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【シリーズ対談】松田哲夫の著者の魅力にズームアップ!
夢は外側からやって来る 『夢違』
「新刊ニュース 2012年1月号」より抜粋
恩田陸さんの二年ぶりの新刊『夢違』は、中日新聞、東京新聞夕刊などで2010年5月から一年間連載された長編小説です。夢をデータ保存できるようになった近未来が舞台。今まで見えなかったものが“見える”ようになると、どんなことが起きるのか──。恩田さんの想いを探ります。
作家・恩田 陸
1964年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。92年日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞をダブル受賞。06年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞を受賞。07年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞を受賞した。ファンタジー、ホラー、SF、ミステリーなど、様々なタイプの小説を執筆。著書に『三月は深き紅の淵を』『光の帝国常野物語』『ネバーランド』『ドミノ』『チョコレートコスモス』『きのうの世界』など多数。この度、東京新聞等で2010年5月から一年間連載された小説『夢違』を角川書店より上梓。
編集者 松田哲夫
1947年東京都生まれ。70年筑摩書房入社後、編集者として活躍。赤瀬川原平『老人力』、天童荒太『包帯クラブ』などのベストセラーを手がける。TBS系テレビ番組「王様のブランチ」本コーナーにコメンテーターとして13年出演したことでも有名。2010年6月に筑摩書房を退社し、フリーランスになる。大正大学客員教授、『新刊ニュース』書評連載「哲っちゃんの今月の太鼓本!」、NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」私のおすすめブックスコーナーなど、編集者、書評家、ブックコメンテーターとして幅広く活躍中。著書に『「王様のブランチ」のブックガイド200』(小学館101新書)などがある。編集を担当した『中学生までに読んでおきたい日本文学』全10巻(あすなろ書房)が版を重ねている。
『夢違』
恩田 陸著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売

『隅の風景』
恩田 陸著
新潮社
『六月の夜と昼のあわいに』
恩田 陸著
朝日新聞出版
『訪問者』
恩田 陸著
祥伝社
『ブラザー・サン
シスター・ムーン』

恩田 陸著
河出書房新社
『きのうの世界』上
恩田 陸著
講談社(講談社文庫)
『きのうの世界』下
恩田 陸著
講談社(講談社文庫)
 
外側から来る夢

松田 
恩田さんの作品は、私が「王様のブランチ」で毎年二作くらいずつ紹介していて、おそらく出演していた13年間に一番多く取り上げさせていただいた作家さんだと思います(笑)。  

恩田 その節はありがとうございました(笑)。

松田 今回の新刊『夢違』は恩田ワールド≠ェまた一つスケールが大きくなって、楽しませていただいた素晴しい作品です。小説の新作は二年ぶりですね。

恩田 ありがとうございます。久しぶりの新聞連載だったので、他の原稿がどうしても後回しになってしまい、結局二年の月日が経ってしまいました。

松田 新聞連載小説は『きのうの世界』に続いて二作目ですか?

恩田 そうです。『夢違』は丸一年の連載で大変でした。無我夢中で書いていたので、一年間がとても短く感じました。 
 

松田 ある程度原稿を書き溜めるなどの準備はしていたんですか?

恩田 いいえ、開始前には一ヶ月分程しか書けなくて、後はリアルタイムで書いていきました。連載の担当者や、イラストを描いてくださった味戸ケイコ先生にものすごくご迷惑をおかけしてしまったのが忸怩たるところです。子どもの頃からずっと味戸先生のファンだったので、挿絵をお願い出来たことはとても光栄でした。

松田 物語の舞台は、夢を映像データとして保存できるようになった近未来です。夢≠ェ大きなテーマになっていますが、どうしてこのテーマを選んだのでしょうか?

