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晴耕雨読のススメ
恵泉女学園大学・実習農園にて
「新刊ニュース 2009年9月号」より抜粋
近年、空前の家庭菜園ブームになっています。書店の実用書売場でも関連書が百花繚乱です。そこで今回はNHK「趣味の園芸 やさいの時間」講師としてもおなじみの藤田 智先生と、経済ジャーナリストとして活躍する一方20年来の家庭菜園ファンである竹間忠夫氏に、家庭菜園の魅力についてお話しいただきました。
恵泉女学園大学 准教授 藤田智
1959年秋田県生まれ。岩手大学大学院修了。恵泉女学園大学人間社会学部准教授。大学で教鞭をとるほか、講演会、テレビ・ラジオ番組などで、野菜づくり・園芸学の講師を務める。特にNHK教育テレビ「趣味の園芸 やさいの時間」では、分かりやすく、親しみやすい指導が人気を集めている。
〈主な著書〉
『つくる!日本の野菜』(明治書院・橋本哲弥共著)、『体においしい野菜づくり』(PHP研究所)、『かんたん!プランターで野菜をつくる』(サンマーク出版)、『楽ラク野菜づくり』(双葉社)、『藤田智の菜園スタートBOOK 秋冬&春準備編』(NHK出版)他多数。
経済ジャーナリスト 竹間忠夫
1949年東京都生まれ。埼玉大学理工学部化学科卒業。自動車専門誌、経済誌の編集記者、『週刊現代』記者を経て、1990年フリーの経済ジャーナリストに。経済誌、月刊誌等への執筆の傍ら、20年来の「家庭菜園」ファンとして“週一農夫”であり、園芸にも深い造詣がある。昨年『「家庭菜園」この素晴らしい世界』(講談社)を上梓。
〈主な著作〉
『できる奴はICになる! フリーランス・ビジネスマン23人の働き方』(アールズ出版・大宮知信共著)、『101人の起業物語 彼らはなぜ成功したのか?』(光文社)、『夢のスーパーハイビジョンに挑む』(NHK出版)他多数。
藤田 智さんの作品
『つくる!
日本の野菜』

橋本哲弥著 藤田 智監修・著
明治書院・学びやぶっく
藤田智の菜園
スタートBOOK
秋冬&春準備編』

藤田 智著
NHK出版・生活実用
シリーズ NHK趣味の園芸 やさいの時間
竹間 忠夫さんの作品
『「家庭菜園」
この素晴らしい世界』

竹間忠夫著
講談社
紙面掲載商品
『家庭菜園で楽しむ はじめての野菜づくり』
新井敏夫監修/
主婦の友社編
主婦の友社・
主婦の友新実用BOOKS
『コンテナでできる はじめての野菜づくり』
東京都立園芸
高等学校監修
新星出版社
 
家庭菜園ブーム

竹間  
藤田さんは今、テレビに講演に執筆にとお忙しいでしょう。 

藤田 この間、締切ギリギリでどうしてもゲラを確認する時間が取れなくて、畑で確認しました。編集者から「ゲラが土で汚れてますよ」って(笑)。

竹間 まさに人気者だ(笑)。

藤田 竹間さんは、本業は経済ジャーナリストなんですよね。

竹間 そうです。家庭菜園を始めて、今年で22年目になりました。でも同じ野菜は1年に1回しか作れませんからね。まだ22回目です(笑)。

藤田 それでこの『「家庭菜園」この素晴らしい世界』を書かれた。 
 

竹間 まあ20年やったから、家庭菜園の楽しみについて書いてもいいだろうと(笑)。

藤田 趣味の集大成としては最高ですね。でも何年やっても植物・野菜を育てるのは簡単じゃないですね。

竹間 成功しても失敗しても年に1回しか試せない。次の年には忘れちゃってるし。でも家庭菜園で作るような野菜は、ほとんどチャレンジしています。今、全部で400uぐらい耕作しています。

藤田 それは凄い。私といい勝負(笑)。それだと色々な野菜が取れ過ぎるくらいじゃありませんか?

