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 ◆ 3317号(8月26日発売号掲載)

言論の自由への脅威と言論人の勇気

香港と日本:他人事ではないのでは?
倉田 徹

 1997年7月1日の香港の中国返還から20年がたった。香港の言論・出版界は、その間様々な試練を体験したが、中でも最大のものとされたのが、昨年発覚した銅鑼湾書店事件であった。

 銅鑼湾書店は、香港一の繁華街・銅鑼湾地区のそごうデパートのすぐ裏の、雑居ビル2階にあった小さな書店である。中国政治関係などの書籍の品揃えで知られ、日本人の研究者などの間でもよく名を知られた存在であった。この書店の経営者5名が、2015年秋から年末にかけて、相次いで失踪したのである。うち1名はタイ、3名は大陸で姿を消し、もう1名の李波は香港の自宅から会社倉庫に行くと言い残して失踪した。

 李波は大陸に行くための通行証を自宅に残していたにもかかわらず、失踪後に大陸の電話番号から自宅の妻に電話をかけていた。どうやって大陸に行ったのか。疑われたのは、中国公安当局の関与である。同書店の出版部門が扱っていたのは、主に「習近平とその恋人たち」「2017習近平崩壊」などの、中国大陸では発禁となる政治ゴシップ本であった。こうした書籍に書かれている内容は、真偽不明で検証も困難である。しかし、タブーのない自由な情報は「香港情報」とも呼ばれ、長年香港の名物でもあった。こうした「禁書」は、近年激増した中国大陸の観光客が好む香港土産ともなっており、政敵の弱みを見つけるために共産党の幹部がわざわざ香港に人をやって購入しているとも言われ、中国政治にもある程度の影響を与える存在となっていた。銅鑼湾書店の5人は政治問題に触れて、大陸当局に拉致されたのではないかと疑われた。

 どのような理由があるにせよ、大陸当局者が香港で人を連行することは、「一国二制度」の仕組みでは認められていない。疑惑をもみ消すために、香港の親中派議員は、5人がそれぞれ別の日に香港から船に載り、相次いで買春目的で大陸に密航したとの珍説を議会で披露し、さらにこれを北京寄りのテレビ局が大きく報じて、常識ある市民から大いに顰蹙を買った。

 こうした香港の親北京派たちによる、北京の名誉を守ろうとの必死の拙い「忖度」も空しく、間もなく大陸当局が、5人を拘束していることを堂々と認めてしまう。「主犯」とされた、タイから失踪した桂民海は、2003年に大陸で起こしたひき逃げ事件について自責の念に駆られ、タイから中国に入って自首したと証言する様子を中国中央テレビが放送した。証言内容のあまりの不自然さに、「国境なき記者団」は桂民海が証言を強制されていると強く非難した。

 しかし、筆者にとってある意味それ以上に衝撃的であったのは、デタラメ感の強いこのひき逃げ事件の問題よりも、桂民海以外の者が問われた「罪状」であった。他の4人も、人民解放軍関係者が創業した衛星放送局「鳳凰衛視」と、発行部数の水増し疑惑を政府にもみ消してもらって以来、親台湾派から親北京派に転じた新聞『星島日報』のインタビューを受け、公開で謝罪させられたが、そこで彼らは、大陸での「禁書」を香港から郵送で大陸の顧客に販売したことが、「違法経営罪」であったとして謝罪したのである。つまり、この世界的に注目された事件において、中国当局は悪びれることもなく、言論弾圧に従わない者を罪に問うことを、報道を通じて宣言したのである。

 無論、中国の言論弾圧は今に始まったものではない。しかし、それを公にすることにこれほどまで何のためらいも見せない態度は、やはり国力増強に自信をつけた近年になってからの中国の姿勢と言えるであろう。習近平政権のキーワードの一つは「制度自信」である。経済成長に行き詰まり、政治的混乱を重ねる西側諸国の民主主義制度・自由主義経済と比べ、中国の政治・経済の制度は効率面でより優れており、それに自信を持つべきだ――経済成長の成果を根拠として、現在の中国は民主化要求をこのように突き返す。

 即ち、中国の民主化において、外圧が機能しなくなっているのである。実際、銅鑼湾書店の5人のうち、桂民海はスウェーデン、李波はイギリスのパスポートを持っていた。両国は当然、両名に対する領事保護を申し入れたが、中国政府は両名を「中国公民」と見なす。血統主義をとる中国にとって、両名は外国パスポートを保持していても、中国籍なのである。この件が影響してか、香港では2016年1~10月に、外国パスポートを持つ中国系住民が中国籍を正式に捨てる国籍変更手続きの申請者が3割増加した。

