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『蹴りたい背中』の綿矢りささん
インタビュアー 進藤奈央子(ライター)

綿矢りさ(わたや・りさ)
1984年、京都市生まれ。現在、早稲田大学に在学中。2001年、『インストール』により史上最年少の17歳で第38回文藝賞を受賞する。同書は28万部のベストセラーとなる。『蹴りたい背中』は待望の文藝賞受賞後第一作。




『蹴りたい背中』
河出書房新社



『インストール』
河出書房新社



進藤 新作の『蹴りたい背中』ですが、何ともいえない閉塞感や内向的な高校生の女の子の気持ちが微妙に描かれていますね。私は自分の中学・高校時代をリアルに思い出しましたが、この作品に綿矢さん自身は投影されてるんでしょうか。
綿矢 小説として突き放して書いていますし、また、そう心がけていましたけれど、自分の気持ちや感じ方が入っている部分もあると思います。
進藤 デビュー作を書かれてから一年半経って今回の『蹴りたい背中』が出たんですが、その間、大学受験があったり、上京して生活環境も変わったり、小説を書くのが大変でしたか。それにデビュー作が20万部を超えるベストセラーだったこともプレッシャーになりましたか?
綿矢 そうですね。いろいろありましたね。大変といえばそうだったかもしれません。もっとも丸々一年半かけて新作に取り組んでいたわけではなく、書いているのは一ヶ月半くらいの短い間ですが。『インストール』は…売れちゃったんですね。今度の作品はそういう意味ではどうなんでしょうか、緊張しますね。書店に並ぶのが怖いです(笑)。書いているときはそういうことは意識しませんけど。
進藤 『インストール』は女子高生が小学生の男の子と組んで風俗チャットを企てる話でした。今回の『蹴りたい背中』では、主人公のハツこと長谷川初美の同級生・にな川は女性タレントのことを熱狂的に情報収集≠オていたり、小説の素材の選び方がキャッチーだし、上手いですね。
綿矢 ありがとうございます。ただ、筋はあまり無いですけどね。
進藤 でも、デビュー作からわずか2作品で綿矢りさワールド≠しっかりお持ちになっている。
綿矢 たくさんの小説などから影響は受けているとは思います。が、キャラクターが自分で動くようになったあたりから、自分の世界を持てるようになりました。
進藤 ハツとにな川の関係は微妙ですね。タレントのオリチャン≠ノ実際に会ったことがあるという理由でにな川はハツに関心を持っている。恋愛でもなくベタな友情でもないし、いじめとももちろんちがいますが、妙に気になる存在というか。
綿矢 愛しいよりも、いじめたいよりも、もっと乱暴なこの気持ち≠ニ帯にのっていますが、言葉にするとそういう感じになると思います。
進藤 「にな川」って表記がいいですよね。あえて蜷川としないところが面白いし。
綿矢 好きなんですね、男の子をひらがなで書くのが。前作の小学生「かずよし」もそうですけど。
進藤 デビュー作は主人公が高校三年生で綿矢さん自身と同じ年齢でしたよね、なので今度は大学生が主人公かなと思ったんですが、逆に二歳若返って高校一年生です。
綿矢 じつは大学生でもいいかなと思ったんですが、教室の描写がしたかったんですよ。それと主人公のハツを運動系にしたかったので部活が必要だなと。それで高校一年生にしました。三年生だと受験で部活どころではないし。確かに主人公は高校生ですけど、いまの大学生と考えていることは私はそんなに変わらないと思うんです。ですから自分のあの頃を振り返って書いたというよりは今を書いたという感じです。
進藤 大人がでてくる小説はどうですか?
綿矢 自分が経験していない年齢は書けないですね。だから小説の設定で条件が狭まって高校生になってしまうのもあります。中学生や小学生を書いて、こんなこと考えていない、あり得ないって言われるのも嫌だし。だから男の子を主人公にするのも難しいです。年をとれば書くようになると思いますけど(笑)、いまは大人が出る小説は書けても大人の視点は無理ですね。
進藤 どうしても主人公のハツに作者の綿矢さんを見てしまうのは読者のわがままでしょうか。
綿矢 いや、どっちかというとにな川の方が近いかもしれませんね。
進藤 えっ、そうなんですか。それは意外です。
綿矢 ハツは考える前に行動が先走ったりして野性的。にな川は考えても何もしないタイプで、私はどちらかというと彼のタイプです。
進藤 小説を書くにあたっての綿矢流の作法のようなものはあるんですか。たとえばあらかじめネタ帳を作ったり、自分の日記を参考にするとか。
綿矢 日記は書かないです。ネタ帳もとくにないですね。編集の方からあらすじをそろそろ出してくださいと言われるので、先に書いておいたりしますけど(笑)。
進藤 あらすじがあるんですね。私は綿矢さんって純文学だし、感性のおもむくままのようなところもあるのかとひとり合点していました。
