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今森光彦(いまもり・みつひこ)
1954年滋賀県大津市生まれ。世界各国で数十回にわたる取材を重ね、昆虫をとおして見る世界の自然環境をあますところなく撮影。独自の映像美とすぐれた記録性をもつその写真は世界各国で紹介され高い評価を得ている。また、国内では琵琶湖を望むアトリエを拠点に、自然と人との関わりを「里山」という空間概念で追う。日本写真協会年度賞、小学館児童出版文化賞ほか、数多くの賞を受賞。
〈主な著作〉『今森光彦 昆虫記』『今森光彦 世界昆虫記』(福音館書店)、『里山物語』『里山の道』(新潮社)、『湖辺』『藍い宇宙』(世界文化社)、『おじいちゃんは水のにおいがした』(偕成社)ほか多数。
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『里山いきもの図鑑』
童心社
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『昆虫4億年の旅』
新潮社
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『みずたまレンズ』
福音館書店
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『むしのあいうえお』
童心社
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――『里山いきもの図鑑』は、里山にいる生き物たちを、昆虫、両生類、鳥類、草花、樹木、キノコ、そして木の実まで、今森さんの写真と解説でたくさん紹介した子ども向けガイドブックです。この本について、まず教えてください。
今森 図鑑というと、生き物の写真や絵に、名前、体長、分布などの情報を付けたものばかりですが、この図鑑は、その生き物が見られる季節(春夏秋冬)と環境(田んぼ、雑木林、奥山など)で分類しているのが特徴です。知識として生き物に詳しい子はいるんですが、その生き物と環境との関連性が分からない子が多い。僕らの小さな頃は、まず野に入り、草の匂いや、土手の色などの体感情報がいっぱいある中で生き物を見つけて、生き物と関連する土地のことを体感的に把握していました。土手で出会うのか雑木林で出会うのかはとても大切で、体感情報をできるだけ知ってもらいたくて、季節や環境までイメージできるようにつくりました。お祭りや行事など、里山の文化についても、コラムのかたちでいろいろと挟み込んでいます。里山の生き物はそこに住む人間とともに生きていて、農家の暮らしがどういうものかは、今の子どもたちが一番知らない情報だと思います。
―― 子どもが体感的に生き物のことを知るのは大事なことですね。
今森 生命(いのち)を知るのは、基本的なことです。生き物の「種」を認識する力は人間の基本で、その力は、人間が人間を見る目にもつながる。蛇が大嫌いとか、怖がるのは構わない。「嫌い」「怖い」というのは、その相手を「好き」になる可能性があるからです。怖いともなんとも感じず、ほかの生き物と自分とのつながりを感じられないのが実は一番怖い。最近は、大人も子ども もその傾向がままあって、人間だけが生きているわけじゃないという当たり前のことを言わないといけなくなっていると思います。
―― 紹介する生き物は、どのように選びましたか。
今森 読者が初めて里山に入って、出会いやすいものを優先しました。僕は双眼鏡もルーペも持たず、素の状態で里山に入るから、紹介した生き物も肉眼で出会えるものばかりです。三十年、フィールドワークをしてきた琵琶湖周辺は本州の真ん中にあり、九州から東北までの共通種が数多くいますから、どの地域の人にもバランスよく使ってもらえると思います。初めて野に出かけたときの出会いをサポートしたくて、・田んぼから水がなくなると見られなくなる・といった具体的な解説にしました。そこから先の専門的なことは他でも調べられますから。対象年齢は「小学校中学年〜」になっていますが、幼稚園の子でも年配の人でも使えて、索引も付いて調べやすいと思います。もちろんなかなか見られない生き物も、載せる意味があるものは載せました。ぎりぎりまで取捨選択して、図鑑ですから作業が多くて、最近になく苦労した本です。
―― この数十年で、見られなくなった生き物は多いと思います。
今森 人と自然がともに暮らす、里山という環境に行くこと自体が難しくなってきましたね。小さい頃と同じ状況はひとつもないと言っていい。この図鑑にメダカを載せるかずいぶん迷いましたが、〈童謡「めだかの学校」に登場する、親しみのある小さな魚。田んぼや小川に、ごくふつうに見られたが、いまでは開発や整備によって、ほとんど見られない〉と書いて、やはり載せることにしました。日本中のどこでも見られた魚が、今は絶滅危惧種です。これはすごく異常なことなのに、学校では教えていないし、今の人たちは異常なことが分からないのか平気じゃないですか。当たり前にいた生き物が消えつつあるのは、土地そのものが変わっているということです。多様な生き物と一緒に住める環境を新しく作り直していくとき、小さい頃から野に入って生き物を見ていないと、なぜ姿を消すのかがイメージできないでしょうね。
―― この図鑑のほか、最近は写真集、切り絵の本、ジュニア向けの里山の本も出版して、自然と人の関わりをさまざまな方法で表現していますね。
