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『天翔る龍 坂本龍馬伝』の山村竜也さん
インタビュアー 石川 淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2010年1月号」より抜粋

山村竜也(やまむら・たつや)
作家、歴史家。1961年、東京都生まれ。中央大学卒業。新選組など幕末維新や戦国時代を中心に日本史上の英雄たちの生涯を追い続ける。2004年のNHK大河ドラマ「新選組!」の時代考証を手がけ、引き続き2010年の「龍馬伝」も担当する。著書に『真説新選組』(学研M文庫)、『目からウロコの幕末維新』(PHP文庫)、『真田幸村』(PHP新書)、『戦国の妻たち』(リイド文庫)、『本当はもっと面白い新選組』(祥伝社黄金文庫)、『完本 坂本龍馬日記』(新人物往来社・共著)など多数。


『天翔る龍 坂本龍馬伝』
山村竜也著
NHK出版


『真説 新選組』
山村竜也著
学研(学研M文庫)

『目からウロコの
幕末維新』

山村竜也著
PHP研究所
(PHP文庫)

『真田幸村 伝説になった英雄の実像』
山村竜也著
PHP研究所(PHP新書)

『戦国の妻たち』
山村竜也著
リイド社
(リイド文庫)
『本当はもっと面白い新選組』
山村竜也著
祥伝社(黄金文庫)
『完本
坂本龍馬日記』
菊地明・山村竜也編

── 『天翔る龍 坂本龍馬伝』は幕末を駆け抜けた志士・坂本龍馬の生涯を書いた評伝です。今までも龍馬は様々な描かれ方をしていますが、『天翔る龍』はどのような狙いで書かれたのでしょうか。

山村 龍馬の研究は二十年ほど前からやっています。史実を深く追求しながら読者にはより判りやすく、はじめての方でも入りやすい「坂本龍馬」の伝記本を書こうと心がけました。研究書的に硬くならないように、出来るだけ龍馬の行動や周囲の人物との関わりなどのエピソードをたくさん盛り込んでいます。

── 本書は龍馬の生涯を「龍馬と剣」「龍馬と海」「龍馬と革命」と、三つの章に分けて捉えた視点が際立っていると思います。

山村 龍馬は成長していく人物です。少年の龍馬を最初に飛躍させたのは剣との出会いなんです。若い頃はもっぱら剣一筋に尽くしていました。その剣の修行の時期が本書では最初の三分の一、第一章に相当します。
 その後、龍馬の人生は勝海舟との出会いで視野が開かれました。海軍という考えですね。剣ひとつでは外国勢力とは立ち向かえない、海軍を編制するしかない。龍馬は海舟の許で神戸海軍操練所の設立に奔走します。また海軍と同時に海外貿易も龍馬は志します。普段は貿易をして金を稼ぎ、いざ事のあるときには軍として対応できるものを考えていました。その頃が第二章にあたります。
 そして第三章で幕末の時勢が急展開します。徳川幕府と倒幕派との決戦の機運が高まってきます。倒幕=革命ですね。龍馬は倒幕を志す側の一人です。ただし、龍馬が考える革命は他の倒幕派と違っていました。他の倒幕派は武力革命を進めていたんですが、龍馬のみ無血革命を主張していた。そこが龍馬の魅力なんです。

── 本書の書き出しも、あまりに有名な龍馬の肖像写真への疑問から出発して、その疑問を解明するかのように龍馬の生涯を追いますね。

山村 はい。冒頭はあの写真の不自然な点から話を始めました。これは上野彦馬が長崎で撮影したといわれている写真です。幕末の武士の人物写真で大刀小刀を差さなかったり、刀を小道具として使わずに写っている写真は皆無に近い。もともと武士の象徴でもありますし、絵になる道具なんですね。しかし、龍馬は腰にも差していないし脇にも置いていない。それどころか腰に帯びているのは小刀ではなく短刀ですね。写真があまりに様になっているので目立たないのですが本当に珍しい不思議な写真なんです。龍馬は剣を使った武力的な行為におよそ興味を持っていない。これが平和を願う龍馬のメッセージではないかと考えました。

── 本書の面白さの一つに、登場人物の会話があげられます。歴史の中の人物の息遣いが聞こえてきそうで活き活きと描写されていますね。

山村 資料に当時の人々の会話が残っているんです。それを地の文章に埋め込んでしまうのは実に勿体無い。そのまま会話に活かして使いたいな、と普段から使っている手法です。山村の書く本は小説のようだと言われることがあります。

── しかしながら本書では引用した文献はさり気なく詳らかにしていますね。

山村 引用文献を逐一入れると鬱陶しくなる場合がある。しかし、入れないと読者は作者が創作したのかと思い込みがちです。今回は日頃の反省から、これは事実だと読者に伝えたくて資料名を書き込みました。

