【トークショー】「怪談えほん」シリーズ『いるの いないの』(岩崎書店)刊行記念
震えて眠れ、子どもたち 〜「怖い」の愉しみを知る〜
「新刊ニュース 2012年8月号」より抜粋
岩崎書店より刊行された「怪談えほん」シリーズは、「絵本を通して怖い思いや不思議な体験を重ねることは、子どもたちの人生を豊かにする」という思いから企画されました。文芸評論家の東雅夫さん監修のもと、宮部みゆきさん、皆川博子さんなど豪華執筆陣と、宇野亜喜良さんや軽部武宏さんなどの実力派の絵本作家、画家の方々が真剣勝負で創り上げたこのシリーズは、子どもはもちろん大人からも絶賛の声が寄せられており、各種メディアでも取り上げられています。
今回の特集では、6月8日に東京・原宿のブックカフェ「Bibliotheque(ビブリオテック)」の企画・主催で行われた「怪談えほん」シリーズ『いるの いないの』刊行記念トークショーを取材させていただきました。作者の京極夏彦さん、画家の町田尚子さん、シリーズ監修者の東雅夫さんの三人が、『いるの いないの』の制作秘話やシリーズを通しての「怖さ」を語った模様をお伝えします。
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文芸評論家・アンソロジスト |
1958年神奈川県生まれ。アンソロジスト、文芸評論家。1982年『幻想文学』を創刊し、2003年まで編集長を務める。現在は怪談専門誌『幽』編集長。2011年著書『遠野物語と怪談の時代』で、第64回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。編纂書に『文豪怪談傑作選』『てのひら怪談』『稲生モノノケ大全』ほか多数がある。 |
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画家 町田尚子 |
1968年東京都生まれ。武蔵野美術大学短期大学部卒業。月刊『新潮45』表紙(2002年1月〜2008年10月号)を担当。装画に「ペギー・スー」シリーズ(角川書店発行/角川グループパブリッシング発売)、「ドラゴンキーパー」シリーズ(金の星社)など。絵本に『小さな犬』(白泉社)、『うらしまたろう』(山下明生・作/あかね書房)、作品集に『FERRIS WHEEL』(project : ARTS AND CRAFTS)などがある。 |
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小説家 京極夏彦 |
1963年北海道生まれ。1994年『姑獲鳥の夏』でデビュー。96年『魍魎の匣』で第49回日本推理作家協会賞長編部門、97年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花賞、03年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、04年『後巷説百物語』で第130回直木賞を受賞。11年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞受賞。この度、初の絵本となる『いるの いないの』を上梓。 |
東 本日はようこそお越しくださいました。私は「怪談えほん」シリーズの企画・監修を担当した東雅夫です。中央にいらっしゃいますのが、画家の町田尚子さん。大変初々しいですね! その隣はまったく初々しさのかけらもない京極夏彦さんです。
京極 こういう集まりにはあまり出ないので、緊張しています(笑)。
東 何をおっしゃいますか(笑)。さて、この「怪談えほん」シリーズは、一昨年の夏、岩崎書店から「子どもを心底震え上がらせるような、本格的な怪談の絵本を作りたい」という相談があったことから始まりました。子どもが本当に怖がる本は親が買ってくれない≠ニいう先入観があって大丈夫かなと思いましたが、編集者の本気で取り組みたいという気持ちがヒシヒシと伝わってきたので、喜んでお引き受けしました。
京極 僕達に執筆依頼が来たのが秋くらいでしたね。
東 京極さんと宮部みゆきさん、加門七海さん、恒川光太郎さんと皆川博子さん。私が最初に「この方々にお願いしたい」と考えた五人の作家が、すぐに快諾してくださったんです。
京極 僕はすごく迷いましたよ。
東 そうなんですか?
