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贋作の館へようこそ

本格ミステリの理論と実践が融合した前代未聞の書
対談 飯城勇三×芦辺拓

 ■『エラリー・クイーン論』で第一一回本格ミステリ大賞・評論部門を受賞している、エラリー・クイーン研究家の飯城勇三氏が、『本格ミステリ戯作三昧――贋作と評論で描く本格ミステリ十五の魅力』を上梓した。島田荘司、綾辻行人、エラリー・クイーンら、本格ミステリ作家とその趣向の魅力を、評論と贋作という二つの手法で切り込んだ前代未聞の書である。真作者と見紛うばかりの贋作の出来栄えにとにかく驚かされるばかりだが、それは読んでのお楽しみ。驚愕の一書の魅力を、飯城氏と、本書に解説も寄せているミステリ作家の芦辺拓氏に語っていただいた(対談日・12月18日、東京・高田馬場にて)

 ■鋭い評論と贋作の緊密な結びつき

 芦辺 そもそも小説や文学の世界では、一種のお遊びとしての文体模写や『モンテ・クリスト伯』『三銃士』『宝島』、東洋では『三国志』『紅楼夢』などの続作に見られるように、世界中で贋作文化は盛んです。中でも盛んなのはミステリだと思います。

 一つの物語世界を終わらせたくないということですね。コナン・ドイルが「ホームズはもう書かない」と言ったので、オーガスト・ダーレスが「じゃあ僕が書こう」と言って書いた「ソーラー・ポンズ」シリーズはまさにファンアートの世界です。またミステリ独自の方法論の受け継ぎという背景もあります。交換殺人や見立て殺人、鉄道ミステリの時刻表トリックが登場したときは、それ自体がサプライズだった。今は鉄道ミステリを読むと、「これは時刻表のトリックだな」となる。新たに生み出された手法がすぐに古びてしまうのです。だから、放っておくと古びてしまう道具立てを、もう一度贋作という形でよみがえらせたいということですね。もともとミステリは先行作品に批評的であったり、ねじ伏せたりする宿命を帯びています。過去の要素をもう一度克服していくのがミステリの方法論だからです。それがパスティーシュに繋がる。つまり贋作という行為自体が分析的にミステリを見ることであると言えるわけですが、その贋作をさらに腑分けしてみる人が現れるとは思わなかった。

 飯城 学生時代から贋作やパロディを書くのが好きで、この本がもう一冊出せるくらい書いています。最初は>芦辺さんの言う「ファンアート」でしたが、だんだん評論と連携していくようになりましたね。

 芦辺 最初に飯城さんのペンネーム「EQⅢ」(註1)に接したのが、本書所収の「翼上の小鬼」【初出は、〈SRの会〉会誌「SRマンスリー」一九九〇年九月号、島田荘司の奇想理論をめぐる贋作】でした。「こういう書き方があるのか!」と非常にびっくりしましたね。当時はそもそも「EQⅢ」とはどう読むのかもわからない謎の人物だった。その後、「EQⅢ」という名前をいろいろなところで見かけるようになりました。エラリー・クイーン・ファンクラブの会長であり、会誌「Queendom」編集長でもあり、鉄人28号に関する研究書も出す。その方が、エラリー・クイーン研究や推理小説の研究の面においても、優秀な外科医のようにいちばん真っ当なやり方で実績を挙げていくことになるわけです。

 僕の中では、贋作とは飽くまでもファンアートだと思っていたので、鋭い評論と贋作が結びついていなかったのですが、改めて本書を拝見すると、その緊密な関係に得心した次第です。

 飯城 芦辺さんがいなければ、この本は生まれなかったかもしれません。私が商業原稿をいろいろ書くようになって、プロの作家の方々とお会いする機会が増えた中で、芦辺さんに「評論家ではなく作家としての飯城さんを評価している」と言われたことは今でもよく覚えています。そのときに誉めてくれたのが「翼上の小鬼」。それがとても嬉しくて、だから本書の巻頭にこの作を配置しました。