今森 いろいろやっていますが、僕の中ではつながっていて、「地元学」を土台にして、地球上の生き物の素晴らしさに目を配り続けようと思っています。もともと、昆虫も魚も植物も、生き物全般が好きだったから、自然の中にできるだけいられる職業に就きたいと思っていました。滋賀県大津市の郊外にアトリエを持ち、日々、琵琶湖周辺をフィールドワークしていますが、どこかに足元を定めて定点観測していかないと、里山も地球全体も理解できないんです。地元学は、自分の土地のことを深く知り、掘り下げて、宝物を掘り出していくやり方で、その土地や人同士のふれあいを知っていると、いろいろなことが深く分かってきます。個ではなく、関わりを学ぶ。子どもが、生命(いのち)と土地全体を関連づけて考えられるようにしないと。今、必要とされている教育とはそういうことだと思うんです。
―― 生き物や環境を伝えるのに、写真表現は有効ですね。
今森 写真は嘘をつけない。真実が写るから、説得力がありますよね。でも、写真だけでは足りなくて、手を替え、品を替え、暗中模索でやっています。写真の可能性を追求する芸術性も大事です。撮影者が思っていた以上の言葉が一枚の写真から生まれて、人に伝わり、感動を与えればそれは芸術だと思うし、光やフレーミングなどの技術を駆使して、写真に命を吹き込む作業はすごく楽しい。伝える手段ではあるけれど、自分の楽しさを追求する面白さもあります。
―― この夏は、東京都写真美術館で「昆虫 4億年の旅」、エプソンイメージングギャラリー・エプサイトで「神さまの森、伊勢 日本の聖域・神宮の森」、大丸ミュージアム・東京で「里山」と、都内で三つの写真展が開催されています。あらゆるものの貴重な瞬間をとらえる目は、どうやってキープしていらっしゃいますか。
今森 何か面白い状況を見つけたら、写真家の目になり、切り取ります。ただ、そのアングルに行き着くまでのアプローチがいつも難しい。キーワードになる人や状況に出会えれば、はじけるように表現することが結末まで見えてきますが、出会うまでが長いです。例えば十数年前、琵琶湖のほとりに住む、当時七十代半ばの漁師に出会ったとき、その人の体から懐かしい水の匂いを感じて、すごく感動して、将棋で言ったら「勝負あった」という感じでした。でも、その出会いのあった土地もずっと関心を持ち続けている人でなければ素通りしてしまうような、なんでもない土地です。時間をかけて掘り下げて、アングルを定めたときには、もう答えは出ています。
―― 水の匂いを感じる、感覚がまず重要なんですね。
今森 気配なんですよ。子どもの頃に遊んでいたときの琵琶湖の水辺の匂いというのは、ちょっと腐りかけた菜っ葉とか、護岸に打ち上げられた藻とか、どこか清涼感がある匂いです。地元を定点観測して土地や環境の移り変わりを知っていれば、その土地にどんな生き物がいるかすぐに分かります。なるべく春夏秋 冬出かけて体感するといいですね。四季折々の生き物に出会ったり、農家のおばあちゃんと親しくなったり、何かを感じたら、それが里山を理解した瞬間なんですよ。
―― 子どもたちを集めて、「里山塾」も開いていらっしゃいます。
今森 山の中にじっとひとりでいるより、人と話をしている方が好きで、意外に人間に目が向いています。実は、蛇も蜘蛛も手で持てない(笑)。持てないのに写真が撮れるの? と子どもに言われますが、むしろ、そういう感覚があるからこそ写真が撮れるのだと思います。客観性が出てくるんです。昔、田んぼの写真を撮っていたら、農家の人に「そんなに暇なら手伝ってくれ」と言われて(笑)、農家の人には暇そうに見えるんだなと思いながら、意地を張って撮り続けていました。
―― 自然に対する考え方、仕事の方法で、何か変化はありますか。
今森 やり方はずっと一緒で、淡々とフィールドワークをしています。ただ、写真はいつでも同じものが撮れるわけではなく、一期一会の緊張感に満ちています。例えば時代とともに栽培される稲の品種が変われば収穫期も変わり、田んぼが黄色くなった頃に土手に咲いている花は違ったものになります。二度と同じ風景に会えないことが多いんです。同じ場所を撮っても、少しずつタイミングがずれて写真が変わっていきますから、その時々が時代の記憶でもある。人も生き物も、絶妙なタイミングを逃さないようにしないと。
―― これからの仕事について教えてください。
今森 北海道から沖縄まで、全国を回って、自然と人の共生空間を撮り続けています。仕事が仕上がるのは、三年〜十年後。どの仕事も、割と時間をかけていますね。いくつかのテーマが、芽が出ていない状況で重なり合い、影響しあって、また新しいテーマが生まれてくるところがあります。アトリエがある琵琶湖周辺は淡水系の環境に恵まれており、改めて注目しています。琵琶湖に流れ込んでいる川、源流、用水路の水、すべてが琵琶湖は切り離せないから、僕は琵琶湖水系と呼んでいます。琵琶湖だけで論ずる従来からの区切り方は良くありません。やはり水系全体の関わりの中で考えていかないと。環境も生き物もすべてはつながっていますから。
編集部注:今森氏の鼻のバンソウコウは、フィールドワーク中にスズメ蜂に刺されてしまったそうです。
(7月22日、東京 恵比寿・東京都写真美術館にて収録) |
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