紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

書店員の記憶、経験、直感を駆使した売場がリアル書店の魅力を生み出す

――書店での日々の仕事がより一層いとおしいものに感じられる
評者:楫一子

 本書は「NR出版会新刊重版情報」内の連載記事として掲載された書店員による店頭からの声を書籍化したものである。私自身、日々の仕事の合間にこの連載を読み、各々の現場で奮闘する同志の姿に初心を思い出しながら奮い立っている。

 書店論を扱った本は数多く刊行されているが、本書を通して私たちは理想論でもなく、何ら着飾ってもいない書店現場のありのままの姿を見ることができる。序文で新泉社の安喜健人氏が「現場の声を聴きたい」という点を特に意識していたと綴っているが、それが見事に一冊の形となっている。

 一書店員としてはこの本を店頭にどう並べるのが効果的なのだろう? とも考えさせられた。読書論、書評、エッセイ棚。仕事論としても読めるからビジネス書棚にも置けるかもしれない。書店員の日々の仕事を切り取った本ではあるけれど様々な読者を想像できるし、多くの販売方法が考えられる。この本は、配置の方法はもっと自由であっていいんじゃないかと教えてくれているようでもある。

 本書には店舗の規模も立地もコンセプトもまるで異なる様々なタイプの書店現場で働く人々が登場する。しかし興味深いのは、そこにいくつかの共通点が見出されることだ。それらは業務的な類似点というものではなく、仕事の所作というのか、働く上で大切にしている共通の信念のようなものだ。

 一つは業界の置かれた状況の厳しさについて語りながらも、妥協をしないで本を売るために棚と向き合っている姿だ。本が売れないと悲観的に嘆く書店員はここにはいない。書店を訪れたお客さまに、いかにして本を手に取ってもらえるか試行錯誤する仕事の日々を心から楽しみ、そして何かさらにできることがあるだろうと考え続けることをやめないでいる。

 二つ目は、売れた本の売上スリップを見る楽しみを多くの書店員が語っていることだ。彼らの多くが人文・社会科学書という専門性の高いジャンルの担当者であることも関係しているだろうが、「本を売る」仕事に従事している者ならではのアナログな喜びを一番強く実感できるのはやはり一枚のスリップなのだ。来店されるお客さまの多くは書店員に直接、このジャンルの本を増やして欲しいとか、こういう本がもっとあっていい、などとは話しかけてはくれない。けれども、この棚で配置は良いのだろうかと悩みながら差した一冊が売れた時、見ていてくれる方がいるのだと実感する。まとめ買いをしたと思われる数冊の関連本のスリップから常連の方の欲している動向を読み取り、この人のために次はこんなものを仕入れよう、こんなフェアをしてみようと考える。売れた本のスリップを通して書店員はお客さまと対話をしているのである。

 それからもう一つとても印象的だったのは、執筆者の文章の多くに共通して「記憶・経験・直感」という言葉が見られることだ。どんな仕事にもある側面だと思うが、仕事に取り組むなかでどうしてもマニュアル化できない感覚的な部分というものが存在する。書店員の場合そのマニュアル化できない要素こそが書店という空間を作り上げるうえで重要な役割を果たしているのではないだろうか。ベストセラーや売れ筋の本だけ揃えても書店現場は成立しないだろう。それだけなら本屋は不要だ。ネットがあればいい。それぞれの書店店頭にて書店員が自らの記憶と経験と直感を駆使して作り育てた棚やフェア企画、売り場にこそリアル書店にしか成しえない魅力があると思うのだ。

 本書を読みながら、自分が携わる書店での日々の仕事がより一層いとおしいものに感じられた。朝一番に行う雑誌出しにて紐切りで結束バンドを迅速かつリズミカルに切る音。検品する時の真新しい本の匂い。絆創膏が絶えない指。お問合せメモやスリップでやたらと重量感のあるエプロン。注文短冊を切り取りながらお客様と交わす何気ない会話。育休で現場を離れていることもあって余計になのか、書店での些細な場面までもが心に浮かんでくる。そして大きな声で叫びたくなる。「ああ、仕事したい!」と。

 (喜久屋書店倉敷店)