 今言われた「評論と贋作の結びつき」ですが――。実は横溝正史、泡坂妻夫、連城三紀彦、小森健太朗ら各氏の贋作も手元にあったのですが、収録はしませんでした。結びつける評論が用意できなかったからです。例えば横溝正史の評論は、『本陣殺人事件』の冒頭の叙述について、誰が事件を語っているのか、そしてそこに横溝正史という作者がどう割り込んでトリックのヒントをちらつかせているかについて論じたものがありました。一方、贋作のほうは、金田一耕助が百人一首見立ての連続殺人に挑むという話。金田一耕助だから、百人死ぬまで解決できない。でも、それが犯人の狙いで、とにかく連続殺人を続けている間は金田一が解決することはない、と。やりたくもない殺人を続ける犯人と、それをボケーっと見ているだけの金田一、という贋作です(笑)。まったく連携していませんねえ(笑)。

 芦辺 それは是非読みたかった(笑)。

 贋作集には、例えばトーマ・ナルスジャックの『贋作展覧会』やジョン・L・ブリーンの『巨匠を笑え』など、もちろん既に前例があるわけですが、僕はこれまでは贋作の方法論に踏み込むことなく漫然と読んでいました。しかし飯城さんの作品を読むことで、なぜ贋作や模作が生じるのか、なぜそれを楽しむことができるのか、そのあたりが透けて見えてきた気がしています。

 僕は実はミステリの理論的解剖や評論にあまり興味がないし、正直それほどの価値を置いていませんでした。実作に資するところが少ないだけでなく、読むことに資することすら少ないと考えています。評論が必ずしも実用的である必要はないと思いますが、読者と作家の腹にしみるような評論にはなかなか出会えないというのが本当のところです。しかし本書は違った。「さあ、どうだ!」と迫られ、にっちもさっちもいかないところまで追い詰められました。評論で、このように詰め寄られたのは初めての経験と言っていいでしょう。

 飯城 例えばチェスタトンの贋作を書いて、そこからもう一度チェスタトンの作品に戻ってみると、「あ、なるほど!」といろいろなものが見えてくる。単なる読者の視点から書いた評論ではなく、その作家の発想を自分でも試してみた経験をフィードバックした評論だったので、実作者である芦辺さんが、何かを感じてくれたのではないかと思います。

 贋作では発想だけでなく、文体も真似る必要がありますね。これでいちばん苦労したのは天城一さんの贋作です。

 「日本語としておかしい」という校正の指摘でゲラが真っ赤になりました。しかし私は直しませんでした。そういう言葉遣いまで含めて、天城作品だと思っているからです。

 芦辺 こういう贋作と評論の行ったり来たりをやった上で、最終的に評論に着地するということをやっているのは、おそらく飯城さんくらいじゃないか。例えば書誌学者としてのエラリー・クイーン、評論家としての都筑道夫先生がいますが、彼らはやはりどこかで股裂きされているというか、殊に評論家として提示した理論に創作が縛られるということはある。クイーンは趣味的な書誌学者でいわゆる理論には踏み込みませんでしたが、都筑さんの場合で言うと「なめくじ長屋」シリーズの奇抜なトリックとロジックを、ご本人は自分の理論に沿うものではないという理由であまり評価をされていなかったようです。しかし同シリーズを追っていくと、都筑さんの考えるミステリの理想に近付けば近付くほど、サプライズやサスペンスが失われていったような気がします。だから創作者が好事家的な側面を越えて理論に足を踏み入れるのはすごく危険なことだし、評論家が創作を手掛けることも同様です。創作に踏み出すことによって、評論の振り下ろす刃が鈍くなるからです。その境界線を堂々と越えて、しかも全然刀傷も受けていないというのはどういうことだと驚くばかりです。

 飯城 たぶん、私が贋作ではなくオリジナルの小説を書くとなると、今指摘された問題に直面するでしょうね。

 都筑さんの件については同意できない部分があります。理論に縛られない初期の「なめくじ長屋」と、縛られた「キリオン・スレイ」を比べると、私も「なめくじ長屋」のほうが面白いと思っています。しかし、その後の「退職刑事」シリーズはどうですか? 「なめくじ長屋」とは別の種類の、論理や推理が生み出すサプライズやサスペンスがあるでしょう。実作が理論に追いついた、すばらしいシリーズだと思いますね。私はこちらのほうを評価します。

 芦辺 そうですか。都筑さんに関しては、氏が久生十蘭の『顎十郎捕物帳』を書き継ぎ、これはどれほど奇想天外なものになるだろうと期待したところ……という体験に基づく感想です。