恩田 私自身が夢を見ることが多く、常々夢≠ノついて考えていました。アイルランドの詩人、ウィリアム・バトラー・イエイツの詩集に「夢の中から責任が始まる」という言葉があります。夢は自分の無意識や経験が見させるものという説がありますが、イエイツの言葉から、夢というのは私たちの内側から出てくるものではなく、外側から来ていて、何かを私たちに告げているのではないか、と思ったんです。一例として「他人が出てくる夢を見るのは、相手が自分のことを思っているから」という解釈が古来ありますよね。

松田 悪い夢が現実になって「正夢だった!」となるとか、預言者がおどろおどろしい夢のお告げをして皆が無視していると、本当に大変なことが起きるとか、伝承などによくありますね。

恩田 日本でも奈良の法隆寺には夢違観音≠ニ呼ばれる観音像があって、祈ると悪い夢をいい夢に変えてくれるという言い伝えもありますから、悪い夢をよい夢に変えたいと願っていた人が昔からいたようです。

松田 恩田さんは予知夢は見るんですか?

恩田 予知夢ではないんですが(笑)、見る夢は極彩色、複雑で荒唐無稽、夢を見ながら何て複雑なプロットだろう≠ニ思ってしまう内容です。

松田小説のようによく作ってあるんですね(笑)。『いのちのパレード』収録の「かたつむり注意報」が好きなんですが、あのお話は夢のようですね。限状況でも、人々の反応は一様ではないんですね。それに、泰造やヤエは戦争の被害者ですが、加害者の部分も当然あります。戦後も、同じ一人の人間が被害者であり、加害者でもあるという事件が起こりました。この作品の中にも描かれていますね。

恩田 近い夢を見たことがあるんです。『まひるの月を追いかけて』も夢から始まった気がしますね。起きて「なぜあんな夢を見たんだろう」と思うことが多く、日記やメモをつけたりもしているくらいです。「見た夢をもう一回自分で見られたらいいな」と思っていたことも、この物語を書くきっかけの一つになりました。

松田語り手である野田浩章は、夢の映像データを解析する「夢判断」を仕事としています。他人の夢を見ることが出来る世界になると、何が起きるのか興味があります。

恩田 私はデジタル化≠ニいうのが人類にとって大きな変換点だったのではないかと常々思っているんです。科学技術の先端で今まで見えていなかったものが数値化され、可視化されるというのは、とても重要な意味を持っていることです。この思いが「他人の夢を見ることのできる世界」の発想につながりました。


予定通りだった着地点

松田 結衣子は十年以上前に亡くなったはずだったが、浩章をはじめ様々な人が各地で目撃するようになり、同時期に各地の小学生が集団白昼夢を見る事件が多発します。このあたり、SF小説的な展開ですね。ある時期からSF小説というジャンルが衰退し、その代わり多くの小説にSFの要素が組み込まれるようになったと思うんですが。

恩田 あまりジャンルを区別して書いてはいないんですけれど…。今の小説にはSF的な設定が当たり前のように拡散していますし、技術革新が進んで現実世界もSFに近くなってきたという感じもありますね。

松田 ミステリーやホラーをはじめ、ライトノベルやアニメの世界もほぼSF的な要素をベースにしている。村上春樹さんの『1Q84』だって、広い意味でSFと言ってもいいかもしれない。そういう時代になればなるほど、無意識の層の古い部分が逆に見えてくるというのが面白いですよね。

恩田 子どもの頃に考えていた未来は、すごく高くて高機能な建物があって、UFOが飛んでいるような、機械っぽい世界をイメージしていたのですけれど、もう少しすると昔に戻るのではないかと思います。
 
松田 過去への回帰ですね。


恩田 全ての機能を一つの小さな機械で兼ねられるようになり、無線LANなどのケーブルレス化が進んでいくと、恐らく、見た目は何もなかった頃の昔に戻るんじゃないかと思うんです。一見すると昔の社会だけれど、高度な社会になるのではないでしょうか。

松田 『夢違』に出てくるメカニズムも、近い未来には出来るかもしれませんね。夢を記録し、デジタル化した「夢札」や夢を読み出す機械「獏」などは、システムを書き込めば面白くなる感じもするんですが、新聞小説は一回がとても短いから書きづらかったでしょうね。

恩田 書き込むと切りがないんです(笑)。一回原稿用紙2・5枚なので、ブレーキをかけながら走っているような感じになってしまいます。ある程度は説明が必要ですが、バランスが崩れてしまうのでやりすぎずに、曖昧なものは曖昧なままに残したいという思いがありました。

松田 謎めいた出来事もたくさん出てきますが、全てが最後まで説明されている訳ではない。『きのうの世界』の場合はちょっとしたきらめき一つまで解説して、
最後には全ての謎が解かれる。どこで作風がわかれるんですか?

