紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

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「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
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 ◆ 3305号(5月27日発売号掲載)

『中動態の世界』がひらく臨床

――臨床と人文知をめぐる議論が再び活発化することを期待したい
評者:松本卓也

 ■國分功一郎が今春上梓した『中動態の世界――意志と責任の考古学』は、充実した哲学書であるとともに、きわめて臨床的な書物である。プロローグからして臨床の話題から始まる本書は、「しっかりとした意志をもって、努力して『もう二度とクスリはやらないようにする』って思ってるとやめられない」(4頁)という言葉――薬物・アルコール依存をもつ女性をサポートする「ダルク女性ハウス」の代表である上岡陽江が述べたと思われる――がもつ深い意味を解明するという情熱によって駆動されている。

 実際、著者が指摘するように、依存症は、近代的主体がもつとされる「意志」や「責任」という概念ではうまく取り扱うことができない(329頁)。「薬をやめたいのなら、自分の意志の力で努力してやめればよいではないか。それができないのなら自己責任である」といった近代的主体を前提とする考えでは、依存症の当事者の生きる世界を明らかにすることができないばかりか、当事者を余計に追い詰めてしまうのである。かつて流行した「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」という「意志と責任」を前提とする標語は、依存症の予防にまったく効果がないわけではなかったであろうけれども、依存症の当事者とその家族に死刑宣告を突きつけるに等しい言葉として機能したのである(松本俊彦の指摘による)。…続きを読む

信仰としてのキリスト教

――淡々とした、それでいてリアリティに満ちた語り
評者:澤田郁子

 聖書には、キリストが約三年半の公生涯の中で各地域を訪れ精力的に教えを説いた様子が記されている。その語り口は大胆にして率直、本質を突いていたからこそ、貧しい者、弱い者、病む者には温かく、驕り高ぶる者――たとえばユダヤの指導者たち――には時として辛辣に響いた。「随想」「説教」「講話」の三部構成の本書に通底しているのは、そのような、まっすぐにキリスト教の真理と本質を語る率直さである。難解な宗教用語は登場しない。著者・岩島忠彦神父はドイツで神学を修めたイエズス会司祭だが、世俗からかけ離れた隠修士のような近寄りがたさも、一糸乱れぬ騎士団さながらの厳格さも、本書からは漂ってこない。…続きを読む

通勤に特化した京王沿線の「なるほど!」を紹介

――電車との新しい付き合い方を教えてくれる一冊
評者:下沼英由

 『小田急沿線の近現代史』の著者によるシリーズ第二作。今回のターゲットは京王沿線だ。ポイントは、前著同様に「京王線」ではなく「京王沿線」というところ。つまり本書は、鉄道そのものではなく、その「沿線」に光を当てているのである。まずびっくりしたのは、「京王」とは「東京の「京」と、八王子の「王」の二文字から来ている」ということ。知らなかった……。というように、普段乗り慣れていればいるほど、「なるほど!」を連発することになるだろう。

 乗り鉄、撮り鉄など、鉄道ファンにはさまざまな嗜好がある。それはますます細分化し、深化している。簡単に言えば、素人が容易に近づけない聖域を形作っているように見える。しかし、言うまでもなく、そのフェティッシュの対象である鉄道が実際に走るためには、にわかには想像できない額の金と壮大な計画、そして人並み外れた実行力が必要である。そんな鉄道敷設のための来し方は歴史の古層と化しており、普段はなかなか見ることができない。営業キロ数八四・七㎞は、「関東大手私鉄のなかでも最短」という京王線。地域経済史の専門家である著者が、その手腕を存分に活かして、「京王沿線の近現代史」を掘り起こしたのが本書である。…続きを読む