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「ゴルゴ13」のさいとう・たかをさん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2009年4月号」より抜粋
「プロ意識が支えた40年」

昨年、一度の休載もなく連載40周年を迎えた『ゴルゴ13』の著者さいとう・たかをさんに、長期連載の秘訣、『ゴルゴ13』の誕生秘話などを伺います

さいとう・たかを
1936年和歌山県生まれ。貸本漫画時代に劇画という分野を確立。大衆向け漫画から子供向け漫画まで幅広く手がける名実ともに劇画界の第一人者。1960年、さいとう・プロダクションを設立、各スタッフの分業体制により作品を制作するという方法を確立した。1968年に連載がスタートした『ゴルゴ13』が昨年連載40周年を迎えた。同作にて1976年第21回小学館漫画賞、2005年第50回小学館漫画賞審査員特別賞を受賞。
〈主な作品〉
『ゴルゴ13』シリーズ 、『鬼平犯科帳』シリーズ、『仕掛人 藤枝梅安』シリーズ 、『サバイバル』シリーズ等多数。


『ゴルゴ13 151』
さいとう・たかを著
リイド社・SPコミックス


『ゴルゴ13 アニメ化作品セレクション(3)』
さいとう・たかを著
小学館・ビッグコミックススペシャル


『ワイド版 鬼平犯科帳 39』
さいとう・たかを画
池波正太郎原作
リイド社・SPコミックスコンパク


『仕掛人 藤枝梅安』
さいとう・たかを画
池波正太郎原作
リイド社・SPコミックス


『THEゴルゴ学
オフィシャル・ブック
The Encyclopedia of GOLGO 13』
ビッグコミック特別
編集プロジェクト著
小学館


『究極のビジネスマン
ゴルゴ13の仕事術
なぜ彼は失敗しないのか』
漆田公一、
デューク東郷研究所著
祥伝社黄金文庫

── 『ゴルゴ13』連載四十周年おめでとうございます。感慨、もしくは手ごたえはいかがでしょうか。

さいとう 周りから四十周年と言われて「ありがとうございます」と答えていますが、一所懸命連載を続けてきたら四十周年を迎えただけで、私自身はピンときてなかったんです。先日『週刊ポスト』で小説家の福井晴敏氏と対談をしました。そこで彼は「私はゴルゴと同い年なんですよ」とおっしゃった、それも十一月生まれなんだそうです。『ゴルゴ13』が始まったのが一九六八年十一月発売の『ビッグコミック』です。「だからぴったり同い年なんです」と言われましてね。ゴルゴを描きだした時に生まれた方が今は小説の世界で活躍をされている。その話を聞いた時にはじめて年月の長さを感じました。

── 四十年に亘って一度の休載もなく、モチベーションを保ち続け読者を楽しませてきた秘訣は何でしょうか。

さいとう 大いなるマンネリだと思っています。ただ、毎回作品に挑戦する気持ちは忘れないようにしているんです。実は私にとって『ゴルゴ13』は苦手な作品なんですよ。私は電球のソケットも換えられないほど機械に関しては一切駄目。それなのに現代は次々にコンピューターとか最新のシステムが出てくるでしょ。頭を抱えること夥しくてね。そのたびに勉強勉強で自分なりに学習して描いています。やはり、挑戦する意志と毎回の勉強があり、それが読者にも伝わって支えてくれたのかも知れないですね。

── 「ゴルゴ13」と呼ばれる国際的A級スナイパーを主人公にして物語を創った、構想の動機は何でしょうか。

さいとう 子供が読むものだった漫画・劇画を、大人が読む世界に持ち込みたかったんです。連載開始当時、団塊の世代が大人になりつつありました。日本で一番人口の多いこの世代の読者を逃すのは送り手の怠慢です。同時に、大人たちに見せる作品はどんな物がいいだろうかとも考えていました。それまでの少年物だと、善悪は社会的な常識を基軸に据えなければならなかったんです。でも、大人なら作品を読みながら善悪を考えて自分で判断することが可能だろうと思い、「ゴルゴ13」を考えた。「ゴルゴ」自身が社会的な善悪は関係なく自分の中に善悪の基軸を持っているわけです。これは私自身の考えでもあって、時代時代の情勢で善悪の基準は変わる。都合が良ければ善と呼ぶし、悪ければ悪と判断される。そんな人間社会の矛盾への疑問のようなものが常に私の中にありました。今では、ゴルゴは思うように言うことを聞いてくれる役者になっています。私は監督という位置付けです。

── 作品の魅力にまず脚本の面白さがあると思います。物語そのものの面白さもさることながら、世界の政治経済の情勢や文化などを判りやすく解説した情報コミックとして現代史の側面もあると思えます。

さいとう 最初のころは自分で一所懸命脚本を作っていたんですけど、年月が経つと『ゴルゴ』を読んで育った人達がゴルゴを書いてくれるようになってきたんですよ。ゴルゴの約束事を知っていて書いてくれるんです。様々な世界から色々なネタを持ち込んでくれます。例えば、以前銀行合併の話が持ち込まれました。当時はまだ銀行が合併に動き出す前で、ラフを読むと面白いので、ぜひきちんと書いてくれと依頼した。後で判ったのですが、持ち込んだ方が現役の銀行マンだったんです。いわゆる内部告発だったんです(笑)。

── そうして提出された脚本はさいとうさんが「監督」として手直しをされるわけでしょうか。

さいとう 出てきた脚本をまるまる使えることはまず無いです。『ゴルゴ13』は延べにして六十名以上の脚本家がいました。しかしいまだかつて、私が思っている”ゴルゴ”が出てきたことがないんです。つまり各人各様の勝手なゴルゴが出来てくるんです。まずは、ゴルゴの行動から直さなきゃ駄目ですね。だから作品クレジットの脚本の欄には、脚本家と私の名前を連名にしています。