京極 東さんに「やれっ!」と首を絞められ「ううっ! わかりましたぁ〜」と受けた…というのは冗談ですが(笑)。絵本というのは作家と画家、そしてその二者をコーディネートするプロデューサーの三者がバランスよく揃っていなければいけないと考えます。今回は東さんや編集の方が非常に熱意を持っていて、安心して取り組めると思ってお引き受けしました。制作中は町田さんとは直接お話していないんですよね。
町田 はい、私は京極さんの感想を編集者を通して教えていただきました。でも基本的には誰からもコントロールされるようなことはなく、最初から最後まで本当に楽しく描きました。
京極 『いるの いないの』は文字数が八百字で、小説より格段に短い。
東 読者の感想でも「京極夏彦がこんな短い話の薄い本を出した!」ってね。
京極 後は全部、画家さんのお仕事なんです。書き上げてから何人かの絵を見せていただいて、お願いしたいと思ったのが町田さんでした。内容がアレ≠ナすから、当然断られる可能性もあると思ったんですが…町田さん、嫌じゃなかったですか?
町田 それが…お話をいただく少し前に岩崎書店に「お仕事をください」とお願いをしていて、その後で『いるの いないの』のお話をいただいたんです。難しそうだとは思いましたが、お願いしていた以上「出来ません」と言うのも…。
京極 そんな理由ですか?!
町田 決して嫌だった訳ではないんですよ! 出来る確信はなかったけれど「やります!」と言って、さあどうしようかなと…。お話の舞台が「梁がある家」ということだったんですが、私は東京生まれで田舎もないので、そういう家に暮らしたことがないんです。そこで、古民家を見に行って、絵を描くときの参考にしました。
京極
ラフを見てびっくりしました。状況説明は「梁がある家」としか書いていないのに、郷愁を誘う田舎の家の絵を見事に描いていただいた。町田さんは舞台となる家の間取り図まで作って、このページの絵はこの場所をここのアングルから見ている、と全部決めて描かれているんです。僕も純然たる日本家屋に住んだ経験はないんですが、こういう家で暮らした記憶がない二人からこの絵本が出来上がったのが面白い。これがたぶん、東さんが昔から言っていたホラー・ジャパネスクではないでしょうか。
東 『いるの いないの』の中で「こわい。」と一言書いてあるページ。これがまさに、ホラー・ジャパネスクを一枚で絵にしたものではないですかね。
京極 僕が書いた、たった一言がこの絵になったんですね。古い家と森と神社、家を飛び出した男の子が駆けている…。そこに「こわい。」ものすごくいいですよね。
東 この絵はどのように思いついたんですか?
町田 実はどの絵も、文章に合わせて描いたわけではないんです。田舎の家という舞台を決めて、台所、トイレ、お風呂場など、いろんな場所にいる男の子にカメラを当てるようなイメージで描き、後で文章に合うように並べ直したんです。「こわい。」のところは、この絵が合っていると思ったんです。私も京極さんに聞いてもいいですか? 男の子がおばあさんの家に来たときは「おばあさん」と呼んでいるのに、その後「おばあちゃん」と言い換えているのは、なぜですか?
京極 たぶん子どもの「努力」なんです。町田さんの描くおばあさんも怖いですが、何か意図があったんですか?