 外圧の機能不全は、先般死去したノーベル平和賞受賞者・劉暁波の事実上の「獄死」においても示された。本人と西側諸国による治療のための出国の要請は、最後まで無視されたのである。このような事態は中国自身の成長の結果であると同時に、西側の「衰退」をも象徴している。人権や環境などでの国際協調を顧みない金銭主義者のトランプ政権が、人権をめぐって中国に打撃を与える意思も能力も欠いていることは、北京に見透かされている。

 したがって、銅鑼湾書店事件が香港の出版界に与えた打撃は深刻であった。仮に中国共産党から目をつけられるような書籍を出版した場合、人身に危険が及んだとしても誰も保護してくれない。ある「禁書」発刊の老舗の社長が、家族や友人の説得を受けて「習近平の悪夢」と題する書籍の出版を断念したとのニュースが、事件後間もなく報じられた。「禁書」業界は大いに萎縮し、衰退している。

 香港を支える価値の一つは「自由」である。その柱の一つである言論の自由が大いに危機にさらされている。国境なき記者団は2002年、香港の報道の自由を139ヶ国中18位と評価した。その後評価は低下し、2016年版では180ヶ国中の69位である。

 しかし、実はこの状況、日本にとって他人事ではない。

 2016年版のこのランキングで、日本は72位、香港より下とされたのである。

 日本のテレビでは、保守系のコメンテーターが、本屋さんが突然失踪する香港よりも日本を下にしていると、ランキング自体の信用性を疑い、皮肉る発言をしていた。確かにランキングの集計方法は国境なき記者団が編みだしたものであるし、勿論日本では書店商の失踪など、言論人の人身への危険はない。しかし問題は、そのような日本が香港よりも下とされたのはなぜかという点である。

 筆者は香港メディアの報道に日常的に触れているが、日本よりも香港が優れている点があるとすれば、第一に、言論の多様性である。香港の主要紙は、共産党系の親中紙から、反中を鮮明にする新聞まで、明確な立場を持っている。反中紙の経営圧力は大きいが、発行部数2位の『蘋果日報』など、主要な地位も保っている。市民は多様な情報源から多角的な情報を得られる。「中立」にとらわれて個性のない報道をすると非難される日本の主要紙とは対照的である。

 そしてもう一つが、言論人のプロ精神である。香港では、経営上の観点から、政府や財界への忖度の度合いを強めるメディアも多い一方、自由な言論を守る意識を持つ報道機関や報道関係者も少なくない。筆者は昨年9月、議会選挙の観察のために香港を訪問したが、投票日の投票時間中である午後7時過ぎに、政府による公共放送「香港電台」のテレビ番組が、香港の独立問題という極めてセンシティブな問題についてのドキュメンタリーを放送していたのには驚いた。日本でNHKが同様の放送を行えるとは到底思えない。勿論、香港の放送が中立を欠くとの批判も当然あり得るが、「中立」がしばしば政府有利に働くこともまた常識であろう。

 銅鑼湾書店事件においても、言論人の勇気が示された。5人の関係者のうち4人は順次釈放され、香港に戻ったが、いずれも事件について多くを語らなかった。しかし、店長の林栄基が去年6月突如記者会見し、大陸で拘束され、取り調べを受けた一部始終を語ったのである。林栄基は香港から書店の顧客リストを大陸に持ち帰ることを条件に、香港への一時帰還を認められたが、香港で銅鑼湾書店関係者の釈放を求めるデモが行われていたことなどを知り、大陸に戻ることを思いとどまり、会見を開いたという。その後林栄基は、身の安全を気にしつつも香港に留まり、民主派のデモなどに参加している。

 結局のところ、最終的に言論の自由を守るものは、言論人の勇気なのかもしれない。

 (立教大学法学部教授)

「鳥の目」「虫の目」「魚の目」を記述の中に織り込む

――パレスチナ人、ユダヤ人双方の無名の住民たちが抱いた共存への希望と絶望
評者:田原 牧

 イスラエルの独立宣言が引き金となった第一次中東戦争(一九四八年)の停戦で、エルサレム(アラブ名・アルコドス)はアラブ(ヨルダン)側の東(旧市街を含む)、イスラエル側の西に分断された。六七年の第三次中東戦争で東エルサレムもイスラエルに占領されるが、本書は四八年の停戦ライン(グリーンライン)部分に当たる一本の道(アサエル通り)を舞台にしたルポルタージュである。

