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「ブラザー・サン シスター・ムーン」の恩田 陸さん
インタビュアー青木 千恵(ライター)
「新刊ニュース 2009年5月号」より抜粋

恩田 陸(おんだ・りく)
1964年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。ファンタジー、SF、ミステリーなど、ジャンルを問わず幅広く執筆。92年に『六番目の小夜子』(新潮文庫)でデビュー。2005年に『夜のピクニック』(新潮文庫)で第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞をダブル受賞。06年、『ユージニア』(角川文庫)で第59回日本推理作家協会賞受賞。07年に『中庭の出来事』(新潮社)で第20回山本周五郎賞受賞。他に『ネクロポリス』(朝日文庫)、『光の帝国 常野物語』(集英社文庫)、『蛇行する川のほとり』(中公文庫)、『Q&A』(幻冬舎文庫)、『きのうの世界』(講談社)など著作多数。このたび新著『ブラザー・サン シスター・ムーン』(河出書房新社)を上梓。


『ブラザー・サン シスター・ムーン』
恩田陸著
河出書房新社


『きのうの世界』
恩田陸著
講談社


『中庭の出来事』
恩田 陸著
新潮社


『夜のピクニック』
恩田 陸著
新潮社(新潮文庫)


『ユージニア』
恩田 陸著
角川書店発行/
角川グループパブリッシング発売(角川文庫)


『光の帝国 常野物語』
恩田 陸著
集英社(集英社文庫)


『チョコレート
コスモス』
恩田陸著
毎日新聞社


── 書き下ろし『ブラザー・サン シスター・ムーン』は、同じ高校から、東京の同じ大学に進学した男女三人の、大学生活を描いた青春小説です。学生時代を題材にした小説は初めてですね。

恩田  ティーンエイジャーは書いていましたが、そういえば大学生を書いたことがありませんでした。この小説に取りかかって大学生活を追体験し、とても居心地の悪い、宙ぶらりんでみっともない時代だったな、それで避けていたんだなと、分かりました。四年制大学の真ん中近くで二十歳になるのは、どさくさ紛れに大人になる感じです。将来何をやりたいかも分からず、経済的にも精神的にも親の保護下にあって、四年間をもやもやと過ごしてしまった。社会人生活と地続きの大学時代は昨日のように生々しく、高校時代のように客観視できなかったんだと思いました。

── 物語は三部構成で、一部は本が好きな楡崎綾音、二部はジャズ研の活動にのめり込む戸崎衛、三部はシネマ研究会に所属していた箱崎一が主人公です。高一の野外授業で不思議な一日を体験した三人は、大学に入って次第に会わなくなる。高校時代に三人で観た映画、『ブラザー・サン シスター・ムーン』を表題にしたのはなぜですか。

恩田 私はこの映画を子供の頃に観て、凄く怖くて、印象に残っていました。〈何もかも剥き出しで歩いていくなんて、なんて恐ろしいことなんだろう〉と綾音に語らせましたが、主人公が身一つで荒野に出て行く姿は、大学生とリンクするところがあるので表題にしました。高校時代の仲間でも、東京の大学生活という水の中にそろって落ちれば、それぞれ違うことを考えて、違うところを目指して泳いでいくのだろうと。そう思って、三人が一緒にいる場面は書かないと決めていました。小説や映画の定番である「女の子一人、男の子二人」の話にし、本と音楽と映画で占められていた私の学生時代を分散させ、語ってもらいました。フィクションですが、実際にあった出来事が少しずつ混ぜてあります。

── 綾音がアルバイト先の飲み屋でお客さんに「じゃあ、将来はあれだ、作家さんだ。やっぱり、書いてるんでしょ?」と言われ、反射的に「いいえ、まだです」と答えるエピソードがあります。

恩田 これは実話なんです(笑)。学生時代は作家になるなんて考えておらず、どうしてあんな返事をしたのか、不思議です。小説や映画をただ素直に吸収できるのは、二十代前半くらいまでだと思います。そんな幸せで重要な時期だったのに、こんなに無為に過ごしていいのか?という四年間でした(笑)。何の引っかかりもなくさーっと過ぎてしまった時代を書くために、技巧は凝らそうと、綾音は一人称、衛は三人称、一は視点交代と、性格に合わせて人称を変えました。書いている間に思い出されてくるエピソードがたくさんありましたが、むしろ何を書かないかを重要視しました。取捨選択にいくらでも迷えるのが書き下ろしの特徴で、ことのほか時間がかかりました。