竹間 基本的に「多品種少量生産」を心がけてはいるのですが、自給率は1000%ですね(笑)。9割は周りに配りまくっています。

藤田 いいですね。野菜作りは、自分で食べる喜びと、それを分かち合う喜びがありますからね。暑い中、汗を流して農作業して、腹が減ったら畑でトマトを食べる。これは本当にうまい、私も最初はジ〜ンとしました。でも、一生懸命作ってしまうとたくさん取れる。白菜なんか同時に10株もできたらもう大変。

竹間 私はひとシーズンで80株です(笑)。

藤田 1個2〜3キロとして大体200キロ。1日に1キロ食べても200日連続(笑)。凄く健康になりますね。

竹間 でも病気で枯れるリスクもありますから、少な目に種を蒔くのは中々難しい。農薬を使わないし、有機農法なので特に。

藤田 完全無農薬は家庭菜園の特権ですからね。

竹間 農薬を使うのなら、スーパーで買っても同じ。ここはこだわっています。

藤田 もちろん畑は自由な形でやるのが一番。私は仕事柄色々アドバイスを求められますが、科学的な理屈とかは抜きにして、結局本人が納得しない方法だと野菜の育ちが悪い(笑)。

竹間 わかる気がします。

藤田 そうでしょう。100人100色、十人十色で畑や野菜に対するその人の想いが影響を与えるんです。もちろん基本的な方法等は私の本を読んでいただいたりして(笑)。

竹間 皆最初は読んで勉強します。家庭菜園・農作業には基本がありますから。

藤田 やはり基本は守りつつ自分の新しいやり方を考えていくのが理想ですね。それにしても今の家庭菜園ブームは凄いことになっています。野菜作りをする方が増えてとても嬉しく感じています。

竹間 まとまった統計はないのですが、趣味で野菜作りをしている人は、例えば市民農園が平成20年3月現在で3273ヶ所、16万人程度が活用しているようです。でもこれは公的に把握できているところだけなので、個人で農家から土地を借りている人等も加えると、この数倍か十倍か。

藤田 実数はもっと多いでしょう。家の庭や、ベランダ菜園などもありますから。100万人から200万人と考えても良いのではないでしょうか。ホームセンターの園芸用品の売上げも毎年倍・倍ゲームのように凄い勢いで増加していますし、市民農園も確実に年々増加している。

竹間 市民農園は人気で、抽選で借りるような状況ですから。

藤田 以前、NHKの『難問解決 ご近所の底力』という番組で、市民農園の抽選に落選し続けて10年という人が出て「俺は畑でやりてえんだ」って(笑)。それで市民農園以外にも、ベランダ菜園や、車で数時間くらいの地方の農場を借りるとか、アイデアを出して解決しました。野菜づくりができる環境が整えばもっと増えるかも知れません。

竹間 100万人が畑を耕していると全国で年間収穫総量はどれぐらいになるんでしょう。相当ですよね。

藤田 私が指導している公開講座で以前計算したのですが、この講座は1区画20uで、ジャガイモ、トマト、ナス、キュウリ、ピーマン、モロヘイヤといった夏野菜に白菜、大根、ブロッコリーという秋冬野菜を併せて、全部の収穫量がおよそ8万5千円分ぐらいでした。貸し農具、種、肥料なんかも含めた講座受講料を引いても4万円程浮きましたね。もちろん交通費や労力は別ですが。

竹間 肥料代は結構掛かります。有機農法だと堆肥を買ってくる必要がありますから、私は毎年2万円ぐらい。でもまあ、収穫量はもちろんそれ以上だし、安全・安心は間違いない。やっぱり自分で作る野菜はいいですよ。


家庭菜園が
日本の農業を救う?


藤田 安心・安全というのは重要なキーワードですね。昨年の中国産冷凍ギョーザ問題や残留農薬問題、そして食料自給率の低下など、今、「食」に関する問題を国民がはっきりと認識しました。

竹間 農家を取り巻く状況は本当に厳しいですね。
大赤道儀室の65cm屈折望遠鏡を見上げる。
藤田 国や農水省等が色々な支援策を出していますが、本当に農家を支えなければいけないのは、実は消費者である我々なんですね。最後に「買って、食べる」のは我々ですから。ところが農家の方が、安心・安全なものを作ろうと努力して無農薬野菜を出荷しても、値段が高かったり虫食いがあると売れ残ってしまう。無農薬で栽培し安心・安全なのに、消費者は虫食いのある野菜だと目をそむけてしまう。

竹間 この消費者の意識改革は必要ですね。

藤田 キレイだけど農薬を使って100円のものと、無農薬だけど見た目が悪くて200円のものがあると、「農薬を使うな!」と言ってる人でも安い方を買ったりする。でも無農薬栽培って本当に手間とコストが掛かる。一度でも野菜作りをやったことがある人はわかると思いますが、畑の雑草を抜くだけでも凄い労力です。農薬を使わなければ、とても低価格では出荷できない。農家の労力に見合った価値を我々が払うようにならないと、本当に安心・安全で美味しい野菜を流通させることは難しい。

