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「作家と犬」KAWADE夢ムック 文藝別冊
紹介者 河出書房新社 編集部・太田 美穂さん

 
犬を語ることは、人生を語ること
 日本全国での飼い犬の数は1200万匹、実に5軒に1軒の割合である。ひと昔にくらべ、家の中で飼われていることが多い。となれば、必然的に飼い主と犬が一緒に過ごす時間が増え、互いの親密度は深まってゆく。愛犬家にとってはもはや、犬は「ペット」を超えた存在で、家族以外の何者でもない。愛犬との別れに際し、ある人は親を送った時よりも辛かったと言い、又ある人は夫と別れた時よりも悲しかったと言う。
 これほどまでに人々の心を捉えて放さない「犬」の魅力を、作家の目を通して存分に表現したのが本書である。写真から、行間から、愛しい者への想いがあふれる。
 カラーグラビア内では、中野孝次氏と柴犬四代の三十年間を、貴重な写真で綴った。氏から十冊にも及ぶアルバムを拝借し、写真を選ぶ作業は誠に感銘深いものであった。
 子犬が成長し、やがて老い、死を迎える。次の子犬が来て、前の犬の墓の前で無邪気に遊んでいる。中野氏は前と同じ様に、犬たちとテラスや池でゆったりとくつろぐ。 このゆるやかな幸福の絵の繰り返しに、私は瞼が熱くなり、作業を中断することもしばしばであった。三十年間、様々なことがあったであろう。それは他人にははかり知れない。ただ、犬と過ごす穏やかな時間は、日常の直中にあるに拘わらず、かくも人に輝きを与え、人生に喜びを与えるものなのだと、あらためて認識した。
 犬を通して、その人の人生が垣間見える。犬を語ることは、人生を語ることでもある。
「犬はどこまでいっても犬には違いなかろう。ただの犬っころだ。だが、他人から見れば無数にいるただの犬っころにすぎない生きものが、飼主にとってはその犬以外の犬ではだめだという、ある絶対的な存在になる。そして、犬という人間とは違う生きものとの共生を通じて、この地上に生きるすべてのいのちとの共感が生じる」
この中野氏の言葉に深い感慨を抱くのは、私だけではないだろう。愛する犬を通じ、作家とその作品に触れ、小説の面白さや文学の愉しみが読者の方々に広がるならば、本書企画者としてこれ程嬉しいことはない。

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