町田 子どもから見た老人って、ちょっと怖いイメージだと思うんです。その感じを出すには、こういう描き方がいいかなと…。
京極 なるほど。そういえば「どうして男の子はおばあさんの家に住むことになったんだろう?」と考える人がいるようですね。
町田 考えました! 冒頭の文から「どうしてだろう?」って妄想が始まったんです。
京極 妄想ですか(笑)。その妄想が生んだ町田さんの絵が、また読者の妄想をかき立てるんです。
東 シリーズ五冊の作家と画家の皆さん、それぞれに文章と絵のキャッチボール…言い換えれば闘いがありました。過程を見守っている私は非常にスリリングで、文章をいただいたときよりも、それに絵が付いてくる段階の方がハラハラ、ドキドキ、ワクワクしましたね。五人の作家さんの中で、宮部さんの『悪い本』の原稿が一番早かった。
京極 宮部さん、完成した原稿を僕に見せて、「これでいいかしら?」って、尋くんです。いいに決まってるのに(笑)。しかもなぜ僕に(笑)。幽霊が出てきて怖い≠ニいうのが「怪談」だと思っている人が圧倒的に多い中で、あのお話がシリーズのコンセプトにあっているか、心配なさったみたいですね。
東 確かに『悪い本』は掟破りなコンセプトですね。
京極 でも東さんは絶対「これはありだろう」と言うと思い、宮部さんに「いいです!」と返事をしてしまいました。僕にはそんな権限はないんですけど。
東 人の心の恐ろしさ、悪意から、何かが湧いて出る…でも月並みな人間が一番怖い≠ニいう話にはならない。宮部さんの作品通してのテーマですね。
京極 いったいどんな絵がつくんだろうと思ったら、僕たちの後ろにいるクマちゃんですよ(笑)。
東 宮部さんのお話には、ビジュアルのヒントが全くないんです。だからどのような絵を描くかは、画家の吉田尚令さんに任された形でした。吉田さんの中にあった様々なイマジネーションが、宮部さんの物語に触発されて湧いて出てきて、このクマの絵に至ったそうです。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
東
宮部さんとの打ち合わせの場に、たまたま編集者が『いるの いないの』のラフを持参していて、宮部さん、よせばいいのに(笑)、朗読を始めた。最後のページをめくって…「キャッ!!」って(笑)。一瞬で良さが伝わる絵本の力は素晴しいなと思いました。
京極 お読みになっていない方はわからないと思いますが、まあラストが少々…。
東 シリーズ五冊の中であのページが一番怖いんじゃないですか? ご来場の皆さんに聞いてみましょうか。『いるの いないの』の最後のページで飛び上がってびっくりした方、手を挙げてください。
(多数の人が手を挙げる)
京極 あらら…。あのページのラフはいくつかバージョンがあるんですよね。
町田 編集者から、京極さんが「もっと子どものトラウマになるような絵にしてください」と言っていると聞きまして…。
東 悪いオジさんですね(笑)。
京極 まったく記憶にないです。東さんはいつも「子どもは怖がらせてなんぼじゃ!」と言っているようですけど。
町田 怖すぎてはいけないかな?とも思いましたけれど、別にそんなに怖い絵を描いたつもりもないんです。
京極 そうですよね。一枚だけ見ればそんなに驚くほど怖い絵じゃないのに。
東 そこはやはり、京極さんの文章の「構成力」のすごさだと思います。ここぞ!というときの「間合い」が、昔から京極さんはお上手ですから。
京極 僕は自分で書いたものを怖いとは思えないので「怪談は書けない」とずっと言っているんですよ。今回は絵の力を借りようと企んだわけですが、町田さんの絵も怖くはなくて、優しい、綺麗な絵なんです。なのにその二つが組み合わさると、なぜか怖くなるというのは不思議ですね。
東 私も今まで絵本の監修はやったことがなかったのですが、作家と画家それぞれがベストな仕事をすると、結果が二乗三乗となって一つの作品が誕生するというのが新鮮でした。
京極 絵本の場合、絵が文章の挿絵になってしまってはいけないし、逆に文が絵の補足になってもいけない。両方とも独立していて、かつ一つの作品になっている必要があると思うんです。それが絵本の面白さであり、深みなんだと思うんです。怖がっていただいて本望ですね。
東 このシリーズは、嬉しいことに大変評判が良いんですよ。『いるの いないの』は日本図書館協会の「選定図書」にも選ばれました。
京極 二十年近く小説を書いていますけれど、初めて選んでいただきましたよ。「怪談えほん」シリーズ第二期の刊行も決定していますよね。第一期とは違う方々が書かれるとか。
東 はい、まだ詳細は申し上げられないんですけれど、第二期もお名前を言ったら驚かれるような皆さんにお願いする予定です。
京極 絵本は読まれるスパンが長いですからね。「怪談えほん」も孫や曾孫の代まで「ギャッ!!」って言って読んでほしいですね。
東 ぜひロングセラーになってほしいです。「怪談えほん」を読んだ子どもが大人になって、「怪談専門誌の定期購読をしようか」となったら、尚の事いいですね(笑)。本日はありがとうございました。
※2012年7月18日〜30日に丸善丸の内本店(東京都千代田区)にて「怪談えほん」原画展が開催されました。
(六月八日、東京都渋谷区・ビブリオテックにて収録)