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【シリーズ対談】松田哲夫の著者の魅力にズームアップ!
変化し続ける「万城目ワールド」
「新刊ニュース 2010年3月号」より抜粋
編集者・松田哲夫さんとの対談を通して著者の魅力をご紹介するシリーズ。第一回は万城目学さんのご登場です。万城目さんの“新境地の作品”である『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』のお話を中心に、万城目ワールドの魅力をたっぷり語っていただきました。
作家 万城目学
1976年生まれ。大阪府出身。京都大学法学部卒業。2006年に第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』(産業編集センター)でデビュー。同作は「本の雑誌」エンターテインメント第1位、本屋大賞第6位。09年に映画化、舞台化もされた。第二作『鹿男あをによし』(幻冬舎)で第137回直木賞候補、同作は08年にテレビドラマ化され話題となる。09年『プリンセス・トヨトミ』(文藝春秋)で第141回直木賞候補。10年、大阪文化を担う人材に贈られる咲くやこの花賞(大阪市主催)を受賞。10年1月、ちくまプリマー新書にて『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』(筑摩書房)を上梓。
編集者 松田哲夫
11947年東京都生まれ。東京都立大学人文学部中退。筑摩書房顧問。1970年筑摩書房入社後、編集者として活躍。赤瀬川原平『老人力』、岸本佐知子『ねにもつタイプ』などのベストセラーを手がける。TBS系テレビ「王様のブランチ」本コーナーのコメンテーターを13年務めたことでも有名。主な著書に『「王様のブランチ」のブックガイド200』(小学館101新書)、『「本」に恋して』(新潮社)などがある。「新刊ニュース」2009年1月号より「哲っちゃんの今月の太鼓本!」を連載中。05年、中高生以上の読者対象の新書シリーズ「ちくまプリマー新書」を編集長として創刊。この度の万城目学氏の新刊『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』の編集を手がける。
万城目学さんの作品
万城目学著
『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』
筑摩書房
(ちくまプリマー新書)
万城目学著
『プリンセス・トヨトミ』
文藝春秋
万城目学著
『ホルモー六景』
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
万城目学著
『ザ・万歩計』
産業編集センター
万城目学著
『鹿男あをによし』
幻冬舎
万城目学著
『鴨川ホルモー』

角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
(角川文庫)
 

面白すぎた『鴨川ホルモー』

松田
 万城目さんが『鴨川ホルモー』でボイルドエッグズ新人賞を受賞され、作家になってほぼ4年が経ちました。デビュー作を含めて、今回の新刊『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』で小説は5冊目となります。今の感慨はいかがですか? 

万城目 4年はあっという間でした。全部で5冊と聞くと「もうちょっと書けばよかったな」とも思いますが。

松田 それぞれの作品が賞の候補になったり、映像化されたり、エッセイ集も含めて版を重ねたりして、新人作家としては非常に実りの多い4年間だったのではないでしょうか。新人賞を受賞されたとき、嬉しかったのは受賞の連絡を受けた後15分間だけだったと聞きましたが。

万城目 
嬉しかったのと同時に怖かったんです。自分としては『鴨川ホルモー』という1作が出色の出来やったんですね。一発屋になりたくなかったら「ホルモー」を最低ラインにしなくてはならないと思って「ちょっとこれ面白すぎたんちがう?」と(笑)。これを超えるものは書けないのではないかという不安がありました。

松田 4年間経って少しはその不安が解消されたということは?


万城目 そんなことないです。どんどん前に築いた壁が高くなって。自分で築いている壁なのですが。 
 

松田 何といっても『鴨川ホルモー』という素っ頓狂なタイトルをつけたというのは、すごく勇気がありますよね。新人賞で「何これ?」とはねられてしまう可能性もあるのに。

万城目 無職の状態で書いていて、尻に火がついていたんです。そういうときって、自分の状況に腹が立っている感じがある。その衝動をぶつけて、敢えてみんながやらないことをやってやろうという、破れかぶれと思い切りの間ぐらいの気持ちですね。例えば『山の音』(川端康成著)のような落ち着いたタイトルは、絶対つけられなかったと思います。

松田 川端康成さんの『古都』も舞台は同じ京都なのに、タイトルで雰囲気が全然違う(笑)。万城目さんの思いが噴出したのが『鴨川ホルモー』ということですが、そういう溜めてきたものをボ〜ンと出して終りというのは、一発屋のよくあるパターンじゃないですか。

万城目 そうですよね(笑)。

松田 そういう意味では『鹿男あをによし』は「ホルモー」から短い時間しか経っていない間に、よくあそこまで書き上げましたね。「ホルモー」的な要素を持ちつつも、全く別の展開をしていく。

万城目 「鹿男」は「ホルモー」のイメージを保って「万城目学はこういうことを書く人だ」と印象づけたいと思いました。地固めみたいな感じです。

松田 「鹿男」に出てくる地震や橿原神宮というモチーフは、デビュー前から考えていたんですか?


