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『悼む人』に至る軌跡〜天童荒太の世界〜
「新刊ニュース 2009年4月号」より抜粋
第140回直木賞を受賞された天童荒太さんと、天童さんの作品世界に精通している松田哲夫さんに、受賞作『悼む人』が生まれるまでの軌跡をお話頂きます。
ベストセラー『永遠の仔』誕生秘話、天童さんの“寡作”の理由など、誌面を拡大してお届けします。
作家 天童荒太
1960年愛媛県生まれ。明学文学部演劇学科卒業。映画の原作や脚本などを手がけた後、本格的に小説執筆を開始。1999年に発表した『永遠の仔』(幻冬舎)が130万部を超えるベストセラーとなる。同作で2000年、第53回日本推理作家協会賞を受賞。2009年、7年を費した長編小説『悼む人』によって第140回直木賞を受賞。
〈主な作品〉『孤独の歌声』(新潮文庫)、『家族狩り オリジナル版』(新潮社)※2004年に増補改訂版発売、『永遠の仔』(幻冬舎)、
『あふれた愛』(集英社文庫)、『包帯クラブ』(ちくまプリマー新書)、『悼む人』(文藝春秋)ほか。
編集者 松田哲夫
1947年東京都生まれ。東京都立大学人文学部中退。筑摩書房顧問。1970年筑摩書房入社、以後編集者として活躍。41万部のベストセラーとなった赤瀬川原平著『老人力』や、天童荒太著『包帯クラブ』など数多くの作品を手掛ける。TBS系テレビ「王様のブランチ」本コーナーのコメンテーター、路上観察学会事務局長など活動は多岐にわたる。2009年1月号より本誌にて「哲っちゃんの今月の太鼓本!」を担当。
〈主な作品〉
『「本」に恋して』(新潮社)、『印刷に恋して』(晶文社)、『編集狂時代』(本の雑誌社)ほか。
天童荒太さんの作品
第140回 直木賞受賞作
『悼む人』

文藝春秋
『包帯クラブ』
筑摩書房
(ちくまプリマー新書)
『家族狩り オリジナル版』
新潮社
松田哲夫さんの作品
内澤旬子イラストレーション
『「本」に恋して』

新潮社
『印刷に恋して』
晶文社
『編集狂時代』
本の雑誌社
 
デビュー作
『孤独の歌声』


松田 
まずは直木賞おめでとうございます。読者としても嬉しいですね(笑)。 

天童 ありがとうございます(笑)。

松田 『悼む人』で直木賞を受賞されたわけですが、この作品で初めて天童さんの世界に触れる人もいるだろうと思います。そこで、これまでの作品を振り返っていって、なぜ今『悼む人』という作品を書かれたのか、『悼む人』前史みたいなお話を伺えればと思っています。まず、”天童荒太”としてのデビュー作が『孤独の歌声』ですね。

天童 1993年だったと思います。

松田この作品で第6回日本推理サスペンス大賞優秀作を受賞されました。

天童 第1回の優秀作が乃南アサさん、そのあと宮部みゆきさん、高村薫さんなどが大賞を受賞された凄い賞です。 
 

松田 そうそうたる顔ぶれですね。

天童 もともと僕は映画の世界を目指していたのですが、どうにもうまくいかなくて。25歳の時に『白の家族』という小説を書いて野性時代新人文学賞を頂いたりしたのですが、まだ映画への執着があった。映画を離れて小説をしっかりやろうと思った時はもう30歳になっていて、最初のデビューから時間が空き、経済的にも困窮していたので、賞金が高かったサスペンス・ミステリー系に応募することにしたんです。

松田 その時の大賞受賞者は誰ですか?

天童 僕が大賞なしの優秀作ということで。だったら大賞くださいよ、と(笑)

松田 賞金額が下がってしまう?(笑)

天童 はい(笑)。

松田 『永遠の仔』までは、犯人探しがあったりと、ミステリーとして書いてますよね。もともとミステリーは好きだったんですか?

天童 はい。やはり映画から入った形ですけど、ことに松本清張さんの映画化作品などが好きでした。

松田 「砂の器」とか?

