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『夢を与える』の綿矢 りさ さん
インタビュアー 青木 千恵(ライター)

綿矢りさ(わたや・りさ)
1984年京都府生まれ。早稲田大学卒業。2001年『インストール』で第38回文藝賞を受賞し17歳でデビュー。04年『蹴りたい背中』で芥川賞を史上最年少・19歳で受賞する。『蹴りたい背中』は127万部のベストセラーとなり、社会現象になる。また、デビュー作『インストール』は単行本・文庫本をあわせて86万部のベストセラーとなる。




『夢を与える』
河出書房新社



『蹴りたい背中』
河出書房新社



『インストール』
河出文庫

―― 三年半ぶり、芥川賞受賞後第一作の長編小説です。刊行までのいきさつを教えてください。
綿矢 二作目の『蹴りたい背中』より進化したものを書こうと、大学生活を送りながら小説を書いていたのですが、なかなかうまくいかなくて、一年、二年と時間が過ぎてしまいました。一年半ほど前に『夢を与える』を発想し、行き詰まっていた作品と同時に進めているうちに、『夢を与える』を書くスピードが加速していって完成しました。女の子が成長する話、その子は芸能界で仕事をしている、ということ以外は、ほとんど決めずに書き始めました。
―― 主人公の阿部夕子は、幼稚園の時からモデルをし、小学校低学年で食品会社のCMキャラクターに抜擢されます。その後、大手芸能事務所に入り、中学、高校時代を過ごします。父の冬馬(トーマ)は日本人とフランス人のハーフで、母の幹子は夕子を妊娠することで、トーマと強引に結婚し、夕子の芸能界での活躍を生きがいにしていきます。母が父との結婚を無理やり手に入れたあたりから、夕子の悲劇が始まっている気がします。
綿矢 結婚前の幹子が、緊張と怒りに震えながらお化粧をしている冒頭の場面で、幹子の性格形成ができ、登場人物が勝手に動き出しました。怒りを原動力にして長期的な計画を実現していく幹子の性格が、この物語に大きく作用しているのは確かです。『インストール』と『蹴りたい背中』は一人称で、自分が主人公になりきるようにして書きましたが、今回は三人称ですから、主人公も含めてそれぞれに対して距離を置き、「きっと、こういう人なんだ」と想像する感じで書きました。
―― 三人称で人物を書けたのは、前作からの三年半の時間が影響していますか。
綿矢 影響していると思います。二作目に対して世界が狭い≠ニいう感想をいただいて、私の世界の広さはどのくらいなのだろう、狭いならもう少し広げてみたいと考えて、いろいろなものを見るように心がけました。学生時代に塾のアルバイトをして、小学校低学年の子と話ができたのは楽しかったし、貴重な経験になりました。たくさんの人に会い、本もたくさん読み、そこに描かれている登場人物からも影響を受けて、私自身にさまざまな感情が生まれていきました。
―― きちんと受験勉強をして難関高校に合格した夕子は、お姉さん格の芸能人の葬儀で飾らない泣き顔をみせ、視聴者の支持を得てブレイクします。しかし、ストリートダンス・グループの正晃と恋をし、そのことがスキャンダルへとつながってしまいます。夕子の不祥事に対する親、事務所社長、マネージャーらの対応は、大人としてまっとうではないように感じました。
綿矢 夕子が人と関わる場所は主に仕事場で、大人たちは教育者としてではなく生々しい仕事相手として夕子に接します。また、良識的な大人たちは、自分と同種の生活をする子どもには優しいけれど、派手な世界にいる子どもからは遠ざかる傾向があります。夕子は教師からも同級生からも遠い存在であるため高校では孤立していて、夕子の母親も教育より仕事の成果を気にするから、だんだんおかしくなっていくのだと思います。夕子はすごく忙しくて、心の安定を保つために正晃が属する若者の世界に飛び込むわけですが、そこでも異常視されて普通に親しくなれない。夕子が突っ走り、スキャンダルにいたるまでのシステムは、書いていて私なりに解明できたと考えていますが、なぜ子ども時代にもてはやされた人が不幸になって「やっぱり」と思われるのか、それはわからないです。
―― 夕子は少しずつ成長しながらも、自分という人間を確立する前から、将来性のある女の子∞テレビを通して、見ている人に夢を与えられる人間に≠ニいう過剰な期待にさらされています。若くして注目を浴びる点では、綿矢さんも似ているように感じるのですが、夕子に自己投影した部分はあるのでしょうか。
