e-hon TOPへ戻る

紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

1949年創刊。硬派な人文書からホットなサブカルチャーまで紹介する週刊の書評新聞「図書新聞」とe-honのコラボ企画!

「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
取り上げる本や評者を厳選し、確かな見識で深く掘り下げた書評は「読み応えアリ」です!
「図書新聞」定期購読はこちら

 ◆ 3330号(12月2日発売号掲載)

異見あり

事件記者の魂が伝わってくる
対談:望月衣塑子×金平茂紀

 ■「きちんとした回答をいただけていると思わないので、繰り返し聞いています」――東京新聞の社会部記者、望月衣塑子氏が新著『新聞記者』(角川新書)を刊行した。はぐらかしと証拠隠滅と「忖度」ばかりが横行する現代ニッポンで、黙らず、臆さず、怯まず、諦めず、追及の手をゆるめない記者、ジャーナリストがいる。まだ、絶望ではない。まだ、手遅れではない、と思える。著者の望月氏と、TBS「報道特集」のキャスターである金平茂紀氏に対談していただいた。(対談日・11月1日、東京・高田馬場にて〔須藤巧・本紙編集〕)

 ■社会の負の側面に光を当てる

 金平 本書をとても面白く読みました。ひょっとして、森友・加計問題と、記者会見での武勇伝ばかりが書かれているのではないかと思っていましたが、そうではなく、望月さんの生い立ちから何から晒されています。率直に書いている。それは、一般的に恥ずかしいことですよね(笑)。特に記者はあまりやりません。そこから広がって、また後で議論になると思いますが、いまの日本のメディアが抱えている最も大きい問題の一つが、記者会見の形骸化だと思いますが、そこに行き着いている。記者会見は生身の記者が立ち会って、そこで丁々発止やりあうことで初めて「緊張関係」が生まれてくる。ニュースソースとそれに攻め込む側の緊張関係があるからこそ、歴史的にも面白いことが起きてきたわけです。幸いなことにぼくは海外でそうした場面を見てきています。記者会見がほとんど「命賭け」みたいになることがあります。記者が会見後に逮捕されたりすることもあります。「無礼だ」と言われ、それ以後記者会見から追放されることもある。

 本書を読み、同じ記者仲間として思うのは、望月さんは「古いタイプの社会部記者」だなと(笑)。こういう人がいるんですよ。いるというか、いた。社会部は切った張ったの世界で、事件記者が花形だったりする。事件が起きれば他社とスクープ合戦で、抜いた抜かれたの世界になる。新聞記者であれば次の日の紙面がどうなるかでドキドキし、テレビであれば、自分が抜いたネタがテレビで流れたときに一種の快感を味わう。ぼくもTBSの社会部育ちなので、とてもよくわかります。自分の若いときのことを思い出しました。古いタイプの社会部の記者魂を久々に思い出した。いま、記者はみんな「オシャレ」だから、こんなことは恥ずかしがって書かない(笑)。みんなスマートで、人間臭い生き方を晒すようなことはしないわけです。

 本書冒頭に、望月さんが女優になりたかったという話が出てきます。小学校六年生のとき、地元の児童劇団でミュージカルの『アニー』の主役を張ったと。それを読んで、「だからか!」と思いました。というのは、先日叩かれた山尾志桜里さんという議員がいますね。彼女は実はミュージカル『アニー』の初代主役なのです。『アニー』はアメリカン・ドリームを体現しているような面がありますよね。孤児院にいたみなしごが自分の両親に会いたいと思って動いてみたら、いろんな人が助けてくれて、最後は「トゥモロー」を歌って、明日を信じて、億万長者の養女になったりする。これは「ドリーム」にすぎないかもしれないけれど、女性がきちんと主役になっているし、社会的正義が追求されていなければならないということですね。アメリカ的な「タテマエ」かもしれませんが、そういったストーリーの主役を子どものときに演じてしまったものだから、山尾さんも望月さんも……と思って面白かったです。

 それから、本書を読み、望月さんのお母さんからの影響が強いことがわかりました。子どもを小劇場に連れまわす母親だった(笑)。黒テントなんか、子どもを連れていってはいけない(笑)。そういうところに行って、どうでしたか?