万城目 あれは新人賞受賞の知らせから15分経って、それから全部考えました。デビュー前に考えたアイデアは使えないと思いまして。

松田 それまでは歴史物を書いていたそうですね。

万城目 奈良時代や戦国時代のシリアスな話を書いて賞に応募していましたが、選考に落ち続けて、そのような作風が自分に向いていないとわかってきた。そこで『鴨川ホルモー』の直前に、シリアスさを無くして笑いの要素を入れた作品を書いたんです。そうしたら意外と
手ごたえがあった。書き終わったのを自分で読んでも、それまででダントツに面白いのがわかりました。その作品から学んだことを取り入れて、あらためて書いたのが「ホルモー」でした。

松田 普通は追い込まれると自分を見失いがちですが「面白くすればいいや」と思えたことがよかったんですね。

万城目 それまで視野が狭くてわからなかったことが、今までとは違うものを書いて「何を書いてもいいんだな」と広がりました。

松田 万城目さんは小説をたくさん読んでいらっしゃいますが、日常の中で変なことが起きてまた日常に戻る、そういうお話が好きだそうですね。今の万城目さんの作品と同じような。

万城目 はい、結局自分が読みたいものを書いてうまくいったんです。でも習作時代というのは読みたいものじゃなくて、自分がかっこいいと思うものを書きたいんです(笑)。

松田 違う自分になりたいと思った。

万城目 まさにそれです。身のほどを知って、ようやく自分の作風にたどり着きました。


松田 
「鹿男」の後に「ホルモー」の続編『ホルモー六景』、そして『プリンセス・トヨトミ』と続きます。『プリンセス・トヨトミ』は、「ホルモー」「鹿男」とは違い、構成を作り込んでから書いた作品という印象を受けました。

万城目 今読むと「トヨトミ」は肩に力が入っていたと思いますね。連載だったので、後で辻褄が合わなくなるのが嫌で、しっかりと構成を組んでからやろうという意気込みが強かった。

松田 どの長編にも、それぞれに万城目作品の良さがあるのですが、どれも書き方・作り方が違うような気がします。

万城目 以前の作品と同じ印象のものを書くのは嫌なんです。書く上では違うストーリーと主人公で、何より、前の作品よりも面白くしたいという気持ちが強い。ある一文の語尾も「どっかの本で書いた、どっかの一文に似てるような気がする」と思ったらもう嫌ですし。そのうちストックがなくなると思うのですけれど、今はまだ新しいことが見つけられるので、どんどん試していきたいと思っています。

松田 「馴染んだ万城目ワールドを楽しみたい」「万城目さんの新しい作風を読みたい」という、両方の読者の願いを見事にかなえていらっしゃいますね。


書き方が大きく変わった「かのこちゃん」


松田 「ちくまプリマー新書」で書かれた新作『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』。万城目ワールドではあるけれども、今までの作品のように大きな事件や出来事が起きるわけではない。そういう意味で、大きく作り方が変わったお話のような気がします。

万城目 今までみたいにしっかりと組み立てた舞台背景があって、そこで人があれこれやるという作品は、最初に登場人物のキャラクターが定まっていなくても安心して書けるんです。書き始める前に道が舗装されているような感じですので。今回の「かのこちゃん」は、初めてそのような書き方を使わなかった。「これが面白いと感じてもらえるのか?」と自問自答しながら書いていきました。

松田 具体的にどのように書いていったんですか?

万城目 書き始めると、主人公の女の子・かのこちゃんのキャラクターが「子どもらしく跳ね回っているけれど、地に足がついている」と決まってきた。最後までかのこちゃんの存
在感に従って書きました。かのこちゃんと猫のマドレーヌ夫人の関係も、書く前はお互いの距離がわからなかったのですが、いざ書くと意外としっくりきました。

松田 大きなことは起きないんだけれども、ちょっとした会話なり動作なりが微笑みを誘って、いい雰囲気を出しています。考えてみれば「ホルモー」にしても、学生たちの会話や日常描写にある種の品格がありましたね。中身は上品とは言い難いんだけど(笑)。

万城目 そう言っていただけると嬉しいです(笑)。

松田 小さな女の子と猫の話というと、おとぎばなしのようになるのかな? と思いますが、そうはならない。かのこちゃんと友達のすずちゃんがお茶会を開いて、気取って「ござる」言葉でしゃべるシーンも非常に楽しいですよね。

万城目 あれは『赤毛のアン』の中で、アンと友達がティーパーティをするところから思いつきました。子どもだけで大喜びでおめかしして、背伸びして大人の会話をするシーンなんですが、声を出して笑ってしまって。女の子って面白いですよね。

松田 今回のお話は、なぜ主人公を女の子にしたんですか?

