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『蜉蝣』の若合春侑さん
インタビュアー 進藤奈央子(ライター)

若合 春侑(わかい・すう)
1958年、宮城県塩竃市生まれ。東北学院大学経済学部卒業。広告代理店、新聞社アルバイト、添削指導員などを経て、98年、『腦病院へまゐります。』で文學界新人賞受賞、執筆に専念する。2002年『海馬の助走』で野間文芸新人賞受賞。2003年から國學院大学文学部神道学科に学ぶ。




『蜉蝣』
角川書店






『海馬の助走』
中央公論新社



『無花果日誌』
角川書店



『腦病院へまゐります。』
文春文庫

進藤 昨年の話になりますが『海馬の助走』での野間文芸新人賞の受賞おめでとうございます。この『蜉蝣』は受賞後第一作となります。
若合 ありがとうございます。「群像」一月号に受賞後第一作の『微熱語り』という短編が掲載されていますが、単行本ではそういうことになりますね。
進藤 「群像」では他に映画評もなさっているし、今年の四月からは神道を学びに大学に入学されたそうで、お忙しい日々ですね。
若合 映画評の方は集中連載なのでもうおしまいですけど、大学の方はスケジュールもびっしりですが、学びたいことがたくさんあって、とても充実した毎日です。夜の授業が主なので、これまでの宵っ張りの執筆が早起きになって、作風が変わりそうな予感がしています(笑)。
進藤 『蜉蝣』は正字正仮名遣いで書かれた『腦病院へまゐります。』を彷彿とさせる凄みのある作品になっていますが、そのへんはいかがでしょうか? もう五年も前のデビュー作と比較するのも失礼な話ですが・・・。他には『無花果日誌』のように物語性のある従来の純文学の枠に収まらないお話も出されていて、そちらにも通じるように感じました。『蜉蝣』は「鳩よ!」で連載されていたと伺いましたが、そのあたりとも関連がありますか?
若合 まもなく『腦病院へまゐります。』が文庫本になるんですけど、『蜉蝣』のお話をいただいたときはまだ『腦病院・・・』の単行本で出たばかりの頃で、たまたま編集の方に「あたためているタイトルがあるんですよ」と言われたのが「蜉蝣」だったんです。私は大学のとき、ちょっとした歌のコンテストに出て審査員特別賞を戴いたことがあるんですが(笑)、そのときの歌のタイトルが「蜉蝣」で、漢字も同じだったんですよ。それで縁があるなあと思いまして・・・・・・。
進藤 不思議ですよね。タイトル以外にもなにかリクエストはあったのでしょうか?
若合 ええ。心中ものとかいいねえ、と言われまして。私も興味があったので。
進藤 なるほど。『腦病院・・・』が刊行されたころ依頼が来た小説だったんですか。じつは私は『腦病院・・・』の濃密な世界に圧倒されてデビュー作から大ファンなんです。それで『蜉蝣』を読むとまたまた恋愛ものの濃い世界なので、嬉しくなってしまって(笑)。
若合 前からそう言ってくださっていましたよね。
進藤 「すばる」のインタビューに『腦病院・・・』が出た当時から、SM、SMって言われてしまうと書かれてあったので、今回の作品ではまた言われてしまうというか、もろSMというか(笑)。
若合 そうですね。緊縛と虐待の世界です(笑)。今度はわざとそうした道具立てを使ってみた部分がありまして、SMのスタイルというかノウハウ−−それがいかに空しいかというのを描きたかったんです。そういう形式や行為って、試行錯誤してそこに至るまでが面白いのであって、はじめから縛るみたいなところから入るとつまらないし、虚しいと思うんです。今は何でもまず記号から入る世の中なので、あえて使ってみたのですが、結局それでは成就できない、昇華できないということが自分でも書いていて再確認できたように思います。
進藤 『蜉蝣』を読むとその部分はとてもよくわかります。ところでああいう春画や資料をいろいろ集めるのは大変だったと思うんですがどうでしょうか。
若合 デビュー作を書く前からあの時代に興味があって、それで『腦病院・・・』を書いたほどですから、特にあらためて資料を集めたというわけではないんです。もともと伊藤晴雨の緊縛画や春画集は持っていましたし。そういえば先日ストリッパーだったという方とお話ししたんですけど、やっぱり西洋と日本のストリップは違うみたいですね。
進藤 日本は江戸時代の春画からしてあまり暗い印象はなくてむしろユーモラスですよね。
若合 そうですね。日本では古来から神話でも、天宇受売命という元祖ストリッパーといわれている女神がいます。天照大御神が天の岩戸に籠もってしまったときに、岩戸の外で裸踊りをしたそうで、その踊りはとても魅力的なのだけど、同時に笑いをさそうものだったということで、八百万の神に大受けして、それで騒がしくなって、気になった天照大御神が岩から出てきたところを引っ張り出したんです。それで真っ暗だった世の中が明るくなったというお話ですけど、日本のエロティシズムは質が違いますよね。世の中を明るくするためなら笑いをとって対策を講じるというか。陰湿なところがなく、あっけらかんとしています。
