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【松田哲夫の著者の魅力にズームアップ!】
輝かしい日々を埋葬した中学生たちへ贈る
「新刊ニュース 2011年7月号」より抜粋
『ツナグ』『本日は大安なり』と次々と話題作を発表している辻村深月さんの最新作は、これまで封印してきたという中学生を描いた『オーダーメイド殺人クラブ』。今の中学生にも、かつて中学生だった大人にも読んで欲しいと語る作品の魅力をうかがいました。
作家 辻村深月
1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業。辻村深月2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞してデビュー。10年『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』が第142回直木賞候補及び第31回吉川英治文学新人賞候補。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞を受賞、『本日は大安なり』が第24回山本周五郎賞候補となる。他の著書に『子どもたちは夜と遊ぶ』『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『スロウハイツの神様』『名前探しの放課後』『ふちなしのかがみ』など多数。この度『オーダーメイド殺人クラブ』(集英社)を上梓。
編集者 松田哲夫
1947年東京都生まれ松田哲夫。70年筑摩書房入社後、編集者として活躍。赤瀬川原平『老人力』、天童荒太『包帯クラブ』などのベストセラーを手がける。TBS系テレビ番組「王様のブランチ」本コーナーにコメンテーターとして13年出演したことでも有名。2010年6月に筑摩書房を退社し、フリーランスになる。大正大学客員教授、『新刊ニュース』書評連載「哲っちゃんの今月の太鼓本!」、NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」私のおすすめブックスコーナーなど、編集者、ブックコメンテーターとして幅広く活躍中。著書に『「王様のブランチ」のブックガイド200』(小学館101新書)などがある。編集を担当した『中学生までに読んでおきたい日本文学』全10巻(あすなろ書房)が版を重ねている。
辻村深月さんの作品
『オーダーメイド殺人クラブ』
辻村深月著
集英社
『本日は大安なり』
辻村深月著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
『ツナグ』
辻村深月著
新潮社
『光待つ場所へ』
辻村深月著
講談社
『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』
辻村深月著
講談社
『ふちなしのかがみ』
辻村深月著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
 

封印していた
中学時代を描く


松田 
最新作の『オーダーメイド殺人クラブ』は素晴しかった! 異様な迫力のある青春小説ですね。 

辻村 ありがとうございます。デビュー作で高校生を書いてから、ずっと青春小説と呼ばれるジャンルを書いてきましたが、中学生はかたくなに蓋を開けなかった時代なんです。大人でも子どもでもなく自由になれない中で、自分の居場所を見つけることに一番敏感になる生々しい世代だと思います。

松田 そうですね。主人公のアンは自分でも理解できないモヤモヤの中にいる中学二年生。昆虫系男子≠フ徳川、リア充=i※1)の芹香や倖など、癖のあるクラスメイトや教師たちが物語を盛り上げていきます。

辻村 私の書く青春小説は、どれも教室小説と言えます。この年頃の子達が教室の中で起こっていることをどういう風に見ているか、書きたくて書きたくて仕方がなかったんだなと執筆中に自覚していきました。

松田 まだお若いから、中二の頃の教室の空気感を覚えているのでしょうね。この年代の気持ちが生々しく伝わってきました。

辻村 アン達がいる教室に潜っていくような感覚がありましたね。中学時代という今まで逃げてきた場と向き合おうと決めたら、書きたいことを全て入れようという気持ちだったんです。書き終わったときには、もうこれで一生中学生を書かなくていいと思いました(笑)。 
 

松田 一人一人の人物が生きていて血が通っているんですね。死者との再会を描いた『ツナグ』もそうですが、かなり特異なキャラクターやちょっとした登場人物も含め、存在感がきっちりあるというのが魅力です。

辻村 常に登場人物には自分で考えて動いてもらい、一番良い選択、行動を妥協せずに選んだ結果で、物語が動いていくようにしたいんです。物語の構成上で彼らを動かすのは、結局作者の自己都合だろうと思いまして。

