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『おひとりさまの老後』の上野千鶴子さん
インタビュアー 石川 淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2010年2月号」より抜粋
「『おひとりさま』が安心して暮らせる社会を目指して」

社会学者・上野千鶴子さんの著作『おひとりさまの老後』は、女性の老後シングルの生き方を書き、ベストセラーとなりました。この度、続編『男おひとりさま道』を上梓された上野さんに、「おひとりさま」シリーズに至る軌跡をうかがいました。

上野千鶴子(うえの・ちづこ)
1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了、平安女学院短期大学助教授、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授等を経て、95年東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。94年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞を受賞。『差異の政治学』(岩波書店)、『家族を容れるハコ 家族を超えるハコ』(平凡社)、『当事者主権』(岩波文庫)、『ケア その思想と実践』(全6巻)など著書多数。07年『おひとりさまの老後』(法研)を発表、ベストセラーとなる。09年11月に続編となる『男おひとりさま道』(法研)を上梓。


『男おひとりさま道』
上野千鶴子著
法研


『おひとりさまの老後』
上野千鶴子著
法研

『世代間連帯』
上野千鶴子、
辻元清美著
岩波書店(岩波新書)

『セクシィ・ギャルの大研究
女の読み方・読まれ方・読ませ方』

上野千鶴子著
岩波書店
(岩波現代文庫)
『女という快楽 新装版』
上野千鶴子著
勁草書房

『スカートの下の劇場』
上野千鶴子著
河出書房新社
(河出文庫)
『家父長制と資本制 マルクス主義フェミニズムの地平』
上野千鶴子著
岩波書店
(岩波現代文庫)
『老いる準備
介護することされること』

上野千鶴子著
朝日新聞出版
(朝日文庫)
『「女縁」を生きた女たち』
上野千鶴子編
岩波書店
(岩波現代文庫)

老後シングルライフを楽しんでもらいたい

── 二〇〇五年の国勢調査で、シングル世帯は全世帯の約三割を占め、今後さらに増えると予想されています。まず、女性学、ジェンダー研究をしてこられた上野さんが、老後に関する本を書いた経緯を教えて下さい。


上野 理由はいたって簡単で、私が加齢をしたからです。三十年以上、女性学を研究してくる過程で、その時々で自分にとって最も切実な問題を扱ってきました。若い頃はセクシュアリティ、結婚、出産などが主題になり、年を重ねて「老い」が視野に入ってきた。今の私にとって「老後」は切実な問題で、自分及び自分と同じ立場にいる人たちのために『おひとりさまの老後』(二〇〇七年)を書きました。私の研究テーマが介護にシフトしたことに伴う副産物のような本で、今まで一貫して社会的弱者の目線で研究してきた私が、「私」の一人称で書いたことで共感していただけた。
 老後のシングルライフを送っている人に向かって「おさみしいでしょう」という言葉をかける人が多いのですが、私は素敵な老後シングルの女性をたくさん知っています。ですから、そのような言葉に反発して「老後シングルは楽しい!」と伝えたいという気持ちがありました。
 想定外だったのは、既婚女性が読んで下さったこと。それで部数が伸びました。これまで女の人生は既婚か未婚かの二股分岐と思われてきましたが、少子高齢化や核家族化が進み、人が家族≠ニして過ごす期間は短縮している。子どもは一人か二人でやがて家を出て行き、ほとんどの場合、夫の方が先に逝く。自分を「おひとりさま予備軍」と考える女性が少なくなかったからでしょう。

── 二年を経て、男性バージョンを上梓されたのはなぜですか。女性シングルののびのびとして明るい老後を書いた前作に比べ、男のひとり暮らしはしょぼくれた感じです。

上野 読者から「男性シングルの老後を書いてほしい」という要望が多く届きました。前作のあとがき≠ノ書いた「かわいげのある男」になって、男性にも老後シングルライフを楽しんでもらいたいという思いで続編を書きましたが、二作の印象の違いは、実態を反映していると考えてください(笑)。今回の『男おひとりさま道』の読者の半数以上は男性で、「身につまされた」との反響がありました。
 早い時期から老後の過ごし方を考えている女性に対し、男性は自分が老い衰え、他人の世話になるなど考えたくないようで、「ある日、ぽっくり、が理想かな」などとおっしゃいますが(笑)、理想通りにいかないのが死に方です。ジェンダー研究は男と女の関係の研究なので、両方を視野に入れて二つの本を書きましたが、片方だけハッピーになるわけにはいきません。男の人にも機嫌よく生き延びてもらわないと女も困ります。