 望月 理解できないものもあったけれど、ほとんど子どもがいない空間に連れていってもらって、自分だけにその世界を見せてもらっているワクワク感はありましたね。小劇場の雰囲気に慣れていたので、いまでもそうなのですが、劇団四季などの大きい芝居を観ても、なんか楽しめないんですよ。

 金平 (笑)。

 望月 小さいところで、みんなが汗水垂らしていて、唾が飛んでくるような、熱気を感じるところ――母もそこが面白いと思っていたと思うのですが、まわりに子どもはいなくて、大人の秘密の小部屋に招待してもらっている感じでした。母は二〇代後半から小劇場の世界に触れるようになったのですが、もっと若いころからやっていれば、と思っていたようです。だから私を連れまわしていたのだと思います。母もそうだったのですが、小劇場の稽古は、日中の仕事が終わって、夜に子どもにご飯を食べさせた、その後です。みんな働きながらやっているので、その時間しか稽古ができないんです。

 また当時、『ガラスの仮面』が流行っていて、私もすごくハマりました。あの世界観と、連れまわされている舞台小屋の空気感とで、自分が演じたいなという思いが強まっていきました。

 金平 その後、お母さんが吉田ルイ子の『南ア・アパルトヘイト共和国』(大月書店)を読みなさいと言ってくれたんですよね。

 望月 はい。「すごい人がいるよ」と見せてもらいました。母は社会問題にも関心が強かった。母が最後までやっていた仕事は、精神障害、統合失調症などを抱える、特に女性を中心とした精神障害の方を訓練して、社会復帰させるという施設でのカウンセラーです。ひと口にカウンセラーといっても彼らの身の回りのことを全部見るんです。知的障害者が働く作業所で、その方たちを訓練することもしていました。なぜ母がそういう人たちにスポットライトを当てているかというと、例えば統合失調症の女性には、小さいときに実の父や義父から性的虐待を受けている方が多いそうです。そういう人たちの人生を見つめて、向き合いながらサポートし、どうすれば少しでも自立に向かえるのか――そうした話を母はよくしてくれました。ただ私は母のようなカウンセラーという立場では、その女性たちの経験した人生を思うと、話を聞いているだけで落ち込んでしまって自分の気持ちが続かないなと思っていました。でも、そういう人たちがいるということを、世の中の問題として発信することならできるかなと思ったのです。

 吉田ルイ子さんのことですが、母は吉田さんの生きざまに、女性としてすごく共感していたんだと思います。私を舞台女優にさせたいという気持ちの一方で、同時に吉田さんのような社会の負の側面に光を当てているような人を尊敬していたんだと思います。母は刺激を受けると、そのビデオや本をすぐに私に「あれ良かった」「これ感動した」と言って見せてくれていました。それがいま、社会部記者としてやっていきたいという私の根本にあるのかなと思います。

 金平 女優ではなく記者になりたいと思う転機に吉田さんの本があったということですね。

 そんなお母さんに比べると影が薄いかもしれないけれど(笑)、お父さんからも肝心なところで影響を受けていますよね。「お父さん、読売だけは嫌なんだよ」とか(笑)。業界紙の記者をされていたんですよね。

 望月 父は最初、写真家として出発するのですが、写真の才能がないことに気づく(笑)。崔洋一さんなどと同じ専門学校だったそうです。その後、中小企業の経済をレポートする業界紙の記者になりました。私が中学や高校のころ、何となく記者になりたいなと思っていた時期ですが、父が「自分は業界紙だから、一般紙とは違うと思うけど」と言いながら、「中小企業の社長に会って話を聞いて、日本経済が今後どうなるかをトータルで考えていくという記者の仕事は面白いと思うよ」といった話などをしてくれたんです。それも私にとって大きかったと思います。

 金平 それで記者になろうと思ったわけですね。でも、「記者」といってもいろいろあるじゃないですか。赤絨毯の上を歩いて、口調から何から政治家そのものみたいな記者もいるし、「俺は現場が嫌いだから」といって、会社に来たら自分の机のパソコンから動かない記者もいる(笑)。どういうタイプの記者になりたいと思っていたのですか?

