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『見えない貌』の夏樹 静子さん
インタビュアー 大島 一洋(フリー・ライター)

夏樹静子
(なつき・しずこ)
東京都生まれ。慶應義塾大学英文学科卒業。大学在学中に『すれ違った死』が江戸川乱歩賞候補になる。1969年、『天使が消えていく』が再び江戸川乱歩賞候補。『蒸発』で日本推理作家協会賞を、『第三の女』でフランスの犯罪小説大賞を受賞。主な著書に『Wの悲劇』、『白愁のとき』、『茉莉子』、『量刑』上・下、『モラルの罠』、『心療内科を訪ねて』、「検事 霞夕子」シリーズなどがある。




『見えない貌』
光文社



『心療内科を訪ねて
心が痛み、心が治す

新潮文庫



『最後に愛を見たのは』
徳間文庫



『量刑』上
光文社文庫



『量刑』下
光文社文庫

大島 五年ぶりの長編推理小説ですね。今回の作品では、携帯電話とメール、そして、いわゆる「出会い系サイト」と呼ばれるものが素材として扱われています。今回の作品を執筆されるにあたり、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
夏樹 メールが盛んに使われるようになり、顔の見えない人間関係が増えていますが、その怖さについて考えてみたんです。普通の家庭でも、お母さんと娘さんが、メールでしか会話をしないというケースがあると聞きます。顔を見ると話しづらいらしいんです。また、毎日、学校で会っているのに、会話はメールやチャットでやり取りしている若い人たちもいるそうです。だけど、メールというのは言葉しか表すことができなくて、そこには表情がありません。それって、とても怖いことではないかと思うんです。そういったことが、今回の作品を書くきっかけの一つになっています。
 もう一つは、「出会い系サイト」による事件です。事件の被害者は圧倒的に女性が多いんですね。そんなものに入会する女も問題という見方もありますが、実際、彼女たちに会ってみると、ほとんどが真面目な女の子なんです。心を許せる友達がいないとか、自分の話を聞いてくれる人が欲しいという思いから、サイトに入会しているんです。サイトの中での自己紹介は自己申告ですから、年齢も職業もどんな嘘でも書けて、そこにメールの欺瞞性が存在します。私は小説を通して、情報と実際の話とは違うということを伝えたかったんです。
大島 テーマは「親子の絆」ですね。娘が「メル友に会いに行く」というメールを残したまま行方不明になり、やがて死体で発見されます。母親の朔子は、娘の携帯電話から相手を探しあて、犯人を追い詰めていきます。
夏樹 最近、親が子どもを殺したり、子どもが親を殺すといった事件が多くて、親子の愛情がなくなってしまったかのように見受けられます。でもそれは、事件が報道されるから、そう見えるだけであって、実際には親子の強い絆、愛情というものは脈々としてあるはずなんです。社会の変化に巻き込まれて、歪んだ形で発露している所はあるかもしれませんが、親子の愛は厳然として存在しています。そのことを作品を通して感じ取って欲しいと思います。
大島 夏樹さんは本格ミステリーから、ジャーナリスティックな話題を取り上げた社会派ミステリーまで幅広く書かれていますが、今回の小説は社会派のジャンルにあたる作品ですね。
夏樹 確かに社会現象を題材として扱っていますが、ずっと書き続けている母と子をテーマにした一連の作品の一つとも言えるでしょうね。
大島 朔子が犯人を追い詰めていくシーンは迫力があります。
夏樹 ただ、そのシーンは母親の歪んだ愛情を描いているわけですから、復讐が成功してもいけないし、でも、ある程度は成功させてあげたいし、描いていて難しいシーンでした。
大島 メール関係の取材はどのようにされたのですか。
夏樹 何も知らなくてゼロからのスタートでした。私はパソコンではメールをやりますが、携帯電話では目が疲れるのでメールをしたことがなかったんです。サイトについては専門の会社でいろいろ教えていただいて、今回は実際にやってみました。
大島 メールは嵌まりますからね。
夏樹 そのようですね。中年の男性が、結構嵌まっているんですね。メル友募集サイトでは実際に会うところまでいく人もいますが、メールだけを楽しんでいる人もたくさんいるそうです。
大島 いわゆる「出会い系サイト」には登録されてみたのですか。
