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ゆいかわ・けい
1955年石川県金沢市生まれ。
金沢女子短期大学卒業。
OL生活を10年送った後、コバルト・ノベル大賞に入賞、ジュブナイル小説を書き始め、作家活動に入る。読者と同じ高さの目線で綴る、等身大のエッセイや小説は読者層を広げ、もっとも人気のある恋愛小説の書き手に。本年『肩ごしの恋人』で、第126回直木賞を受賞する。『めまい』『刹那に似てせつなく』『ベター・ハーフ』『恋人たちの誤算』『シングル・ブルー』等著書多数。 |
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『肩ごしの恋人』
第126回直木賞受賞作品
マガジンハウス
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『ベター・ハーフ』
集英社
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『シングル・ブルー』
集英社文庫
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『恋人たちの誤算』
新潮文庫
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進藤 このたびは直木賞受賞おめでとうございます。
唯川 ありがとうございます。
進藤 以前から唯川さんの著作を読ませていただいていまして、実は最近『ベター・ハーフ』をあらためて読んだのですが、その読後感が強く残っているんです。『肩ごしの恋人』もそうですが、最近の長編は、初期のものとはずいぶん違う印象があります。作風が変化されたように思えるんですが?
唯川 そうですね。5〜6年くらいの周期で何らかの転機を迎えてきたと思いますね。
進藤 それはご自分の心境の変化でですか?
唯川 それもありますけど、それだけではなく、たとえば最初は少女小説を書いていまして、自分としては留まれるものならそこに留まっていてもよかったんですが、5〜6年も経つと売れなくなってきたりするわけで(笑)、もう少し年齢層が上の二十代前半くらいの女性たちに向けた恋愛小説やエッセイを書くようになり、それをまたしばらく続けていると、もう少し冒険をしてみたいなと思って、ホラーやサスペンスなども書くようになりました。
進藤 『肩ごしの恋人』の場合だと本の帯にも書いてあるように「恋愛小説」を書きたい! みたいな明確な意識を持って作品に取り組まれるんですか?
唯川 うーん、恋愛小説ではあるけれど、私としてはむしろ「女性」を書きたいという思いが強いんですよね。もちろん女性にとって恋愛は大きな部分を占めますけど、恋愛100パーセントと思って書くことはないです。
進藤 昨日マガジンハウスのホームページをみたら唯川さんの動画インタビューが掲載されていまして、受賞の言葉を聞くことができたんですが、「27歳の対照的な二人の女性を描きました。読者のみなさんに共感していただけるところがきっとあると思います」と話されていて・・・。
唯川 私、実はまだホームページは見ていないんです。舞い上がっていて何をしゃべったか覚えていないんですが(笑)、そう言っていたのでしたらまさにその通りです。
進藤 主人公の萌やるみ子が作中で「ベビーブームに生まれた」と言っているように私も第二次ベビーブーム世代なんですが、おしゃれとも奔放な恋愛ともなんだか無縁なので(苦笑)、最初はなかなかわからないというか、むしろ唯川さんのエッセイに出てくるようなごく普通の女の人、どちらかというと地味めで、ひたすら片思いをしているような女性のほうが共感しやすかったんですね。『肩ごしの恋人』の女性たちは奔放というか、性のことも読んでいるぶんには非常に楽しめるんですが・・・、主人公たちのセックス観もだんたんと変わってきたのでしょうか?
唯川 エッセイではセックスの話題は書きづらいというのはあります。小説はそれを逃げるとウソっぽくなりますし、私が語るのではなく、あくまで登場人物が語るわけですからエッセイとは違ってきますね。
進藤 それでも小説の主人公たちは作者とはまったく無縁ではなく、唯川さんにとっても共感できる部分から成っていると。
唯川 もちろんそうです。別に自分は萌とかるみ子とか分類できないけれど、自分の中にある素質を引っ張ってきて、ふたりのキャラクターができたかなという感じです。
進藤 私はどちらかといえば萌の方が自分を投影できる、入りやすいと思ったのですが、でもキャラクターとして圧倒的に面白いのは、るり子でした。
唯川 そうなんですよね、私も最初はるり子は嫌なタイプのつもりで書いていたんですが、だんだんるり子が好きになってきたんです(笑)。
進藤 こういうタイプのキャラクターって最近のマンガにはいても、小説にはあまり出てこないからとても新鮮でした。もっと「るり子」キャラが一般に浸透するといいんですけど(笑)。
ところで唯川さんの書かれるものは、例えば、エッセイにはリアリティ溢れる恋愛のエピソードがたくさん書かれていたり、『ベター・ハーフ』でも、現実にこういう夫婦っているかも、と思わずにはいられないような話がある。変な話ですが、それは実際に取材や情報を仕入れたりするんですか?
