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『この人と結婚するかも』の中島 たい子さん
インタビュアー 石川 淳志(映画監督)

中島たい子(なかじま・たいこ)
1969年東京都生まれ。多摩美術大学卒業。96年「チキチキバンバン」で日本テレビシナリオ登龍門の大賞を受賞。2004年『漢方小説』ですばる文学賞を受賞。著書に『漢方小説』、『そろそろくる』、『建てて、いい?』がある。




『この人と結婚するかも』
集英社



『漢方小説』
集英社



『そろそろくる』
集英社



『建てて、いい?』
講談社

―― 表題作の『この人と結婚するかも』は、男性と出会うたびにささいなきっかけで「結婚するかも」と直感する女性「北原」の、英語教室で知り合った「ケン」との恋の行方を描いた物語です。この作品を書かれた背景についてお聞かせください。
中島 二〇〇四年に『漢方小説』で「すばる文学賞」をいただいた後、受賞第一作として書いた小説です。『漢方小説』は三十代の女性に共感を持って受け入れてもらうことができました。受賞第一作は時間がなかったこともあり、等身大で書けるのは「妄想系」の女の子でした。自分も、身近な友達も二十代は妄想系の時期だったんです。二年前に書いた作品なのでかなり手直しをして、今回単行本になりました。
―― プロローグが秀逸です。大学の同級生、ケーブルテレビ局のディレクター、スーパーのチーズ売場で出会う男と立て続けに「結婚するかも」と妄想し、続くウェディングパーティーではブーケを渡されて「結婚しないかも」とオチをつけて物語に入ります。弾んだ感じと笑いの要素が物語を導いていると感じました。
中島 初校ではもっと長いオープニングでしたが、場面を短く重ねる形に書きかえました。私はいろいろな所でオチをつける傾向があって、この作品以外でも、リズムがいいと言ってくださる方が多いんです。それは脚本のように展開しているからかもしれませんし、一人称だからそう感じるのかもしれません。
―― この作品の特長は、英語教室を舞台に選んだことではないでしょうか。生徒が教室で交わす言葉は、本の中では日本語で表記されていますが、実は英語で会話をしています。その手探りのコミュニケーションが、北原自身が他者を受け入れていくドラマと重なっているように思います。
中島 自分の世界にこもった妄想系の女の子が、現実の世界でのコミュニケーションを模索する中で、英語はキーポイントになると思いました。英語教室も小説のネタになると前から狙っていました。小説の中で英語の表記をするか迷いましたが、英語の翻訳っぽく感情を入れない日本語で書きました。彼女は頭の中ではいろいろ言っているのに、括弧でくくられる他者への言葉は豊かではありません。そのたどたどしい所が活かされていれば成功です。
―― 北原は私立美術館の学芸員をしています。ある日、美術館のオーナーで漫画家の浅井の自宅に行き、彼の意外な一面を発見します。
中島 態度は横柄な浅井先生が、意外にも地に足が着いたシンプルな暮らしをしていたんですね。私はよく主人公の家族を作品に登場させますが、今回はその役を浅井先生が担った所があります。また「賢者」的なキャラクターを登場させると、主人公が物の見方を広げるきっかけを作りやすいんです。
―― 北原は展示替えのための何もない美術館で掃除をしながら、改めてケンと向き合おうと思い立ちます。この空間の設定は、北原自身の空虚感を象徴させる、静かで心に沁みる場面です。
中島 私自身、美術館は静かで非現実的な場所なのでよく足を運びます。北原という人物をガラス箱の中にいる女の子のように考えていたので、美術館で働く設定にしました。人物が何かを振り返るときにどんな場所にいたらいいかは常に考えていて、『そろそろくる』では海という場所が定型ではなかったかという意見があって、今回は少し小説的になったかなと思います。
―― 北原の不安や葛藤とは相対して、筆致は軽やかで笑いもちりばめられています。意識的な作風だと感じました。
中島 普段の暮らしでも、人は悩みやトラウマを前面に出して生きてはいません。明るく振る舞ったり、軽かったり、笑ったりというのは、生きていくための術ではないでしょうか。深刻な状況のときこそ笑うことが必要です。私は以前、お笑いのスタッフや放送作家をしていて、笑いの多い脚本を書いてきましたから、笑うことは外せないんです。でも、編集者の方には「サービス精神が旺盛なのはいいですが、ストーリーに関係ないギャグは除いてください」とよく指摘されます(笑)。人間観察をして小説の発想を得ることが多いのですが、「笑い」を基軸にして観察するとキャラクターが広がるんです。
