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温泉を現代に復元した労作」(波 2007年6月号より )
松田忠徳 『江戸の温泉学』  
森 行成
 「参りました。降参です」というのが正直な読後感である。普通、本の読者はそんな感想はもたない。超大作に挑戦する場合でも、疲れたら休めばいい。嫌なら止めればいい。じつに気楽なもんだ。
 しかし、関係者としての私はそうはいかない。何か義務さえ感じながら引き込まれるように読んだ。そして疲れた。上梓するまで著者は「何冊の本を検証したのだろうか」とおよそ本質とは関係ないことを想像もした。まず労作だと思う。
 著者の専門分野は「温泉文化論」だが、本の性格を一言でいえば「現代的視角から見た江戸時代温泉史」。むしろ「歴史学書」の域である。現代の世にも温泉学者や温泉ジャーナリスト、旅行作家などなど“温泉博士”を自任する関係者は多いが、これほど踏み込んだ著書に出会ったことはない。
 友人に歴史学者がいる。朝から晩まで一日中、膨大な書物の中に暮らし「断片的な資料を考証して歴史実態を復元するのが仕事」といっている。断片的史実をどう組み合わせるか。その取捨選択は著者の時代認識にまかされる。文学のように自由な創造と空想が許されない。しかも現代的知識や温泉の科学的知識も試される。本書はそうした織り成す知識によって、「温泉が現代に復元された」といえよう。
 私も「温泉知らずの温泉経営者」(本文より)の一人だが、驚いたことが二つある。一つは、温泉を下地に花開いた自由な学問風土の中で、すでに温泉利用の「本質」を見抜いていたこと。遠い昔の江戸の時代に、である。もう一つは、「温泉にも“気”がある」と感じる著者自身の経験温泉学である。文学にしろ古典を楽しむうえで重要なことは、自身が「その時代に戻ること」である。その意味で私も頭の中のチャンネルを、江戸と現代を交互に切り替えながら、比較して読んだ。内外ともに戦争のない平和の二百五十年。経済や芸術文化、医学などすべてにおいて庶民の歴史が始まった時代。温泉分析という科学の分野では世界最高峰の学問を確立。湯治や旅という習慣を通して、庶民は何と生き生き輝いていることか。「心の豊かさ」は現代人より遥かに深いとさえ思える。
 そして「温泉の本質的利用」への造詣の深さである。「湯は無我にして天地自然にしたがふもの也」(『但馬城崎湯治指南車』)。まったく同感である。多くの学者も「温泉の命は新鮮さにある」(『温泉雑記』)ことを指摘している。
 これは大変重要なことだ。しかし科学万能の現代においても、温泉の鮮度認識は極めてお粗末の限りである。
 大勢の死者を出したレジオネラ属菌問題。続いて起きた温泉偽装問題。最近のこの騒動はいま日本の温泉が危機にあることを教えている。近代化という名の循環風呂は、何日前のものか分からないような温泉の再利用を可能にし、さらに塩素系薬剤による消毒で貴重な「温泉を殺している」。
 水と温泉は違う。このことさえ多くの温泉関係者は知らない。もちろん一般消費者には知る由もない。日本の科学者による最近の研究で明らかになったばかりだからだ。
 地上の川を流れる水は、いくら流れても変化しない。しかし温泉は地上に湧出した瞬間から酸素に反応して酸化する。「温泉の老化現象」という。「温泉は生きている」ものなのだ。遠い昔の科学者さえ警鐘を鳴らしたものを、現代の法体系はそれに気づいていない。
「鮮度が命」と書いた。その鮮度は、もう一つの驚きである温泉の「気」に通ずると私は推察している。
 加工されない自然のままの温泉(源泉)はほとんど還元系である。人間の体液、血液や羊水、尿など体内の水分はこれもすべて温泉と同じ還元系を示す。
「酸化」と「還元」という聞き慣れない言葉を少し解説しよう。「酸化」とは、鉄ならば錆びること。食べ物など生ものなら腐敗すること。人間なら老化を指す。温泉は劣化、もしくは“老化現象”という。その物質は電気を失っている状態。塩素殺菌剤は、もちろん温泉を酸化してしまう。「還元」とは、酸化の逆作用をいう。錆びにくくしたり腐敗を抑制したり、特徴は物質が電気を獲得している状態。入浴実験でも、アンチエイジング(抗老化)効果が実証され、薬品などを投入すると直ちに還元(中和)してしまう個性がある。この検査方法は「ORP(酸化還元電位)検査」といい、近年一般化されつつある。
 体液と違う酸化した温水に入浴するより、同じ還元系の天然温泉に入浴する方がいいに決まっている。免疫作用を高めるなど疲れている体を本来の体調(ノーマルバランス)に戻す。これを温泉力という。私は「勢い」という。体中に充満(獲得)する電気の活量が「温泉の気」なのではないか。医科学の進歩が待たれる。
 著者は何ヶ所かで「ORP検査」の概念に触れてはいるが、少し食い足りない思いをするのは本のテーマが「江戸の温泉学」だからなのだろう。でも、私はその勇気に敬服している。現代の温泉事情の中でそこまで書くことは、極めて難しい。間違いなく「異端児」の冠がつく。
 私もこの春までに、旅館組合仲間とともに地域挙げて「ORP検査」を実施し、「源泉かけ流し運動」を展開している。やはり「異端児」呼ばわりである。温泉業界にとって「禁断の扉」を開けてしまったのだろう。

  もり・ゆきしげ 旅館「さかや」経営者
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