 望月 就職活動中、どういう記者になりたいかを書く欄がありました。当時、自分なりに取材というものをしてみようと思い、山谷を歩いて、日雇労働者に話を聞いてみました。そのときに感じたのは、日雇い労働者たちの抱える寂しさでした。社会福祉政策がフォローできていないところにスポットライトを当てるような取材がしたいと書いたことは覚えています。母の影響の延長かなと思います。

 金平 いまの人材採用のトレンドから言えば「……山谷?」という感じで、「こいつはできあがっちゃってるからよくない。ゼロから俺たちが育てる人材が欲しいんだ」となりかねない(笑)。

 さて、本書によれば、北海道新聞と中日新聞に通って、そこで中日新聞を選んだ。

 望月 大手は軒並み落ちました。TBSも……一次面接で落とされたのかな。

 金平 まあ、宝くじみたいなものだから。入ってきた人間を見ればわかる。……宝くじ以下かな(笑)。その前に、大学で留学をしていますよね。

 望月 海外に出たくて、オーストラリアに交換留学で行きました。でも本書を読むと、私が留学中にやったことは、岩の上から落ちて頭を大けがしたことだけ(笑)。とはいえ、行く前はジェンダー論をやりたかったんです。しかし、アメリカもそうですが、オーストラリアのジェンダー論をやっている人たちにはアクティヴィストみたいな人が多くて、カッコもすごくて、激しい。私みたいな「なんちゃってジェンダー」ではついていけないなと思いました(笑)。

 金平 なるほどね。「Activist」は日本では「活動家」と訳されます。しかしアメリカでは、例えばCNNでも人の名前と職業を出しますよね、「Writer」とか。そんな感じで「Activist」が普通に出てきます。「Activist」は「活動家」ではなく「社会運動家」です。日本では「活動家」というと「おたずね者」という感じがあるでしょう。「Activist」のニュアンスは全然違う。「大学教授/社会運動家」なんて、チョムスキーを筆頭に当たり前のことで、ネガティヴなイメージはありません。

 望月 「社会運動家」という言葉は、日本でももっと根づかせたほうがいいですね。「学者」だけやっているよりもある意味で尊重されるべきかなと思います。

 金平 つまり、「現場を知っている」ということですね。

 望月 現場を知りつつ、理論を固める。

 金平 そういう人のほうが尊敬されます。アタマだけじゃない人たち。

 2ページ以降はこちら

共感・共創の時代におけるモダニズムの記憶

槇文彦による槇文彦論以外の何ものでもない
評者:彦坂 裕

 まずは、既発表の論考が多いとはいえ、八十歳台後半でこれだけの大作をまとめ上げたエネルギーと情熱に敬意を表したい。

 建築家が実作や構想案ではなく言語によって建築や都市への思考そして見解を語ることに関しては、槇文彦自身が件の書物内でも言及している。建築はこの世界への建築家を中心とする多くの関係者の技やヴィジョンの投錨であったとしても、それを見、体験するだけでは推し量ることのできぬ思想や来歴が不可視に存在する。なぜならそれは時代的な産物であり社会的・属地的実体でもあるからだ。漁師や職人がもつ属人知も、見える部分だけ見ていてもその技芸の本質を捉えることは難しい。槇文彦の新刊には創造者の属人知が垣間見える。建築物は経年的に、あるいは不測の事態で劣化・変容・消滅するが、言説はそうではない。白井晟一が、坂倉準三が、吉田五十八が、伊東忠太が、山田守が、そして堀口捨巳が同種の本を著述してくれていれば、と勝手ながら思う。

 私は本書とそれに先立ち4年前に上梓された『漂うモダニズム』(左右社)の2冊を同時並行的に読んだ。前著『漂う……』と本書は一卵性双生児のような関係で、いくつかの重複もあるし、本書でも頻繁に参照されている。

 この2冊を集中的に読破することは苦行であった。私はペリパトス(逍遥学派)的に立ちながら、あるいは歩きながら読む。それも合計八〇〇頁に達しようとする大著2作を、ときに俯瞰的に、また細部を検証しながらである。

