トップWeb版新刊ニューストップ
『廃墟に乞う』の佐々木 譲さん
インタビュアー 石川 淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2010年4月号」より抜粋

佐々木譲(ささき・じょう)
1950年、北海道夕張市生まれ。広告代理店、自動車メーカー勤務を経て、79年『鉄騎兵、跳んだ』(オール讀物新人賞)で作家デビュー。89年『エトロフ発緊急電』で日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞する。2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞を受賞。『警官の血』『笑う警官』など警察小説も多数。2010年『廃墟に乞う』で第142回直木賞を受賞する。


第142回 直木賞受賞作
『廃墟に乞う』
佐々木 譲著
文藝春秋


『警官の血』
上・下
佐々木 譲著
新潮社(新潮文庫)

『わが夕張わがエトロフ』
佐々木 譲著
北海道新聞社

『エトロフ発緊急電』
佐々木 譲著
新潮社(新潮文庫)
『武揚伝』
全4巻
佐々木 譲著
中央公論新社
(中公文庫)

── このたびは直木賞受賞おめでとうございます。今のお気持ちはいかがでしょうか。

佐々木 私は一九七九年に「鉄騎兵、跳んだ」で「オール讀物」の新人賞を頂きました。二十九歳の時です。ずっと、自分はまだ中堅だろうと思っていたんです。ところが去年あたりからベテランだと言われて戸惑いました(笑)。だから今回の受賞は、三十一年書き続けたことへの永年勤続表彰なんだと考えています。

── 受賞作『廃墟に乞う』は、北海道の各地を舞台に休職中の刑事・仙道孝司が捜査本部と距離を保ちつつ事件の解決に関わっていく六作の短編連作集です。推理小説、警察小説としての面白さはもちろん、北海道各地の現状を伝えるルポルタージュ的な読み応えもあります。

佐々木 まず編集部から警察小説の提案がありました。私には駐在所勤務の川久保篤巡査部長のシリーズがありますし、『笑う警官』をはじめとする北海道警シリーズも書いています。また『警官の血』もあるので、それらと重ならない小説にしたかった。私は仕事場が北海道にあります。北海道のさらに地方都市、それぞれ生活の異なる場所で起こるその土地ならではの犯罪を一つ一つ書いていこうと考えました。日本はどうしても均質性の高い社会です。でも北海道の地方都市を書けば犯罪を通して均質さから外れた人間たちを描くことが出来るのではないか。
 それから、地方それぞれの犯罪に関わることの出来る警察官は、どんな立場だろうか。道警本部の捜査員だと、セクションもあり、そうそう北海道全域には関われない。しかし、休職中の捜査員であれば、公務ではないけれども北海道全域に関わることが出来るんです。

── 仙道自身が《いまのおれには捜査の権限もない。捜査する根拠もないし、逮捕権もないんだ》と語ります。事実上の探偵として事件に関わっていきますね。

佐々木 北海道警シリーズは「地方公務員小説」という位置づけです。川久保巡査のシリーズは西部劇的な「保安官小説」と捉えています。『廃墟に乞う』の仙道は警察官であるけれども、プライベートアイ、私立探偵に近い立場であると位置づけました。仙道のキャラクターもあまり強烈な個性の持ち主にはしませんでした。それは過去の事件で精神的外傷を負っての休職中なので。控えめに事件に関わり、解決する直前に現場から身を引く人物です。連作なので、全体を通して仙道という主人公が精神的外傷から立ち直っていく再生の物語にしようという思いもありました。

── では、個々の作品についてお尋ねします。まず「オージー好みの村」です。舞台はオーストラリアからの長期滞在者が多く暮らす村で、地元住民と軋轢が生まれています。ある日、貸し別荘で女性の変死体が見つかり、オーナーのオーストラリア人が犯行を疑われます。仙道はオーナーの友人に乞われて事件の真相を探っていきます。

佐々木 北海道の地方都市には古い村社会が残っているんじゃないか、と考えました。この作品は新参者が古くからいる村人たちから排斥されている状況を踏まえての物語です。発表後、地元読者によるモデル探しがあったそうです。もちろん取材はしていますが事件はまったくのフィクションです。以降の作品では場所を特定できないように配慮しました。

── 続く「廃墟に乞う」は書名にもなっており、佐々木さんにも愛着のある短編ではないかと思いました。舞台の夕張市の西にある町は《町の残骸》と書かれています。

佐々木 私は夕張出身なんです。父親は択捉から、母親は樺太からの引揚げ者です。戦後の職もない時期で炭鉱にだけは仕事が確保できた。そこで働いた両親が結婚して私が生まれました。だから私は引揚げ者の子供なんだという思いと、炭鉱で育ったという思いがずっとありましてね。夕張が財政破綻したときは、一年にわたり新聞でルポルタージュを書いたこともあります。その取材のときに見た荒涼とした風景は、ルポだけではなく、別の形で書きたいと思っていました。この風景の中で生きた人、苦しんだ人、犯罪者になった青年を書こうと構想を練りました。「廃墟に乞う」は一番個人的な思い入れが強く出たかもしれません。

