紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

根深い社会病理

形を変えて浸透しつつある「弱者排除」傾向への警鐘と警告
評者:石渡和実

 2016年7月26日。今、思い出しても震撼とさせられる事件が起こった。相模原市にある津久井やまゆり園で、入所者19名もの命が奪われ、27名が負傷するという「相模原障害者殺傷事件」である。1時間も経たない間に多数の死傷者を出し、容疑者がその施設の元職員であったこと、衆議院議長宛てに犯行予告の手紙を渡し、ほぼその通りに実行されたことなど、まさに「想定外」の事件が起こってしまった。

 評者は、神奈川県が設置した事件の検証委員長を務めた。その体験もあり、立場の異なる6人が事件について論じた本書、『生きたかった』を引き込まれるようにして読み終えた。執筆者6人とは、視覚障害者として日本の障害者運動をリードしてきた藤井克徳氏、日本のヘレンケラーとも呼ばれる盲ろうの東京大学教授福島智氏、精神科医として多岐にわたる活躍を展開する立教大学教授香山リカ氏、福祉分野の自治体研究を専門とする元日本福祉大学教授石川満氏、障害児・者の人権を追及する金沢大学名誉教授井上英夫氏、そして、日野市職員としての経験をもとに地方自治研究を続ける池上洋通氏、である。また、「当事者・家族・支援者の声」として、12人がコラムで論じている内容もずしんと胸に響く。

 それぞれの視点から鋭い論理が展開されているが、評者がまず感服させられたのが香山氏の指摘である。容疑者が措置入院していたことから、厚生労働省は8月10日には「再発防止策検討チーム」を立ち上げ、措置入院制度の抜本的見直しを検討し、その結果をもとに、精神保健福祉法の改正が国会で議論されている。容疑者に精神障害があるとの前提で議論が進められたが、香山氏はこの立場に真っ向から反論している。「この容疑者は「障害者は無価値、抹殺した方がよい」という明確な意図をもち、犯行はそれに基づいて計画され遂行されたものと考えるべきだ。だとすると、容疑者はきわめて特殊な価値観をもっているが、それは精神疾患のためではなく、精神科医が治療をしたり、論じたりするべき問題ではないのではないか、ということだ」(57頁)。

 そして、香山氏は「この事件に象徴される社会病理」について言及する。「社会的マイノリティを本人に変えることのできない属性(今回なら心身障害があること)だけで差別・憎悪の対象として攻撃する犯罪を、海外では「ヘイトクライム」と呼ぶ。今回の事件は精神疾患ゆえの行為などではなく、やはりヘイトクライムと考えてよいのではないか」(62頁)。さらに、こう結論付ける。「今後の裁判では、この男性をごく特殊なケースと片づけることなく、彼を生んだ社会背景や、人権を軽視するいまの空気についてもぜひ迫ってほしい」(63頁)。香山氏の主張は、多くの患者に接し、その人権を尊重したいという臨床医としての信念から発せられており、だからこそヘイトクライムが許しがたいという強い意志が感じられる。法改正という国の方向性とは「真逆」とも言え、事件の本質は「個人の矯正」などではなく「社会病理」こそが追及されるべきだ、との主張に拍手喝采を贈りたい。

 このような香山氏の論理とも重なり、井上氏が「相模原事件の根源」を「人権保障の視点」で大胆に論じていることにも共感させられる。事件の報道を受け、氏は「いよいよ来たか!」と思ったという。「日本社会、国の根底にある優生思想・劣等処遇意識のマグマが噴出し、まがりなりにも戦後社会が築いてきた人権保障、とりわけ憲法25条を激しく揺さぶっている」(104頁)と述べている。井上氏も、「特異な個人」の犯罪ではなく、「日本社会の優生思想」を問題視しているのである。

 そして、「いのちが切り捨てられ、いのちが差別されている」との現状認識から、「一億総活躍社会」などを掲げる現政権の姿勢を批判する。「活躍できない」との立場に追いやられている人の「尊厳」を憲法13条・14条との関連で論じ、「自己決定」や「平等」の原理を再確認することの重要性を主張する。「人間の尊厳とは何か。前提にあるのは、「人間は価値において平等である」ということである。それをより具体化すると、一人ひとりは絶対に他者に取って代われない存在だということである」(113‐114頁)。

 こうした主張は、障害者権利条約第3条「一般原則のd」、「多様性の尊重」などの言葉で強調される考え方にも通じる。藤井氏はまず、「障害者を差別してはならないとする世界ルールを私たちの国は手にしました」(22頁)と条約を評価する。その理念を踏まえ、「現在の社会全体が過剰な市場原理主義、競争原理主義に則った、すなわち屈強な男性中心の社会に傾斜していることを改める」(23頁)ことを強調している。

 福島氏は事件の「二種類の二重性」を指摘し、「ヘイトクライムと優生思想」「生物学的殺人と実存的殺人」に注目している。そして、「優生思想の恐ろしいところは、それが現実の政治や政策に影響を与える危険性のある思想だという点です」(37頁)、「「実存的殺人」とは、重度の障害をもつ人の、人間としての尊厳や生きている意味そのものが否定されたということです」(39頁)との警告を発している。

 自治体研究を重ねてきた石川氏や池上氏は、行政の責任を問い直し、「共生社会」の在り方を論じている。どの著者も、今の社会情勢に危機感を抱き、国・自治体の姿勢を問題視している。評者も県の検証委員会で、優生思想を克服するための人権教育の重要性を主張し、「当事者不在」で障害者の人権を軽視していると言わざるをえない行政の姿勢を批判してきた。県の報告書にそうした意見はほとんど反映されなかったが、今、施設の建て替え問題を機に、神奈川県でも改めて「地域移行」や「意思決定支援」が注目されている。「相模原障害者殺傷事件」という厳しい体験を機に、障害当事者や関係者が団結し、地域に、市民に働きかけ、「真の共生社会」の実現をめざして動き出したのである。

 優生思想や「弱者排除」の傾向は、今に始まったことではない。この事件は、そうした社会病理が日本に根深いことを、形を変えて浸透しつつあることを、大きな痛みをもって警鐘を鳴らしたものだと言えよう。現代社会の本質的な課題をいかに整理し、どのような方向をめざすべきか、こうした根幹に関わるテーマを考えるにあたり、本書は多くの気づきやヒントを与えてくれる。このような論究を通して、理不尽に人生を絶たれてしまった19の命に思いを馳せ、一歩ずつ、確実な歩みを進めていかなくてはならない。

 (東洋英和女学院大学教授)