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伊坂幸太郎
(いさか・こうたろう)
1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。96年「悪党たちが目にしみる」がサントリーミステリー大賞佳作に。2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し作家デビューをはたす。『ラッシュライフ』、『陽気なギャングが地球を回す』が好評を博し、洒脱なユーモアと緻密な構成で読者の注目度も急上昇中。大学時代より仙台在住。
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『重力ピエロ』
新潮社
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『陽気なギャングが地球を回す』
祥伝社ノン・ノベル
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『オーデュボンの祈り』
新潮社
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『ラッシュライフ』
新潮社
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−−前作から2ヵ月という短いインターバルで『重力ピエロ』が刊行になりましたが、かなり根を詰めて書かれたんですか。
伊坂 昨年『ラッシュライフ』が出るまでに時間があって、じつは前作『陽気なギャングが地球を回す』とこの『重力ピエロ』は並行して書いていて、ほぼ同時に書きあがっていたんです。
−−それにしても『陽気なギャング〜』のクライムコメディから一転して『重力ピエロ』の帯の言葉を借りるなら、連続放火事件に残された謎のグラフィティアート。その無意味な言葉の羅列に見える落書きが遺伝子のルールを暗示する・・・・・・。そこに絡む兄・泉水と母親がレイプされて生を受けた弟・春の物語。見方によっては非常に重いものを背負った物語です。
伊坂 そうですね。書いた当人が言うのも変なんですが、けっこう重い話なのに、この兄弟の物語を書いているときは非常に幸せな気持ちでした。それぐらいこの兄弟が好きになったし、書き終わったときも、もうこの二人と会えなくなっちゃうのかと思うと淋しいくらいでしたね。
−−好評だった『ラッシュライフ』は群像劇で5組の繋がらない人間の引き起こした事件がやがて一点に集中していく。あれには興奮しましたが、『陽気なギャング〜』は個性のきわだった男女4人組でこれも群像劇というか複数ですよね。で、こんどの『重力ピエロ』は泉水と春の兄弟、あと、しいていえばお父さんというシンプルな登場人物です。
伊坂 少ないんですよね。僕は多い人数をコントロールする自信はないんですよ。『ラッシュライフ』はいろんな話が錯綜してやがて大きな一枚の絵が完成するような小説を書きたくて必然的に登場人物が増えてしまい、『陽気なギャング〜』は銀行強盗だからクルマも乗るしそれなら4人組かなと(笑)。でも本当は大江健三郎の『叫び声』や、漱石の『三四郎』みたいな青春小説、地味だけど古びないような物語が好きだし書きたかったんです。だから『重力ピエロ』の親子三人って、ある意味、地味で大人しい物語が書けて非常に楽しかったんですね。
−−謎解きにはこだわらなかった?
伊坂 小説ってどんなものでも謎は必要だし、そういう意味ではみんなミステリーなのかもしれませんが、放火事件がどんどん起きて、そこにルールを見つけるような先を読む話も好きなんです。それを僕の好きな青春小説と重ねたというか、いわゆる青春とは登場人物の年齢が離れているんでしょうけど僕の意識にはそれがありました。
−−最初にそういう設計図はつくられるんですか。
伊坂 僕はプロットは作らないので書き進むままですね。唯一『陽気なギャング〜』は設計図があったのですが、逆に書くのがたいへんで、もう自分にきょうは何枚とノルマを課したぐらいでした。そういう意味でも今回は書きやすかったんです。
−−『重力ピエロ』は遺伝子の問題が謎解きも含めて重要な部分を占めています。
伊坂 出てきますね、なんでなんでしょうね(笑)。兄とレイプによって生まれた弟という関係をどろどろした話や人情話にはしたくなかったし、重いテーマをニュートラルに覚めたトーンで描きたかったからなのかな。
−−遺伝子ものって一言でいえば難しい。物語の中である程度説明しなきゃいけないし、かといって過剰になると小説本来から遠くなってしまうこともあるでしょう。
伊坂 遺伝子なら小説が湿っぽくならないだろうというだけなんです。このあいだもヒトゲノムの読取り完了というニュースがありましたけど、先端科学ってどんどん変わってしまうし、それを僕が書いてもしょうがないですよね(笑)。やっぱりあれは、あくまでも小説の中でのお話なんです。僕は兄弟あるいは血の繋がらない父と子というすごくシンプルでオーソドックスなテーマを書きたかった。それと、春のような出生を背負っていれば「そりゃ、ふつう産まないんじゃないの」という多数意見があると思うけど、はたしてそう決めつけていいのかな。あたりまえですけど誰もが初めて生きている人生というステージで、このことに限らずあんまりエラソーに決めつけていいのかな、という思いが僕には常にあるんですね。