── 続く「兄の想い」は、網走に近い漁師町で起きた殺人事件を仙道が探っていきます。「統」という組合がある漁師の実状や利権をめぐって暴力団が絡んだり、兄と妹たちの情愛など様々なファクターを駆使して物語は展開します。

佐々木 漁師町特有の男たちの気風があるんです。人望もあって、手は早いけれども慕われている男っぽい人物を書きたかった。高倉健のような、昔の仁侠映画に出て来るタイプの男を考えて石丸幸一を造形したんです。漁師町の実体はあまり知られていないので一つ一つ書いていきました。私は中標津という酪農の町に仕事場を持っています。牛一頭から搾れる牛乳の量は決まっているから年間の収入も想定出来て堅実な生活になるんです。隣りの標津町は漁業の町です。豊漁だったら、現金がどかんと入って贅沢するんです。そうなると賭場も開かれるでしょうし暴力団にも旨味が出て来るんでしょう。

── 「消えた娘」は、仙道に娘の捜索を依頼する宮内という父親を通して北海道で暮らす核家族の歪みが浮かび上がってきますね。

佐々木 元になった事件がありました。風俗で働く娘の父親が公務員だったんです。厳しい父親の娘はしばしばグレてしまうようです。結果的に娘は殺されてしまった。その話を聞いたときは、やりきれなかった。娘が憎くて厳格に育てたわけではないでしょうけれど。読者にとっては一番辛い物語でしょうね。

── 「博労沢の殺人」は日高地方の博労沢地区の競走馬生産牧場が舞台です。ここには二組の父と息子が登場します。父・大畠岳志と全く性格の異なる幸也と真二、それから物語の最後で明るみになる父子です。因果応報のような二つの殺人があり、神話的な構造の作品です。

佐々木 実はこの小説には原典があり、それはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』なんです。「博労沢」は架空の土地ですが、カラマーゾフをもじって作りました。「博労沢の兄弟」にしてしまうとわかりすぎるかなと思い「〜殺人」にしました。競走馬の育成の仕事に携わる男の気質もまた独特で、他の地方にはない人たちです。そんな神話的な人物設定が殺人事件を巻き起こす物語なんですね。

── 最後の「復帰する朝」は、十勝川の河原で女性の焼死体が発見された事件で、容疑をかけられた妹を助けて欲しいと姉が仙道に依頼します。仙道が探っていくうちに意外な事実が判明します。

佐々木 短編のホラー小説を読み終えた時の怖さを書きたいという狙いではじめました。

── 被害者の町田奈穂にしても、容疑を受けた春香と姉の由美子にしても、女性の嫌らしい部分を描写し尽していますね。

佐々木 もしかしたら私には潜在的にミソジニー(女性嫌悪症)があるのかも知れません(笑)。作品の主人公になるような真っ当な女性を描くと、「非現実的で、女性をわかってない。甘い」などと女性の読者に言われます。ところが、嫌な女性を描くと高く評価される。これは何なんだろうと思います(笑)。

── 仙道は聞き込み用の名刺と、所属と階級が記された正規の名刺の二種類の名刺を持っています。このような細かい情報を得るには佐々木さんに取材をさせてくれる現役の警察官がいるんじゃないかと…。

佐々木 警察の組織や機構、捜査の方法の具体的な部分、または報道されなかった事件の情報などを取材しています。細かなディテールを取材することでリアリティのある小説を書けます。警察小説を書き続けたお陰で取材をさせてくださる警察官は増えてきました。

── 短編小説を書くうえでの秘訣は何でしょうか。

佐々木 短編の場合はキレのよさが必要です。「スライス・オブ・ライフ」という考え方があります。人生の断面を読ませることが短編小説の存在理由だと思います。断面をよく研いだ刃物でスパッと切って見せたいのです。以前から私が書く小説は「この終わり方じゃ不充分でしょ、もうちょっと説明した方がいいのでは」と言われます。でもこれで充分じゃないかと思うんですよ。先ほども申したとおり『廃墟に乞う』は言わば私立探偵が主役のハードボイルド小説だと意識し、人物の内面について作者が語り過ぎないようにしています。行動と、そのリアクションだけを描写してテーマなり気分なりを表現できればいいと思うのです。

── 佐々木さんは北海道で仕事を続けています。「北海道の作家」という意識はありますか。

佐々木 もちろんあります。ただ一方で、東京から離れたところで書いているけれども、国際水準で小説を書いていきたい。舞台はローカルですが、書いている内容や題材は普遍性のあるものを書いているつもりです。実際、私の小説は何作か翻訳されて海外で読んでいただいていますし。北海道の作家だけれども北海道限定の作家ではなく、北海道から世界に向けて発信する小説家なんだという意識があるんです。

── 今後の予定は。

佐々木 現在書き続けている警察小説のシリーズがあるので、それは今後も続けていくでしょう。幕末・維新や戦国時代の小説は未だ書き尽くされていない分野や人物があります。ですから今、書くことを休んでいる歴史小説、あるいは時代小説にも今後は取り組みたいです。

(一月二十七日、東京都千代田区・文藝春秋本社にて収録)


Page Top  Web版新刊ニューストップ

Copyright©2000 TOHAN CORPORATION