e-hon TOPへ戻る

紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

1949年創刊。硬派な人文書からホットなサブカルチャーまで紹介する週刊の書評新聞「図書新聞」とe-honのコラボ企画!

「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
取り上げる本や評者を厳選し、確かな見識で深く掘り下げた書評は「読み応えアリ」です!
「図書新聞」定期購読はこちら

 ◆ 3335号(1月13日発売号掲載)

「もの自体」へ

すべてが能動/受動にふりわけられることにたいする
罷免の発現が「アナキズム」である
評者:白石嘉治

 栗原康はアナキズムを語りつつ、なぜ頻繁に「セックス」についてふれるのだろうか(『文學界』連載「執念深い貧乏性」ほか)? これをいわゆる思弁的実在論にそくして解釈することは容易である。思弁的実在論の標的は、カント以後の表象の体制である。その体制のもとでは、もの自体は断念されなければならない。われわれにゆるされているのは表象の構築であり、そのための条件を考えることだけである。こうした格率のもとに、もの自体の湧出としての革命を回避しながら、議会や文化をよりよい表象にしたてあげようとしてきたのだろうが、いまやその限界はあきらかである。われわれに必要なのは気のきいた言説分析ではなく、もの自体の風にふかれることである。表象の体制のむこうがわへとふみだし、みずからを再自然化することである。アナキズムにおいて「セックス」を語ることは、われわれを封じこめる表象の「相関」(メイヤスー)を罷免することにほかならない。

 同じことは、森田亜紀(『芸術の中動態』萌書房、二〇一三年)や國分功一郎(『中動態の世界』医学書院、二〇一七年)による中動態論についてもいえる。森田=國分が依拠するバンヴェニストによれば、言語の基層に触知できるのは「見る/見られる」といった能動/受動の対立ではない。むしろ「見る/見える」の対立であるという。このおのずと「見える」という自発の境位が中動態だが、それは文明のもとでの統治の浸透とともに受動態にとってかわられる。とはいえ、中動態で表現すべき事態がうしなわれたのではない。たとえば「見られる」というあまりに受動的な言い方から自発性をとりだすかのように、われわれはときに「見れる」という。たんなる規範からの逸脱ではない。問われているのは、中動態的な位相におけるもの自体のたちあらわれである。それなしにおそらく芸術はないし、アナキズムや思弁的実在論がしりぞける表象の体制とは、統治がねざす能動/受動の体制でもあるはずである。

 スコットが本書で語る「アナキズム」も、せまい意味の政治思想にとどまらない。国家や経済は表象の体制をしいる。すべてが能動/受動にふりわけられる。それにたいする罷免の発現が「アナキズム」であり、そこではわれわれの日常に滞留する能動/中動(=自発)の機制がはたらいている。栗原はそれを「セックス」とよび、哲学者たちはもの自体の実在をみてとるのだろう。スコットの『モーラル・エコノミー』(勁草書房、一九九九年)や『ゾミア』(みすず書房、二〇一三年)を想いおこそう。人類史的な射程のもとで、農民や山岳民の叛乱におよぶふるまいが綿密な調査をつうじて描きだされていた。五〇〇〇年前、国家が誕生する。徴税のために貨幣がつくりだされる。以後、ひとは統治するかされるかであり、支払うか支払われるかである。だが、われわれの自発性にねざす自然の営為はうしなわれない。能動/受動の機制だけにもとづく国家や経済にはなじまない。それゆえ、本書でもくりかえし喚起されるように「暴動、謀反、反乱」はかならず出来する。そしてそうした蜂起の出現は、日常の「だらだら仕事、密漁、こそ泥、空とぼけ、サボり、逃避、常習欠勤、不法占拠、逃散」といった可視性からのがれる「底流政治(infrapolitics)」の共謀と地続きでもある。

 だから本書において、都市の均質化への批判(第二章)や遊びの称揚(第三章)、あるいは質的なものが計量化されてしまう「監査社会」の戯画(第五章)が語られていても、それらをたんに良心的なありふれた議論とみなしてはならない。スコットの「アナキズム」は、つねに統治の根幹にある表象の能動/受動の体制そのものをみすえている。エリートたちはつねに「理解できぬほど複雑で制御不能な自然や人間」をしりぞけ、世界を「小型模型」に還元して組み伏せようとするだろう。もの自体を括弧にくくり、彼らのつくりあげた表象の改良にわれわれをさそいこむ。誘導にのってはならない。なぜなら、スコットも歴史家として言明するように、「暴動、財産への攻撃、野放図なデモ、窃盗、放火、公然たる反逆などといった、大規模で組織化されてない反乱が既存の制度を脅かす時にのみ、構造的変化は起こりうる」からである。あるいは「運動」がそれ自体にも巣くう能動/受動の機制をふりきり、「その最も破壊的かつ対決的で、組織化も階層化もされていない刹那において」なんらかの「成功」を手にするからである。

