紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

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 ◆ 3309号(6月24日発売号掲載)

世界革命と謀叛

――無政府の自治社会を理想とし、
模索と失敗を繰り返した宮崎滔天を美化せず描く
対談:加藤直樹×平井玄

 ■宮崎滔天にとって「中国革命」とは何か

 平井 以前から、加藤くんが宮崎滔天のことを書いているとは聞いていました。ぼくは岩波文庫版の『三十三年の夢』を読んだくらいでした。六八年世代のご多分に漏れず、竹内好のアジア主義論のバイアスを通じて、滔天について一方的な理解をしていたわけです。「人はいいけどマヌケなおじさん」という感じで(笑)、明治史の片隅にしまいこんでいた。ただ、九州からはヤバくて面白い人たちが陸続と出ていて、彼も読み直さなければと感じてはいました。ぼくらの世代にとっては谷川雁がいます。彼は六〇年安保のころ、自分はアジアを駆け巡った明治の猛者たちの話を寝物語のように聞かされてきたので、東京の人間たちが「右翼が怖い」と言うのがわからない、とうそぶく。彼も熊本ですね。だから「九州豪傑幻想」のようなものがある(笑)。竹内と谷川、このあたりから九州から吹く左右アジア主義のアウラを感じてきたわけです。しかし顔はともかく滔天を豪傑と呼ぶのはちょっと無理があって、『三十三年の夢』だけ読んでも気弱で繊細な人だとわかる。加藤くんはそんな滔天をなぜ書こうと思ったのですか?…続きを読む

深遠な孤絶

――石牟礼道子の魂の軌跡を知るうえで
欠くことのできない文献
評者:間庭大祐

 石牟礼道子の思索の道程を追うにあたっては、これまでに彼女自身の手による『葭の渚――石牟礼道子自伝』(藤原書店、二〇一四)が刊行されている。この自伝は、とりわけ『苦海浄土』が描かれるまでのいわば前半生を詳らかに知ることができるという点にかんして極めて重要な書と言えよう。そうした点から言えば、本書は石牟礼の後半生とでも言うべき現代から現在までを知ることができる点で大変興味深い。石牟礼の魂の軌跡を知るうえで本書は欠くことのできない文献となるだろう。三年の歳月を費やし、計四〇〇時間以上、石牟礼とともに過ごした(新聞記者の)著者による本格的な精神史的評伝である。

 たとえば、最近の出来事として次のような場面が丁寧に記述されている。「普段車椅子の道子が立ち上がって弘の肩をもむ。「道子です」と言うと、弘は返事できないものの、手を握り返してくる。/「普通の嫁になれなくて、ごめんね」/道子は涙をこぼした」(二八四頁)。二〇一五年八月、夫、弘との今生の別れの場面である。弘は長年にわたって石牟礼の創作活動を支え続けた一人である。石牟礼の代表作『苦海浄土』のタイトルは、実は弘が考案したものなのだ(「サークル村」で出会うこととなる上野英信との合案)。その夫にたいして「普通の嫁」ではなかったと詫びる石牟礼。この言葉は、単に石牟礼が夫婦生活における時間の大部分を執筆活動や水俣病闘争に費やしたという意味でのみ語られたものではない。それは石牟礼文学の豊饒な可能性に肉薄しようとする際の重大なモティーフを浮かび上がらせるのだ。…続きを読む

国が「善」とは限らない

――「ナチスの手口に学んだら?」――ぼくらはいまナチスのことをもっと学ばなくてはいけない
評者:増田幸弘

 ナチスの強制収容所というと、だれもがガス室での大量虐殺を思い浮かべる。しかし、ほんとうの地獄は「カオスのなかにではなく、円滑で仮借のない官僚的な管理機構のなかにあった」と、本書に序文を寄せた収容所の生還者で、外交官・作家のステファン・エセルは書く。いったいそれはどういうことなのだろうか。

 本書の著者ニコラ・ベルトランは、収容所を考えるうえで、拘禁制度に着目する。なぜなら「そのメカニズムのおかげで、(……)正当性また道義性について自問する以前にすでに正当化されていた」からこそ、収容所が成り立ったとする。ヒトラーやヒムラー、あるいはアイヒマンら個人より、「実際に運用される規則が専横的な役割を演じた」実態を、規則を解き明かして実証していく。生々しい生還者の証言をはじめ、収容所に関する数多の本が出ているが、法学的なアプローチで書かれたのは本書がはじめてだという。…続きを読む