天童 もいいですけど、気に入っていたのは「影の車」っていう小品です。橋本忍さんの脚本で、構成がしっかりしてて、松本清張さんの短編の良いところが出ている作品だと思います。あと高校の頃に角川映画が始まり、「犬神家の一族」とか横溝正史シリーズがド〜ンときた。清張さんと横溝さん、あと高木彬光さんはよく読みましたね。ただ読むのは好きだったけど、トリックなどを考えるのは苦手で。『孤独の歌声』を書くにあたっても、人間の業とか、人間がどうしようもなくやってしまう犯罪みたいなことを表現したかった。人間は最終的にその存在自体が最大のミステリーだと思っているので、それを表現すればいいのではないかと。でも、経済的には困窮しているし、早く書かないともう自分が干上がっちゃう。それで一番締切が近い賞に応募しました(笑)。

松田 それなのに賞金を減らされてしまった(笑)。

天童 それでもとにかくお金が入って、良かったんですけど。でも急いで書いたので本当にあらが多かった。だから文庫版を刊行する時にとことん書き直しをさせてもらって、今では満足する内容になっています。


『家族狩り』が描いた
「恐怖」


天童 その後ホラー・サスペンス系の依頼を頂き、人間にとって一番怖いものは何だろうかと考えた。例えば幽霊のいるホテルや、殺人鬼のいる森といったシチュエーションもあるけど、そういった所は行かなければ済む。

松田 でも、ジェイソンはどこで襲ってくるかわからないでしょう?(笑)

天童 そうですね(笑)。でもその場所に行かない人間は別に怖くも何ともない。あらゆる人にとっての恐怖とは何かを考えたら・逃げられないもの・が一番怖いだろう、と。そして、「あっ、家族だ」って気が付いた。これは誰も逃れられないし、現実に社会問題として家族の問題がいろいろ噴出してきた時代だった。なのに社会全体が「よい家族になればすべて解決する」と家族に全てを押し付けようという風潮が強くて、そのことに怒りも感じていた。社会のサポートもなしに家族の問題の解決を家族に押し付けたら、結局は、子どもとか老人、あるいは女性という弱い立場の人にしわ寄せがいくことが明らかだったので、その怒りを踏まえて表現したのが『家族狩り オリジナル版』です。

松田 僕は『永遠の仔』から遡って読んだのですが、いやあ、怖かったですね(笑)。天童さんは、きれい事でごまかさないで、真実をあからさまに突きつけたいと、犯人の気持ちに半ば共感しながら書いていて、鬼気迫る感じでした。実は、この作品の後、現実社会では、より陰惨な事件が頻発していくんですが、それを先取りしている。

天童 自分の怒りを、エンターテインメントっていう糖衣で包んでいるとはいえ、このまま出していいのかという、ある種の不安はありました。でも、各誌のベストテンなどで1位に選んでくださる方がいたり、こういう作品を望んでいる読者層が確実にあって、しかも山本周五郎賞まで頂き、自分自身でも驚きでした。

松田 怖いんだけども、目をそらしてはいけない何かがそこにはあった。そういう天童さんの怒りみたいなものが、伝わったんじゃないかという気がします。


『永遠の仔』
執筆スタイルの確立


松田 その次の作品がいよいよ『永遠の仔』ですね。

天童 『永遠の仔』は執筆に5年半ほどかかりました。『家族狩り』から、登場人物の履歴書をきっちりノートに作るようになったのですが、『永遠の仔』はこれをさらにちゃんとやらないと失礼な表現になると、準備を進めるほどにわかってきた。主人公の傷ついた3人の内面に入らないと物語が成立しない。でもそれは虐待を受けた人間の身になるっていうことだから、生半可なことではできなくなってきたんです。

松田 登場人物の一人一人が、どういう履歴や性格で、どういう日常を送っているかなど、あらゆるものをまず固めていく。

天童 それと同時にゆるいプロットを作って展開を考える。それを基に「主人公の気持ちになってみよう」と思ってなりきると、彼らの言葉がズラーってノートに自然に出てくる。

松田 自動筆記みたいに。

天童 そうですね。トランス状態になって漢字もかけないから、カタカナみたいなのが、速記みたいに書かれていく。

松田 でもそのままだと作品になりませんね。

天童 それが生のまま出たら、たぶん辛くて読めないでしょう。小説にならない。

松田 悲鳴の連続で(笑)。読者は大変ですよね。

天童 そう(笑)。とても読めない。でもだからこそ全部はき出そうって。全部出して、それを職業作家として距離をおいて見て、表現できるギリギリのところでせめぎあって、形にしていくということを初めてしました。