唯川 友人知人を含めて人からいろいろな話を聞くことはありますけど、まるまる一人の人がモデルになるようなことはないですね。話を聞いて自分の中に感じるものがあったときにヒントになるかなという気がします。エッセイでも完全に誰かがモデルになっているわけではなくて、A子さんは誰かと誰かの話が合体して、3人くらいの話が一緒になっていることが多いです。いくら友人でもプライバシーのこともありますし。エピソードを100パーセント信用しないでね、といいますか。
進藤 恋愛関係のエッセイをたくさん書かれていると、結構読者からの恋愛相談も多いのではないですか?
唯川 ええ、ありますね。読者からいただいた手紙にも恋愛の悩みっていうのはとても多いので、そういう意味ではみんな同じように悩んでいるんだなって思いますね。
進藤 お友達にも恋愛相談をしてくる方がいらっしゃったり?
唯川 そうですねえ、もうこの歳ですからそんなにはないですけど(笑)、でも女性と話をしていて、仕事も家族も大事だし、健康も家計も気になる中でも、いくつになっても恋愛というのは大きなテーマだなと思いますね。
進藤 『肩ごしの恋人』では特に脇役も印象的で、いろんな登場人物がいるんですが、初めからこういう人たちを出そうと全部決められて書かれたんでしょうか?
唯川 いや、それが全然考えていなくて(笑)、二人の対照的な女性を書いてみたいというだけで始まったんですが、少年やゲイの男性はその時々にふっと現れてきた。今までの作品の中で一番予定をたてていなかった小説なんです。
進藤 そうじゃない書き方の時もあるんですよね。
唯川 ええ、最初から全部決めてあって、主人公と誰それがこうなってというのも考えますが、でも、その通りにならず、書いているうちに壊れていく場合が殆どです。ただその壊れていくのも想定して組み立てるんです。『肩ごしの恋人』の場合は、主人公の二人がどう動いていくかだけに任せて展開していきました。
進藤 この小説ではいろいろと名ゼリフがあって「純粋とはあれもこれもほしいというのではなく、あれもいらない、これもいらない、これだけがほしいというものだ」というような言葉や『ベター・ハーフ』でも「結婚は入れ子の箱を開けていくようなものだ」のような印象的な言葉がいっぱいあるんですが、なにか決めゼリフのストックのようなものがあるのでしょうか?
唯川 ふっと出てくることもありますけど、だれかと話していて、いいこと言うなあと思うとメモを取ったりすることもあります。
進藤 唯川さんは長く会社生活を送られていて、29歳の時に投稿した小説で賞をお取りになられたそうですが、つまらないと思っていた会社生活も、小説を書くようになってから、苦痛じゃなくなったとおっしゃられていたのを読んだんですね。それってすごくいいなあって思ったんです。
唯川 それはまさにそうなんですよ。会社が嫌だとか、会社に行きたくないのが問題なのではなくて、他に自分の楽しめるものを持ってないから全てが嫌になってしまっていたんです。
進藤 小説を書こうと思っていると、会社も人間観察の場になったりしましたか?
唯川 ええ。あのときOLやってて不満はいろいろあったけど、今の私にとっては財産ともいえる10年間で、フラットな気持ちで社会の中にいたことはよかったですね。あれがなかったら書くことにもっと煮詰まっていたかもしれません。若くして小説家になりたい人も多いと思いますが、そうでない時期を長く暮らすことも最終的にすごく貴重になるのではないかと思います。
進藤 ところでこの『肩ごしの恋人』は連載のときは『シュガーコート』というタイトルだったんですよね。
唯川 まさか直木賞を取るなんて思ってもなかったので、そんなに深く考えたわけではないのですが・・・。もともと『シュガーコート』というタイトルも気に入っていたんです。外側は砂糖でくるんであるけれど中はけっこう苦いぞっていう感覚でつけたんです。ただできあがってみると、なんとなく日本語のタイトルがつけたくなって。あと「肩ごし」という言葉をつけたのは、真正面にあるのは自分の人生であって、恋愛あるいは恋人っていうのは前に立っているのではなくて、自分の肩のあたりにいるような、でも大事な存在・・・、そんなニュアンスでつけました。
進藤 なるほど、そういう思いがあったんですね。私は勝手に人の肩越しに見る恋人はつい欲しくなるという「るり子」的な意味に取っていました(笑)。
唯川 なるほどねえ(笑)。
進藤 新宿二丁目という町が出てくるのも最初に考えてらっしゃたんですか?
唯川 いえ、それもたまたまその部分を書く締め切り前に新宿二丁目に行ったからです。行って楽しかったから新宿二丁目を出してみようかなって(笑)。
進藤 それがかえっていいのかもしれないですね。物語というのは全部一から十までつくってしまうものではないのでしょうね。今回の直木賞受賞でよりたくさんの方がこの小説に出会えるといいなと思っています。
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