竹間 美味しい野菜なら虫がいて当たり前。逆に虫がいない野菜は怖い。店頭で形の整ったキレイな野菜を見ると、どれくらい農薬を使っているのだろう、怖いなあと思ってしまう。

藤田 今が旬の枝豆なんかまさにそうですね。農薬を使わないと害虫にやられてしまいます。

竹間 私はなんとか頑張って無農薬で作っています。

藤田 収穫できそうですか?

竹間 今年は結構うまくいきました。

藤田 素晴らしいですね。竹間さんのような方が増えないと、本当に消費者のことを考えている農家を支えることができなくなってしまう。だから実際に野菜づくりを経験している消費者の層を増やすことが、将来の日本の農業を支える、農業を理解することになるのではないか、と考えているんです。

竹間 それなりの覚悟はしていたほうが良いですが、やってみるとかなりハマってしまうのが家庭菜園。

藤田 だから今度は作った野菜を調理して食べる所まで同時に提案できないかと思っています。先日は「スーツァンレストラン陳」の調理長・菰田欣也さんに畑まで来てもらって、取れたてのキュウリでバンバンジーを作ってもらいました。普通、鶏肉料理≠ナすけど、これはキュウリを食べるためのバンバンジー。いやあ、新鮮な食材で一流のコックが作る中華、うまかったです。ここまでくれば家庭菜園の極みですね。

竹間 聞いてるだけで美味しそうです。「美味しい料理を食べるための野菜作り」は大事なポイントですね。


家庭菜園のルール

竹間 20年間やってきて、複数人で家庭菜園・共同農園をやっていくには二つのルールが必要だとわかってきました。ひとつは草(雑草)を生やさないこと、もうひとつは人の畑に口を出さないこと。大体揉め事はこの二つの問題から始まります。

藤田 いらないお世話をする人とか、自分のやり方を人に押し付ける人とか。

竹間 私たちのグループだったら追放です(笑)。

藤田 グループ全体でどのくらいの農地を借りているんですか?

竹間 今、第1〜第3農園まで合わせて、1500坪くらいを30〜40人くらいで借りている形ですね。

藤田 1500坪って5反歩ですね、それは凄い。年間貸借料はいくらくらいですか?

竹間 ただです。もちろん多少のお礼はしています。

藤田 でも、税金もかかりますよね。ずいぶん心の広い地主さんだ。

竹間 結局土地を相続しても、サラリーマンだったりすると農業はできない。かといって市街化調整区域では売るに売れないので耕作放棄地になる。地主さんにとってみれば、草取りだけでも大変。だからトラブルを地主に持ち込まないで、草取りをしっかりしてくれるならば、10年でも20年でも使って欲しいと(笑)。そういう土地は全国にたくさんあるのだと思います。

藤田 畑には毎日行かれているんですか?

竹間 私は週に1回、土曜日だけの「週一農夫」です。他のメンバーはそれぞれの都合に合わせてですね。いちばん若い人は、45才くらいかな。

藤田 そ週一農夫はいいですね。私はもっと多くの人に、特に若い人たちに、野菜作りを体験してもらって、食べ物を作る苦労を経験して欲しい。できればお子さんなんかも巻き込めると最高です。

竹間 草取りなんか特にね(笑)。毎朝ぞうきんで拭いてるのかというぐらい草一本生やさない人もいるけど。

藤田 いいですね。ぞうきんで畑を拭いてる(笑)。以前、20代前半の夫婦が共同菜園を雑草だらけにしていたんです。やはり周りに迷惑が掛かるから注意すると、ぼそっと収穫時期を逃してしまった実習農園のキュウリ。「実習を通じて生徒が学ぶことは多い」と藤田先生。「先生、雑草にも命があるんですよ」って。じゃあ家庭菜園やるなよって(笑)。自然農法、不耕起栽培を他人の畑でやるなよと。

竹間 離れた所で勝手にどうぞ。家庭菜園でやるなんて、絶対許さん(笑)。

藤田 一万年程前、地面を耕すことによって、人類は安定した生活を手に入れたわけですから、耕すっていうことが人間の原点のような気がするんです。

竹間 昭和天皇が「雑草という植物はない」と言った有名な話があるけどね。

藤田 あれは昭和天皇が言うから意味がある。確かに雑草も植物だし、命があるけど、野菜作りとは次元の違う話。でもそういった話や、苦労も含めて、野菜の育て方を知っているのと知らないとでは、食べ物に対する考え方も変わってくると思います。