 例えば僕が贋作を書くときは、作家の弱点を別の道具立てで埋めてしまう。つまり僕の贋作は、オリジナルにはなかった世界を描いているわけです。だから僕がやっているのは、あくまでファンアートとしてのパスティーシュなんですね。

 飯城 芦辺さんの贋作はファンアートではないと思います。本書のまえがきに書きましたが、芦辺さんの贋作は「創作的な贋作」ですね。「作家が創作の際に、題材や舞台や人物を他の作家の創造物から借りたもの」で、あくまでも芦辺作品です。対象作品が素材だから、組み合わせたり加工したりできるわけですね。そこが私の「評論的な贋作」とは異なるわけです。評論では論じる対象をいじくるわけにはいきませんから。

 芦辺 そういう意味では飯城さんの贋作はフレッシュですし、自分の夢の世界に探偵を引き込むのではなくて、飯城さん自身が作品世界の中に入っていくことでしか見えないものが描かれている。江戸川乱歩や芦辺拓のように――並列に語ってはいけませんね(笑)――、トリックだけを抜き出して見る人とそうでない人の見方の違いがよく分かります。

 いちばんびっくりしたのは、クイーンの『帝王死す』の贋作篇と評論篇です。オリジナルは非常に奇妙な作品で、どうしてクイーンがこういう作品を書いたのかが分からない。これは純粋な評論の立場では解答できるものではありません。しかし飯城さんは、物語の消失点を突き詰めつつ、作品世界の外まで行った。評論と贋作の両輪で攻めると、実は『帝王死す』の外側に、読解に必要なピースがあるという構図を提示しています。ほかの人にはできない芸当です。

 飯城 クイーンのファンを長年やっていると、単純に「面白い」だけで終わらなくなってしまう。例えば『Yの悲劇』も「面白い」だけで終わっている人が多いけど、相当変な作品です。ミステリの世界で犯行計画書に沿った犯行はもちろんありますが、探偵小説をそのまま犯行計画に使った犯罪は、たぶん初めてだったのではないでしょうか。探偵小説だから犯人を示す手掛かりを残すように書かれていて、実行者はそこも忠実に従うという非常に変な作品です。

 芦辺 ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』の中に、実在するハンス・グロスの『予審判事便覧』という鑑識学の本に出てくる密室の事例が登場したり、『ケンネル殺人事件』では、何とエドガー・ウォーレスの小説を丸パクリした密室が出てきたりしますが、それらと比較しても『Yの悲劇』は変です。『Yの悲劇』に出てくるのは、家族の中で孤立している夫が孤独と復讐心を癒すために書いた推理小説なのですが、それがそもそも変です。

 飯城 それでストレス解消になるのか(笑)。そうやって作品に踏み込んでいくと、作者の発想が見えてくる。見えてくると、それを使って贋作や評論を書いてみようと思うわけですね。

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善き「世界」を残すために

死について思考したハイデガー、そして誕生について思考したアレントを接続する試み
評者:古賀 徹

 死について思考したハイデガー、そして誕生について思考したアレントを接続する試みとして、著者は「世代」の概念を提示する。

 自己の死に直面して、世間のうちに溶け込んで保身に汲々とするあり方から身を引きはがし、自分自身(アイゲントリッヒ)になること、つまりあらたな〈自分〉を〈始める〉ことを本来性(アイゲントリッヒカイト)とハイデガーは呼んだ。著者によれば、自己たろうとするこの覚悟が、他者にもまたその本来の自己を取り戻させる契機となる。そうした相互性を「本来的相互共存」とハイデガーは呼んだという。

 死と誕生をめぐるこうしたハイデガーの論調をアレントは引き継ぐかのようである。というのもアレントもまた、自らの身を危険に曝してでも複数の他者たちの視線のうちへとあらわれでて、行為の意味を散乱させることを「誕生」と名指したのだから。それを可能とする空間がアレントの言う「世界」であり、そこで行為は安易な意味規定や同一化に包摂できず、行為者は世間から屹立した単独者の様相を示す。

 ハイデガーとアレントはいずれも、覚醒した単独者どうしがいかなる共時的関係をとりうるかを問題とする。ここで本書はエリクソンの「世代出産性」の概念を引き合いに出し、この共時的関係性を世代間の時間的関係性へと転換する。「終わりを先取りしつつ始まりへと関わるあり方」(三五頁)としての「中年」存在が、次世代に対していかなる態度を取り、いかなるものを出産し、あるべき「世界」をいかに引き継ぎうるか、限界に直面した「中年」(教師)の〈本来性〉を本書は問うのである。