── 一九八二年発表の初の著書『セクシィ・ギャルの大研究』には、〈性が自由化したら、いい目に会うやつと会わないやつとの格差がますますはっきりするだけなのだ。こんな社会は男にとって、うまい時代というより、きつーい時代の到来を意味している〉と書かれています。五十、六十代の男性シングルは、〇五年までの二十年間に四〜五倍に急増しましたが、予見は当たりましたね。

上野 社会学とは社会科学、経験科学ですから、エビデンス(証拠)がないことは言いません。どの本も思いつきや思い込み、主義主張でなく、徹底的に調査し、分析した上で書きました。射程の長い予見力があったのは、資料にした商業広告の世界に、社会の変化を先取りする先見性があったからでしょう。私は自分が女であることに関心を持ち、それまでタブー視されていたセクシュアリティを扱って、非常識な人だと言われました。そのような反発は発言のインパクトの強さの関数、女の力の指標だと思い、「今日の非常識は、明日の常識」を標語にしてきましたが、そのとおりになりましたね。
 以前よりも反発が少なくなり、こんなに受けいれられるようになったのは、世の中が変わったのだと思います。時代の変化は思っていたより早かったという感慨がありますね。

── ジェンダー研究から、障害者、高齢者などマイノリティ(社会的弱者)全体へ、研究が広がってこられたという印象があります。

上野 女という社会的弱者に目配りしてきた結果、障害者、子ども、高齢者に研究が結びつきました。私の研究は二つのスタンスがあって、まず女という立場に立脚していること。もう一つは、社会的弱者が社会的強者になれば問題が解決すると考えたことは、一度もないということです。
 女が女であることから逃れられないように、障害者が障害者でなくなることはなく、高齢者はますます高齢になるだけ。それならば社会的弱者が、安心して弱者でいられる社会を目指したいと思って行動してきました。

── 「おひとりさま」も社会的弱者なのでしょうか。

上野 超高齢化社会を前にして、「おひとりさま」シリーズが受けいれられるようになったのは、どんな人もいつかは老い衰えて、自分が社会的弱者になると予想せざるを得ない時代がやってきたということです。今凄まじい権勢を振るっている人だって、うんと長生きしたら必ず高齢者という社会的弱者になり、おひとりさまになる可能性がある。これはいいことですね(笑)。現在の社会では、弱者が安心して生きられないことが問題です。これまで社会的強者は弱者に様々な差別をしてきましたが、高齢者を差別すれば、やがて自分が高齢者になったときの墓穴を自分で掘ることになる。
 ところが、これまでの男性の中には自分が弱者になっても、それを認めることができないという弱さを持った人がいます。老いなんて、見たくない、聞きたくない、考えたくない。実際に老いておひとりさまになったとき、弱さの情報公開をせず、現状を否認して強がることを男らしさだと思ってきたツケが現れます。女性が老後をある程度想像して心構えや準備をするのに対し、ジェンダー差が出ますね。
 でも『男おひとりさま道』に書いたように、心の準備もなく突然男おひとりさまとなった人でも、十分老後シングルを楽しめる。なぜなら人間はいくつになっても変われる生きものだからです。

「おひとりさま」ブームは社会の変化の兆し

── 現在の若い男性たちが草食系≠ノなったと言われていますが、旧来の価値観と違うだけなのでしょうか。

上野 そうだと思います。草食系男子は性欲がないわけじゃなく、女が発する「ノー」のサインを受信するコミュニケーションスキルを持った人たち。セックスレスを「不甲斐ない」と言っている肉食系は、「ノー」という女のサインをキャッチする能力がないか、あるいは無視する野蛮な人たちではないでしょうか(笑)。上手くコミュニケーションできないと、暴走したり、孤立する男おひとりさまになります。多くの男おひとりさまに取材して気がつきましたが、穏やかでしあわせな老後を送っている男性シングルの共通点は、妻がいなくても女性の友人が多いことです。最後はカネ持ちより人持ち。男性は異性の友人を、女性は同性の友人を持つことが秘訣のようです。弱さの情報公開ができない男同士の関係では、困ったときの助けになりませんから。