松田 ひとつの架空の物語を、とことんリアルに細部まで作りこむ。その上で書き手として客観的に描写していくという2段階の作業があるんですね。

天童 2段階ありますね。『永遠の仔』では三人が過ごす病棟や、病院周辺の地図も書いたし、病院の看護システム、子ども病棟の年間行事、登場しない患者さんも全部。そういうもうひとつの現実世界を完全に作ることで、いま僕らが生きている現実とは皮一枚向こうの、もうひとつの現実を、皮膚感覚で読者に伝えたかった。そうしないと3人が抱えている本当の痛みや願いが届かないと思ったものですから。結果的にそれは本当にやってよかったと思いますね。

松田 そういう方法は『永遠の仔』から『悼む人』まで一貫しているんですね。

天童 はい。文学の専門家の方からすれば異論のある書き方かもしれませんが、自分が読者にしっかりと向き合うには、今のところこの方法しかないと感じているので、読者の声を支えに、自分のスタイルとして続けています。

松田 天童さんがひとつの作品を書くのに非常に長い時間がかかる謎のひとつはそこに…。さぼっているわけではない(笑)。

天童 もうひとつの現実を作っているんです。


読者の内側に届く
三段跳びへの挑戦


松田 天童さんは物語を書き進めながら、その「もうひとつの現実」を書き直されることもありますよね。

天童 作品の前提となる現実をきっちりと作ってしまうために、いざ表現する時に結末が見えてしまい、表現に入っていく勇気を駆り立てられない時があります。そこから出来上がった物語は緊張感や新しさを欠いてはいないかっていう気後れがある。だからこそどう書いていいのかわからないところまで状況や設定を作り直し、自分を追い込んでいけば、それを尽き抜けた時にはきっとこれまでにない新しい感動を読者に届けうるのではと思っています。だから・書けた・と思った時は・いやもっと表現できるはずだ・と考え直すようにしていて…松田さんが編集担当してくれた『包帯クラブ』でも、「松田さん、すいません」ってそれまでの原稿を捨てちゃう(笑)。

松田 今いる現実から架空現実に一回跳んで、そこから物語を作るという形で跳んで、そこからさらに跳ぶ。完成形は三段跳びなんですね。

天童 おっしゃるとおりですね。ホップ・ステップ・ジャンプで、ジャンプできないとやっぱり…。自分自身が納得できない。

松田 ジャンプしなくても、それはそれできれいにまとまった作品になるけれど。

天童 ジャンプして着地地点でこけるかもしれないけども、試みた勇気を含めて、その表現に向けての挑戦はきっといいものになるはずだっていう確信がある。着地でこけるのを怖がって、ホップ・ステップのところで無難なものにおさめるのは、自分のスタイルにはしたくない。『悼む人』でも、ここはもう敢えてジャンプさせてくださいと、挑戦しました。

松田 『悼む人』をお書きになっている途中にときどきお話を伺っていたのですが、予想に反して着地の地点が大きく変わりましたね。

天童 思いがけないほど遠くに、凄く高いところまで行けたので(笑)。自分でもびっくりしました。着地がきれいに決まったかどうかは読者が判断することですが、挑戦したことだけは認めてもらえるんじゃないだろうか、と思ってます。

松田 でもその方法だと本当にそれでゴールにたどりつけるかどうか不安じゃないですか?

天童 怖いですよ。『永遠の仔』の時もそうでした。『家族狩り』から何年もたって、あいつは何をしてるんだ、と批判も出る。

松田 書けないんじゃないかってね。

天童 でも…、二年かけてもまだゴールが見えなかった時に、逆に腹が据わったっていうんですかね。三年かけてでも凄いって思ってもらったほうが絶対いいだろうと。最終的には、あとは僕や家族が耐えられるかどうか。自分が言うのも恥ずかしいけども、素晴らしいものが書けてるんだから、それは耐えなきゃダメでしょう、って。だから、延びて延びて、最後はゲラでの修正ではなくて全部書き直させてくれって(笑)、最後の150枚は全部新たに書き直して。本当にもうギリギリまで苦労をかけてやらせてもらって、1999年の1月28日ぐらいに脱稿、2月の中旬で発売みたいな感じになった。だから書き終わった時には何も考えられなくって。刊行後凄い売れ行きで、各方面から反響を呼んだ時は、もうただ、あ然呆然。何が起きているのかわかりませんでした。