 こうしたスコットの「アナキズム」において、とりわけ注目すべきは、第一章の「アナキスト柔軟体操」と第四章の「プチ・ブルジョワジー」の擁護だろう。国家や経済のもたらす災いはつねに法律によって正当化されている。徴兵はもとより、強制収用所ですら合法的だった。それゆえ正義の行使とは法を破ることにほかならない。だが、法の遵守が習慣となると、いざというときに「足がすくんで」しまう。だからこそ、法を破ることになれていなければならない。信号無視などの軽微な違法行為の日常的な実践をつうじて、来たるべき正義の行使にそなえなければならない。スコットはそれを「アナキスト柔軟体操」とよぶ。赤信号で一歩ふみだし、路上で煙草に火をつける。孤独な自発性の発露をつうじて、われわれはみずからの自然にふたたびふれるはずである。スコットが「プチ・ブルジョワジー」を賞賛するのも、同じ自発性にねざした再自然化をそこにみているからである。ここでいう「プチ・ブルジョワジー」には、零細な自作農や行商人もふくまれている。彼らの「夢」は愛着のある世界のなかで、みずからのいとなみを抱握することであるが、それが国家や経済によってふみにじられるとき、事態は「革命にまで至るような騒乱」となるだろう。

 スコットは本書を「小説」のように書いたという。ベニシューによれば、小説は失われた革命で実現されるはずだった情動の創出をめざす(『作家の聖別』水声社、二〇一五年)。じっさいスコットのアナキズムへの関心は「革命的変化への希望が打ち砕かれ幻滅に終わったことから」くる。レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』が想いおこされるだろう。一九五五年、当時の四七歳といえば晩年にちかい。かつての社会党の闘士にとって、戦後にひらかれた可能性もついえていたはずである。個人的にも、生涯フランスの大学で教えることはなかった。そうした失望のなかで、なかば小説として未開の自然への旅が語られる。時空は歴史をすりぬけて錯綜し、描写はもの自体の感触をよびもどす。ひとびとは『悲しき熱帯』に熱狂するだろう。それが現代思想の起源となったことは銘記されなければならないだろうが、スコットもキャリアのおわりにさしかかり、同じ失望のなかで小説の反復をこころみたのだろうか? いずれにせよ、古代の神による統治も、近代の人間による統治も、文明であるかぎり能動/受動の体制にもとづく支配にすぎない。そして、われわれはいまやものによる統治のはじまりにたちあっている。神や人間はものとして脈絡なく散乱しているが、それらはサイバネティクスのアルゴリズムをつうじて文明の表象作用にくみこまれていく。能動/受動の体制がはたらいていることにはかわりはない。スコットの「アナキズム」が対峙しているのは、こうした文明の最終段階としてのものによる統治である。「セックス」や中動態、あるいはごく端的に小説がみいだされなければならない。失望のなかにあっても、孤独の自発性へと降下しつつ、もの自体のあらわれに身をゆだねなければならない。みずからなしには、おのずからはないだろうし、その逆もまた同様である。そしてこの自然の抱握のなかで「底流政治」の共謀がひろがっていく。本書はスコット自身の長い旅路の達成をしめしているが、『失われた時をもとめて』の読了後にふたたびその第一巻に手をのばすように、われわれはくりかえし『モーラル・エコノミー』や『ゾミア』へとむかうだろう。そして「アナキズム」の「小説」のもたらす再自然化のなかで、文明そのものがたち消えていくことを知るはずである。

 (フランス文学)

アメリカへの問いと、日本の闇

いったい歴史のなにをおまえは知っているのだとの問いを、一行一行が突きつけてきて目がくらむ
評者:増田幸弘

 重たい本である。いったい歴史のなにをおまえは知っているのだとの問いを、一行一行が突きつけてきて目がくらむ。真珠湾攻撃をきっかけにアメリカに住む日系人がカリフォルニアあたりに強制収容されたのは知っていた。でも、それ以上はぼんやりしている。試しにWikipediaでマンザナー強制収容所を調べると、日本語の説明はやはりわずかしかない。その代わり英語、スペイン語、インドネシア語、ポルトガル語には膨大な記述がある。日本人にまつわる歴史であるにもかかわらず、無関心ゆえにそれだけ情報が乏しいのが見て取れる。結果的に歴史が制限され、知ろうとしなければ知り得ないものになる。それが島国ニッポンがなにかといきり立つ「歴史認識」の脆弱な基盤だ。