── そんな配慮があったのですね。幕末とはどんな時代だったのでしょうか。

山村 幕末の面白さは登場人物が多くて、皆それぞれに魅力的です。彼らはたいてい若くて身分は低い出であったりすることが多い。そこが読者の共感を呼ぶわけです。そういった人物たちが幕末という舞台で徳川幕府を倒そうとして革命のエネルギーをぶつけていく。その一方には新選組のような旧体制を支えようとする勢力が現れて戦い続ける、それが幕末の格好よくて魅力的なところですね。幕府を倒すこと、幕府を守ること、どちらが正しいということではないんです。

── もし龍馬が暗殺されずに明治時代を生きていたらどんな活躍をしていたかと想像されますか。

山村 一般的には商人になっただろうと言われています。龍馬は死ぬひと月ほど前に「世界の海援隊でもやるかな」と語っています。岩崎弥太郎のような存在になっていただろうと考えられています。しかし私はそうは思っていません。龍馬が第一に考えていたのは日本のことです。日本人を幸せにしたいと考えていました。一旦は実業の世界に身を投じたとしても、明治新政府が迷走を続けるようになれば、必ずや龍馬は政界に戻り、正しい方向に導こうとしたでしょう。龍馬は私利私欲がない人間でした。大政奉還をするときに「物事は八か九までを自分でやればいい。そこを達成したならば後の一か二は人に任せて花を持たせるのがいい」と語った記録も残っています。

── 「坂本龍馬」とは生まれついての存在だったのか、それとも経験を培って龍馬たり得たのでしょうか。だとしたらどの時点だとお考えですか。

山村 人間の性格がどういうところで形成されるのか非常に難しい問題ですが、龍馬の場合、少なくとも温和な優しい思い遣りのある性格だったのは間違いない。それは子供の頃、学塾の成績も悪くいじめられっ子だったことが理由にあるでしょう。エリートだったとすれば龍馬の性格はもっと違ったものになっていたでしょうね。

── 平成二十二年(二〇一〇年)の大河ドラマに坂本龍馬が取り上げられる背景を、山村さんはどうお考えですか。

山村 混迷の世の中であるからこそしっかりとしたリーダーが欲しい。ただし、織田信長のような強力でバリバリと進める人物ではなく、心を大事にする、包み込むような人が求められているのでしょうね。

── 山村さんが歴史に興味をお持ちになったのはいつごろからでしょうか。

山村 大河ドラマの「勝海舟」(一九七四年)を見てからですね。ドラマの中で坂本龍馬を仮面ライダー1号の藤岡弘が演じて非常に格好良かった(笑)。また、萩原健一の岡田以蔵も龍馬に劣らず良かった。それから高校生の頃、司馬遼太郎の『燃えよ剣』が原作のドラマを見ました。そこから新選組研究に没頭したんです。『新選組始末記』をはじめ、各種資料を読み込んでいきました。当時、新選組の研究はまだやり尽くされておらず、自分の研究が最先端になり得たんですね。いつしか新選組の山村≠ニ言われるようになりました。

── 歴史作家である山村さんは平成十六年(二〇〇四年)の大河ドラマ「新選組!」ではじめて時代考証を担当されますね。

山村 当時脚本を準備していた三谷幸喜さんが史実的にフォローしてくれる人間をスタッフと一緒に探していたそうです。誰がいいかとリサーチする上で光栄なことに三谷さんサイドから声が掛かりました。その実績で今回の「龍馬伝」も時代考証をさせていただいていますが、甘い世界ではないので、前回の仕事が認められたのかなと思っています。

── 具体的に時代考証とはどのようにドラマに関わるのでしょうか。

山村 ほとんどが脚本のチェックです。脚本家の方が書いた第一稿を読んで赤字を入れて戻します。暫くすると第二稿が来てまた返す。そんなやり取りをして、やがて決定稿の台本ができあがるのです。

── 撮影中に、ドラマの演出として史実と違うことを要求されたことはありませんか。

山村 それはしばしばあります。ドラマの時代考証で難しい点は、「制作側から事実と違うけれど、ドラマ的に変更したい」という申し出が必ず出て来るんです。それに対して学説がある、史実と違う、と撥ねつけるのは簡単ですが、ドラマの時代考証に要求されることはそうではありません。どの部分で史実とドラマのすり合わせが可能なのか制作側と協議出来る歴史家であることが必要なんです。

── 今後の執筆のご予定はいかがでしょうか。

山村 いま、『龍馬を継ぐ者──岩崎弥太郎』(グラフ社)という本を書いています。今回の大河ドラマでも一方の主役のように扱われますので、この機会にしっかり書いて読者に届けたいですね。

── 「龍馬伝」の視聴者と『天翔る龍 坂本龍馬伝』の読者にメッセージを。

山村 龍馬というと、ずけずけした態度で現れて人とは違う発想をし、並外れた行動力を見せてスーパーマンのように物事を解決していくイメージが定着していると思います。それでは飽き足らない新しい龍馬像を今回の大河ドラマ「龍馬伝」では一年かけて丁寧に描いていこうとしています。『天翔る龍』は視聴者がテレビの脇に置いて貰えると嬉しいです。そしてドラマと史実の違いがあれば比べて楽しんでいただけると幸いです。
(11月13日 東京・渋谷のNHK出版にて収録)


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