 著者によれば、自分の意識が消失すれば世界もまた終わると称するのは虚無的な団塊実存主義である。これに対して著者は「本来的相互共存」にかなうもう一つの実存主義で対抗する。それは、独立して行為する後続世代のあり方を承認し、その実存を安易な理解や同情で侵さないことで世代間の複数性を擁護するニーチェ主義である。だが同時に著者は、そうした「世界」を後代に引き渡すために、公的「世界」へのデビューにふさわしく後続世代を保護し「教育」する積極的介入が不可欠だという。後者の「教育」が失われるとき、世界は動物的な私人の群れへと変質するだろう。だからこそ、私的な生命の次元から公的な行為の次元へと橋渡しするディシプリンが「世界」の条件であり、それに奉仕するのが「中年」の責務なのだ。

 なるほど。言いたいことはわかる。同じ中年教師として納得がいく。だがしかし、ニーチェ主義と介入主義のその二つはそれほど簡単に両立し得るのだろうか。それが矛盾として先鋭に現れるのが、本書が取り扱うリトルロック高校事件である。

 これは、白人生徒が通っていた高校に黒人学生たちが登校しようとしたところ、州知事がそれを阻止すべく州兵を動員し、それに対抗して連邦軍が出動したという、公民権運動下の米国を揺るがした大事件である。この事件に対してアレントは、子どもたちを人種間の闘争の道具にしてはならないと戒めて」、黒人たちの登校運動を批判した。高校生を公的空間の闘争から保護して、ひとまずは勉学に専念させるべきというアレントの教育思想に著者もまた一定のシンパシーを表明しているように読める。

 公的世界からの隔離とディシプリン、それによって後代を育成すると称するのは学校教師である。だが学校教師には定年がある。その終わりを見据えたとき、おそらくはもうひとつの〈本来性〉、世界のもう一つの条件への視界が開かれるはずであろう。それは、世界を守るため、自らもまた世界そのものを生きようとすることである。

 リトルロックの黒人高校生たちは、自らを危険に曝す政治行為をなにゆえにあえて引き受けたか。その勇気はどこから出たのか。親たちや先輩の黒人たちが同様に勇気ある生き方を為したからではなかったか。自らの行為を複数の視線に曝す覚悟がそのつど「世界」を形成するのだとすれば、その可能性を後代に引き継ぐには、先代みずからがそうした覚悟を引き受け、「行為」を実践する以外に道はない。そうした身を曝す行為を後代に示すことこそが「教育」であり、それは偏差値を上げることとは別種の事柄である。

 だとすればニーチェ主義と介入主義は矛盾しない。先行する世代は、善き「世界」を残すためにみずから行為する。それが後代への積極的介入である。だが先行世代は自己の行為の意味を制御できず、その行為に対する意味付与の権利を後続世代に引き渡す。これが後代へのニーチェ主義である。後続世代はそれを様々に解釈し、それに対して様々な表現や行為を為すだろう。ただ単独者として行為することで後続世代のうちにさまざまな意味を散乱させ、それを次なる行為の契機となす、これこそが世代出産性であろう。こうした散乱の連鎖こそが、世代間において「世界」を形成するのであり、それは後続世代を保護し囲い込むものでは決してなく、むしろ解き放つものだ。

 実際に著者は、勤務校の旧「体育兼社交館」をキャンパス再開発の破壊から守ろうとして、まさにこの「教育」を身を以て実践した。アレントが言うように、行為に対する複数の意味解釈を可能とする世界が成り立つためには一定の枠組みが必要である。その枠組みは、解釈の可能性を一定程度制限すると同時に、複数の他者たちが共存できる空間を作り出す。それは法であり、あるいは耐久する建築物である。アレントによれば、世界を支えるこの枠組み自体が世界の内部に登場し、解釈の複数性に直接曝されるとき、すべてを流動化する全体主義が始まる。

 たとえ建物は破壊されたとしても、大学の中心に位置し社交の空間でありつづけた建築物――もう一つの「世界」の条件――を心血を注いで守ろうとした著者の行為は、内村鑑三が言うところの「後世への最大遺物」、すなわち「勇ましい高尚なる生涯」として後代に示されたのだと信じたい。