松田 友達や母親の無理解に絶望したアンは、自分と同じセンスを持つ徳川に「私を、殺してくれない?」と依頼する。「新しいパターンの殺人」という一つの目的に向かって進んでいく二人なんですが、恋愛関係がないというのが珍しい設定ですね。

辻村 中学生は恋愛に対して一番意地を張っている時期だと思います。アンと徳川が二人で浅草橋のスタジオに行くシーンも、端から見たらデートなんです。でもそれを恋愛に近しいものと認めた瞬間に身動きが取れなくなってしまうような、緊張感ぎりぎりのところで成り立っている関係です。この時期にしかない関係のような気がするんですよね。


松田 恋愛の要素がないことで、二人の関係が余計に切なく感じますね。スタジオでの官能的な場面は、少年少女ならではの透明なエロスが醸し出されています。

辻村 『小説すばる』に書評を書いてくれた道尾秀介さんもそうなんですが、男性のほうがあの場面に思い入れを持ってくださる方が多かった。女子の身体性がどういうものなのか、息を詰めて見守ってもらえるような感じが出たのかもしれない。書いたあとで勉強になった興味深い場面でした。

松田 恋愛感情が介在しないラブストーリーとして、とってもいい場面ですね。そして生意気な中学生の感性が伝わってきました。

辻村 甘酸っぱい感触を持っていただける方、逆にその結び付きを痛々しく感じる人もいると思います。その意味では非常に中学生らしい男女を書くことができたかなと思っています。

松田 辻村さんが中二の時に、三十過ぎの作家がこういう作品を書いていたとして、読みますかね?

辻村 多分読んだと思うんですけど、反発したと思います。「このアンって子は澁澤龍彦がいいって言ってるけど、私澁澤は別に読まないし」とか(笑)。些細なことをあげつらうような感じで認められなかったんではないかと。中学二年生ぐらいに共鳴、共感する特別感は、あの時独特のものだと思うんです。そこで今中二の女の子たちに少しでも近く、私のための読み物≠セと思って読んで欲しいと思い、アンが憧れている世界観として球体関節人形=i※2)をイメージした写真集を登場させました。

松田 ハンス・ベルメールの球体関節人形の世界を澁澤さんはコレクションする男性の目線で捉らえていますが、コレクションされる側である少女が憧れるというのは面白いですね。

辻村 アンはリア充≠ノ擬態しながらイケてないものを排除するために賢明に闘い、ここではないどこかにある、愛する世界に行きたいという衝動を抱えている。そういう姿に共感してもらえたらいいなと思うんです。しかしコレクションされる側になりたいと憧れる衝動も、そのセンスを理解してくれる存在が居なければ成立しない。

松田 アンにとっての徳川という存在ですね。今の中学生が読んでも、僕のような大昔中学生だった人が読んでも、全く同じに感じるかどうかはわかりませんが、それぞれに受け止められる部分を持っている世界だという気がします。
辻村 現役中学生である彼女たちにも受け止めてもらえたら嬉しいなと思いますが、アンのような感性で生きている渦中に居ると、やはり反発してしまうかもしれない。でも読んでもらえないぐらいに反発してもらえたら、それはそれで幸せなことだと思います。


中二の自分を
裏切らない結末に


松田 実は辻村さんの作品を読んだのは『本日は大安なり』が最初なんです。こんなに面白いならもっと早くから読んでおけば良かった。瀧井朝世さんなどから勧められていながら読まずにいたことを深く反省しています(笑)。

辻村 ありがとうございます(笑)。

松田 『大安なり』では四組の結婚式が並行して描かれていきますが、個々のキャラクターや場面の展開が魅力的で、成熟したストーリーテリングに驚きました。連載時とは物語の構成をがらっと変えたそうですね。

辻村 はい、連載では大安の日に同じホテルで行なわれた四つの結婚式を、独立した短編として書きました。本では全ての式の話を混ぜて時系列に直し、四つの物語が同時に進んでいく構成にしています。友達の結婚式でホテルに足を運ぶ機会が多く、何組もの結婚式が同時に行なわれる魅力的な舞台を描きたいと思ったのがきっかけでした。

松田 連載時のままでまとめても完成度の高い作品になったと思うのですが、あえて書き直された理由は?

