文庫化が早いのは嬉しいけれど
宮部みゆきさん、京極夏彦さんの新作が文庫、単行本同時発売になりました。文芸書全体を盛り上げることができればいいですね。
松田哲夫(まつだてつお)
1947年東京都生まれ。編集者。書評家。『中学生までに読んでおきたい日本文学』(あすなろ書房)が好評、続編を準備中。著書に『印刷に恋して』、『「本」に恋して』。
イチオシ!ハリウッド超大作をしのぐ大スペクタクル
五九〇ページの大作ですが、ダイナミックでリアリティのある描写の積み重ねは迫力満点、面白くて一気に読めてしまいます。不思議な暗殺指令を受けてコンゴに潜入するアメリカ人傭兵イエーガー。父の遺書にしたがって難病の治療薬を作ろうとしている大学院生古賀研人。イエーガーたちに指令を発したアメリカ大統領およびその周囲の人たち。それぞれのグループが、お互いに密接に関わりながら、自分たちの課題に向かって突き進んでいきます。アメリカの世界戦略、コンゴ内戦、新薬開発、暗号解読など、スリリングなストーリーを構成している背景や要素の一つ一つが、しっかりと事実に裏打ちされているのも魅力です。手に汗握るような局面を次々に切り抜けていくと、ハリウッド的な正義感を超えた「人類の根源的な危機」がしだいに姿を現してくるのです。
一筋縄ではいかない現代の寓話集
ヘンテコだけどリアリティのあるお話が四話入った短編集です。読み始めると、相当にグロテスクで怪しげなことが起こるのに、読み終わった後には、なんだか温かい気持ちになっているのです。先行き不透明な今の時代に、この風変わりな明るさ、温かさは貴重だと思います。
微笑ましく不確かな恋愛風景
人気女性写真家ニキと一歳上のアシスタント加賀美が恋をしました。仕事モードと恋愛モード、言葉づかいや立場が変わっていくところは可愛らしいですね。でも、どこか不安定な二人の関係はいつかほころびていきます。恋愛の不確かさをユーモアを交えて語った佳品です。
キレのいい好奇心旺盛エッセイ
イタリアに住んで三十年というジャーナリストが、名もなき人たちの幸せ薄い人生をしみじみと語ってくれます。キレのいい文章が心地よく、短篇小説や映画の名作に触れたような深い味わいがあります。講談社エッセイ賞、日本エッセイスト・クラブ賞をW受賞しています。
向田さんに真っ向勝負を挑む
書き出しの「向田さんの作品は、不道徳である」が鮮やかです。続けて、「向田さんの言葉は、大人の本当の悪だ」、「人の悪さ、醜さを、その鋭い刃で切るように向田さんは表現する」とまで言うのです。こうして太田さんは向田作品の「こわさ」と「優しさ」に肉薄していきます。