 (哲学)

学問と酒、人の出会いと根源的なものへの渇き

京都大学で築き上げられてきた人文知の伝統をえがく
評者:三輪智博

 京都大学で築き上げられてきた人文知の伝統――本書の特徴を一言でいえばそうなるだろうか。たんなる学問史や思想史でもなく、人物列伝に終わるものでもない。学問と学風と個性の交流によって織りなされるトリアーデこそが京都学派の歴史をなすのである。本書の跋文「精神の灯を伝える――観望の記」で立本成文氏は、学派や学風がどういうふうに出来上がるか、その現場の姿と生きざまに立ち入り、生成過程を生々しくえがいた読みものであると位置づけるが、宜なるかなである。

 そもそも京都学派という言葉をつくりだしたのは、京大哲学科で西田幾多郎や田邊元らに学んだ戸坂潤である。戸坂は西田と継承者の田邊、さらに彼らに学んだ鬼子で自分にとっては兄弟子に当たる三木清を包括するものとして、京都学派を造語した。西田哲学の正統と異端を含む用語である。戸坂は西田哲学の批判者で、アカデミーの枠を越え、ジャーナリズムに生きる場を求めたが、三木と同じく哲学することを生涯手放しはしなかった。そんな彼も京都学派の一人といってさしつかえないであろう。つまり西田哲学の正統も異端も批判者も、いずれの系譜も含みこむ器こそが京都学派だったのである。本書の特徴はそれを哲学者だけにとどめず、歴史研究や文学研究、生態学研究などに広めて捉えたところにある。

 第一世代にあたる、西田をはじめとした京都学派の学風のキーワードとなるのが「實事求是」である。著者によれば、それは中国学の狩野直喜らによって京都に移入された、中国清朝の実証的な学問の方法である。京大東洋学の草創期を担った狩野や内藤湖南らは、その厳密な実践者だった。さらに西洋史学もレオポルト・フォン・ランケのドイツ実証史学に棹さす厳密な学風で、それらが京大史学の伝統の礎をなした。

 英文科の初代主任教授になる上田敏は「實事求是」に代えて「細心精緻」と述べたが、それは一次資料を読むための知識と読解力を支える理念だった。この英文科の伝統と教育に学んだ一人である著者は、文学研究の分野も京都学派を形成する一翼となったことを解き明かした。つまり文学研究においても、東洋学者たちが導入して培った実証的な学風が広範囲に受け継がれ、実証的なテクスト読解と分析を旨とする学風をつくりあげたと見るのだ。この「實事求是」と「細心精緻」こそが京都学派の屋台骨だった。

 興味深いのは、それに対して著者が京都学派の第二期としてとりあげる特徴である。教養主義やリベラルや脱領域を旨とするもので、代表格は吉川幸次郎と桑原武夫、そして今西錦司だった。「京都学派には吉川(幸次郎)だけでなく今西(錦司)もいた。儒学者のことばが聞こえていた学園に、京都の町人のことばが聞こえるようになった」と著者はいう。京都学派の新展開である、登山や探検を取り入れたフィールドワークに基づく今西学の誕生は斬新であるが、それだけではない。京都学派の草創期の伝統を受け継いで発展させた吉川、京大人文研の共同研究に見られる学問的オルガナイザーであった桑原の学風も、やはり京都学派を代表するものであろう。そこには今西学の鍵概念である生態の人間模様、縦だけでなくヨコに広がる学問と人間交流の相即があった。ちなみに本書タイトルの「酔」の意味を端的に示すのが、壮絶な左党であった吉川の精悍な学問と酒との相即であり、著者はこの相即という言葉を、京都学派の特徴として引いている。人文知とは、まさしく文と人の相即によって生まれるものである。著者が各人の酒の飲み方について詳しく述べるのもうなずけよう。

 もう一つ、本書で忘れ難いのは第二期の一人、独文学者の大山定一であり、彼をルーツとする京大教養部ドイツ語教室の伝統である。旧制三高以来の自由な気風を継承した同教室が解体・統合されるときに編まれた記念論集のタイトルが「DURST(渇き)」と付けられたのは示唆的だ。学問と酒、人の出会いと根源的なものへの渇き、渇望こそが、自由の源泉であり水脈であった。ここにも京都学派を解き明かす鍵があることを、本書は雄弁に物語っている。

(現代史研究)