―― この作品では、作者は設定しているにもかかわらず、あえて表現していない部分があるように感じました。例えば、主人公は「北原」や「節ちゃん」と呼ばれますが、フルネームは明記されていません。年齢も丁寧に読めば辿れますが、はっきりと書かれていません。そのためでしょうか、広々とした読後感が残ります。
中島 私の作品は主人公の顔が見えにくいとか、読者の想像に任せる部分が多いとか言われます。脚本を書いていたときの名残かもしれません。脚本では人物の描写はあまり書き込みません。服や髪型、表情などは、監督や俳優が決めることですから。また「〜と思った」というような心情を書くこともありません。最近、欧米の作家、レイモンド・カーヴァーの短編を好きでよく読むのですが、カーヴァーも心情をダイレクトに書かず、事象を淡々と書き進めて、人物の内面を表現していく作風なんです。そのようなスタイルで自分も書けたらいいなと思いますが、上手に書くのは難しいですね。最近は、私も意識して主人公の顔がわかるように書いたりしていますが。
―― 本書には「ケイタリング・ドライブ」という中編小説も収められています。これは料理研究家の野島サトルが、パーティー料理を清里までケイタリングをする、その道中の物語です。
中島 男の子を描くのは初めてだったので、かなりリサーチしました。その結果、女性は初対面の男性に「結婚するかも」と感じる人が多いのに対して、男性は女性に「俺に気がある」と思い込む人が多かったんです。同じ妄想系でも、女の子は自分を守る側にまわるのに対して、男の子はもっと素直に感情が表に出てくるような気がします。そのことを踏まえて男の子の話を書き出すと笑いも盛り込めるし、実際、書きやすかったですね。
―― 終始続くサトルのぼやきに笑ってしまいました。
中島 私も楽しんで書きました。小説で書かれる男の子は、無機質だったり、植物的だったり、それでいて深刻なトラウマがどこかにあったりとか、何となくかっこいい人物が多いように感じます。私はもっとかっこ悪い男の子を見たいと思っていました。サトルは勝手に自分で空まわりしているイタい男です(笑)。でも、彼も仕事を全うすることで、ケイタリングを続けようかなと思い直し、少し成長するんですね。
―― サトルの大学時代からの友人「朋代」のぶっきらぼうな対応に、逆に温かさを感じます。恋愛になりそうだけど、その直前で寸止めされています。
中島 これでも頑張って恋愛ものを書いているんです(笑)。昔脚本を書いていたとき、「中島さんはラブが足りない」と言われたことがあります。ラブコメディを書いていましたが、「コメディ」は減らして「ラブ」を足してほしいと言われたんです。恋愛小説は世の中にたくさんあるので、私は不器用な人が恋愛に至るまでの話を書ければいいと思っています。
―― 『この人と結婚するかも』に収録された二作に限らず、中島さんの小説には「食べること」が大切な行為として描かれています。
中島 食べる場面は書くのも楽しいですし、読者の方の印象にも残るようです。私自身、「食」は大事だと思っています。食べ方や食の好みで、キャラクターが際立ったりしますよね。
―― 漢方やPMS(月経前症候群)、家を建てるときの建築家とのやりとりなど、中島さんの作品には情報小説としての面白さもあると思います。
中島 『漢方小説』は初めて書いた小説ですが、特典として漢方についての情報が載っていれば、少しぐらい小説が拙くても許してもらえるのではないかという考えがありました(笑)。
―― 今後のご予定を教えてください。
中島 脱・情報小説でしょうか(笑)。現在は、男の芸人の話を書く構想がありますが、逆に笑えない暗めな物語になりそうです。今までの私の作品は、「読みやすい」「引っ掛かりなく読める」という評価が多かったんです。でも、自分ではさらっと書いているつもりはないんです。その辺りのイメージを少しずつ変えていけたらと考えています。また「題材をもう少し掘り下げてみては」という意見もあるので、今後の課題にしていきたいと思っています。

(9月4日 東京・集英社にて収録)

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