恩田 小説を書くときには着地点はどこか、最初に思い浮かべてから書いています。話の持つ雰囲気や着地点、読後感を予想して書いているので、それによって物語の性格が決まってくるんだと思います。

松田 『夢違』の着地点はとても心地よいものですけれど、何となく空恐ろしいものが残りますね。

恩田 ええ、そうなんですよ(笑)。私は一応ハッピーエンドのつもりで書いたんですけれども、よく考えたらぜんぜんハッピーではないのかもしれない、という結末になりました。

松田 物語のラストシーンの日付は、3月14日。その日付の直前、現実の3月11日に東日本大震災がありました。連載小説をリアルタイムで書いている時に起こった出来事でしたね。

恩田 震災前からラストシーンは3月14日と決めていて、震災が起きた頃は、浩章が結衣子や子どもたちの神隠し事件の謎を追って奈良に行った辺りを書いていました。震災前後も原稿に追われていて、思えば必死に書いていることで平常心を保っていたというのもあったかもしれません。

松田 震災によって物語の内容が影響を受けたということは?

恩田 それはありませんでした。終盤に入ってラストシーンも見えていたので、予定通りの着地点で終えることが出来ました。

松田 今後書いていく中で、震災の体験から受ける影響はあると思いますか。

恩田 意識的な転換点となったパラダイムシフトは書きたいとは思っています。本人は意識していなくても、もちろんどこかで影響を受けているとは思いますが、でもそれは、今はまだわからないですね。きっと何年か経ってみて、初めて分かることなんです。


曖昧さが必要になる世界

松田 先ほど可視化≠キるという話が出ましたが、あの日を境に放射能≠ニいう見えないものが可視化される時代に入ったわけですね。

恩田 ある一点で全く世界が変わってしまったという実感は重なったのかもしれません。見えないものが可視化してしまった世界と折り合いをつけていかなければならないという感覚は、この物語の世界と少し似ているのかもしれないですね。棋士の羽生善治さんが、将棋で勝つために大切なのは「いかに曖昧さに耐えられるか」だとおっしゃっているのを読んだことがあります(※)。

松田 勝つことに、曖昧さが必要なんですか?

恩田 曖昧さに耐えられなくなって、放り出したり、我慢し切れなくて悪手を指したりすると負ける。状況がどっちに転ぶかわからないところに耐え続けられる人が強いんですって。これから先はますます曖昧さに耐え、折り合いをつけつつ、やっていかなきゃならない世界になるんじゃないかという気がします。

松田 曖昧さに耐えながら、その中で勝ち筋が見えてくるまで我慢する。文学の世界もそういう意味では曖昧な部分が山ほどありますね。

恩田 最近は白黒はっきりしたものが好まれるのかもしれません(笑)。

松田 例えばどのようなものでしょう?

恩田 エンターテインメントも詳しくマーケティングしてあって、ファミレスのようにとても美味しいけれど、何となく既製品という感じを受けるものがありますから。

松田 夢とか無意識とか、ある意味書きにくいテーマを取り上げて、曖昧で、解決がつかない作品を書くのが恩田さんの持ち味ですね。

恩田 曖昧なところを書くのも、小説家の仕事の一つではないかと思いますので。

松田 恩田さんの作品は毎回テイストが変わっていきます。まだまだ変わりますか?

恩田 変わっていくんじゃないかな。この作品もジャンル不能なものにしようとしたつもりなんです。

松田 これからも恩田さん以外の人には書けない恩田ワールド≠フ進化を楽しみにしています。

(十一月九日・東京都千代田区の角川書店にて収録)

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