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藤野千夜(ふじの・ちや)
1962年福岡県生まれ。千葉大学教育学部卒業。漫画雑誌の編集者を経て、1995年「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞し作家デビュー。『おしゃべり怪談』で野間文芸新人賞、『夏の約束』で芥川賞受賞。『恋の休日』、『ルート225』、『彼女の部屋』、『ベジタブルハイツ物語』、『主婦と恋愛』、『少女怪談』等の作品がある。
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『親子三代、犬一匹』
藤野千夜著
朝日新聞出版

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『少女怪談』
藤野千夜著
文藝春秋
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『主婦と恋愛』
藤野千夜著
小学館(小学館文庫)
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『ベジタブルハイツ物語』
藤野千夜著
光文社(光文社文庫)
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『ルート225』
藤野千夜著
新潮社(新潮文庫)
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『夏の約束』
藤野千夜著
講談社(講談社文庫)
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『おしゃべり怪談』
藤野千夜著
講談社(講談社文庫)
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── 新刊『親子三代、犬一匹』は、東京は文京区の一軒家に暮らす小学六年生の柴崎章太と姉の夕樹、母の也子、祖母の美代、そしてマルチーズのトビ丸の家族の長編小説です。みんなで梅まつりに出かけたり、お墓参りをしたり、トビ丸のファッションショーがあったり……等々ささやかなかけがえのない日々を丹念に描いた物語です。藤野さんにとっては、はじめての新聞連載小説ですね。
藤野 これまでに隔月連載は経験がありましたが、月刊の連載もしたことが無かったので度胸のあることをお引き受けしたなと思います。半月分くらい書き溜めてからスタートしました。新聞連載では一回が原稿用紙二枚半。その中で今日楽しく読めて明日も楽しく読めれば全体として楽しく読めるのではないかという狙いがちょっとありました。
── 朝日新聞連載だけに、藤野版『サザエさん』のようです。
藤野 『サザエさん』のように愛されれば嬉しいです。家族全員が主人公ですが『サザエさん』のカツオのようにこの小説では章太がメインで登場します。
── 三世代の家族の物語にした理由は何ですか。
藤野 家族ものを考えたときに、核家族よりは三世代の家族で賑やかにした方が出来事に広がりが出て楽しいかな、と。
── 作品の舞台として谷中・根津・千駄木のエリアを選ばれていますね。
藤野 長丁場の連載になるので、今回は取材をしました。自分にとって馴染みの無い場所の方が朝の連続ドラマ風でいいかなと思いました。といって実は朝ドラもじっくり見たことは無いんですが。いろいろ見て回っているときに、迷い込んだのが小説で書いた地域です。森鴎外の記念館があったり、団子坂界隈など面白そうなところだったんです。小説の中で章太たちが入ったお店から「これはウチの店ではないでしょうか?」、「商工会で新聞の切抜きを飾っています」などのお手紙をいただきました。
── 物語は章太が中学受験に合格した二月から、進学してその年の大晦日までを扱っています。章太をこの年頃に設定した理由は何でしょうか。
藤野 思春期に向かう中で、章太は親といて居心地がいい時期から、友達との関係を大切にする時期に移行します。地元の小学校から、私立中学校に電車通学する設定にしたのも変化の年頃だということからです。
── 章太が中学に入学して、通学の途中にコンビニで上級生に混じりはじめてお昼ご飯を買う場面では、レジから外を見て《景色が白く光っている。》と感じます。こういう何気ない日常の描写が印象的でした。
藤野 そこを読んでいただけると嬉しいです。章太にとってはそんな程度のことが嬉しいのかなと思うんですが──やっぱり彼にとって嬉しいんでしょうね。
── 母親の也子は《児童向けのお話を書く仕事》をしています。也子の書く小説について義母の美代が《いいわよう、それで。嫌なことや怖いことなんて、どうせ朝晩の新聞にたくさん載っているんだから》と理解を示しますが、これはそのまま藤野さんご自身の創作態度ではありませんか。
藤野 今回は特に、美代のセリフのようなことを思って書きました。言葉にすると読み方を限定してしまうので普段は嫌で出さないんですけど、なんとなくそれくらいは皆さんにお伝えした方がいいのかなと思い書きました。
── 章太や夕樹の父親は七年前に亡くなっています。《今も急に帰って来るような気が夕樹はどこかでしている。》とあります。藤野さんには死んだ父が帰宅する「父の帰宅」(『彼女の部屋』収録)という短編小説があり、『恋の休日』という本には「父に」というエピグラフがあります。
