本、雑誌、CD・DVDをお近くの本屋さんに送料無料でお届け!



審査委員長の言葉
三回目の「太鼓本大賞」です。私が、この一年間に読んだなかで、とりわけ深い感動を与えてくれた作品を選ばせてもらいました。今年は、なんと言っても三月十一日の東日本大震災が強烈に記憶に残っています。私たちの暮らしがいかにもろい地盤の上に成り立っているかを思い知らされました。そういうことを考えたわけではありませんが、大賞、特別賞ともに死が重要なモチーフになっている繊細かつ骨太の作品です。そういえば、文庫では角田光代『八日目の蝉』(中公文庫)が震災後にも売れ続けていたのが印象的でした。地震、津波、放射能といった災厄を経て、なお読み継がれるのは、こういう背骨がしっかりと通っている物語なのかもしれません。
審査委員長のProfile
松田哲夫
(まつだ・てつお)
1947年東京都生まれ。編集者(元筑摩書房専務取締役)。書評家。著書に『印刷に恋して』、『「本」に恋して』など。編著に『中学生までに読んでおきたい日本文学』がある。
大賞
『紅梅』
津村節子
授賞理由:
夫・吉村昭の死から五年、妻・津村節子は夫との最期の日々を描いた長編小説を一挙に書き下ろしました。津村は、吉村の病状、医者の対応、家族の受け止め方を、詠嘆や感傷におちいることなく、抑制の効いた文章で記述していきます。さらにそこには、妻ならではの温かく優しい眼差しも注がれています。だから、自分の置かれた状況を冷静に判断し、延命治療を拒否し、自らの意思で死を選んだ吉村の姿が強烈に印象に残るのです。これは、一つのいのちが尽きる時のきらめきを見事にとらえた、文学としても、追悼の文章としても最高の作品です。よってここに「大賞」を贈ります。
特別賞
『人質の朗読会』
小川洋子
授賞理由:
これは死者たちの物語です。遺跡観光ツアーの参加者と添乗員八名が拉致監禁され、全員死亡してしまいます。彼らの死後、公開された盗聴テープには、人質たちの朗読会の記録が残されていました。鉄粉まみれの鉄工所、欠けた英字ビスケット、運針、コンソメスープ作りなど、彼らが語る思い出の物語は限りなく懐かしい気持ちにさせてくれます。物語には、悲惨な現実を変える力はありません。しかし、死んでいった人びとの話に耳を傾けることで見えてくるものがあります。そういう意味で「3・11」後の世界に生きるために必要な作品だと考え「特別賞」を贈ります。
新人賞
『ジーノの家 イタリア10景』
内田洋子
授賞理由:
イタリア在住三十年というジャーナリストの書いたエッセイ集です。いろいろな町で著者が出会った人たちの個性豊かな人生が描かれています。一編一編がキレのいい文章で綴られているので、磨き上げられた短篇小説を読んでいるような、優れた映画を見ているような気持ちにさせてくれるのです。ここに登場してくるのは、実り少ない人生を歩んだ人ばかりですが、誰もがみな陽気で明るいのです。だから読んでいると、私たちの人生にも明るい陽射しが射し込んできて、元気が出てくるような気がします。これからの味わい深いエッセイにも期待して「新人賞」を贈ります。