「ブッシュ政権が、どのような理由を付けて対イラク戦争を始めたか、克明に描いたノンフィクションがあるの。タイトルは『カーブボール』。コードネームをそのままタイトルにしたようね。10月にアメリカで出版されるけど、興味ありません?」
こう、私に勧めてくれたのは「日本ユニ・エージェンシー」の長澤立子社長だった。筆者はロサンゼルス・タイムズの敏腕記者、ボブ・ドローギン。驚くほど克明に取材し、イラク戦争に至った過程を丹念に書いている。アメリカでは出版前から評判になり、映画化も検討されているという。翻訳出版へ沸々と興味がわいた。
長澤さんの紹介で翻訳家の田村源二さんと会った。田村さんも、この作品に惚れ込んでいた。出来るだけ早く翻訳することを承知していただいた。
アメリカはイラクと戦争がしたかった。そのためには理由が必要だ。情報機関はその理由を懸命に探した。そして見つけた。大量破壊兵器保有という情報を。しかし、その情報は全くのデタラメだった──「カーブボール」を簡単に言えば、こうなる。
問題は、なぜデタラメの情報が“真実”とされ、パウエル国務長官が信じ、国連で演説するまでに“成長”させられたかだ。この本の核心はここにある。
情報をどう分析し、いかに生かすか。組織の中では思惑や意図が絡んで、情報が曲げられ、利用される時がある。我々が同じ過ちを犯さないと誰が保証できよう。だから本書のテーマは我々の問題でもある。「他人事じゃないのよね」と長澤さんは言っていた。
今年の4月、日本語版が刊行された。その前後から長澤さんは体調を崩された。そして、6月半ばに突然、この世を去ってしまった。まだ50代だった。
「他人事じゃないのよね」の言葉とともに、一生忘れられない本になった。
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