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『わたしの男』の桜庭一樹さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年デビュー。2003年開始の『GOSICK』シリーズで多くの読者を獲得し、翌年の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。2007年『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞を受賞。このたび『わたしの男』で直木賞を受賞した。主な著書に『少女には向かない職業』、『少女七竃と七人の可愛そうな大人』、『青年のための読書クラブ』などがある。





『私の男』
文藝春秋



『赤朽葉家の伝説』
文藝春秋



『少女七竃と七人の可愛そうな大人』
角川書店



『青年のための読書クラブ』
新潮社



『桜庭一樹読書日記 少年になり、本を買うのだ。』
東京創元社

―― 第一三八回直木賞受賞おめでとうございます。
桜庭 ありがとうございます。賞をいただいたことで作風が変わることはありませんが、より多くの読者に私の作品を読んでもらえるいい機会となり、嬉しく思っています。好きなテーマを好きなように書く自由度も広がりそうですし。
―― 受賞作『私の男』は、十五年におよぶ養父「腐野淳悟」と娘「花」の物語を、東京から紋別、奥尻島を舞台に、時間を遡りながら描いた大作です。
桜庭 編集者と打ち合わせをしたときに、母と娘の物語を提案されましたが、『少女七竈と七人の可愛そうな大人』では母と娘を描き、『赤朽葉家の伝説』では母・娘・孫の女三代にわたる物語を書く予定だったので、似た内容の小説が続いてしまう懸念がありました。でも、「家族」や「血のつながり」の話なら書けるだろうと考え、こちらから「父と娘にしませんか」と申し出たのが始まりです。
―― 父と娘の物語は、極北の恋愛と読み取ることも可能かもしれませんが、桜庭さんはあくまでも、「家族」の話と意識されたのですね。
桜庭 執筆の前に、男友達が大失恋をしたときの言葉を思い出しました。彼は長くつきあっていた女性にふられたショックで、「女の人は信じられない。他人の異性は、時間が経てば心変わりをして離れていく。信じられるのは妹や母親のような、血のつながった異性だけだ」と言ったんです。ずいぶん極端な言葉だと感じましたが、人によっては「家族」というのは第二の自分とも言えるかもしれませんし、たとえ依存し合う関係になっても、本人に近しいものだと思います。そう考えると親子の愛は普遍的で、広く読まれうるテーマだと考えました。
―― 父と娘の情愛が一線を越える背景は、丁寧に描かれています。例えば、二人とも「みなしご」で、十年近く離れて暮らしていた点などです。
桜庭 最初の発想に、みなしご少女物のイメージがありました。その設定に、先程の男友達の言葉がつながりました。以前書いた『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』では、お父さんに殺される女の子「海野藻屑」が出てきます。子どもを殺す親を悪役として書いたつもりですが、ある男性読者が、この父親が一番かわいそうで、一番好きだと言ったんです。自分が書いた人物に、自分の知らない一面があることに驚きました。その親子を『私の男』でもう一度書いてみようと考え、二人が生き延びたイメージで書いてみました。
―― 父親の「腐野淳悟」はどのように造型されましたか。
桜庭
 男性が読んでも魅力的な男を描こうと考えました。父と娘のバランスには気をつかいました。綺麗な娘と怪物のような父親の組みあわせはよくあるけど、かっこいい父と地味な娘の設定はあまり読んだことがなく難易度が高いのであえて挑戦したい、とか。怖いはずなんだけど怖くなくて美しいとか、かっこいいはずなんだけどかっこ悪いとか、そういう相反したものを入れることによって、淳悟をどう判断したらいいのか、読者を揺さぶるように書きました。出だしも泥棒のように傘をぬすんで登場します。本を刊行して、男性の書評家の方から、淳悟の人物像を評価していただけたことは嬉しかったですね。娘の花より淳悟を書く方が難しかったですから。
―― 花と淳悟を取り巻く人物、とりわけ淳悟の元恋人の小町は、二人の伴走者として印象的です。彼女は健全で凡庸な人物と考えていいのでしょうか。
