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金原ひとみ (かねはら・ひとみ)
1983年、東京生まれ。小学校6年のとき、アメリカ・サンフランシスコに一年間滞在、そのとき村上龍や山田詠美の作品に親しむ。小説は中学生の頃から書きはじめる。『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞を受賞し作家デビュー。今年、同作品で第130回芥川賞を受賞する。 |
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『蛇にピアス』
集英社
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『アッシュベイビー』
集英社
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―― 「スプリットタンって知ってる?」の印象深いフレーズではじまる『蛇にピアス』ですが、すばる文学賞に続き芥川賞も受賞されて、デビュー作がいきなりのダブル受賞。しかも最年少記録ですから、ちょっと社会現象になってしまっていますが。
金原 そうですねえ。やっぱり忙しくなりました。でも周りが言うほどには芥川賞自体をプレッシャーとは思っていないです。自分の中で前作を越えたいというのはあるけど、それはいつも思っていることだし。最年少受賞というのも意識していないですね、言われるぶんには楽しいですけど。
―― 周りの方は喜ぶ前に驚いていたんじゃありませんか。
金原 いろんな反応があって面白いです。ただ、友達から「遠くにいっちゃったね」と言われてしまったりすると寂しいですけど。そういう意味では周りが変わってしまったような気がします。自分は変わっていないと思うんですが。ごく普通に本屋さんとかにも行っています。何度か声をかけられたりしましたけど、騒ぎになったりはしませんよ。「読んでください」とか言っています(笑)。
―― 執筆の時間はありますか。取材が殺到しているとうかがっていたので。
金原 書く時間は睡眠時間を削って…、と言っても私はもともと寝過ぎてしまう方なので、今はちょうどいいですね(笑)。
―― 『蛇にピアス』はおそらく金原さんと同じくらいの年齢の女の子(ルイ)と同居している恋人(アマ)、刺青の彫り師でピアスも施すシバさんの奇妙な三角関係を荒っぽいぐらいの勢いで書かれています。三人の関係を含め、とても起伏に富んだ物語ですが、小説を書く前にストーリーをじっくり考えたりするほうですか?
金原 基本的にはプロットはないです。そういうことは何も考えずにがーっと書き始めちゃいますね。書いていくうちに作品の中を広げていくというか。結末も書いているそのときに考えています。
―― 結末といえば、雑誌(「すばる」)掲載時と単行本で少し変えられましたよね。
金原 自分でももともと気になっていたのですが、直すきっかけがなくて。本になるというときに、すばる文学賞の選評でも指摘があったので加筆しました。もちろん自分で納得した形にですけど。
―― 対談された花村萬月さんは最初の方がいいと…。
金原 無理して落とそうとすることはないって言われました。
―― なるほど。読み方は様々ですね。ルイを金原さんと重ねて見ようとする人も少なからずいるでしょうし。作品世界と作者はどう接続されているんでしょうか。
金原 小説には自分自身のことを書いているわけではないですが、自分が思うことを書いているのは事実ですし、そういう意味ではつながりがあるので……、とても妙な感じですよね。自分でもあるし自分でもない。スプリットタンやってるんじゃないのってさんざん言われましたし。でも引いて考えると、著者を作品の私(ルイ)と重ねて読むのは不思議というか面白いですよね(笑)。
―― でも金原さんもスプリットタンをやってみようと思って、インターネットで調べたのがそもそものきっかけだったとか。
金原 ボディピアスや刺青って興味はあってもよく知らなかったので、調べながらもかなり自分の想像が入っています。そういう意味ではリアルじゃないと思う。ただ、人物を書く時はきっちりと書きたいんですね。
―― あと性描写があからさまというか日常的というか、「チンコ、マンコ」としばしば出てきます。もう、このあたりは目くじらを立てるまでもないと思いますが、けっこう思い切って書かれた?