辻村 本にする前に読み返したとき、個々の結婚式を分けて書いていることが勢いを妨げているのではないかと感じました。全て時間軸で割って繋げればラストに向けて物語がもっと映えるではないかと、グランド・ホテル形式(※3)にすることにしました。

松田 グランド・ホテル形式は昔流行りましたが、若い方なのに面白いところに目をつけたなと(笑)。そしてさんざんハラハラさせておいて、こんな終わり方するなんて!と驚きました。

辻村 結末が興醒めにならないこと≠目指して書いています。子どもの頃からウェルメイド感がある本や映画、特にミステリーが好きでした。多くの方が美学を戦わせた「何をフェア
とするか」というミステリー議論が、書くときに常に頭にあり、結末のさじ加減に影響していると思います。自分がこうした試みができるとは思っていなかったので、本になったときに自信がついた作品です。

松田 『オーダーメイド』や『ツナグ』はライトノベル的な要素もあるような気もするのですが、意識していらっしゃいますか?

辻村 昔からジャンルの垣根を意識せずに読んできましたので、それほどは…。田中芳樹さんや夢枕獏さんが好きですが、ノベルスや推理小説を読んでいると親に怒られましたね。「遊んでないで勉強しなさい」って(笑)。けれど、その禁止の裏の背徳感と、いつかこういう大人の小説を書いてみたいという思いが、自分が小説を書き始めた原点にあるのではないかという気がします。

松田 いや珍しい。田中さんや夢枕さんのコアな読者はもうちょっと年齢が上ですよね。

辻村 私は中学生ぐらいの時に読んで、大学生になってその本がライトノベル≠フジャンルに置かれているのを見て衝撃を受けたんですよ。「ライトではない! ヘビーだし大河ドラマだよ!」と思って(笑)。その思いから、ジャンルにとらわれずに書きたいものを書きたいように書くことにはブレがないんです。

松田 『オーダーメイド』の最後のまとめ方も鮮やかでした。年齢を重ねていくことのプラス面が見事に描かれていますね。

辻村 この作品を二十代前半のデビューしたばかりの頃に書いていたら、全然違った形になったと思います。もっと突き放してしまったり、もしくはもっとどっぷり入りすぎて自分と乖離できない距離感で書いていたかもしれない。大人の目線がほんのちょっと加わっている今書いたから、こんな結論になったのだと感じます。

松田 書き始めたときには、結末を決めていなかったのですか?

辻村 犯罪で名前を無くす「少年A」と「少女A」の話にしようという意識が強かったのですが、二人の計画がどうなっていくかは書いている自分もわかりませんでした。ところが、ちょうど連載の真ん中を過ぎた頃に、宝塚市で中学生の女の子二人が起こした放火殺人事件のニュースが入ってきたんです。交換殺人のような約束をした二人が加速して止まらなくなり、事件を起こしてしまった。その時に初めて、この物語をどういう結論に持っていきたいのかということの道が開けたような気がしました。ロープの端と端を強く強く引っ張り合っても、同じ力で引っ張っていれば切れないこともあるのでは、と。何か一つでも欠けたら違った結末になっていたと思います。


松田 なるほど。結末に向かうにつれ、読んでいて本当に息苦しくなり、アンと徳川と一緒に切羽詰って追い詰められていく感覚がありました。辻村さん自身がギリギリまで悩んだことが分かるような気がします。読みながら同じようなことを感じていましたから。

辻村 この物語を書き始めた頃の自分にこのラストを見せたら、ものすごく驚くのではないかなと思っています(笑)。中学生のときの自分にも「なんでこんなイケてない終わり方にするんだよ」と思われたら本当に嫌だという思いがあって、自分の中二感を裏切らない結末にしたいというのは常に感じていました。