 マンフレッド・タフーリが指摘するように、階級的な建築や都市は存在しない。建築や都市に対する階級的な批評だけが成立する。なぜ槇文彦は空間を語るのにこの史的作品事例や理論から見ていくのか、歴史がフィクションである以上この時代推移の総括は妥当なのか。そもそも豊かさとか気持ちよさとか優しさとかは誰にとってどのような状態のことを指しているのか。

 再読にあたって、私は違う読み方をした。このいわば長大な「私の履歴書」風の言説を、江戸っ子槇文彦の隠居話として読んだ。「建築とは人間を知る旅でもある」と槇文彦も述懐しているが、旅日記として読んだ。これは楽しい。ご隠居は同じ話を繰り返すから、2作で、そして同じ著作の中で同じ話題があっても腑に落ちる。

 以前、岡本太郎と話していたとき、生業ではなく人間のプロフェッショナルになりなさい、職業を問われたら、私は「人間です」と答えるのだと彼は言っていた。とはいえ彼の「人間」も彼の作品や著作、行動という窓を通してしか知ることができない。

 本書はその意味で、建築論、都市論というより、槇文彦による槇文彦論以外の何ものでもない。槇文彦とは誰なのか、それを模索し堪能できる本だと言いかえてもよい。

 ※

 彼は誰なのか? 人間を知る上で、キャリアや実績は、あまりそのことの手助けにはならない。むしろ、その人の眼差し、行動規範、万物への距離のとり方、欲望の露出と抑制のバランス、趣向性、情報圏の広がり、メディアへの処し方、職業観、政治的態度、言語感覚、そして著述であれば引用先や参照先の選別感覚などでおおよそ推察することができる。

 槇文彦の文章は青くさくない。しかしどこか子供性をもちながら、成熟をめざすそれである。そして一言で言うなら、良識的だ。十九世紀英国で流布した「良き趣味」を彷彿とさせる。同時に、そこはかとなく倫理観も漂う。

 本書の中では、話題になった新国立競技場をめぐる2本の論考は、まさに槇スタイルの言説の白眉だと言える。

 メタボリスト世代は建築実作、都市設計提案、それに言説に意欲的な人物が多数存在した。川添登は文筆の大家なので別格だが、大高正人や菊竹清訓は生硬実直だが理論指向、磯崎新や黒川紀章は異議申し立て風の挑戦的な言説、さらに栄久庵憲司、粟津潔、泉眞也なども独自の語り口で言説をものにしていた。日本文化の空間に対し、槇文彦が「奥」を掲げれば、磯崎新は「間」を、黒川紀章は「縁」をといった具合で何だか楽しそうである。英国の前衛建築集団アーキグラムの影のオーガナイザー、レイナー・バンハムのような存在だった「作らない建築家」浅田孝に至っては科学者的な言説である。

 彼ら作家にもそれぞれ独自の倫理観はあったが、槇文彦は抑制されたトーンと雰囲気でそれをさりげなく示す。彼は決して破壊的批評やプロパガンダは書かない。私の師にあたる大谷幸夫、そして幸運にも謦咳に接することのできた前川國男、高山英華、丹下健三のそれにも通じるものがあると考える。その上に矜持が形づくられるのだろう。

 本書を読まれた方には、彼の幅広い体験、交友に羨望しつつも、個々の建築論、建築評において、あまりにも鮮やかかつ明快を基調とした論が進行していくために、深掘りや細部の緻密なデータ発掘、イデオロギーの相互交通、認識論的自問、それらとは対極の実務世界の清濁含めた桎梏などに不足感を感じる者もいることは容易に想像できる。レジビリティを高めるためのメタファーの溢出にも疑義を感じる者もいるだろう。実際、槇文彦は実に巧みなメタファーを活用する。「漂流」がそうだし、「民兵と軍隊」、「国語と普遍語」、かつての「野武士」など枚挙に暇がない。ル・コルビュジエは生物学そして医療の比喩で都市デザインを語ったし、モシェ・サフディは積木細工のような集合住宅「アビタ67」をフーガという音楽的メタファーで語った。それらは適切な理解を促進はするが、しかし、逆に比喩から現実を規定するわけにもいかない。その文脈では深耕されるべき議論が幾分宙づりにされる。

