私たちが使う日本語は、長い伝統をもつと同時に、日々新しく生まれ変わっていくものです。人が、ことばで感じ、考え、伝え、理解しあう生き物である以上、ことばの移り変わりに無関係ではいられません。ですから、『広辞苑』改訂が報じられるたびに、「○○という新語が入った」ということに注目が集まるのも当然と言えます。
収載の判断基準は「定着したかどうか」ということに尽きます。それ以外の基準については、よく言って柔軟自在。実際に、『広辞苑』が収載する「新語」や新しい意味・用法についての情報は、必ずしも「良識的」とは限りません。
ただし、他の辞典の先頭を切って新語を収載したという例は余りありません。誕生した語や用法の観察をじっくり続けた結果、定着したと判断すれば掲載するし、まだ早いとなれば見送ることになります。例えば、今回の新収語の中の「滑舌」「爆睡」などは、第五版の編集時から収集されていました。一方で、今回の改訂では、「萌え」「できちゃった婚」などの収録を見送りました。
そのため、「今頃入ったの!?」と驚かれることもあり、『広辞苑』の古臭さとして笑われることも多いのです。それを残念がるスタッフもいないではありません。しかし、目まぐるしく移り変わる言語現象の後を、後ろ姿を見失わないようにしながら、一歩か二歩遅れて付いていく、それが『広辞苑』の基本姿勢であろう、と考えています。
編者の新村出博士は「slow but steady」ということを仰っていたそうです。この「ゆっくりだけれども着実に」こそ、辞典作りの本質なのです。
『広辞苑』が、第六版に至るまで「新村出編」と掲げているのは、「国語+百科という収録内容」「言葉の本義から派生義へと解説」「語源・語誌を大切にする」などの基本的な方針を維持しているからですが、もしかすると、新村博士の「slow
but steady」という姿勢を現在も大切にしているから、とも言ってよいのかもしれません。
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