万城目 最初から女の子を書きたいと思っていました。女の子だと母親や家庭環境の影響を受けずに、子どもという、変なことをやる存在を集中して書けるような気がしたんです。小1の男の子だと、まだどうしても話の中に母親の影響が出てきますし。それに学校へ行って何か発見して帰ってきて、キラキラと毎日を過ごしている男の子がおったら、嫌ですよ(笑)。

松田 万城目作品の女性の登場人物は、一人一人違うんですけれど、大きくくくると
お転婆ですよね。「ホルモー」の楠木ふみさんとか、「鹿男」の堀田イトさんとか…。かのこちゃんとすずちゃんも、将来そうなるのかな。

万城目 サバサバして清々しい人物を描きたいと思って、こうなりました。意地悪な人物、いわゆる嫌な奴って小説によくいますよね。そういう悪意というものに対して興味が薄い、書きたいという欲求がゼロです。登場する男の子も、基本的にみんな無欲。

松田 村上春樹さんの『1Q84』とか、川上未映子さんの『ヘヴン』とか。悪を正面から描く文学はかなり多いですよね。

万城目 僕も『ヘヴン』を読んで面白いなあと思ったんですけれど、書きたいとは思わない。人間がねじれてそういうこともわかってきたら書くかもしれませんが、今のところはまだ(笑)。

松田 かのこちゃんとすずちゃんのように純粋。

万城目 ええ、そうです。そういう作家が一人ぐらいいてもいいんじゃないかな。

松田 かのこちゃんたちのような感性を持って世の中を見ていったら、とても楽しいでしょうね。

万城目 幼い二人の感受性を、大人が一瞬でも味わってくれたら嬉しいです。

松田 大人になると知らないことがなくなってきて、ある程度達観している。ところが万城目さんは日常の中にある驚きを発見されて、それをかのこちゃんの視点で描いていますね。子どもの頃を思い出して、楽しい気分になれます。

万城目 そうですね。今回の作品でも、犬の玄三郎と猫のマドレーヌ夫人の関係は、犬小屋の横に猫がいたのを変だな、面白いなと思ったことがきっかけでした。

松田 かのこちゃんの年代の感覚も、よく憶えていらっしゃいますね。

万城目 長期的な記憶力が高いんだと思うんです。短期的な記憶はなくて、いつも切符をどこに入れたか忘れ、鍵もなくす(笑)。でも歯が抜けたことを書こうと思ったら、記憶がよみがえってきます。高校生のときに『銀の匙』(中勘助著)という、作者が幼児の頃のことを自伝的に書いた小説を読んで、あまりにも昔のことを鮮明に覚えて書かれているのが悔しかったんです。「見ろ、この感受性を」と言われているような。自分もあの作品のように子どもの話を書いてみたいという願望がずっとあって、若い人向けの「ちくまプリマー新書」で作品をと言われた時に、まずそれを書きたいと思いました。

松田 実際に書いていて、記憶がよみがえってきたことは?

万城目 二学期の始業式の気恥ずかしさや、小さいことで仲違いする感覚など。子どもは時間の流れが遅いんですよね。1ヶ月会っていないだけでもすごく遠く感じるようになってしまう。1、2週間は気まずいんですけれど、ほんの些細なことであっという間に元に戻る。あとは実際に小学校に取材に行って、小学1年生のクラスを見せていただきました。元気がよくて、こんな幼かったのかって衝撃を受けた。

松田 見学時の印象が作品に反映されている部分がありますか?

万城目 先生との関係や会話の唐突さ、子どもたちの瑞々しさが取り込めました。ただ机の前で「ちっちゃい子はどんな感じだろう」と想像しているのとは全然違いますよ。

松田 『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』では不思議なことも起きて、いろんな楽しさがありつつ、終わり方がしみじみとしていて好きなんです。「歯が抜ける」ことがシンボリックに描かれていますね。かのこちゃんとすずちゃん、それぞれの喪失と成長が伝わってきて、あの切ない感じの終わり方に繋がるのかなという気がしました。

万城目 小学校に行ったとき、歯が抜けている子がいっぱいいたんです。そういえば自分もあの頃は歯が抜けていたなと思い出して、「歯が抜ける」ことと、二人の最後のエピソードを重ねました。話として味わいが出たと思います。

次作はコメディ&ファンタジー

松田 今までとずいぶん雰囲気の違う作品を書いてみて、いかがですか?

万城目 これまでの作品は、書く期間が1年程かかりましたが、今回は4〜5ヶ月で書いた。執筆中にアキレス腱が切れて、書くスピードが遅くなるというトラブルもありましたが(笑)。「ええもん書いた」と思う反面、「そう思っているのは自分だけじゃないのかな」と思うのもあって、まだフワフワしている感じがあります。

松田 次の作品にはもう取りかかっていらっしゃいますか?

万城目 もう書き始めていて、舞台は滋賀県、琵琶湖の周りに住んでいる高校生が主人公です。「小説すばる」5月号(4月17日発売)から連載します。今度はコメディ色が強いです。

松田 もう一度「ホルモー」的なものが読めるという楽しみがありますね。

万城目 そうですね。「かのこちゃん」はとても落ち着いて、静かな味わいのある作品だと思うんですよ。その反動で「ホルモー」を書いていた頃の、はちゃめちゃな感じを意識して書いています。

松田 万城目さん自身の高校生活も反映されたりとか?

万城目 いや、今までで一番フィクション性が強いです。日常に住んでいる、非日常側の人たちの話なんです。ファンタジー色が強いのですが、自分なりの色を出したいと思ってなかなかうまくいかない。難しいです(笑)。

松田 また新しい万城目ワールドが楽しめそうですね(笑)。

(1月13日、筑摩書房にて収録)

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