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血液型による性格や相性の判断というものに、ほとんど興味を抱いたことがない。姓名による判断や星座による運勢しかり。専門家によって運命が付与される「占い」という分野は、私には縁遠い世界のものとしてある。
しかし、である。「B型ということ」には少なからず関心を寄せてきた。関心を寄せることを余儀なくされてきた、と言ったほうが適切かもしれない。周囲とはいささか趣を異にする言動を露にすると、「だからB型は……」と冷ややかな視線を向けられることがしばしばあったからである。血液型と性格との関連性に科学的根拠はないという。血の色はみんな同じはず。なのに、世の中にはまた別の物差しがあるらしい。困ったものである。
『B型自分の説明書』というタイトルの原稿が編集部に回ってきたとき、自分でも驚くほど関心を吸い寄せられたのはそれゆえだろう。原稿に目を通すと、一般的な占い本とは異なり、B型人間の思考回路や行動性癖などが箇条書きで並べられていた。たとえば、こんな文章がある。
「右と言われれば左と言う。それが基本。」
そうなのである。あまのじゃくなB型は、おしなべて強制を嫌う。仮にそれが「良いこと」であっても、B型の基盤を成す自発性を侵されることのほうが甚大で、損をするのを知りながら、あえてソッポを向く傾向があるように思う。
短いセンテンスに凝縮されたB型人間の哀歓が、たまらなくおかしく、切ない。Jamais Jamaisさんもまた、B型として息苦しい思いを感じてきたのではないか。それが読後の第一感であった。
刊行後、読者から共感の声が殺到した。中には「離婚の危機を救ってくれた」「自殺願望が消えた」という声まであった。運命論や科学的根拠のみでは、人は救われないことの証左かもしれない。
かく言う私も、刊行前より呼吸が楽になった。「だからB型は……」と煙たがられ、背中を丸めていたのが、「B型だから!」と胸を張って開き直るように──。
ああ、困ったものである。
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