本屋大賞と村上春樹さんの新作
4月前半は、出版界ではビッグニュースが続きました。この勢いに乗って、さらなるビッグニュースが届くことを祈っています。
松田哲夫(まつだてつお)
1947年東京都生まれ。編集者。書評家。「週刊ポスト」で「松田哲夫の愉快痛快人名録 ニッポン元気印時代」を連載中です。著書に『印刷に恋して』、『「本」に恋して』。
イチオシ!心と心の結びつきが失われるとき……
村上さんの新作は、『1Q84』よりも『ノルウェイの森』に近いテイストの恋愛小説でした。『ノルウェイ』の主人公は団塊の世代で三十七歳、十八年前のことを思い返しながら物語が展開されていきました。『多崎つくる』の主人公は団塊ジュニアの世代で三十六歳、十六年前の衝撃的な出来事に改めて向き合う物語です。『ノルウェイ』には人と人との繋がりが失われていく様が描かれていました。一方、『多崎つくる』には、こういう文章があります。「人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。……痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。」村上さんは、『ノルウェイ』の先の世界に踏み込んで、「喪失」後に生きる道を模索し始めているのかもしれません。
美しい友情と悲しい別れ
疑似家族の友情物語が、抑制の効いた文章で語られています。シングルマザーとその娘は、偶然に出会った友人の愛に支えられて暮らしていきます。しかし、輝くように幸せな日々にも終わりが来ます。切ない別れ、心ふるえる悲劇、それでも温かい未来が開けていくのでした。
「知の巨人」が遺した言葉
吉本さんの心にいちばん残っている猫。その死に自らの老いを重ね合わせながら紡がれた含蓄のある言葉の数々は、私たちの心の琴線に優しく触れてきます。人間の生き方をつきつめた親鸞がたどり着いた境地にも言及しながら、生きて考えていくことへの覚悟を語っています。
悲劇から喜劇、そして感動
マンガ家ニコさんの宮城県山元町の実家が津波に襲われました。お祖母ちゃんの「生まれ育った場所に帰りたい」という強い願いを受け、母娘三代はさまざまな難問に立ち向かいながら実家再建に邁進します。実話ならではのリアリティが読者に迫ってくる大感動コミックです。
マンガを売る人びとの熱いドラマ
女子柔道の選手だった黒沢心は、心から熱くなれる場所を求めて出版社に入り、週刊マンガ誌編集部に配属されます。そこで、編集者、営業マン、書店員といった裏方の人たちの仕事ぶりに心動かされるのでした。書店員が愛情を込めて展示した場面で不覚にも涙が流れました。