桜庭 花と淳悟の異様な関係を肯定する物語ではないので、別の価値観を持つ人物が必要でした。小説の語りも三人称で書くか、二人以外の別の視点を入れるかのどちらかを選ばなくては、このテーマをフェアに書けないと思いました。花のフィアンセである美郎と小町の視点の章を設けたのは、必要なことでした。
―― 警察の田岡や紋別の名士である大塩も、公序良俗を基軸にした人物ですね。
桜庭 大塩については、真っ当でありながら気持ち悪い部分を出したかった。執拗に花の写真を撮っていますよね。正しい人の気持ち悪さと、間違っているはずの人間が、妙にキラキラして見える瞬間を描こうと思いました。そういう意味でも、『私の男』は善悪の彼岸をいく物語だと思います。
―― 美郎や小町、田岡などは皆、花と淳悟をしばしば「幽霊」または「死人」であるかのように感じています。
桜庭 以前、取材を受けたときに、花は十五年前に死んでいるのではないか、その死んだ花を死神の淳悟が迎えに来たのだという解釈を聞き、面白いなと思いました。装丁も裸で抱き合う男女の絵画を使っていますが、男のほうは死神のように黒く塗りつぶされています。執筆中は自分の中に、死の世界のような暗い向こう側に連れ去られていくイメージがあったのだと思います。
―― 作品世界を覆っている「水」への偏愛に驚きました。冒頭の水たまりから、雨、水が滴る洗濯物、花や淳悟が飲み干すコップの水、オホーツクの海、さらには生理の血、それが「血の絆」と結びつきます。
桜庭 命の始まりの海として、オホーツクの海を書きたいと思っていました。「嵐が、くるよ」という花の言葉で読者を引きつけ、最後に本当の嵐が来て、何もかも失ったところから始まる物語を書きたかった。言われてみれば「水」については、私の中にこだわりがあるのかもしれません。『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の海野藻屑もミネラルウォーターを飲み続けますし、『赤朽葉家の伝説』の万葉も滝の水を飲む場面がありますし。
―― 過去を遡る構成にしたのはなぜですか。
桜庭 時系列で書き進めればアンハッピーエンドですが、時間を遡ることで、輝く過去に戻ることができるんですね。また、花と淳悟の過去に何があったのかを、読む楽しみにしようと思いました。
―― 『私の男』と『赤朽葉家の伝説』には共通点が見られます。いずれも血の物語であること。そして、苗字として使われた赤朽葉の「朽」や腐野の「腐」は同じ意味の文字です。
桜庭 「朽」や「腐」などの言葉が好きなのは、ゴシック文化が好きだというのもあると思います。朽ちていったり、成熟せずに消えていくものは、もともと好きなんです。ゴシック小説も好きですし、タイトルがそのものの『GOSICK』というシリーズも書いています。『赤朽葉家の伝説』も和風ゴシック小説と読んでくれた方もいました。
―― この二作は年代記としての骨格をもち、とりわけ物語の時節はいずれも未来で終わっていますね。
桜庭 『青年のための読書クラブ』も年代記で、未来で終わっています。SFもたくさん読んできたので、その影響もあるのでしょう。私の場合、数年先の近未来は、現在と同じこととして認識しているのかもしれません。
―― 「新刊ニュース」2008年2月号で執筆されたエッセイで、『赤朽葉家の伝説』について《父や母、祖母が…楽しく読んでくれた》と書かれていましたね。
桜庭 『赤朽葉家の伝説』は、故郷が舞台だったり、両親や祖母もよく知っている時代を描いたので喜んでくれました。『私の男』も家族からの感想があって「今までの作品の中で一番よくできている」と言ってくれました。本当に本をよく読む人たちなんです(笑)。私を本好きに育ててくれた家族には、とても感謝しています。
―― 桜庭さんは少年少女向け小説から作家生活を出発されました。小説のジャンルもSF、恋愛小説、ミステリーなど多岐にわたっていますね。
桜庭 自分もミステリーやSF、海外文学、古典などさまざまなジャンルを読むので、読んだものの影響が、作品に反映されているところもあります。現在はミステリー系の作品が多いですが、全体的に見ると、いろいろなジャンルの小説を書く作家ではないかと思っています。
―― 今後の予定を教えてください。
桜庭 五月に小説『荒野』を、八月にエッセイ『桜庭一樹読書日記』の続編を刊行します。九月か十月にも書き下ろしの小説を出版する予定です。楽しみにしていてください。

(1月23日 東京都千代田区の文藝春秋にて収録)

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