 一九九〇年代はじめ、ぼくはユタ州にある国立公園をクルマで取材してまわった。しかし、トパーズ戦争移住センターのすぐ近くを通り過ぎていながら、その存在をまったく知らずにいた。同行したアメリカ人もとくになにも言わなかった。自分の無知がなんとも情けない。ただ見渡すかぎりの乾いた大地がつづき、延々と人の住む集落がなかった。クルマを停めて写真を撮っていたら、故障を心配して何人もが声をかけてきたのを思い出す。置き去りにされたら死に直結するのを、のんきな日本人は気に留めなかった。ただ、あの場の砂や風、そして日差しを体験しているだけに、抑留者の押し込まれた状況をわずかながらにもリアルに感じ取れているかもしれない。

 著者のリチャード・リーヴス(一九三六年生まれ)は、「私の国がまたもや移民を敵視し始め、アメリカが直面する問題を彼らのせいにして非難し始めるのを目の当たりにし」、「この本を書こうと決意した」。アメリカに住む日本人を強制収容したことが、アメリカという国の成り立ちと、民主主義の根幹をそれだけ揺るがしていたのである。「法律的な側面はどうにでもなる。(……)憲法など私に言わせれば紙くずだ」との陸軍次官補による当時のメモが残る。歴史は繰り返されるというけれども、リーヴスの危惧通り、アメリカや日本の現状が否応なしに重なる。ただ敵対関係の組み合わせがちがうだけだ。

 日本が真珠湾攻撃をした一九四一年一二月七日は日曜日だった。翌日、「登校してきた日系の友人を白人学生たちが抱きしめる光景が見られた」という。しかし、このような奇襲をした日本人は「狡猾で不誠実」と目される。政治家たちは「人種間戦争」であるとし、「すべての日系アメリカ人に不妊手術」を提案するほどの怒りが渦巻く。それが大統領令による強制収容につながった。「日本帝国の軍事力と日系人の活力の区別がつかなかった」のも背景にある。

 日系人として一言でくくられていた人たちが、本書を読み進めるにつれ、一人ひとりの顔が見えてくる。ヨシコ・ウチダは裕福なビジネスマンの子女だったが、「家族13453」という標識番号に変えられた。フレッド・コレマツは目元を変える整形をして姿をくらますものの、洋風の顔にはならなかった。収容所に送られる前、ナカノ兄弟はやっと手に入れたカメラを便槽のなかに隠した。怖ろしいことにも気づく。先制攻撃をしたハワイには一五万人もの日系人がいて、人口の三七%にあたる。つまり、日本人が日本人に刃を向けたことになる。ここでいう日本人は日本に住む日本人、移住してきた「一世」、アメリカで生まれ育った「二世」、そして日本で教育を受けた二世がアメリカに戻ってきた「帰米」に大きくわかれ、相対立する。戦争を機に互いに断絶し、溝を深めていく。

 二世は日本軍の暗号解読や、戦場で日本兵に投降を呼びかけるのに活躍し、またヨーロッパ戦線でもドイツやイタリアと戦った。志願することで自らのアイデンティティを賭したのである。しかし、日本の教育を受けた「帰米」には棍棒やナイフで武装し、アメリカに協力する一世や二世に暴力で対処する者がいた。「ほぼ毎晩、住民たちは兵士ではなく、ほかの住民を恐れていた」「次は自分たちの家族が襲われるのではないかという恐怖の中で暮らしていた」「作り話を語り、居住者を脅した」。日本人が怖れていたのは看守でもSSでもカポでもなく、ほかの日本人だった。それは日系人の収容所がナチスの収容所とちがういちばん大きな点であり、いまにつづく日本の闇に思えてならない。