綿矢 自己投影というより、自分が高校生でデビューして、二作目で芥川賞を受賞し、その時の周囲の雰囲気を感じる機会があったので、それを小説に生かそうと考えました。ハッピーな話ではなく、ラストもかなり暗いですが、私としては書こうとして書けない時期が長かったので、スムーズに書けたことがうれしくて、ラストの場面に引きずられて落ち込むこともありませんでした。
―― スキャンダルで周囲の人間がさーっと離れていって、単独取材に来た記者が終わったな≠ニコメントするあたりは冷酷です。
綿矢 せっかく三人称を使っているのだから、主人公を書く時は主人公の気持ち、記者を書く時は記者の気持ちになり、人物への感情移入が偏らないように気をつけました。感情移入する人物が主人公だけだったら、この物語では主人公以外は全員悪者になってしまいますが、彼らにも彼らなりの考え方があるはずで、その気持ちを想像して書きました。
―― 夕子は仕事に追われているうち、中学の時に普通に接してくれていた友だちのことを忘れてしまいます。ピュアで飾らない個性がブレイクのきっかけだったのに、飾らない人間関係を失くしてしまうんですね。
綿矢 年齢の離れた人に囲まれて、疲れてもテンションを高めて仕事をしているうちに、親近感を持って接し合う学校生活というものが離れていきました。一生懸命に恋愛をしても、夕子とごく普通に生きている正晃との間には、恋愛に対するウエイトの置き方に違いがあり、夕子の方が思い込みが強く、かなりの勢いで加速していきます。つき合いでも結婚でも、気持ちの温度が同じ時期に揃うのは難しくて、むしろ揃わないことの方が多いと思います。私の場合は、気持ちを揃えて好きになったり、偶然出会ったり、ふたりで熱くなって恋愛をするような小説を書く方が難しいようです。自然じゃない、と感じてしまうんですね。人と人は齟齬があるのが当然で、人の気持ちが不揃いな関係を書く方が、私には自然な感じがします。
―― 小説の中には夕子と正晃のセックス場面がありますね。書くのに勇気がいりませんでしたか。
綿矢 最近、どちらかというと女性作家の方が性描写をはっきり書いていると思いますが、私にはかなり勇気がいる場面でした。雑誌に掲載する時、前・後編の二回掲載を提案していただきましたが、性描写やスキャンダル場面がある後半を載せる勇気がなくなったらダメだと思って、全編掲載にしてもらいました。小説の核になっている場面だから、この勢いをなくしたらダメだと思って書きました。
―― 書き終わった段階で、「これが書きたかった」と思ったのはどんなことでしたか。
綿矢 ラストシーンと幼少期の故郷の感じは書きたかったことですね。小説の中で削りたくなかった場面が、幼少期の故郷、スキャンダル、ラストの三つで、初め、真ん中、終わりという感じです(笑)。私の場合、小説を書き起こすきっかけとしてイメージが重要で、一作目ならば押入れでパソコン、二作目は背中に愛しさを感じる男の子、今回の小説では、女の子が不安そうに森に迷い込んでいくイメージがありました。
―― 現在の生活はどう過ごしていますか。大学生活はどうでしたか。
綿矢 大学を卒業して、ますます忙しくなくなりました(笑)。四年生の時にゼミに入り、教授やゼミの人たちと近代文学の話ができたのは楽しかったですね。卒業してからは小説に打ち込むつもりで、書けなくてもとりあえずは机の前に座っていました。不思議なくらい、書くこと以外に気持ちが向かないんです。かたちにしたい気持ちは強くありますが、そう簡単にできるものでもなく、今回の作品を書き上げたことで、ようやくライフワークとして小説に取り組む感覚を持つことができました。
―― 次作についてはいかがでしょうか。
綿矢 次回作はもう少し長いものにしたいと思っています。今回は、勢いがついて書いた結果、描写が少し粗くなってしまった部分があったので、もっと書き込んだ話を作りたいと考えています。
―― 小説のタイトルにあるように、綿矢さんが小説を通して夢を与え≠スいという気持ちはありますか。
綿矢 私が書いているのはシビアなこともある日常生活なので、夢という言葉は似合わないような気がします。私は書き上がった段階でどんなジャンルの小説かがわかるので、最初からこういうジャンルのものをと調節して書くのは難しいです。もし、夢のある物語、例えばファンタジーのような作品を書ける可能性が自分の中にあるのなら、ぜひ書いてみたいし、書けたら楽しいだろうなと思っています。

(2月1日 東京・千駄ヶ谷の河出書房新社にて収録)

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