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鈴木光司(すずき・こうじ)
小説家。平成2年日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した「楽園」で作家デビュー。平成8年「らせん」で吉川英治文学新人賞を受賞。「リング」「らせん」「ループ」の三部作は、ホラーブームを巻き起こした。
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鈴木 映画館で「もうイヤ!」という気持ちになると思います。夜のマンション。水がびちゃびちゃとしたたるエレベーター。設定は怖いでしょう? そこに中田監督のイメージが加わったら、見る方もたまらない。大満足です。
中田 僕の撮った映画で言えば『女優霊』に近くて、気配で押す作品です。
鈴木 乾いた風、風土では怖い話は創り難い。「草木も眠る丑三つ時」と言います。どこかじめじめした雰囲気を漂わせて、霧や水気を含んだ空気が濃厚に漂い始めた時こそ、怖い状況が成り立つと思う。『リング』の井戸は底に水があるわけで、水と閉ざされた空間の二つがセットになっている。こういった組み合わせが大事です。だだっ広い砂漠で怖い話をするのは、やっぱり難しいですよ(笑)。
中田 水は物理の法則で低きに流れます。CGに頼りたくなくて、ほとんど全部ライブで撮りました。水の取り扱いは想像以上に大変でした。
鈴木「この人しかいないと思った」
鈴木 赤いバッグの使い方も際立っています。化け物でもない何気ない物が、マンションの屋上にポツンとある。この映像を見せられると、ゾッとしますよ。あり得ない場所であり得ない物があった時の恐怖。都会で生活している人にはわかる感覚だと思う。たくさんの人が貯水槽のあるマンションで暮らしている。こういう日常生活のほんの隣りにある何気ない物から、怖さをジワジワジワジワと引きずり出す映像に満ちあふれた作品ですね。
中田 赤いバッグも難しかった。大きさや古さはこれでいいか自問しています。小説の文章で表された概念を、映像で表現するのは至難の技なんです。単純に言ってしまうと、超えられない怖さなんですよ。
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中田秀夫(なかた・ひでお)
映画監督。昭和60年にっかつ撮影所入社。助監督をしてキャリアを積み、平成8年「女優霊」(みちのく国際ミステリー映画祭新人監督奨励賞受賞)で劇場映画デビュー。「リング」「リング2」などを手掛ける。
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鈴木 活字は読者の頭に映像をたたき込むための媒介物。今回は中田監督の手腕で映像を見せられて、なお想像力が働く余地がある。それがまた怖い。そういう風な映画の作り方をしていると思う。小説の読者も受け身的に映像をもらうだけではない。これまで生きてきたことや自身の生活について考えながら、映像を想像力で補強できるところがたくさん出てくる。なかなかできることではありません。小さい物の使い方に心を砕いている。そんな気配りの集積があるからこそ、観客も想像力を羽ばたかせることが可能になるのだと思います。
中田 今回は、自縛霊がいる場所に引っ越しなんてしなければいいのに(笑)、という話です。『リング』のように、死の恐怖に向かって物語がシンプルで力強く展開したりはしない。マンションという、閉じた空間が怖いのです。状況の描写で勝負するしかない。自分のことをホラー監督と呼んではいないのですが(笑)……そういった技量が問われました。
鈴木 第一作『女優霊』を見て『リング』はこの人に撮ってもらうしかないと思った。『浮遊する水』(『仄暗い水の底から』所収の短編)も中田監督なら怖い映像にしてくれると確信していました。原作も化け物が出てくるわけではなく、想像力で本来あり得ない物を想像してしまった話。中田監督はそういう感覚を出せる日本で最高峰の人です。
中田「鈴木光司の懐の深さを感じた」
中田 鈴木さんも「僕は決してホラー小説家じゃない」(笑)とおっしゃるでしょうが……。
鈴木 そのへんも、似てます(笑)。
中田 小説の映画化で脚本に神経質になる原作者は多い。しかし、鈴木さんの場合は、そこを大きく捕らえてくださる。「この原作をどう料理するのか、やってみろ」という感じなんです。こちらの提示するものを大らかに受け止めてくれる。『リング』でも主人公を女性にしたり、ウイルスの要素は省いてみたり、思い切って取捨選択をさせてもらった。今回も原作が短編ということもあり、肉付けさせてもらった。「やりたいようにやってみたら」と話を合わせてくださったのです。この小説には親が子を守るメロドラマの部分があります。僕はそこにグッとくるタイプ。単純な言葉で表現すると「怖くて哀しい」物語にしたいと思ったのです。最後に哀しさの部分が一気呵成に進行します。そこもしっかり描かなければと思いました。僕がノレる部分がある原作なんですね。
鈴木 あのラストシーン。僕もシナリオを読んでいましたが、映像になると違います。グッときました。アメリカ製のホラー映画には見終わって何も残らない物もあります。不気味で怖いだけ。人間の基本的感情を押さえることで親子の切なさが沁みてきます。それは本当に必要なこと。『リング』の場合は変なビデオを見てしまった子供を救出する物語とも言えます。メロドラマに訴えるのは有効な方法。『リング』も自分の娘を保育園に送り迎えした体験に支えられているから、説得力のある描写ができたのかもしれません。
中田 僕は本を読むスピードが遅いのですが、『リング』は一気に読みました。すごい密度なのに「次はどうなるんだ」と。ホラーでありながら、優れたミステリー小説でもあるわけです。そこに惹かれました。
鈴木 僕は人の話を大切にするんですよ。基本的なことを勝手に想像すると間違ってしまう。旅客機墜落の瞬間に、乗客は阿鼻叫喚せず、シーンとしていたと聞いたことがあります。人と対話をして体験を手に入れたい。そこで得た「真実」を手掛かりにして、類推していく作業が大切です。真実を押さえる段階までは、ありきたりの想像力を使わないほうがいい。陥りがちな罠にはまらないように。
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「仄暗い水の底から」
1月19日より全国東宝系にてロードショー |
観る人の想像力が試される作品
中田 今回は描写で見せる映画だと思います。不安や恐怖を煽るわけですが、ケレンではなく気配なんです。やれるだけのことはやったという思いはあります。人間ドラマの部分もアピールできているか、期待と不安が相半ばしています。
鈴木 とにかく、観る人の想像力が試されると思う。後味の悪い映画ではありません。ジーンときて切なくもなります。こういった映画は必ず脳の栄養になりますから、ぜひ、若い人にも、子供を持ったおかあさんにも、観て欲しいと思います。
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