── 現実にあわせて、これまでの価値観を変えていく必要が出てきている。

上野 世の中というのは、黙って変わるものではない。社会的弱者は障害者自立生活運動、女性運動などを起こし、戦って権利を主張してきたという歴史があります。権利や制度は要求しなければ与えられませんから。しかし振り返ると、高齢者が自分たちの暮らしをよくするために戦った歴史はないんです。現在の高齢者は自分がこれほど長生きすると想定していなかった方々で、長生きしている自分は厄介者、周りに迷惑をかけていると感じているため、権利要求は出てきません。
 これからは私たち団塊世代、つまり、利用者の目線で制度を考える権利意識の強い人々が高齢者になり、様々なことを要求していく時代になります。ここで、高齢者が安心して暮らせる社会に変わってほしい。その恩恵は、その後の世代の暮らしやすさにつながるはずです。

自分の人生も日本の
社会も下り坂の時期に


── これからどう変わるか、現時点での手応えはいかがですか。

上野 超高齢化社会が目前にあるので、否応なしに変わらざるを得ないでしょう。老後を楽しく生きようと、多くの人が私の本を手にとって下さったのは変化の兆し。十年前だったらこれほど売れなかったと思います。本の中で「下り坂を降りるスキル」と書きましたが、自分の人生も日本の社会も下り坂の時期を迎えているというのに、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代を忘れられない人が現状否認をするケースが多々あります。思いこみと現実との間でねじれが起こり、トラブルとリスクのもとになります。
 人は生まれてくる時代を選ぶことができない。私たち団塊世代は、戦後の復興と高度成長期に成長し、成熟・停滞期に高齢期を迎える、社会の上り坂・下り坂と自分自身の成長期・向老期が重なる世代です。この世代は時間が経てば事態はよくなるだろうと、根拠のない信念を持っています。実際には少子化や超高齢化社会を変えることはできないのだから、現実を正確に認識して実践的に対応するしかありません。
 一方、社会の成熟・停滞期に成長した団塊ジュニア世代は、事態はさらに悪くなると不安感を持つ傾向があります。いちばん不幸なのは、戦争中に青春を送り、自分の寿命は二十年と覚悟した世代です。「おひとりさま」を特集した雑誌で女優の黒柳徹子さんと対談して、この方の背骨には敗戦体験があり、それでしなやかで折れない、筋の通った反骨精神を持って生きてこられたんだなと強く感じました。黒柳さん、向田邦子さん、駒尺喜美さんら、おひとりさまの素晴らしい生き方を切り開いてこられた方々が前の世代にいて、暮らしの知恵を蓄積しておいて下さったおかげで、私はより楽に生き、仕事をさせてもらえたんだなとつくづく思います。

── 草食系男子や専業主婦願望が強まっている女性など、現代の若者についてはどう思われますか。

上野 景気後退期に育った若者たちが、下り坂社会にふさわしいメンタリティで、そこそこほどほどに生きていってくれたらいいと思います。世の中全体が苦しくなっているときに、自分は上昇してやろうと、勘違いしてギラギラされる方が困ります(笑)。
 介護の現場で若い人を見ていると、気持ちが優しく、高齢者の笑顔を見るのが好きな、志のある人たちがいることがわかります。介護ワーカーの人手不足は、若者が介護の仕事を嫌っているからではなく、志を持った人たちが続けられないくらい労働条件が悪いから。若者たちが安心して介護業界で働ける社会に変えていく必要があります。
 介護を研究し始めて障害者の人とのおつきあいが増えたことは、私自身の安心の源になりました。車椅子を使ったり、目や耳が不自由だったりするのは不便で辛いけれど、どんな障害があっても人間は前向きに生きていけると思わされます。
 ひとりで暮らす老後を怖がるかわりに、ひとりが基本の暮らしに向き合い、不安がなくなれば、男も女も老後のシングルライフを楽しめるはず。人生百年時代の長い下り坂を降りることを拒まず、困ったときに困ったと言って助け合い、誰もが安心して社会的弱者になれる社会へと世の中の仕組みを変えていけたら、と願っています。
(二〇〇九年十二月十一日、東京都中央区の法研にて収録)


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