藤野 それらの作品を書いた頃に父親が他界したからですが、この作品については、そういったこだわりはありません。家族を作るときに父親がいないゆるい家族がいいと考えました。「帰ってくるような気がする」という感情は、父親に限らず亡くなった人のことを考えると「このあいだまで居たのにここにいないのは馴染まない」と不思議に思ったりすることがありますよね。
── その父の弟である山梨に住む「明彦」は不思議な人物ですね。いつの間にか実家に居着いてしまいますし、生活感が希薄な点では『主婦と恋愛』の「サカマキ」に通じる人物のようです。
藤野 ホームドラマとして考えると、そんな形の人の出入りがあると楽しいかなと思いました。明彦の役に立たない感じがなんとも頼りない。役に立たないなら立たないなりに別の意味で役に立ったりするのでしょうけれど、ずっと頼りないままなんですね。
── (笑)。トビ丸についてお尋ねします。これほどペットを家族の一員として堂々と書き込んだ長編小説は無いように思えます。
藤野 この本の装幀をしてくださった稲葉さゆりさんは二十年来の友人で、彼女のところにいたマルチーズがモデルになっています。その子のことは、友だちみんなで子供のように可愛がっていました。それと同じように、トビ丸が楽しくしている話を書きたいと思っていたのでそこに集中しました。
── 連載中の挿絵を担当していたのが漫画家の風忍さんです。風忍といえば、少年漫画出身とはいえ、その画風は指向性が強い、寡作の漫画家です。
藤野 こちらも稲葉さんに紹介していただいて実現しました。マルチーズを可愛く描いてもらいたかったんです。会ってお話をすると中原淳一さんの絵が好きだったり、少女小説の挿絵は見るのも好きだし、描いてみたいとおっしゃってくださったので安心してお願いしました。風さんに毎日絵を描いて貰うのが楽しみでした。
── 装幀も斬新ですね。これは洋菓子の包みをイメージしたように思えます。
藤野 モンドセレクション金賞のバターココナツのようで可愛いですよね(笑)。デザインの稲葉さんがこちらの希望をうまく聞きだしてくれました。いつも作品を読んでくれているので。
── この作品は、470頁に及ぶ長編小説なのに大きな欠落を埋め合わせる物語でもなく、問題が起きてそれを解決する物語でもありません。章太と同級生の絵里寿との恋のように成就もしないし終わってもいません。家族全員がただただ暮らしています。書ききったことで達成感があったのではないでしょうか。
藤野 意識的に書いているよりは、そのようにしか思い浮かばないんですね。私の中では充分に出来事が起きているつもりなんですよ(笑)。きちんと終われた、というのは変なんですけれど、全然終わらなくて放り出すわけでもなく、それなりにまとまりがつけられたときはホッとしました。
── 文章の視点についてお尋ねします。章太の三人称一視点で語られていたものが章太の一人称に変わったり、母の也子や姉の夕樹の一人称にも自在に移って書かれたりします。視点のゆらぎは密かな文学の冒険だと思います。
藤野 これは本来は読み飛ばして頂ければいいんです。一人の人物に添って読んでいて視点がずれるのは書いていて面白かったりするんです。私の小説は何も起きないと言われるので、せめて文章を読む上でくすぐるような楽しみを入れているような気がします。
── 藤野作品の特長に短いセンテンスを改行で重ねていく表現がありますね。例えば、章太が絵里寿からの告白を妄想する場面では《ソッコー畳みかけて、彼女の心を鷲掴みにするつもりだった。/素早く。/無駄なく。/一瞬の遅れもなく。/通称SMI計画。》と書かれています。音楽的でもあり視覚的な文章表現です。何より笑いを誘います。
藤野 コバルト文庫的少女小説手法ではないでしょうか。今回二枚半でお話を収めていくうちで、どうしても改行が少なくぎゅうぎゅうに詰まってしまう部分がありました。本にするときに多少改行して戻しています。笑いに関しては、深刻な話は嫌いだというのもありますし、小説を書いているとテンションが神経質になってしまいがちなので笑いでゆるめている部分があるのかなと思います。普段の生活でも、わりと真面目になってくるとちょっとふざける傾向はあります。息を引き取る寸前の父親に冗談を言って、周りは泣き笑いになってしまったり。
── 藤野さんはいつごろから小説家を目指していたのですか。
藤野 具体的に言うと会社を辞めてからですね。中学、高校、大学は漫画研究会に在籍していました。漫画は学生時代に遊びで描いていましたが、当時も何も起きてないと言われていました。
── どういった本を読まれてきたのですか。
藤野 それが本当に苦手な質問なんです。何かを話すと言い忘れたことが気になってしまいます。ジャンルを問わず、いろいろ読んでいました、漫画や純文学とかも。ただ、大島弓子さんの漫画が大好きだったので、作品にその影響はあるかもしれません。
── 今後のご予定は。
藤野 文芸誌で隔月で連載している小説が二つあります。一つは恋愛もので『ネバーランド』です。もう一つは「願い」という短編連作です。どちらもそろそろ完結へと向かう予定です。それから書き下ろしの作品が控えています。
── 改めて『親子三代、犬一匹』の読者にメッセージはありますか。
藤野 小説ではドラマチックな出来事が起こると思っている方には何も無くてビックリされるかもしれません。ちょっとしたことで楽しかったり、くよくよしたりする小さいことの積み重ねの話を楽しんで貰える小説を書きたかったんです。柴崎家みんなの楽しい話です。読んで温かい気持ちになってくれたら嬉しいです。
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