 槇文彦のこのスタイルはポピュラリティや知的アクセシビリティに腐心した結果とも見える。あるいは生来のものなのか、いずれにしても読みやすさは担保される。深追いはせず寸止めで共感を誘う。槇文彦一流の文筆家としての芸だ。それ以上の考察は自分より長く生きるであろう君たちが極めなさい、ということなのだろう。ご隠居の作法でもある。文法、修辞学、弁証論といったリベラルアーツの素養がなせる業だ。

 それでも全文を通じて、モダニスト槇文彦の二つの基調を強く感じざるを得ない。

 ひとつはアゴラ主義とも言うべき公共性と場所性をもつオープンスペース、万物の孵化装置でもあり、交流の基盤であり、記憶が蓄積される広場へのこだわりである。これは彼が建築に対して「空間」を熟慮すべきだと言っていることの延長にも捉えられる。私見では、バーナード・ルドフスキーの見解への旺盛な言及にもかかわらず、空間としての建築のあり方をあれほど見事に分析・称揚した反ファシストの建築批評家ブルーノ・ゼヴィが論に登場しないことに若干不思議な感覚をもつ。

 もうひとつは形態の背後あるいは内部にある「かた」の透視である。同世代では菊竹清訓の「か・かた・かたち」があり、先達にはルイス・カーンの「フォーム」、グロピウスやバウハウスの「タイプ」などがあり、これはモダニスト哲学の真骨頂と言ってもよいものだ。その延長に都市のモルフォロジー/建築のタイポロジーなどさまざまな理念が敷衍されていく。

 これらは現代では絶滅危惧種的な概念の様相も呈している。貴重な見解である。

 ※

 驚かされたのは、これほどまでに槇文彦がル・コルビュジエに影響を受けていたのかということだ。ル・コルビュジエにおいては「来るべき人間」、彼の建築に住み、使う具体的な人間像が設定されている。それは権威と戦い、スポーツを愛し、知的活動にいそしむ当代のノーブルサベージ(高貴な蛮人)である。彼の建築的営為には明快な主体像があった。槇文彦の場合には「望ましい人間」という記述が見られる。それは良識人ということだろうか? このあたりだけは是非聞いてみたいところである。

 さらに、槇文彦は「ヒューマニズム」という言葉を使うが、私はこれは「ヒューマニティ」の方が適切かもしれないと感じている。この言葉の広義性について彼も周到に語ってはいるが、数十年前ミシェル・フーコーがヒューマニズムの終焉を告知したときは、あくまで人文主義文脈の人間中心主義としてのそれだった。ウィットコウワーのヒューマニズム建築にしても然りである。ここで槇文彦が考え言及するものとは位相が異なるように私には思われてならない。

 現代では、テクノロジーによって世界が即時的に結ばれ、また事象の解像度も知覚限界まで上がろうとしている。仮想が現実を侵食し始めてもいる。その結果、情報は飽和するものの物事や行為の文化的な厚みは加速度的に薄いものになっていく。本書はその批評的役割も同時に担っているのではないか、と考えるのも私だけではあるまい。

 (建築家・環境デザイナー)

人間が神になるというのはどういうことなのか

『銃・病原菌・鉄』と『シンギュラリティは近い』を合わせたような本
評者:中島秀之

 本書はピューリッツァー賞に輝いた、ジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』とレイ・カーツワイルの『シンギュラリティは近い』を合わせたような本である。

 著者の前作『サピエンス全史』には種としてのホモ・サピエンス、つまりホモ属(人類)のうち我々が属しているサピエンス種の誕生から現代に到る壮大な歴史が描かれている。『銃・病原菌・鉄』が資料に基づいて書かれていたのに対し、こちらは壮大なだけに資料の欠如する部分は著者の想像力で補完されている。

