今年の文芸出版(小説本)の話題と言えば、桜木紫乃さん『ホテルローヤル』(集英社)が近年の直木賞受賞作のなかでは、ダントツの売れ行きだったことと、TVドラマ「半沢直樹」大ヒットにあわせて、原作本(文春文庫、ダイヤモンド社)はじめ池井戸潤さんの作品(小学館文庫など)がよく売れたことでしょう。久しぶりに幅広い読者に受け入れられる小説が出現したのはめでたいことですね。今年、活躍が目立ったのは小川洋子さんで、長編小説『ことり』(朝日新聞出版)、連作短編小説『いつも彼らはどこかに』(新潮社)という素晴らしい作品を発表しました。小川さんには坪内逍遙大賞をさし上げたので、太鼓本大賞には若手のホープを選びました。
松田哲夫
(まつだ・てつお)
1947年東京都生まれ。編集者(元筑摩書房専務取締役)、書評家。著書に『印刷に恋して』、『「本」に恋して』など。編著に『中学生までに読んでおきたい日本文学』『中学生までに読んでおきたい哲学』がある。
いやあ、すごいすごい! こんなに引き込まれたエンターテインメントは久しぶりです。愉快なキャラクターが華々しく登場し、珍妙な出来事が次々と起こります。そして、大坂冬の陣・夏の陣はじめ、歴史的な事件や実在の人物を背景に配して、荒唐無稽な物語を思いっ切りふくらましていく。すると、そこに怒濤の一大クライマックスシーンが出現するのです。ラスト百五十ページあまり、風太郎たちの血湧き肉躍る戦いに加わって疾駆する心地良さ。講談や立川文庫などの伝統を引き継いで、リアルと架空の絶妙なブレンドを堪能させてくれました。時代小説に鮮烈な新風を送り込んだこの作品に、「大賞」を贈ります。
熱くなれる場所を求めて出版社に入り、週刊マンガ誌編集部に配属された黒沢心が主役のお仕事コミックです。彼女は、漫画家、編集者、営業マン、書店員の仕事ぶりに心動かされます。そして、雑誌や本が読者と出会うまでには、多くの人たちの力を結集したチームプレイが存在することを知るのでした。第一巻では、出版社の営業マン、書店員の熱い仕事ぶりが涙を誘いました。第二巻では、ギリギリの原稿をスキャンする製版担当者の苦労が描かれていました。これからも、印刷、製本、輸送、販売会社など、このチームの他のポジションの人たちの仕事に目配りしてくれることを期待して、「特別賞」を贈ります。
● ● ● 受賞者・松田奈緒子さんの言葉 ● ● ●
この度は素敵な賞をありがとうございます!
沢山の方に取材させて頂いて、仕事人たちのその熱意に炙られて描けた作品です。
私一人ではなく、皆で喜びたいと思います。
これからも物語はつづきます、どうぞあたたかく見守っていただけますように!
【プロフィール】 松田奈緒子(まつだ・なおこ)
1969年生まれ。長崎県出身。『コーラス』(集英社)に掲載された『ファンタスティックデイズ』でデビュー。『月刊!スピリッツ』にて連載中の『重版出来!』は全ての仕事人へのエール漫画として出版業界を超えてファンを獲得している。
異文化の世界に入ろうとする人たちの前に立ちはだかる言語の壁。アフリカの戦乱の地から逃げ延びてきた黒人女性サリマ、研究者の夫に従って移住してきた日本人女性ハリネズミ。異なる言語、異なる文化の世界に来て、そこで暮らし、生きていこうとする女たちが真剣に学び、働き、暮らしていく姿は美しく、感動的です。在豪二十年の著者が時間をかけて熟成させた物語は、第二十九回太宰治賞を受賞し、朝日新聞の「文芸時評」で大絶讃されるなど注目を集めています。しっかりと自分なりのテーマを持ち、それを物語で表現することができる岩城さんのこれからの作品にも期待しつつ「新人賞」を贈ります。
● ● ● 受賞者・岩城けいさんの言葉 ● ● ●
私にとって「書きたいこと」と「書かなければならないこと」が一致して生まれた作品で、このように取り上げて頂いたこと、感謝いたします。皆さまに、遠い異国のささやき声を近くに感じて頂ければと願っています。
【プロフィール】 岩城けい(いわき・けい)
大阪生まれ。大学卒業後、単身渡豪。社内業務翻訳業経験ののち、結婚。在豪二十年。この度『さようなら、オレンジ』で第29回太宰治賞受賞。
● ● ● 受賞者・万城目学さんの言葉 ● ● ●
二年間、週刊誌連載で書き続け、ようやくぶ厚い本になり、今になって、じわりじわりと自分が何を書いたかわかってきた、そんな不思議な一冊です。何じゃこりゃ、と風太郎とともに、物語に身を投じていただけたら、これさいわいです。
【プロフィール】 万城目学(まきめ・まなぶ)
1976年生まれ。大阪府出身。京都大学法学部卒。第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し2006年『鴨川ホルモー』でデビュー。他著に『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』等がある。