松田 でも、読者に届いたっていう感じを…。

天童 そうですねえ…、とにかく驚きのほうが強かった。それまでの僕の感覚では、本はまず娯楽として読まれるものだったので。

松田 人生の外側にあるわけですね。

天童 そうなんです。教養として読む場合もあるだろうけれども、それも外側。ところが『永遠の仔』が読者に届いた形はそうではなくて、個々の人生の中に本を入れてもらえた。お便りを読むと、自分が生きていく上でこの本は必要だとか、この本が自分の人生の中にある意味はこれまでの本とは違う、というような読まれ方をして。本当に尊い読まれ方のひとつだろうと。

松田 僕は1996年から「王様のブランチ」で、その折々に自分が気に入った本を紹介しているんですが、本当に視聴者や、それ以前にスタジオにいる出演者たちに届いているかどうかが不安でした。でも、『永遠の仔』の時には、関根勤さんはじめ、寺脇康文さん、恵俊彰さんたちが、すぐに反応してくれ、みんなが読んで、感想を語り合うということが毎週続きました。一冊の本を間において、みんなが対話するという歓びを、その時味わいました。

天童 そうですね。共有していることの喜び。辛い話なんだけど、共有できていることでその辛さも肯定され、よきものに変化していく感じが、僕も番組を見ていてわかりました。


読者の歩みを
止めないために
『家族狩り』書き起こし


松田 天童さんは、『永遠の仔』で、すごい到達点にまで行ったのですが、その後、すぐに『悼む人』へと繋がっていくんですね。

天童 実は少し間があります。短篇集の『あふれた愛』を出して頂いて、次は長篇をという時、『家族狩り』の文庫化の話を頂いたのですが、「ちょっと待ってください」って。先程言ったように『家族狩り オリジナル版』は怒りを基底に置いて表現しているので、そのままだと、『永遠の仔』を読んでファンになってくれた読者の中には、ある種、失望を抱く人も出るのではないかと。せっかく『永遠の仔』で生きる希望のようなものを持って歩むことができた人たちの歩みを止めさせてはダメだと思ったんです。それで『家族狩り』のモチーフは変えないけれども、全編書き起こすということになった。

松田 大変ですよね。そんなことをするより、新しいものを作ったほうが…。

天童 楽でしたね(笑)。

松田 せっかく『永遠の仔』のプレッシャーから解放されたのに、なぜさらに辛さを引き受けようと…。

天童 それをさせたのも、また支えてくれたのも、読者です。『永遠の仔』を読んで生きることにしましたっていうお便りをたくさん頂いていたので、その方たちの歩みを決して止めさせてはいけないという想いです。自分の表現に納得がいかないから直すというのなら、もっと楽だったんですけどね。でも一度発表した作品を、新たに書き起こすということで、小説の技法をいろいろと検証しながら進めることができた。3年ぐらいかかってしまったので遠回りだと言う人もいますが、そこで得た技術が僕をいま支えている。文庫版『家族狩り』は作家天童荒太にとって、本当に大きな仕事になりました。

松田 オリジナル版は緊迫感と怖さ、怒りみたいなものがメインのトーンだったのが、そこにコミカルな部分や緩やかな日常などが入ってきたことによって、世界が深く広くなったなあという感じがします。本当に別の作品に生まれ変わりましたね。

天童 おかげで「王様のブランチ BOOK大賞」を頂いて(笑)。文庫なのにミリオンセラーにまでなって。多くの方に受け入れられたことで自分の方向性への強い勇気を得ました。


『包帯クラブ』で広がった
『悼む人』の世界


松田 その後『包帯クラブ』が割り込んでしまいまして(笑)。

天童 松田さんからお話を頂いたのは「ちくまプリマー新書」。若い人に向けた何かエッセイ的なメッセージをと。

松田 文庫版『家族狩り』のあとがきのエッセイを読みまして、あ、こういうテイストもいいなあと(笑)。

天童  というお話だったんですけど、やっぱり僕は物語が好きだし、物語を届けたかった。でも、お話を頂いた時点ではまだ『悼む人』の執筆が先だと思ってました。文藝春秋さんへの「次作は文春さんで」という仁義もあるし(笑)。ところが『悼む人』の執筆が進むに従い、逆の影響が出てきたというのか…あらゆる死を分け隔てなく悼むことが、生きてる人も分け隔てなく見ることにつながるのではないかということに気付いた時、ああ、「傷」もそうなんじゃないかと思って。傷とか痛みって、ある人にとってはとるに足らないものに思えても、ある人にとっては生死に関わる場合がある。傷を分け隔てなく見ることが、人間を公平に見ることに、そして生きてることを尊ぶことにつながると気付いた時に、これを早く若い人に伝えたい、どうしても届けたいと思うようになった。それで文春の人に「ごめんね」ってお願いして、『包帯クラブ』をちくまプリマー新書から出させてもらったわけです。