夏樹 さすがにそこまではやりませんでしたが(笑)、実例をたくさん見せていただきました。
大島 夏樹さんの作品を読んでいつも感じるのですが、場所の描写がとても丁寧ですね。これは、すべて取材をされて書かれているのですか。
夏樹 はい、ほとんど全部取材をしています。わたしは福岡に住んでいるんですが、子どもが東京にいますし、仕事でよくこちらの方へ出てくるんです。小説の舞台をどこにしようか迷いましたが、伊豆は昔からよく知っていたので、母親の朔子は西伊豆に、そして娘は川崎の百合ヶ丘に暮らしている設定にしました。また、娘の死体が発見されたダムは、小説の中では架空の名前にしていますが、実際には二箇所ほど取材しています。
大島 後半は法廷シーンで、女性弁護士・里村タマミと、女性検事・布施昭子が登場します。夏樹さんの人気シリーズの朝吹里矢子や霞夕子とはまったく違ったキャラクターです。
夏樹 タマミのキャラクターについては、ずいぶん考えました。最初は三十代の聡明なやり手にしようかと思ったのですが、物語に明るさやおかしさを入れたほうがいいと考えて、若くて素朴な、なりたてほやほやの弁護士にしました。検事は逆に顔と体格にインパクトがあって、どーんと余裕のあるタイプにしました(笑)。
大島 『見えない貌』を書かれていて、苦労された点はありますか。
夏樹 やっぱりメールを作ることでしょうね。作品の中に、メールの文章が多数登場しますが、それをすべて創作しなければなりませんでしたから。中年の男が書いても、若い人が書いても、不自然でないメールを作らなければならないとか、メールには独特の文体や、テクニックがありますから、専門家にアドバイスを受けながら苦労して作りました。
大島 最初にすべてのメールを作られたのですか。
夏樹 この小説は雑誌連載でしたので、その都度、作成していったのですが、単行本にするときに、全体の整合性を保つように修正しました。
大島 本来のメールと削除されたメールがありましたから、作成するのは難しかったのではありませんか。
夏樹 削除したメールが復元されることで、視野が変わってしまうのがこの作品の一つのポイントですから、本当に苦心しました。その上、読者に納得してもらえるようなリアリティが、どのメールにもないといけませんしね。
大島 読んでいて、以前書かれた『天使が消えていく』を思い出しました。テーマも同じ親子愛ですが、重要なアイテムとして手紙が出てくるところが似ています。
夏樹 『天使が消えていく』の手紙は、どんでん返しの告白の手紙ですが、今回はそうではありません。微妙な企みはありますが。
大島 それにしても、メールが素材の小説の最後に、手紙が出てくるというのは皮肉ですね。
夏樹 手紙というのは動かしがたいものですね。削除したり、部分的に他人が書き直すことはできませんからね。やはり人間がペンを持って書いた手紙のほうが最後は強いのかなあ、という気がするんです。
大島 最後にお聞きしたいのですが、夏樹さんは結婚されて五年間、専業主婦をされていたそうですね。
夏樹 私は学生時代から小説を書いていました。でも主人と結婚するときに、家庭に専念して小説は書かない約束をしました。それに、主人の会社は福岡にありましたので、もう二度と原稿用紙に向かうことはないだろうと思っていました。ところが四年経って、子どもが生まれて、母性本能との出会いを感じると、どうしても小説を書きたいと思うようになったんです。それで、主人に内緒で書いたのが『天使が消えていく』という作品です。江戸川乱歩賞に応募して、最終候補に残ることがわかった時点で主人に伝えたのですが、約束違反じゃないかととても憤慨してました(笑)。残念ながら受賞はできませんでしたが、候補作なのに例外的に単行本にしていただいたんです。その後五、六年は「次の作品で書くのは止める」という思いで書き続けていたのですが、当時は女性作家が少なかったこともあり、次から次へと原稿の依頼が来るんです。そして、主人も自分の仕事が忙しくなり、私に文句を言う暇がなくなって、自然承認の形で現在まで来てしまいました。
大島 主婦、母親、流行作家と、三つの顔をお持ちの夏樹さんのますますのご活躍を楽しみにしています。
夏樹 ありがとうございます。

(7月26日 東京・光文社にて収録)

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