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「毎日かあさん」の西原理恵子さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2009年5月号」より抜粋
「『毎日かあさん』はリアルな子育て漫画です」

4月より『毎日かあさん』のテレビアニメ放映がスタートした西原理恵子さんに、アニメ化の感想やこれまでの作品について伺います。大人向けのエッセイコミックスから絵本まで、その幅広いジャンルの原点とは

西原 理恵子(さいばら りえこ)
1964年高知県生まれ。1989年武蔵野美術大学卒業。大学在学中より成人雑誌のカットを描く。1988年『ちくろ幼稚園』(『週刊ヤングサンデー』連載)で漫画家デビュー。1997年『ぼくんち』で文藝春秋漫画賞、2004年『毎日かあさん(カニ母編)』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2005年『毎日かあさん』『上京ものがたり』で手塚治虫文化賞短編賞をそれぞれ受賞。2009年4月1日より『毎日かあさん』のテレビアニメ放映開始。2009年は『いけちゃんとぼく』『女の子ものがたり』の2作が映画化される。2児の母。


『毎日かあさん(1)〜(5)』
西原理恵子著
毎日新聞社


『ああ息子』
西原理恵子
+母さんズ著
毎日新聞社


『ああ娘』
西原理恵子
+父さん母さんズ著
毎日新聞社


『毎週かあさん
〜サイバラくろにくる
2004−2008 〜』
西原理恵子著
小学館


『上京ものがたり』
西原理恵子著
小学館


『この世でいちばん大事な「カネ」の話』
よりみちパン!セ 40
西原理恵子著
理論社


『パーマネント野ばら』
よりみちパン!セ 40
西原理恵子著
新潮社

── 『毎日かあさん』のテレビアニメ化おめでとうございます。

西原 ありがとうございます。私は漫画家生活二十五周年を迎えるんですが、漫画家にとって自作のテレビアニメ化は夢ですからね。それが叶うのは嬉しいです。底辺から地味に登り続けてきたという感じなので、やっと目標を達成したような感慨があります。作品をお弁当に例えると、私の漫画は松花堂弁当ではなくて、形は悪いけど安くて中身が詰まっている弁当。自分は安いお惣菜屋さんのおばちゃん、という気持ちでやってきたので、ずっと私の漫画を買い続けてくれたファンの方々に感謝したいです。

── それでも読者は弁当の「味」を求めているはずです。西原さんの作品が持つ、突き抜けた物の見方や考え方に笑ったり救われたりしているんじゃないでしょうか。

西原 東京の読者は、私の漫画に吃驚するんです。西の人は、身も蓋もないことは割と平気なんです。大阪の人たちの会話では「お父ちゃんがアル中で死んでね」なんてことは普通に言います。「それでも明日はあるし、頑張ろや」と返す。東京ではそんなことは隠したりするでしょうね。私は高知育ちの海洋民族≠ネので「みっともない」の底が割れているんです。お金が無くて、朝から酒を飲んで、道で寝っ転がる人が当たり前という。フィリピンやカンボジア、タイ、沖縄もきっとそうです。そういったカルチャーショックの部分を楽しんでくれている面もあるんですよね。

── 『毎日かあさん』は二〇〇二年に連載がスタートしました。どのような構想で出発しましたか。

西原 それまでは「育児もの」だけはずっと断って来ました。〈赤ちゃんかわいい〉って普通の発想なんで、漫画に描いて笑えるものではないし自分の商品としても損だから。でも自分の子どもらに人格が出てきてからは実に面白い生き物だと感じて、それなら描いてもいいかと思ったんです。そんな頃、毎日新聞社の志摩さんが声をかけてくれて、「家庭もの」ならやってみましょう、と始まりました。家族の話で毎日新聞での連載ですから『毎日かあさん』と一秒でタイトルが決まりました(笑)。でも最初はもの凄く評判が悪かったんです。社内でも、読者の方からも非難轟々でした。志摩さんがそんな苦情を一人で受け止めてくれたようです。「西原さんの漫画は数万部は売れるので、単行本が出たら必ず社内の態度は変わります。一年我慢しましょう」と言ってくれました。

── 7年近く連載されていて、なぜ今、テレビアニメ化の話がまとまったのでしょうか。

西原 時代の要請という部分もあるのかも知れません。広告代理店やテレビ局では、リアルじゃない「子育てもの」のアニメを流すことは止めようという意見が出ています。今は、共働きや片親だったりして、多くの人が学童保育に入れたり保育園で延長保育をさせて子供に寂しい思いをさせている。また家庭では夫婦喧嘩をすることが当たり前なのに、何でテレビアニメの家庭は、お爺ちゃんとお婆ちゃんが同居して一軒家に住み、お母さんは専業主婦で子供は幼稚園に通っているのかと。そんなアニメを見ると働く母親は「私の家はちゃんとしていない」と傷付くそうです。でも私の漫画を見ると、リアルで楽しいと言ってくれます。他に何百万部と売れている漫画がある中で、『毎日かあさん』がテレビアニメ化された理由は、そういった『毎日かあさん』に思い入れのある方々が頑張って進めて下さった結果です。

── アニメ化のキャンペーンの一環として全国の書店さんで「店頭ディスプレイ&かっぽう着の似合う書店員大コンテスト)」というイベントをするそうですね。これは西原さんのアイディアと伺いました。

西原 最初はディスプレイや書店員さんを私が採点するだけだったんです。でも書店員さんあっての私たちなので、参加賞として必ず書店様宛のサイン色紙を贈って、コンテスト上位の三店には私がサイン会に行くように決めました。全国の書店さんで「毎日かあさん祭り」をやっていただけたら嬉しいです。