 パレスチナ人とユダヤ人の住民が混在するその通りで、停戦以降の約七十年間に何が起き、双方の住民が何を思ったのか。二〇〇六年から四年間、この通りの近くで暮らした米紙ウォールストリート・ジャーナルの駐在特派員がそのことを丹念に掘り起こす。

 最初の数頁をめくった後、グーグルでその通りを探した。個人的にはエルサレムは仕事でしばしば訪れた街なので、あやふやながら土地勘はある。その通りはダビデの墓やペンテコステの部屋などの史跡があるシオンの丘の南にあった。通ったこともあったかもしれない。だが、さして記憶にはない。おそらく一見、地味な通りなのだが、本書を一読後、己の不明を恥じた。

 目立たぬ通りにふさわしく、この本には紛争地のルポルタージュに定番の阿鼻叫喚や殉教者の独白はない。しかし、そこで暮らす人びとの吐息が手に取るように分かる。「鳥の目」「虫の目」「魚の目」の話がある。新人記者の教育でよく使われる例えだが、鳥の目は大状況を俯瞰する視座、虫の目はリアリティーの細部の追究、魚の目は目に見えぬ流れの把握を指す。だが、一般の新聞記事は鳥の目のみ。少し書き込んだルポとて虫の目が加わる程度で、魚の目まではなかなか手が届かない。しかし、本書はその三要素を淡々とした記述の中に織り込んでいる。

 エルサレムの帰属はパレスチナ・イスラエル問題の核心の一つだが、私がこの問題に関心を抱き始めた八〇年代初めにはあまり注目されていなかった。というのも当時は冷戦体制下にあり、一方の主役であるパレスチナ解放機構(PLO)は周辺国を拠点として、その主たる戦場も占領地の外だったためだ。占領地が闘いの中心となったのは、八七年暮れの第一次インティファーダ(民衆蜂起)以降のことだ。

 とりわけ、本書に登場する四八年の戦争後もイスラエルに留まったパレスチナ人(イスラエル国籍者)たちは、イスラエル社会での差別とアラブ社会の偏見にさらされ「忘れられた人びと」であった。

 パレスチナ人、ユダヤ人双方の無名の住民たちが抱いた共存への希望と絶望が本書の主調音を織りなしているが、最前線で生を営むがゆえの苦悩は当然、政治スローガンでは覆いきれない。しかし、その現実の複雑さこそが問題の本質にほかならない。

 本書を読みながら、かつてはパレスチナに心を寄せつつ、晩年はシオニスト機関の広報編集に協力していた一人の日本人記者(故人)を思い出した。私から見ると、彼は当初、パレスチナ側に過剰なロマンティシズムを抱いていたがゆえ、現実の複雑さを知るほど裏切られた思いを募らせたのだと思う。

 そうしたある種の「転向」には抵抗があるとはいえ、私もその感情が分からなくはない。取材するほど、アラブ(パレスチナを含む)人とは話が合うようになるのだが、逆に日本のパレスチナ連帯運動の関係者とはどこか疎遠になった。それは政治スローガンからは見えない生身の政治が頭の中をめぐるからだ。

 現実は美しくない。イスラエルの入植地政策を声高に批判しながら、入植地建設に使われる石材で巨額の富を築いていた石材商の自治評議会(パレスチナ国会)議員がいた。パレスチナ人への差別感情を払拭できずに苦悩していたユダヤ人の人道活動家もいた。政治的な緊張を越えて、「蜜月」を築いていたのはイスラエルとパレスチナ双方のマフィア集団だった。彼らはイスラエル側で盗んだ車をパレスチナのガザ自治区に密輸し、転売することで共存共栄を図っていた。

 イスラエル国籍を持つパレスチナ人の元クネセト(イスラエル国会)議員の一人に、アズミー・ビシャーラという人物がいる。彼はイスラエルと国交のないシリアに渡って演説するなど、反シオニズムの旗手と見られていたが、その彼に議員時代、近い将来にパレスチナが独立した際、パレスチナ側に出国するのかと聞いたことがある。彼は「しない。イスラエルで二級市民の扱いを受けても、アラブの独裁体制下で生きるよりましだ」と言い切った。その一方、そうした現実を飲み込んでもなお、パレスチナの大義に殉じようと決意する旧市街に暮らす青年たちもいた。