進藤 じゃあSMは外国から来たんですか?
若合 でも江戸時代や、それ以前にもありましたから。かつて中国にも西太后とか残虐な人がいたし、最近でもサダム・フセインのやったことなど目も当てられないですよね。人間の歴史にはそういう残酷な面がありますから、ってそれでまとめてしまってはいけないですけど。
進藤 『蜉蝣』の物語の展開は意外でした。主人公の歸依が最初に好きだった若い画学生のと結ばれると思いきや・・・・・・。
若合 私も最初はそのつもりだったんですよ(笑)、途中でそれもつまらなく思えて、違う救世主がほしくなったんです。誰と心中するのか、ネタばらしはしませんけど(笑)。
進藤 連載のときから比べるとずいぶん改稿されたんですね。
若合 文章の練り直しをかなりしました。前々作の『無花果日誌』よりも前に終わっている連載で、今見ると、当時の連載はどうしても未熟に思えて、始めは掲載誌を丁寧に一字一句見ながら直したんですが途中からはざっとしか見なくなりました(苦笑)。
進藤 正字正仮名ということで見直しも大変ですよね。
若合 ええ。でも版元の角川書店はなんといっても漢和辞典「新字源」を出しているところなので。私が最初に買った漢和辞典なんですよ。はじめての連載だったので、いろいろ苦労はありました。連載の時は一回ごとにその世界にどっぷりはまって抜け出すのにお酒の力を借りたくらい。書き終わるたびに酔っぱらっていました(笑)。今回直しをしていて、正字正仮名の限界を感じてしまいました。現代文で普通に書いていても間違うことがあるのに、正字ではどう頑張ってもやはり間違いが出てしまう。こんなミスをするならもうやめようかと。
進藤 でも昔のものを資料的に再現するのが目的ではなくて、小説の手段としてのものなので、一読者としては是非また読みたいと思います。
若合 そう言っていただけると嬉しいですけど・・・。わたしが一貫してずっと主張しているのは時代にあわせた文字表記をしたいということなんですが、限界もあって、たとえば同じ印刷や字体でできるわけではない。それに昭和初期は時代的に混沌としているので、作家でも仮名遣いがめちゃくちゃで統一されていないんです。ただルールを取っ払うこともいいけれど、道具として使う以上は正しく使いたいと思うんです。・・・・・・それは心中ものという物語の性格も同じで、昭和初期という時代の空気の中から起こり得るんだと思いますね。
進藤 たしかに心中という男女の道行きがいまは似合わないかもしれません。
若合 でも新聞などで取り上げられているネット心中というのがありますよね。
進藤 集団自殺だと思っていたんですが、たしかに心中とも言えますね。
若合 ええ。新聞ではそう言っているようですが、やっぱり昔の心中とは違いますね。ネット心中は背景に何の物語もないんですよ。恋愛感情もなく、時間に見合う関係の濃さや必然性もない。それに比べれば『蜉蝣』の歸依は幸せだったと思います。一緒に死ねる人がそばにいたことの意味の深さにおいて。
進藤 最後はほんとうにほろりときました。
若合 ええ、私もついほろりとしました(笑)。今回の主人公はいじめられやすいタイプというか、運が無いともいえるかもしれないけど、人間って何年生きようが寿命は寿命でしょう。九十歳でひとりで死ぬよりは好きな人と一緒に死ねる方が幸せかもしれない。この二人には捨てるものがないですから。『蜉蝣』の心中は周りの人はショックかもしれないけど。今のネット心中では親御さんはどう思うんでしょうね。産まれる前から人間は物語が始まっているのに・・・。練炭自殺ってそんな楽なものじゃなくて、かなり苦しいらしいですよ。間違えた情報やネットで得たような知識だけで、自分で考えることを放棄しちゃいけない。生きるためには知性が必要だと思う。ネットだけの情報で疑問も感じないようでは・・・・・・そういうひとが安易に死んでいくのも仕方ないかもしれないとも思うけど、やっぱり肉親の気持ちを思うとやりきれないですね。知性というのは教養とかじゃなくて生きる力じゃないかな。知ろうとする力がないと生きていけないですもんね。
 長く生きるのが当たり前の現代は、力のない人は大変だと思うんです。歸依さんも同じでしょうね。知性をもって生きようとしたと思うけど、閉じた世界の中に入ってしまった。そこには抗えなかった部分もあって、自分のいる世界だけで完結してしまう。東京にいる田舎人ですよね。東京に住んでいる人イコール都会人ではないし、鄙にいるからといって田舎者でもない。もっとも『蜉蝣』での男女は、ここまでやるか、という感じでしたけど(笑)。儚いと言えば儚いですよね。だからこそ蜉蝣なんですけど。
進藤 蜉蝣のイメージや読後感の切なさははそういうところにつながっているんですね。前半は主人公にはいろいろ重たい過去もあるけど、淡く切ない初恋のお話で、途中からがらりとかわって読み応えがありました。ぜひこの衝撃のSMもとい恋愛心中小説をたくさんの人に読んでいただきたいですね。

(5月18日 東京都新宿区にて収録)

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