書名でもある連載の最終話「幸福な生活」は本書にも最後に収められていますね。 百田 何話か書いているうちに最終話のプロットを着想したんですが、これは全十八話の象徴としてラストに使えるなと思ったんです。 ── 放送作家をしている経験が小説の仕事に活きている点は何でしょう。 百田 テレビは最初の三十秒でオモロなかったらチャンネルを替えられてしまう。冒頭で視聴者をつかまないと視聴率は取れない。一旦つかんだら今度は視聴者を逃さぬように退屈させてはいけない。こんな世界で二十年やっていたので性分として小説を書くことに反映されているのでしょう。「探偵!ナイトスクープ」は放送作家としての最後の仕事だと思いますが、VTRを作る場合、若いスタッフに「オチはあるのか」と問います。オチ、言い換えればクライマックスですね。それが見えなければVTRは撮るなと。僕が小説を書く場合、長編でも短編でもオチ、クライマックスが見えなかったら絶対書きません。それから番組の中でVTRは十二、三分は必要です。ところが五分で終わる素材もある。足らない七分を僕らはどう遊ぶか考えます。優れたミステリ小説も同じことをしていますね。犯人や真相に近づいた、と思ったら違う。迷路や行き止まりを作者が仕掛けている。結局遠回りだったんですが、それを面白く読ませる語りを工夫してますね。 ── 小説ではドラマがうねる前に仕込んでおくべき状況説明が必要ですね。 百田 次のシーンを面白くするために入れとかなあかん、説明せなあかん事をテレビの世界ではダンドリといいます。僕はこのダンドリが嫌いで最低のギリギリまで切ります。小説を書く場合でもダンドリ的なことを出来るだけ削って、どうしても入れなあかん時はなんとか面白く読めるよう工夫します。 ── だからでしょうか、『永遠の0』では取材を進める「ぼく(佐伯健太郎)」を通して海軍の世界やゼロ戦のメカニズムを、『BOX!』ではボクシングに馴染みのなかった耀子や木樽が水先案内人になり「高校ボクシング」の世界を読者が知ることになりますね。 百田 読者の馴染みが薄い世界を書く場合、その世界や世界観について作者と読者が共通認識を持ってくれないと、面白さが伝わらないんです。しかし機械的に説明をすると、これはダンドリになる。いかに特殊な世界を面白く、知らん内に読者に判らせていくか。これはいつも工夫しています。 ── 『幸福な生活』一年半の連載期間は昨年上梓された大作『錨を上げよ』の執筆と重なっていますね。 百田 『錨を上げよ』は特殊な成立事情がありました。二十五年前に書いた原型の小説を読み返して書き直し、校正の作業をしていたのが去年の九月から十一月でした。そのスケジュールがものすごくきつかったんです。朝から晩まで作業しても時間が足らなかった。その時期は『幸福な生活』の連載を一時中断して欲しいと思いました。でも苦しんで書いた作品が意外にも評判がいいんです(笑)。 ── 『錨を上げよ』では粗暴で愛嬌のある主人公・作田又三の行動が笑えます。同時に地の文では『マクベス』『失われた時を求めて』が出てくるなど、両極端な世界が同居していてこんな小説は初めて読みました。どんな点を書き直されたのでしょうか。 百田 文章を磨きました。いらん接続語を除いたり、まどろっこしい部分を直したりです。大きな構成は全くいじってないです。付け加えたエピソードもないし削除したエピソードもありません。完全なフィクションですが、僕自身が色濃く出ています(笑)。 ── 『永遠の0』で永井海軍整備曹長が宮部久蔵との係わりで《男にとって「家族」とは、全身で背負うもの》と後年実感する場面があります。登場人物の成り立ちを考える場合に家族というものが起点になっているのではないですか。 百田 家族は非常に大切なものだと考えています。群れを成さない野生動物だって、雄と雌がどこかで出会い、一瞬だけでも家族≠ニなって子孫を残すわけだし。人間独りでは生きていけません。会社だったり何らかの社会に属して生きていかなければなりません。属する一番小さな単位が家族だと思います。 ── 今後の予定はいかがでしょうか。 百田 これまで書いたことのなかった恋愛小説を書いています。また自分に新しいことが出来るかなと思います。楽しみにしてください。 (五月二十日、東京・千代田区神田神保町の祥伝社・新社屋にて収録)