松田 天童さんの作品は、読者に開かれていますが、物語としてはそれぞれ完結している。『永遠の仔』の主人公のその後を知りたいですが、あのあとの物語が書かれるとは思えません。ところが、『包帯クラブ』の場合、物語そのものがさらに広がっていくような感じがする。こういう、これまでと違うテイストの作品を書いたことが『悼む人』にもいい影響を与えたのではないかと思いますね。

天童 そうですね。『包帯クラブ』が間に入ったことで『悼む人』の発表は遅れましたけれども、より以上の、大きいプラス感はあります。例えばユーモアっていうのかな、大切なことを常にしかめっ面で語る必要はないっていうことを表現できた。時には、コミカルに語ることで伝わるものもある。でも、それは『永遠の仔』を出した作家としては、なかなか読者に対して提示しづらいんです。『包帯クラブ』によって天童だってバカなことを言うし、すべることもあるっていうようなことも、メッセージとして伝えることができた。いろんな面で『包帯クラブ』は『悼む人』に良い影響を与えてますね。先に刊行できて本当に良かった。

松田 刊行の順番を無視して横入りをしてしまい(笑)、列に並んでいる編集者の方たちに顰蹙を買っているかもしれないけど…。

天童  でも、どうしても『悼む人』のほうが先でなきゃ困ると思ったら、引き受けてないと思うんですよ。作家的勘、表現者としての勘で、そうしたほうが、『包帯クラブ』はもちろん、『悼む人』がより生きると直感したんです。時間を置くことで、もう一度客観的に『悼む人』の世界を見ることもできたし。『悼む人』には亡霊的存在が出てきますけれども、そうしたいわゆるシュールレアリズム的な部分が入ってくることによる小説の豊かさとか膨らみみたいなものは、『悼む人』だけを続けていたら出なかったのではないかなと思います。超現実的なものが入ることによって、より現実が強まるときもあるし、小説内現実はより確固たるものを確立しうることだってある、っていうようなことを理解して、ちゃんと意志を持って表現できたのは、時間を取って考えられたからこそだと思いますね。

松田 そういう意味では、ホップ・ステップ・ジャンプのジャンプが読者からしても「え〜、こういうところまで連れていかれるんだ」という気持ち良さや充実感があると思いますね。

天童 僕自身も「あ〜、まだいける」と思って(笑)びっくりしながら、空中にいた時期もありますね。

松田 だから、今回の受賞をきっかけに、今まで天童さんの世界に触れて来なかった人も読んでくれるっていうのは、嬉しいですね。

天童  ええ、本当にそう思います。これを機会に天童荒太の作品世界に新たに入ってきてくださって、それで何か心を動かされることがあれば、これに勝る喜びはないです。そして『悼む人』や『包帯クラブ』のサイト(※1)には素晴らしい読者の声がいっぱい掲載されているので、そうした声にも触れて頂けると、すごくいいなあと思います。単に読者の感想にとどまらない、読者の心の表現がそこに出ていて、僕自身も勇気づけられるし、たぶん読まれた方も勇気づけられると思う。ひとつの表現として強い力を持っていると思います。そしてまた声を返して頂ければ、それに僕は応えようと思って、新しい作品を書く勇気が出るので、よろしくお願いします。

松田 一冊の充実した本を読むという喜びだけではなくて、同じ本を読んだ人同士で何か話し合うとか、時間を共有するとか、そういった・読者にとってのジャンプ・のようなものを感じさせてくれるのが天童さんの世界、作品だという気がします。作品そのものの素晴らしさだけではない、その先の楽しみもあるよ、と言いたいですね。

天童 ありがとうございます。これは『包帯クラブ2』も頑張らないと(笑)。
(二月十三日 東京・三鷹にて収録)

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