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「美しい日本の憲法」の醜悪さ

著者:早川タダノリ

 日本会議系の統一戦線的団体として知られる「美しい日本の憲法をつくる国民の会」という団体がある。田久保忠衛(日本会議会長)、三好達(前日本会議会長)の2氏に櫻井よしこ氏を加えた3名が共同代表として名前を連ねている。さらに代表発起人として、青山繁晴、鍵山秀三郎、神津カンナ、中西輝政氏ら三十余名がならんでおり、現代の改憲派「文化人」の分布を示す便利なリストに仕上がっている。

 この「代表発起人」のなかに、作家・百田尚樹氏の名前がある。彼は「国民の会」の宣伝用動画『「世界は変わった日本の憲法は?」~憲法改正の国民的議論を~』の制作「総指揮」としてクレジットされているほど大活躍しており、一昨年11月に日本武道館で行われた同会の集会では登壇して発言してもいる。

 この百田氏が、今年4月13日に、おりからの「北朝鮮によるミサイル攻撃」キャンペーンの煽りを受けて、twitterでこんなつぶやきを公表し、見事に炎上した。

 「もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく」(2017年4月13日)

 一旦緩急あれば、「テロ組織」を結成し、「敵」とみなした国内の人物を殺して回るという決意表明だ。その後の彼の言葉によれば、この「敵」とは――

 「「もしミサイルが打ち込まれて私の家族が死ねば、テロ組織を作って国内の敵を潰す」という私のツイートが物議を醸しているようだが、「国内の敵」というのは、売国議員と売国文化人である」(4月14日)

 ――なのだという。さらに「(朝日新聞社の)社長を半殺しにしてやるつもりだ」という指名テロ予告まで飛び出した。一般に、こういうネット上の書き込みは脅迫とか威力業務妨害でお縄になるものなのだが、「ベストセラー作家逮捕」のニュースをまだ聞かないので、法治国家ニッポン万歳としか言いようがない。

 「売国議員」「売国文化人」などと右翼の陳腐な常套句をなぞっても平気なほどに鈍麻した感性を開陳しているわけだが、「北朝鮮からミサイルがとんでくる」という危機煽りにのぼせ上がっているご本人はまったく気にならないらしい。

 そもそも社会の混乱に乗じておのれの暗い殺意を現実のものとしようなどというのは、関東大震災で多くの朝鮮・中国の人びとが、大杉栄・伊藤野枝が、南葛の労働運動家たちが、無残にも虐殺されたことを思えばとうてい容認できる発言ではない。まさに当時、てんでに得物をもって自警団に集まった人びとの心性が、90余年後の現在も脈々と息づいていることに震撼した。

 このテロ宣言を前後して、改憲にからむこんなツイートも彼は投下していた。

 「もし北朝鮮の核ミサイルが日本に落ちて、私が死ぬとき、きっとこう思うだろう。これは私のせいだ。憲法を変えられなかった私のせいだ。(中略)だから、私はその罪で死ぬのだ、と。」(4月13日)

 「憲法9条が改正されていれば、日本人を拉致した北朝鮮と戦うことができた。その時は米軍の支援もあり、金王国は倒れていたかもしれない。(中略)しかし現実は日本は抗議する以外何もできなかった。米にとっては、日本人がいくら拉致されようと関係なく、融和政策を取って来た。今日の危機はそのツケだ。」(4月14日)

 いろいろたまげる言辞なのだが、彼が改憲運動に発起人として名を連ねた理由がよくわかる。「憲法9条」を変えようとするのは、ホントにDPRK(朝鮮民主主義人民共和国)と戦争したかったからなんだ……。憲法を変えていればDPRKからミサイルは飛んでこなかったとマジで思ってるんだ……。あまりにもナイーブすぎて言葉を失うほどだ。

 しかもどうやら拉致問題でDPRKに戦争を仕掛けることができると思っているようで、たぶん彼の脳内ではあたかも一国の為政者になったような気分で戦争をカンタンに発動しているのだろう。アメリカの9・11報復戦争のようなイメージなのだろうが、あまりも軽薄すぎると言わざるをえない。

 もちろん、戦争が起こっても自分はミサイルからも生き残り、銃後で気に食わない人物を殺してまわるのが任務だ――と彼は決め込んでいるのだろうから、戦争といえど死ぬのは他人ばかり。気楽なものである。

 安倍首相は「(DPRKは)サリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と国会で煽り、森友学園にかかわる追及を吹き飛ばすことも狙って、DPRKへの戦争的危機感を国民に醸成してきた。それにとびついて、心中に秘めてきた「敵を潰す」願望を思わず漏らしてしまったのが百田氏なのだろう。けれども彼が吐露した憲法観・戦争観は、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」にメッセージを寄せた改憲派「文化人」たちと共通するものである。

 じっさい、同会のフェイスブックには、「美しい日本の憲法をつくる。自衛隊を名実とも軍隊とする」(潮匡人)、「国民の間にある改憲アレルギーともいうべき長年の惰性を洗い落として、そのあとに、本命の第九条第二項の削除を提案するのです」(伊藤憲一)、「自主憲法を制定して「軍の保持」「国防の義務」「兵役を神聖な任務」と明記」(柿谷勲夫)、「日本の主権が脅かされても、平和憲法の制約を守り続けることが大事だと考えるのであろうか」(細川珠生)、「最大の敵は「平和主義」である」(吉田好克)といったコトバが並んでいる。百田氏と同様、国の内外を問わず勝手に〈敵〉を設定し、そいつらを殺りたくてしかたがないかのようだ。これら不可解な焦燥感にかられた人びとが思い描く「美しい日本の憲法」のディストピアぶりにはあらためて驚く。けれども彼らは突出したトンデモ活動家……ばかりなのではない。

 昨年来話題に上っている日本会議はあくまでも右派の政治委員会として水面上に顔を出している「氷山の一角」にすぎず、「素手でトイレ掃除」運動を筆頭とする保守系市民運動や愛国ビジネスの広範な広がりが、現在の憲法改悪運動を支えている。こうした右派ネットワークが交差する場所に誕生したのが森友学園の「愛国教育」であるが、運動の参加者の大半はいわゆる「普通の日本人」なのだ。関東大震災の「自警団」と同じように、すぐ身近にいる隣人たちなのである。

 (編集者)