 文中に何度も「ジャップは所詮ジャップである」という言葉が出てくる。民主主義と自由という根幹があるアメリカに比べ、日本人が立ち戻るべき理念は考えてみればどこにあるのだろう。その空白こそ、まさに日本の闇なのだ。「誰でもいいから日本人を一人連れてきたまえ。天性の嘘つきだということを証明してやろう」との大戦中の挑発を、昨今、政府や企業、教育や福祉などにまつわるさまざまなニュースを前に、即座に否定できるだろうか。この本はアメリカに対する問いであると同時に、日本に突きつけられた問いでもある。

 (フリー記者、在スロヴァキア)

いつも心にビートルズを

ビートルズを好きになったことのある誰もが「自分にも言わせて!」とつい問わず語りを始めてしまうはずだ
評者:増山かおり

 先日、「オヤジの体内にいた頃からビートルズを聴いている」と話す大学の先輩と一杯やりつつ、「ホワイト・アルバムの30周年バージョン発売から、20年経つんだね」という話をした。ビートルズを好きになってから、ビートルズの活動期間が2周するほど時が経ったことに、その時初めて気がついた。

 本書は、1946年生まれの音楽評論家、ノンフィクション作家である著者が、ほぼ同世代のミュージシャン・財津和夫さんや美術家の横尾忠則さんなど、世代やジャンルを超えて行ったインタビュー集だ。ビートルズとどのように出会い、どう人生が変わっていったのか。ページをめくりながら、ビートルズを好きになったことのある誰もが「自分にも言わせて!」とつい問わず語りを始めてしまうはずだ。

 評者は、本書に登場するバンド「flumpool」と同世代、1984年生まれのビートルマニアである。ジョン・レノンが亡くなったあとに生まれ、中学生の頃ヒットチャートを賑わせていたのは、同じく本書に登場する「GLAY」や「ゆず」だった。

 初めてビートルズを聴いたのは、そんな中学生の頃だ。さくらももこさんの『ちびまる子ちゃん』で、ビートルズが「世界の人気者」「ずうとるびがマネしちゃうくらいすごい歌手」と紹介されていたのを覚えており、英語の勉強のため、たまたま図書館にあった『アビイ・ロード』を手に取ったのである。その後、ベストアルバム『赤盤』『青盤』に手を出し、ベストアルバムの一種と勘違いして『ザ・ビートルズ』(通称・ホワイト・アルバム)にたどり着く。

 そこに収録されていた『ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』を聴いた瞬間、「このバンドは、自分の一生モノになる!」と確信した。いつもの音楽と全然違う、4拍子じゃないリズム。親に聴かせたら心配されるに違いない、不穏な音。その日は狂ったように同曲を30回ほどリピートしながら、宿題をやった覚えがある。だが、この興奮を共有できる人は、家にも学校にもいなかった。本書でも、リアルタイム世代の斉藤早苗さん(日本のビートルズファンクラブ「ザ・ビートルズ・クラブ」代表)が「私たちも、クラスで男子2~3人、女子2~3人という感じでしたよ」(188頁)と述べていたが、21世紀間近の中学校は、それ以上に取りつく島がない状況だった。

 孤独に買い進めたアルバムがふたたび『アビイ・ロード』までたどり着いた頃、大学生になった。都内の大学にはビートルズ専門のバンドサークルがいくつかあり、大学間交流ライブも行われている。当然、入部した。そこは、「オヤジの体内にいた頃からビートルズを聴いている」と豪語する先述の先輩、ギャルっぽい見た目で「ジョン命です」とクールに言い放つ女子、「オノ・ヨーコの本に『この本を燃やしなさい。読みおえたら。』って書いてあったから燃やした」と話す同級生までいるという、夢のような世界だった。そんな彼らと共に『アンド・ユア・バード・キャン・シング』アンソロジー・バージョンの素晴らしさについて話す時間や、カラオケでポールのベースラインやジョージのギターソロを歌ってしまい、誰もボーカルをとらないという瞬間を重ね、4年間を過ごした。

 それから、10年が経った。我々は、ビートルズに何を与えてもらったのだろう。本書に登場するミュージシャンのように、ビートルズの影響を受けてアルバムを作ったわけではなく、ビートルズ関連のイベントを立ち上げたわけでもない。

 そんな凡人がビートルズから受け取ったもの、それは「一生カッコいいと思える存在」がいつも側にいる人生だ。「ビートルズは最高だ!」とときめいたあの時の気持ちが、一生消えない羅針盤となって、聴くべき音楽、読むべき本、会うべき人にいつも導いてくれている気がする。本書を開くたび、誰の胸にも「ビートルズが教えてくれたこと」が浮かび上がってくるはずだ。

 (フリーライター)