金原 いやー、なんだかほんとうにすみません(笑)。でも最初からそう書いていました。ペニスとかヴァギナという書き方では、私の小説の中で浮いてしまいますから。ふだん友達と話すときのような軽さがあったほうが読みやすいかなと思ったので。いろんなものを書くようになればまた変わるかも知れません。
―― ところで、はやくも受賞後第一作の『アッシュベイビー』が「すばる」の3月号に掲載されています。会話のテンポが良いためか、一気に読んでしまいました。
金原 自分が読むときも、だるいのがだめなんです。だるいというかスローペースで書いてあるものはどうも合わないので……。自分の中にこぼれてくるものを指が動くままに、粗いままに書くという感じです。『蛇にピアス』も最後までがーっと書いて、あとから細かいところを直しました。『アッシュベイビー』は書いていてとても面白かったので、私もノリ良くテンポ良く書けました。
―― ロリコンの男と暮らしている女の子の話ですけど、ロリコンだけじゃなく、レズやSMっぽいシーンもある。
金原 厳密にはロリコンというよりもペドフィリア(幼児性愛者)。自分ではその心理はわからないからこそ書いてみたかった。今でもわからないところだらけですけど。
―― 新作はとても独特な終わり方をしていますね。
金原 『アッシュベイビー』のラストは気に入っているので変えないと思います。この話の続きがどうなるのかは自分でも気になるので、また(続編を)書くかもしれません。
―― 読んでいて、主人公のアヤの子供への嫌悪感はすさまじいものがあります。ここまでお書きになると、物語上のキャラクター造形というよりも、どうしても作者・金原さんの意識の投影があるのではないかと思ってしまうのですが…。
金原 もちろん、ここまでじゃないですけど、私も一瞬、子供を見ているとむかっとすることはありますね。一瞬なんですけれど強烈な衝動というか、それを常に持っている人がいるかもしれないと思って書いてみました。私は自分自身に嫌悪感を持つこともあるし、たしかに子供への嫌悪感というのもそれと近いものかもしれません。でも、子供を産みたくないとまでは思っていませんよ(笑)。
―― 強烈でエキセントリックな性愛を描いている反面、すごく正統な恋愛小説だとも感じました。
金原 最初はとことんロリコンを書こうと思っていたんですけど、主人公が暴走し始めて、結局、恋愛の話になりました。
―― 主人公のアヤが自分の太股にナイフを刺す――この自傷行為の描写に出てくる「私」という言葉の氾濫が読んでいて非常に印象的でしたね。
金原 あそこはすごくスムーズに書けたところです。書いていて気持ちよかったという感じ。
―― それは金原さんもリストカットの経験があるからなのでしょうか。
金原 太股にナイフを刺すのとリストカットには結構大きく違いがあると思います。
―― 『蛇にピアス』のシバさんといい、この村野といい、年上の男性が独特の静かさを湛えています、ちょっと不気味というか怖い感じで。若い金原さんにとって年上の人を書くのってむずかしいですか。
金原 村野さんのモデルという人はなんとなくはいるんです。でも、イヤですよね、こういう人がいたら(笑)。自分より経験のある人物を書くのはちゃんと作れているかどうか不安ですね。この人(村野)はわけのわからない人という設定になっているので、微細は描かれていないですけど。
―― お父様(翻訳家・法政大教授の金原瑞人さん)も『アッシュベイビー』を読まれたんでしょうか。今までも金原さんが家を出てしまっても作品は送って、読んでくれていたんですよね。
金原 はい。「いいんじゃない」とめずらしく(笑)。
―― (笑)そうですか。それにしても学校をやめても、家を出ても、小説を書くことはやめなかった。どうして「書く」ことを続けてこられたんでしょうか。
金原 ほんとうに怠け者だったので学校は座っているのもいやだ、行くのも面倒くさいという感じで。父の創作ゼミも半年くらいしか行っていないし。書くことに関しては、自分の好きなことだから、続けるというよりは自然に自分の習慣のようになっていました。作家としてデビューしたいとは思っていましたけど、デビューできなくてもずっと書いていくだろうと。
―― 時間的にはどのくらいで書き上げます?
金原 『アッシュベイビー』は二ヶ月ちょっと。『蛇にピアス』は途中まで書いて、ちょっと休んで違うものを書き、また再開したんですね。書きたいことはどんどん出てきます。
―― ああ、たのもしいですね。たくさんの人に読まれるのはどうですか、作品が本になることは決定的に今までと違いますよね。
金原 書評も全然違ったりで、人それぞれ読み方がこんなにも違うことを実感しました。読んでもらえるのはとても嬉しいし、いろんな感想をもっと聞きたいです。
―― 不登校、自傷行為といった経歴を持つ金原さんが、今回の受賞でそういう時代の申し子というか同世代の旗手みたいな捉えられ方をされるのは困りますか。
金原 どうなんでしょう。時代の申し子(苦笑)。不登校も自分がそうしたかったからしただけで、確固たる信念があって行かなかったわけではないし、そんなに大層な者じゃないんです、というのがほんとうのところですね。
(2004年2月12日 東京・千代田区の集英社にて収録) |
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