家庭菜園の喜び

竹間 
家庭菜園を続けている大きな魅力の一つに、人とのコミュニケーションがあります。地元に数十人単位の知り合いができました。もし私がサラリーマンで、家と会社の往復だけだったら地域に知り合いを増やすなんて難しかったと思います。かといって私はあまりベタベタした人間関係は好きではないので、純粋に「園芸仲間」という距離感を保っています。 

藤田 でもそれは大きな財産ですね。知り合いのご夫婦で、凄い量の野菜を栽培している方に、そんなに作ってどうするのと尋ねたら「離れて住んでいる息子夫婦に送るんだ」って。そういうコミュニケーションもできる。スーパーで売っているものより新鮮なので「うまい!」となるわけです。

竹間 そう、味が違う。近所に配った時だって皆さんよく食べますよ。自分が作った野菜が美味しいと言われるのは嬉しい。

藤田 家庭菜園は努力が実る喜びがある。頑張っても会社で報われないことって、結構あるでしょう(笑)。でも野菜は手をかけて、有機栽培だったら虫をつぶしたり、雑草を取ったりすると、確実に収穫にはね返ってくるんです。

竹間 本当に手間を掛けるほどね(笑)。

藤田 あと、きちんと四季を感じることができる、現代人は四季の感覚が鈍くなっているように思いますが、畑は暑さ、寒さ、霜、朝日、夕陽、風、いろんなものを感じることができる。野菜作りは日本人が忘れかけている四季の移り変わり、季節感みたいなものを取り戻してくれると思います。 
 

竹間 家庭菜園は旬の野菜しか作れないから、季節感は持てますね。

藤田 このあいだ講演会で30代の若い女性に「ミニトマトの苗を植えたけど、実が赤くなりませんでした」って質問されたんです。「ちなみにいつ植えましたか」と聞くと、「11月に植えました」と(笑)。全く季節感がない。本人はきょとんとしていましたが、周りの人は苦笑いです。トマトは夏野菜ですからね。野菜に旬があるということを知らない人も多いのかも知れません。

竹間 確かにハウスを使えば一年中栽培できますから不思議じゃない。でも栄養価などを見ると旬の野菜のほうが数倍上ですよね。ほうれん草も数倍違うとか。

藤田 そうですね。ほうれん草は市場に出回っているものを平均すると、数十年前の五分の一程度の栄養価になってしまいました。ハウス栽培では栄養がつかない。太陽の光でじっくり育ったものは美味しいし、栄養価も全く違う。やはり家庭菜園ならではの旬≠ノこだわって欲しいですね。


晴耕雨読のススメ  
 

竹間 そもそも藤田さんが農業に興味を持った理由はなんですか。

藤田 実家が農家だったので、自然と興味は持っていたと思いますが、宮沢賢治の『雨ニモマケズ風ニモマケズ』の詩が、私をプロの農業の道に進ませたんです。中学の時読んだ「サムサノナツハオロオロアルキ」という詩の意味がわからなかった。大学受験の時にもう一回振り返ってみたら、これは冷害だということに気付いて、それで農業の専門家になりたいと、宮沢賢治も通った岩手大学農学部に進みました。
 宮沢賢治はデクノボーと呼ばれていた。要するに頭のいい人だったのですが、普通の生活ができない人だった。でも畑は自分の存在を認めてくれて、手を掛ければ掛けるほど花や米は育つ。すなわち自分の心のよりどころとして畑を捉えていたんですね。宮沢賢治を通して農業を志したので、今でも私は第二の宮沢賢治を目指しています(笑)。


竹間 多くの人は専業農家にはなれないので、趣味で野菜作りをすることになります。晴耕雨読という言葉がありますが、本当に天気によって畑に出たり本を読んだり、ということではなく、本業は別に持ちながら、何らかの人生のバランスを取るように、ある瞬間には家庭菜園に没頭する、というスタンスが現代に合っているのだと思います。

藤田 ちょうど宮沢賢治が畑と対話をして自分を見つけていたようにですね。確かにそうすることで人生はより豊かなものになるような気がします。
(7月10日 東京・多摩市  恵泉女学園大学にて収録)

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