── どの話も笑えて面白いのですが、どこまでが事実でどこからがフィクションなのでしょうか。

西原 たいがいフィクションです。一つヒントがあると、そこから細部を膨らませていくんです。四十四年生きているので、四十年前のことが今日のことと急に繋がったりすると、これで一本描けるなと思います。たとえば男と女が喧嘩すると、いきなり凄く昔のことを女が言い始めるでしょ。女の人はポイントを貯めているんです。「今のあんたの言葉が百ポイント目で、今からキャッシュバックキャンペーンが始まります」と今まで貯めてきた怒りがバーッと出てくる(笑)。同じようにギャグもポイントカードに貯めているんですよね。

── では五人の息子を持つ「むぎちゃん」も創作なのですか。

西原 あっちこっちの家での出来事をむぎちゃんという架空の人に当てはめています。近所にお子さんの多い家や豪快なお母さんが何人かいるので、その人たちの複合体です。

── 漫画に描かれたことが事実と捉える読者も多いんじゃないでしょうか。

西原 それは凄く多いですね。事実のように見せている商品でもありますし。だから私のことを嫌いな人もいますよ。こんな下品なことを描いてとか、遊びに行くと漫画に描かれちゃうから行っちゃ駄目よとか(笑)。

── しかし西原作品はどれも風通しのいい作風ですよね。

西原 何でも笑っちゃった方が楽ですよ。ファンレターで多いのは「いつも夜、眠れないときに読みます。笑って、腹の立ったことや悔しいことを忘れて寝られます。」という内容です。人の役に立つって嬉しいですし、やりがいのある仕事です。悪口漫画といわれていますが、昔から嫌いな人は絶対描かないと決めています。公務員や政治家の悪口を漫画で描いて誰が楽しいんだ(笑)、って。

── 今後『毎日かあさん』はどんな展開がありそうですか。

西原 何も考えてないです。私が飽きるまでですかね。ただ、私の子どもが、描かれて嫌だと言うのは認めません。うちはちんどん屋なので、親の職業を否定するのは許しません。でも子どもたちから何か言われたことは今までで一度も無いです。子どもは親の顔色を見るプロです。十歳の子なら、親を騙す名人の十年選手なんです(笑)。

── 西原さんの絵本『いけちゃんとぼく』が今年映画化されます(※2)。これはどのような作品ですか。

西原 私は未だに大好きな男の人が何人かいるんですけど、彼らが子供の頃の辛かった思い出を教えてくれたことがあるんです。息子が八歳くらいの時、その後姿を見ていたら彼らの切ない話が繋がって自然に描けた物語です。好きだった男の人たちにもう一度ラブレターを書いたような作品です。

── 『パーマネント野ばら』は抒情性と人間のもつ強さ、ふてぶてしさの肯定が同居している作品ですね。

西原 子供の頃は、おばさんになったら全てがお終いだと思ってたんです。いつもつまらなそうだし怒っているし。でもいざ自分がそうなってみると、ウエストは戻らないけど、おばさんになった今のほうがいいね、と友達と話しています。女性はいくつになっても着飾るし、恋もします。おばさんのガールズトークといった作品です。でも男性には受けが悪かった(笑)。

── 『いけちゃんとぼく』にしても『パーマネント野ばら』にしても作者が仕組んだ謎がクライマックスに明るみになりますね。

西原 作戦はありません。ボーっとした情景が浮かんで後はそこにどんどん話を付けていって最後にまとめます。男性作家のようなプロットを作っているわけではないんです。

── 西原作品にいつも登場する、海、空、山、雲は西原さんの原風景ですか。

西原 
はい。沖縄の人が見る海と日本海側の人が見る海は光の量から空気から全然違いますよね。私が生まれた浦戸(高知県)は東南アジアの気候なんです。光が強いので「青」もきついです。黒潮の藍色ですね。

── ご自身を漫画家と捉えていますが、西原さんの活動は海外のルポルタージュや絵本など、漫画家の枠に入りきらないですね。

西原 
商品をたくさん品揃えしておかないと、お客さんに飽きられてしまいます。描いている自分も飽きますし。また媒体も被らないように、文芸誌から成人誌まで作品を発表してお客様の層を変えています。これが私のマーケティングです。私はエロ本から出発しているのでエロ本は誇りに思っているんです。

── 多くの作品に「小さい頃から漫画家になりたかった」と書かれていますね。

西原 
絵を描く人になりたかったんです。時代によっては肖像画描きであったり、イラストレーターだったり絵本作家だったりしました。でも小学生の時から絵を一回も褒められたことがないんです。勉強と運動はもっと出来なかった。小学一年生で勉強が判らなくて、中学高校は拷問のようでした。私の育ったところは貧しい地域で、集団での虐めが当たり前のように行われていたので、真ん中に入らないように必死に気配を消していました。子供の頃や学生には絶対に帰りたくないです。ただもう怯えていた。

── 学校での教育は実社会に出てもあまり通用しないものなんですね。

西原 
周りの人の話を聞いても、大体クリエイターは頭が悪いですね。創作の才能は、欠落からくる才能のようです。誤魔化しているうちにその嘘が上手になる。最後にその嘘で金も稼げるようになる(笑)。

── 嘘が上手というと『毎日かあさん』に登場する息子さんもクリエイターの資質があるんじゃないでしょうか。

西原 
ペンを持つのも面倒らしいので、判りませんね。彼の人生は彼が作りあげればいいんです。欲を言えば、私が働き者なので働き者になって欲しいですけど、中々そういうわけにはいかないでしょうね。


── 今後の活動はどういったものになりそうですか。

西原 
『毎日かあさん』のような日常もの、海外取材もの、ストーリーものの三つが上手くいっているのが一番いいバランスなので、ちょっとずつ交代で描いていきたいですね。

(三月六日 東京・吉祥寺のご自宅にて収録)

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