松田 作品を書き始めるときにはテーマや結末を決めていないんでしょうか。

辻村 自分でもいつも不思議だと思うんですが、書き始める時にテーマとか「これが書いてみたい」という大それたことを考えると、一歩も身動きが取れずに書けなくなってしまう。だからいつも「展開や雰囲気を楽しんでもらえばいい」とか、自分に対しても少し逃げるような気持ちを用意しながら書き始めます。しかしここ何年かは、書き終わったときに初めて「自分はこれが書きたかった」というテーマのようなものが作品から浮かび上がってくるという不思議な経験をしています。

松田 それは物語る力、辻村さんに備わっている作家としての力でしょうね。

辻村 『オーダーメイド』も中学時代ってこうだよねという共通認識で、皆にうなずきあってもらえればいいと思って書き始めたところがあるんです。書き終えてみたら、かつての自分も「少年A」「少女A」になりえたかもしれないという気持ちを、大人の読者にも感じていただくことができたのではないかと。自分でも驚きつつ、この結論に達して本当によかったと思っています。

松田 一番輝かしかった日々を埋葬してきた大人にとっては、とても懐かしい気持ちになるでしょうね。


大きな自信となった
四つの作品



松田 『ツナグ』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』の連載を始めたのは、専業作家になったときだったそうですね。

辻村 はい。この三作品と八月に文藝春秋から出る『水底フェスタ』、計四つの連載を並行して書いていました。

松田 これから専業で書くというときに行き詰まってしまう人も多いんですけれど、どの作品も素晴しい。作家としての実力はもちろん、めぐり合わせも良かったのかなと。

辻村 デビュー直後、自分の作品が本になって書店に並ぶという夢が叶って、舞い上がってしまいそうになり、すぐにでも専業作家になりたいと思った時期があったんです。しかし当時の担当編集者に「専業になって執筆量が増えたのは恩田陸さんぐらいしか知りません」と言われて。そうか、恩田さんくらい書ける気力がなければ専業になってはいけないと、それから六年間ほど兼業で書きました。職場では一番下っ端のお茶汲みOLで、働くことで様々な物事を見る機会があったし、とても良かったと思っています。


松田 同時期に四本の連載は大変だったと思いますが、逆にそれぞれの味が出てよかったのかもしれませんね。

辻村 仕事を辞めたとき、ずっと小説を書いていいということがとても嬉しくて、欲張ってそれまで保留にしていた連載を全部お受けしてしまいました。同時進行だったので全て傾向を変えて書いていこうと思ったからバリエーションが出たのかもしれない。今は連載が全部落ち着いたので、また書き下ろしの仕事をしながらやっていこうかなと思います。

松田 やっぱり書き下ろしと連載とは違いますか?

辻村 違いました。『大安なり』は隔月、『ツナグ』は不定期掲載でしたが、『オーダーメイド』は初めての月刊誌連載で、毎月毎月書いていたから少しずつ水がたまっていくように最後の地点までくることができたような感じがあります。連載でなかったらこういう形にならなかったかもしれません。連載には連載の、書き下ろしには書き下ろしの良さがあるんだなと思いました。

松田 今後の大きな飛躍になっていく作品たちのような気がしますね。

辻村 この四作品を書いた二年間はとてもよい経験をさせていただきました。これから先に何を書くにしても、きちんとこれだけ並行して書いて終わらせることができた。個々の小説の結末をきちんと迎えられたという経験が自信になり、次の作品に繋げていけると思います。



※1 リア充:リアル(現実)の生活が充実している人物を指すインターネット造語。恋人や友人付き合いに恵まれることなどを言う。

※2 球体関節人形:関節部が球体によって形成されている人形。ポーランド出身の人形作家ハンス・ベルメールが作成したものが有名。日本では1965年に澁澤龍彦が雑誌『新婦人』でベルメールの球体関節人形を紹介し、美しさと妖しさが衝撃をもって受け入れられた。

※3 グランド・ホテル形式:同じ時間、同じ場所に集まった複数の人物の行動などを、同時進行的に一度に描く作品の手法。群集劇、群像劇とも呼ばれる。1932年のアメリカ映画『グランド・ホテル』で効果的に使用されたため、この名が付いた。



(五月二十日、東京・千代田区神田神保町の祥伝社・新社屋にて収録)


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