芥川賞・直木賞の受賞は1作だけ
前回は、両賞ともW受賞となり、4名の受賞者で賑わいましたね。それに比べて、今回は両賞あわせて1名だけ。寂しい限りです。
松田哲夫(まつだてつお)
1947年東京都生まれ。編集者。書評家。『中学生までに読んでおきたい日本文学』(あすなろ書房)が好評、続編を準備中。著書に『印刷に恋して』、『「本」に恋して』。
イチオシ!直木賞受賞の挑戦と感動の物語
下町の町工場・佃製作所が、技術力とプライドを武器に、倒産の危機から立ち上がり、国家的宇宙プロジェクトで、華々しい活躍をするまでを描いた、感動の物語です。取引先の都合で突然、大量の注文が打ち切られたり、ライバル企業が巧妙な訴訟作戦で兵糧攻めを仕掛けてきたりします。銀行は融資を渋り、技術屋あがりの二代目社長の悪戦苦闘が始まります。この町工場では、高度の技術開発に力を注いできました。そういう蓄積が、裁判でも有利に働き、宇宙ロケットに必要なエンジンバルブの開発で、大企業に一歩先んじることもできたのです。そして社長は、大企業側が提示してきた好条件をしりぞけ、製品提供に固執して、年来の宇宙への夢に賭けていくのです。無駄のない、テンポのいい語り口で読者を魅了するエンタテインメントの傑作が誕生しました
太宰賞・三島賞で鮮烈デビュー
あみ子は風変わりな女の子です。周囲の人びととうまく意思疎通がとれません。でも、感じたままを素直に表現して辛い目にあっても決してめげません。だから、読後、すっくと立っている彼女の姿が印象深く残り続けるのです。静かな波紋を広げている鮮烈デビュー作に注目。
いぶし銀のような時代小説
俳人で画家でもある与謝蕪村の晩年の姿が描かれた直木賞候補作です。蕪村および周囲の人びとは、風流な俳句に託して、深い思いや激しい感情を秘かに表現していきます。大人の恋のドラマが、要所要所に配された俳句とあいまって、しみじみと読者の胸に染み渡るのです。
天才的ストーリーテラー
今回の直木賞候補の中で、個人的にはイチオシ作品。いやあ、辻村深月には、心底、脱帽です。こういう設定の物語で、こんなにワクワクドキドキするなんて驚きました。主人公の気持ちに寄り添い、悲劇の決行日に向かって疾駆する感じがたまりません。次こそ直木賞ですね。
渋い味わいのプロ野球マンガ
このタイトルは「グラウンドには銭が埋まっている」という言葉の略です。八年目、年俸一八〇〇万の中継ぎ投手・凡田夏之介を主人公に、プロ野球の「プロ」の部分、選手の年俸(稼ぎ高)にこだわった「モーニング」連載の注目作です。野球のおもしろさを再発見できます。