 ホモ属にはホモ・サピエンス以外にネアンデルタール人やホモ・エレクトスなどがいる。従来はホモ・サピエンスはこれらの種とは交雑せず、彼らが死に絶えた後に繁栄したものと考えられていたが、最近の遺伝子解析で少し異なる様相も見えてきた。中東とヨーロッパの現代人に特有のDNAのうち、一~四パーセントがネアンデルタール人のDNAだという研究もある。この研究結果はまだ変更の可能性があるとしながらも、いずれにしてもサピエンスとネアンデルタールの交雑は稀で、ネアンデルタール人は絶滅し、サピエンスだけが生き残ったのは確かであり、その理由を探っている。

 そして、約七万年前から三万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことを「認知革命」と呼び、これがホモ・サピエンスだけに起こったのは偶然であるとしながらも、ホモ・サピエンスの未来を決定的に変えた。多くの動物は意思疎通の手段として何かしらの言語を持っているが、サピエンスの持つ言語はこれらとは大きく異なり,非常に複雑かつ柔軟である。現実だけではなく虚構について語ることができる。この能力が大きな集団や複雑な社会を維持することに繋がっている。政治や宗教は、この言葉が作り出す虚構を人々が信じることによってのみ成立する。そしてこの虚構はDNAの進化よりはるかに早く変化する。

 そして、この『ホモ・デウス』にはホモ属が神(デウス)になる未来が描かれる。日本では二〇一七年一〇月現在、著者ハラリの講演ビデオがDVD BOOKとして出されているのみで原著の翻訳はまだ出版されていない。以下は原著Yuval Noah Harari:Homo Deus ‐ A Brief History of Tomorrowによるものである。

 第一章は人類が飢饉、疫病、そして戦争に苦しみ多くが死んでいった歴史が語られる。そして現代はそれらが克服されたわけではないにしろ人類最大の死因ではなくなったと主張している。

 現代の飢餓は自然要因ではなく政治的要因で引き起こされている。二〇一〇年には約一〇〇万人が飢餓で死んだが、肥満で死んだ人は三〇〇万人であった。戦争に関しても同様で、二〇一二年に戦争や暴力で死んだ人は六二万人であるのに対し、自殺者は八〇万人、糖尿病では一五〇万人が死んだとしている。

 ただ一つ気になるのは核兵器に関する記述である。その抑止力が戦争の問題解決としての機能を奪ってしまい、戦争による死傷者が激減しているという記述には賛成であるが、核兵器が実際に使われたことがないという言明には日本人として異議ありと言わねばなるまい。

 人類の死因の多くが消えた後に人類が追求するものは幸福であると著者は言う。しかしながら、幸福感というのは脳内ホルモンの分泌によるものであり、これは進化の結果によるものであるから幸福感は長続きしない。幸福を追求するとその要求はどんどんエスカレートしていくことになる。仏陀が幸福を追求してはならないと言ったことなども引用されているが、最終的には幸福追求の手段として人体の改造(人間が神になること)があるとしている。人体の改造には生物学的な遺伝子の改変、サイボーグになること、そして体を捨てることの三通りがあるとしているが、このあたりはカーツワイルの『シンギュラリティは近い』と同じ路線である。

 我々の脳の働きはホルモンの影響を強く受けている。我々の意思決定は予測できないものではあるが、それは自由意志とは違うとし、自由意志はないと言い切っている。愛情、憎悪、恐怖、うつ状態などの脳の適切な箇所への刺激で作り出せる。そのため脳内ドラッグによる幸福感の追求も容認する勢いだ。

 続いて自己とは何かという問題に移り、我々の脳には経験する自己と物語る自己があると述べている。このあたりは前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか』の主張と似ている。AIの台頭についても言及し、脳の機能が機械的だとしたら、それがAIで置き換えられない理由はないとしている。IBMのWatsonの医療診断能力が人間を凌駕していることなどについて述べ、結局は情報が世界を支配するという結論もカーツワイルのそれに近い。

 人間が神になるというのは結局どういうことだったのかについては要約を避けたい。要約を読んで分かった気になるのは間違いの元である。興味のある方は自分で読んでいただきたい。

 (東京大学大学院情報理工学系研究科先端人工知能学教育寄附講座特任教授)