綿矢 純文学よりもどちらかといえばエンターテインメントを意識して書いているかもしれないですね。純文学という区切りは正直よくわからないです。太宰治の『人間失格』を何度も読みましたが私には読みやすい小説ですし。むしろ読者がとっつきやすいものを書くように心がけています。やっぱりたくさんのひとに読まれる方がいいなと思いますし。長編小説も書きたいのですが、三百枚は長いですよね。私は百五十枚くらいのほうが読みやすいと思っているので。
進藤 なるほど。単行本の必要原稿枚数ばかり考えてしまいますが、中編くらいのほうが凝縮されるのかもしれない。
綿矢 そのほうが読み返しやすいと思うんです。
進藤 『インストール』のマンションの描写、『蹴りたい背中』のにな川の家もそうですが何か密度があるというか……。扱うテーマは女子高生の風俗チャットや引きこもりの気があるおたくっぽい高校生ですが、それとは裏腹に綿矢さんが書きたいことって実はそういうつつましやかな描写やシーンなのではないかと。ひどく印象的なんですよね。
綿矢 児童文学が好きで、ああいう家や身近な風景の描写が多いですよね。その影響が色濃く出ていると思うんです。カニグズバーグやさとうまきことか好きですし。でも児童文学を書こうと思ったことはないです。
進藤 まだまだ作家として伸び盛りの綿矢さんだと思うんですが(笑)、小説を書くときに自分に課していることはありますか。次はこういうテーマをクリアしようとか。
綿矢 そうですねえ。『蹴りたい背中』は一作目とはキャラクターもがらっと違うようにしようと思っていたんですけど、かなり似ていますよね(苦笑)。うーん、次も似たタイプになってしまうかもしれない。今回は最初はスポーツ少女という感じで、爽やかでまっすぐな感じにしたかったんですけど。自分がスポーツは全然できないので、運動ができるひとに憧れてしまうんですよ。一人称は変えないと思うのですが、主人公の性格は変えたい。
進藤 でもそこがよさだと思うんですよ。読者はやはり同世代なのかな。
綿矢 意外と主婦の方といったずっと年齢が上の方も多いみたいです。ただ、高校生は読書カードを書いて送るまでに至らないのかもしれませんね。
進藤 男の子に向けて書いているのかなと思ったりもしましたが。ああいう臆病というかおたくっぽい少年にむけて。
綿矢 うーん、そんなにおたくでもないですよ。もっと強烈な性格にしてもよかったし、じつはおたくのままにしておくつもりだったんです、にな川は(笑)。私はおたくがまっとうに目覚める話はいやだったんですね、まるで改心しちゃったよっていうのは。
進藤 クラスメートから浮いてしまうハツとにな川ですが、それを悩むより淡々と受け止めていますよね。
綿矢 こういう状況を書きたいというわけではなかったのですが、自然と二人対クラスメイト多数という図式ができてきたんです。
進藤 二人対多数…。にな川はハツのタイプじゃないかも知れないけど、そういう状況ってしんどいけど憧れるなあ。
綿矢 大勢の平凡vs少数派の個性という図式ですよね。どの子も少数派の個性側になりたいと心の底では思っていると思います。
進藤 大学ではなにを専攻なさっているのでしょうか?
綿矢 国文学です。
進藤 そうすると古典や作家研究などもされるんですか。太宰治のファンなんですよね。それに田辺聖子さんの作品もお好きだとか。
綿矢 ええ、田辺聖子さんは本当に大好きです。最近のおススメは柴崎友香さん。でも高校の時は自分はけっこう本を読んでいる方かなと思っていましたけど、大学の国文科に来たら読んでいる人はほんとうに読んでいるので、いまは普通かな、と思うようになりました。
進藤 大学生であり作家であるわけですが、小説を書くことは楽しいですか。そもそもご自分が作家だと実感することってありますか?
綿矢 そうですねえ……。とくにつらいとか楽しいと思ったことはないですけど。それに作家と思うことはないですねぇ。ないけど、こうやってインタビューしていただいているときは思いますね。書いてなかったらこういうことはないですよね(笑)。
進藤 例えば『蹴りたい背中』は恋愛小説として楽しむこともできるんですけど、大学生になられてもっと濃い恋愛小説を書いてみようと思いませんか。
綿矢 うーん。恋愛小説は書かないと思います。書けないと思う。
進藤 私は『インストール』がフロックじゃないことを綿矢さんはさらっと『蹴りたい背中』で証明してくれたと思いますよ。
綿矢 うーん。今回の作品はある意味、平坦な物語だから忙しくないときにでも読んでいただけると嬉しいです。『インストール』はかなり動きのある小説ですけど、これはちょっとゆっくりめなので(笑)。

(7月28日取材)

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