−−なるほど。春がラスト近くで「俺たち兄弟は最強じゃないか」と兄の泉水に言いますね。あそこで私は不覚にも泣いてしまいました。
伊坂 でも、僕は泣かせない方がいいのかなと思っているんですよ。僕はあのシーンで泣かせようという意図は全然なかったので、それは嬉しいことではありますけど・・・。さっきまで僕はウォークマンで音楽を聴いていたんですが泣かないんですね、でも音楽で感動する。小説だと泣けることに特別意味があるみたいな風潮にはちょっとしっくりこないものもあるんです。
−−『重力ピエロ』は短編集ではないのに、最初に目次があって、そこには58もの見出しがあります。これはそれだけ多くのエピソードが詰まっているということだと思うんですが、きっとその数々のエピソードの積み重ねを読んで、あの春の台詞にジーンとしちゃったんだろうと思います。
伊坂 一つの一つのエピソードを書いて積み重ねていくということは、先にいったようなミステリー的な意味でも、物語をつくるという意味でも書いていて僕はすごく楽しいんですね。きっとそこにこそ小説を書く喜びがあるんだと思うんです。
−−親子、兄弟って、それこそ文学の中で語り尽くされるほど書かれているわけで難しいとは思いませんでしたか。
伊坂 家族を描いた小説って多いけれど、家族って血が繋がってさえいればいいのか?と思っていたんです。それと、性的なものに憎しみに近い嫌悪感を持つ春という弟は、僕のファンタジーとして(僕自身はなれないんですが)、性的なものに徹底的に抵抗していく存在として、ある種の憧れでもあるんですよね。それを読者に納得してもらうために春の背負ったヘビーな設定に繋がっているんです。
−−たしかにセックスを描くことが目的になっているような小説ってたくさんありますよね。
伊坂 ちょっと前までセックス&バイオレンスが新しかった。でも、みんなが書きだすことになにか意味があるのか? 性的なことをあからさまに書くことが文学だみたいに決めつけない方が建設的かなと思うんです。
−−伊坂さんの作品には性的な問題もそうだし、家族のこと、善と悪・・・、そこに一本調子の価値観を退けようとする姿勢を感じます。
伊坂 これもエラソーというか決めつけることへの反発に繋がる感覚なのですが、僕は人殺しよりも強姦やいじめにずっと嫌悪感があるんです、それはリスクを負ってない暴力、最初から力関係で行われてしまうから。では春や泉水の行ったことが、善なのか悪なのか?
それは決めつけられないからこそ物語を積み重ねて問うていこうと思った。
−−『重力ピエロ』は会話が魅力的ですね。どうしてこういうことを登場人物に言わせるのかなというストレスがない。これは本多孝好さんやエンタテインメントの新しい書き手の方に共通する傾向という気もします。
伊坂 単に説明していくだけの会話にはしたくないとは思うんですが、会話を作る方程式のようなものはないんです。なにか書いている5行先が思いつくみたいな感じですね。でも君たちの世代は知的でクールなものを書いていればいいのかと言われたこともあるし・・・、たしかにそういう見方で括られてしまうのかもしれません。
−−『重力ピエロ』にもこれまでの伊坂作品に登場したキャラクターがけっこう出てきます。盗んだものをちゃんと被害者に報告する泥棒の黒澤がこんどは興信所の男として出てくる。これは伊坂ワールドのお楽しみでしょうか。
伊坂 ええ。最初に書いた『オーデュボンの祈り』はカカシが喋るという話で、それがばかばかしいといわれたのがトラウマになっていて、いや、こだわっていて(笑)、『重力ピエロ』みたいな比較的現実的な話でも繋がるんだと言いたいのはあるんです。もちろん僕の作品を読んでくださった人へのサービスでもあるし、あの黒澤というキャラクターは僕自身がお気に入りなんです。
−−あと、豊富な引用というと語弊がありますが、ゴダールやボブ・ディラン、芥川に三島、はてはラスコーの壁画まで出てきますね。
伊坂 引用することがスノッブな感じになったらいやなんですけど、ただ、先人が語っていることで僕自身が感動することがたくさんある。そこであらためて感じるのは一人の人間は千年生きるのではなく、せいぜい数十年ですよね。昔から表現者は全力疾走しているし、逆に現在の作品がすぐれていて、過去を凌駕するということでもない。みんな同じことをやっているんだなと。つまり、誰も偉くない。結局ぼくはエラソーなことをいうのがどこまでも嫌いなんだと思う。
−−ほんとうですね(笑)。でも『ラッシュライフ』や『陽気なギャング〜』にもその姿勢は一貫して感じます。
伊坂 『陽気なギャング〜』という作品のテーストの中に重いテーマを入れると『重力ピエロ』になるんですよ。だからあのノリで読んでいた人はどう思うのかな。テーマだけで引いちゃうのか、なにか清々しいと思うのか、そこは楽しみなんです。
−−どの作品を読んでも伊坂幸太郎の作品というテーストを感じられると思うんですけどね。
伊坂 そうであれば嬉しい。このテーストを味わうには伊坂の本を読むしかないとなればいちばんいいですね(笑)。
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