紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

目に見えないものを撮影しようとしている

――少林寺を通じた人間の魅力が惹き出されている
評者:宮田徹也

 銀座も八丁目となると、新橋に近くなる。大通りの天麩羅天國から二本裏のラーメンはしごの地下二階に、ヴァニラ画廊がある。ヴァニラ画廊はP・モルニエやH・R・ギーガーなどの正統な美術からマンガやイラストなど分野を超克して扱うので、美術とは何かを考えさせられるし、実に様々なお客が集うことに驚かされる。近代には人間が百人百様であることを認知させる使命があり、現代は権威に縛られずその意志を引き継がなければならない。ヴァニラ画廊の仕事は重要だ。

 今年の年明け第一弾の展覧会が大串祥子写真展「少林寺」(一月八日〔日〕~二一日〔土〕)であった。修行者の「いま、ここ」が確実に封じ込められている。その時にしか起こりえない事象が、周りの環境を含めて写し撮られている。言葉を換えれば、それだけしか映り込んでいない。人間形成としての、勝敗無き競技としての少林寺の主観的なドキュメンタリーでも客観的なストレート・フォトでもない。見れば見るほど少林寺を通じた人間の魅力が惹き出されているのだ。すると少林寺でなくとも人間を見る眼が変わり、誰であろうとそのような個性は持ち得ていることが理解される。

 展覧会「少林寺」の写真集である『少林寺』をここで取り上げる。並大抵ではない、大串祥子のプロフィールを同書から転載する。「佐賀県生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業。株式会社電通にてコピーライター・CMプランナーとして勤務。退社後渡英、現‥ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション写真学部フォトジャーナリズム学科にて写真を学ぶ。在学中に始めたプロジェクト『アドニスの森 Men Behind the Scenes』では、イギリスの名門パブリックスクールイートン校、ドイツ国防軍の兵役、コロンビア軍麻薬撲滅部隊など、秩序、制服、階級、不条理にいろどられた究極の男性社会に潜入し、女性の視線から男性の美と謎を追い求めている。

 二〇〇四年より近代五種を撮影開始。二〇〇八年北京五輪における国際近代五種連合UIPM公式フォトグラファーに任命され、同種目を撮影。二〇〇九年ドイツのRalf‐Hellriegel‐Verlagより写真集『MODERN PENTATHLON』を出版。二〇一一年三月十一日の東日本大震災を機に、故郷・佐賀へ居を移す。同年秋から13年夏にかけて、『アドニスの森 Men Behind the Scenes』第2章アジア篇を中国・少林寺にて撮影」。

 写真集『少林寺』には、ヴァニラ画廊に展示された写真群と共に「武僧というアンビヴァレンス」と題するエッセイが掲載されている。写真集の扉を開くと中国の高速道路の標識が掲載されている。写真集を手に取る私達も、大串と一緒に少林寺へ旅立つことができるのだ。闇にはじまり闇に終わる少林寺の一日である「日課」、強さとは何かを問う「演武」、禅・武・医が三位一体した「文化」、宗教界のCEO「方丈・法師」、真実に到達するために作り出された無である「三壇大戒」、比丘とは異なる出家の途中である「沙弥」、仏・法・僧を受戒した「比丘」という七章によって写真集『少林寺』は構成されている。

 エッセイがまた面白い。「スマホを持ち、SNSで発信し、「腰パン」気味にローウエストで武術着を着こなすいまどきの武僧。観光収入や著作権管理などで「商業的」に成功を収めている少林寺のあり方を揶揄する声もある」。「日本の仏教では当たり前の、僧侶でありながら結婚したり子どもを育てたりする行いは、無論、認められない。一人っ子政策をとってきた中国では、家を継ぐ人間が我が身ひとりしかない場合も多く、家族を巻き込んだ悩みとなる」。現代の中国の動向を端的な言葉で鋭く表している。

 「まなざしはある一定の距離を置いたふれあいだが、手を触れるよりもっと深く触れる、というモーリス・ブランショの言葉を思い出す。写真を撮っている間は被写体だけが存在し、自分自身は不在である。撮れば撮るほど、自分の時間を他者の時間と引き換えることになる」。ここに、自己を抹消してでも作品を成立させるという大串の写真の秘密が隠されている。

 大串の主題は「美少年」である。少林寺という「特殊な男性社会にて開発される美意識の問題である。イートン校の生徒が毎日着用する燕尾服は、先輩のお下がりであっても、結婚式に突然着せられる新品よりも威厳がある。ドイツ軍の払い下げの軍服をストリートで見かけても、兵士の着るそれと一般人のそれは着衣の細部にわたって異なる。オリンピックアスリートのユニフォームを普通の人がまとっても、強さや自信がにじみ出てくるわけではない。武僧の武術着についても同じである」。

 大串は目に見えないものを撮影しようとしている。実は我々は普段からたいしたことを見ていないで考えているのに、表面上の美醜で止めてしまう。もっと大切なことに気付くべきだ。

 大串は、女人禁制の寺で取材許可を取るのに何年もかかったという。撮影は二〇一一年秋から十三年夏まで。発表が十七年初頭。この年季が入った特異な芸術とそれを発表する場所に、更に注目すべきであろう。

(日本近代美術思想史研究)