── さいとうさんは以前ゴルゴの物語パターンは九種類ある、とおっしゃっています。

さいとう 我々がドラマを考える時には大体パターン分けをして考えます。「宝探し」「復讐」「追っかけ」などです。最初は十くらいしか浮かばなかったですね。だから『ゴルゴ』も十話続けたら止めるつもりだったんです。いまだにそのパターンをとっかえひっかえやっているだけですが、ただ謎に満ちたゴルゴのルーツを辿る「ルーツ編」が出来なくなりました。ゴルゴの年齢は完全に頬かむりしてますから。スタート時にはゴルゴは私よりも一歳上の設定でした。現在ゴルゴは七十三歳になってなきゃいかんのですよ(笑)。


── 「ルーツ編」は昭和史の暗黒面とゴルゴらしき人物の生い立ちや成長譚が重なりあっていて二重の面白さがありますね。


さいとう 「ルーツ編」は受けが良くて読者からたくさん手紙を貰います。でも七十三歳のゴルゴではどうしようもないですし。この話が出来なくなったのは淋しいですね。

── 『ゴルゴ13』では、狙撃された人物の肉片がはぜたり夥しい鮮血の描写を控えていることで作品に品を与えていると思えます。

さいとう 射殺の場面をリアルに描いて面白いか、ということです。あくまで虚構の世界ですから、表現の残酷性はどこまででも認められていいんです。しかし、読者が見たくもないシーンを見せるのは邪道です。私が作品を描く上で絶対避けている題材がいくつかあります。「近親相姦」「幼児虐待」などの話は避けるようにとスタッフみんなに言っているんです。

── さいとうさんの作品群で際立つものの一つに聴覚表現があると思います。

さいとう 自分の感性で素直に聞こえる音を書いているだけなんですよ。例えば、『無用ノ介』という時代劇で馬が硬い地面を走る場面には〈パカランパカラン〉と書いたんですが、柔らかい砂の上を走る時には〈ザッパザッパ〉と書きました。拳銃の音も以前は〈パンパン〉しか無かったのに私が〈ズキューン〉とか〈ドキューン〉とか書き出したので、ずいぶん言われました(笑)。今では当り前の表現になっていますけどね。昔から音に対してしつこいですね。

── さいとう作品の特長としてドラマが展開する場所の明示がありますね。例えばそれが室内シーンであるなら、先ずその地域の風景の絵があり、建物を見せてその室内の場面に入っていきます。

さいとう それは常に気をつけています。カメラワークですね。脚本を画面に割付けてネームの配置をする「構成」をしている時は、頭の中で常に三台くらいのカメラを持って走り回っている感じなんです。その時、読者を混乱させるカメラワークでは絶対駄目なんです。読者をスムースに作品世界に入り込ませるのを基本にして、時々は吃驚させなきゃいけない。緩急の「間」が大切です。この作業は一番時間がかかるし、神経を使います。書斎に籠って構成を練っている時は家族に病人のようだと言われますよ。

── さいとうさんは一九六四年に、『デビルキング』という作品を描かれていますね。

さいとう 先ほど、私は機械が駄目だと言いましたが、科学文明そのものを認めてないんです。文明が発達して生活が便利になっても、その歪みは人間に及んで、結局幸せにはしないと思います。そんな考えで『デビルキング』を描いたんですが、当時『鉄腕アトム』の全盛で全く受け入れられませんでした(笑)。

── 科学文明への疑問は、後に『サバイバル』に結実するのですね。

さいとう その通りです、人間は文明の利器を使わずには飲み水一つ作り出せません。科学の発達に警鐘を鳴らす意図がありました。

── さいとう作品に共通するのはプロ意識を持つ登場人物があると思います。

さいとう 私は「ゴルゴ」だけでなく五十四年の作家生活で一度も穴を空けたことは無いんです。締め切りを守るのはプロとしての最低条件です。当然、作り手の物の解釈の仕方、社会の解釈の仕方が作品や登場人物に反映されるでしょう。私はブランド物に全く興味が無いんです。生きている間のものは肉体を含めて全て借り物だと思っています。脳味噌で今考えている一瞬のエネルギーだけが自分のものです。

── そういった意識は池波正太郎さんの時代小説にも通じているようです。

さいとう  
私は昔から池波さんの小説が好きだったんですよ。池波さんの物の解釈は自分と同じものがあるな、と思いました。しかしいざ描き出してみると劇画向きの小説では無かったんですね。あくまでも文章で活きる世界でした。でも向いていないとは言ってられません。『剣客商売』や『仕掛人 藤枝梅安』『鬼平犯科帳』など劇画にしていますが、『鬼平』は十六年続いています。

── さて、さいとうさんにお話を伺う以上欠かせないのは、コマ割りまで決まっているとされる『ゴルゴ13』の最終話についてです。

さいとう  
これは関係無くなりました。「ゴルゴ」は私の手を離れました。最早、私が止めるとか、続けたいとか言えるものでは無いんです。読者か雑誌が止めろと言うしか止められなくなりました。

── では今後も「ゴルゴ」の活躍を楽しめるのですね。

さいとう  
『ゴルゴ13』を待っていてくださる読者がいることで今まで続けて来ましたし、常に挑戦する意識だけが自分の中のプロ意識を煽り立ててくれています。本当にありがたいことです。

(一月三十日 東京・中野  さいとう・プロダクションにて収録)

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