── 三人の影≠ェ重なる表紙をめくると花畑が現れる装幀です。「東京の大学生」の実体のなさ、まだ何者でもない状態で揺らいでいる雰囲気が出ていますね。

恩田 一が言うように、〈繋がっているけど繋がっていない人たち〉の関係を書きたいと思っていました。学生時代というのは本当にもどかしい時代です。就職したとき、ノルマが示されて、目標がはっきりしている会社員とはなんて明快なんだろう、学生時代は苦しかったんだなあと思った記憶があります。今の若い人は私たちの頃よりも猶予期間が少なく、早く何者かにならなければという圧迫感にさらされていると思います。でも、学生時代の寄る辺なさは変わらないだろうから、現役の学生にもぜひ読んでもらいたいです。

── 本が好きで小説家になることを漠然と意識する綾音が、やはり恩田さんに近いのかなと思いました。

恩田 三人それぞれに私が入っています。綾音は一人称で書いて、実際にあったエピソードも多く入れていますが、彼女は純粋でまっとうな人だから、私とは違います(笑)。衛は「今を生きる」男で、自分も含めて客観視できる人だから、三人称だなと。社会性を持ちつつも本当は内向的で、大人になりきれない部分を持つ一は、二律背反性がある点で共感するキャラクターです。ただ、私はこんなに冷静で有能ではなく、彼のような実務能力が優れたクリエイターは羨ましい(笑)。一人だけの視点でしか書けないのは辛くて、多視点のほうが書きやすいですね。いろいろな視点でいろいろな人を書くのが楽しいので、一人称多視点のスタイルを多く使います。

── 恩田さんは小さい頃から本が好きで、漫画やお話を書いていたそうですね。

恩田 漫画や小説を読んで感動すると、追体験したい気持ちがわいて、見よう見まねでお話もどきを書いていました。その延長線上に今がある感じです。一歳違いの酒見賢一さんの『後宮小説』を読み、二十代で小説を書いていいんだと気づいて、初めて書いた『六番目の小夜子』でデビューしました。バブル期で、OA化が進んで会社が非常に忙しく、本を読めないストレスの反動で書いた作品です。

── 恩田さんは「ノスタルジアの魔術師」と称されますが、郷愁的な雰囲気が作品に醸し出されるのはなぜでしょうか。

恩田 「ノスタルジア」という感情が、子供から老人まで誰もが普遍的に持っているものだからだと思います。私の場合、後ろ向きではなく、前向きのノスタルジアを目指したいと思っています。ただ、仕事を続けているとハードルがあがってくる。「こういう話だよ」とひと言で説明できない、いろいろなものが繋がりあった有機的な小説を書きたいというのが、今の目標です。

── これまでもずいぶん有機的な小説を発表していると思いますが。

恩田  まだまだ(笑)、もっといろいろ書いてみたい。映画館に座るだけで幸せな気持ちになるように、読んでいる過程そのものが楽しい小説を書きたい。小説の面白さは多様です。一気読みも面白いけれど、ちょっと読んではボーッとして、またちょっと読んでボーッとする、そんな回り道がたくさんある小説も面白い。ここ四、五年は、いろんな意味、種類の面白さを追求したいと思うようになりました。以前は全ての事柄が伏線になり、かっちりと収束していくミステリが好きでしたが、今は物語が閉じきらないオープンエンド≠ネものでも、その世界に浸っているだけで面白いと思える小説があるのではないかと思っています。今回の小説も、謎を謎のままにする手法をとりました。

── 小説家になって、本に対する姿勢、読み方などは変わりましたか。

恩田  変わらないんです、進歩がないというか(笑)。この小説で四十冊目になりますが、まだ小説家になった実感がないんです。だんだんノウハウができて、毎日五時間書いて、二十枚仕上げられるような規則正しさが身につくかと思ったら、そうならない。今も「原稿ができるまでが昼、寝ているときが夜」という不規則な生活で、小説を書いていないときは本を読んだり、お酒を飲んだり、映画を見たり、学生時代と全然変わらない(笑)。つい読書に逃避して、昨年は三百冊くらい読みました。乱読で、書店に行って興味を感じたらだいたい買います。

── 今後の執筆予定を教えてください。

恩田  決まっているものでは、『チョコレートコスモス』の続編を書きます。今年は短編集が出る予定で、準備中のものがいくつかありますがまだ未確定です。夢は大きく持っていますが、書きたいものが書けるか、それをいかに書くかが課題です。書く自分が驚くような面白いものを書いてみたいと思っています。

(二月十二日、東京都渋谷区の河出書房新社にて収録)

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