 この小文を書いている現在、エルサレムではイスラエルの聖地封鎖をめぐる衝突によって、死傷者が相次いでいる。侵略―被侵略の文脈のみで語られがちなパレスチナ・イスラエル問題だが、政治的緊張の水面下ではパレスチナ人、イスラエルのユダヤ人双方の共同体内部でのアイデンティティをめぐる攻防が潜んでいる。本書を読みながら、一昔前にあの街で出会ったあれこれの人びとの表情と声が脳裏に蘇ってきた。

 (東京新聞記者)

想像力と欲望を猛烈に駆り立てられる「料理本」

――今までにない衝撃的な料理体験を味わうことができた
評者:泉 ゆたか

 スマホで食材を検索するだけで、すぐにいくつもの詳細なレシピが見つかる。そんな便利なシステムの普及のおかげで、料理はとても身近なものになった。

 スマホ一つあれば、老若男女誰だって、いつでも好きな時に作りたい料理を作ることができる。

 かつてはカリスマ料理研究家がテレビ番組で披露していた秘伝のレシピは、今では調味料会社の公式サイトでいつでも無料で公開されている。料理教室に高いお金を払わなくとも、料理のコツを懇切丁寧に教えてくれる動画はいくらでも見つかる。

 今の時代、料理の〝レシピ〟に辿り着くまでに必要な労力は、ほぼ皆無といえるだろう。

 そんな昨今、〝料理本〟の存在意義とは何なのだろう?

 ネットで検索すれば無料で手に入るレシピを、お金を出して購入する意味はどこにあるのだろう?

 本書には、そんな疑問への答えがある。

 『歴メシ!』は、「世界の歴史料理をおいしく食べる」がコンセプトの、まぎれもない〝料理本〟だ。世界史に登場する人物が食べたであろう料理を、可能な限りその時代の味を残して再現したレシピが多数掲載されている。

 取り上げる時代はギルガメシュが暮らした古代メソポタミアから始まって、カエサルの古代ローマ、ダ・ヴィンチのルネサンス期イタリア、マリー・アントワネットのフランスブルボン朝、ビスマルクのドイツ帝国と、幅広い。

 〝トロネ風サメのステーキ〟〝豆のスープ庶民風〟など、メニューの名前だけではどんなものだか見当がつかない料理が、通常の料理本と同じく材料、作り方と、完成した料理の美しい写真で紹介されている。

 本書が面白いのは、それに加えて、時代ごとに当時の食生活と文化の関連を詳しく解説している構成だ。

 レシピを見てから解説を読むと、はるか昔に活躍した(といわれている)人物たちが、本当にその時代を生きて食事をしていたのだ、という実感を覚える。

 時代が古くなれば古くなるほど、料理は簡素になり、レシピの写真も地味なものになる。基本的にはスーパーで揃う食材を使ったレシピを紹介しているが、悪魔の糞と呼ばれる調味料のアサフェティダ粉など、想像の範疇を越えた食材も登場する。

 普段あまり料理をしない人がすべてのメニューをレシピどおりに再現するのは、少々難度が高いかもしれない。

 しかし本書の魅力は、料理のための実用性以上に、読者の想像力を掻き立てるところだ。

 ネットでのレシピ検索では、人の欲望は微塵も刺激されない。ただ使わなければいけない食材を消化する方法を考えるか、ふと思いついたメニューの作り方を調べるだけだ。

 『歴メシ!』で紹介されているメニューは、どれも、読者の「このメニューを作ってみたい!」という欲望を猛烈に駆り立てる。

 はるか遠い昔に消えてしまった文化を、とっくの昔に死んでしまった人の命を支えたメニューを、自分の手で再現することには、大きなロマンがある。

 一昔前ならば本職の料理人でさえ簡単には手に入らなかった珍しい食材も、ネットで労せず購入できる時代だ。

 ぜひ〝歴史料理〟を忠実に再現して、〝歴史の味〟を堪能してもらいたい。

 ちなみに評者のお勧めは〝中世風アーモンドライス〟だ。近所のスーパーで買える食材だけで作った〝甘い〟ご飯は、猛烈な違和感と同時にこれまで食べたことのない種類の美味しさだった。今までにない衝撃的な料理体験を味わうことができた。

 (小説家)