e-hon TOPへ戻る

紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

1949年創刊。硬派な人文書からホットなサブカルチャーまで紹介する週刊の書評新聞「図書新聞」とe-honのコラボ企画!

「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
取り上げる本や評者を厳選し、確かな見識で深く掘り下げた書評は「読み応えアリ」です!
「図書新聞」定期購読はこちら

 ◆ 3353号(5月26日発売号掲載)

憑依者の自画像

――描写と断片の人、ミシェル・レリス
対談:谷昌親×千葉文夫

 ■平凡社から刊行されていたミシェル・レリスの『ゲームの規則』が、この二月の『囁音』の刊行によって完結となった。シュルレアリスム、民族誌などの多岐にわたる活動から、レリスはいかにしてこの大著を書いたのか。全四巻からなる本書をめぐって、このたびの翻訳に携わった千葉文夫氏と谷昌親氏に対談していただいた。(対談日・四月二三日、新宿区・高田馬場にて〈村田優・本紙編集〉)

 ■レリスをレリスとして読むとき

 千葉 最初にミシェル・レリスの『ゲームの規則』第Ⅰ巻が『ビフュール』というタイトルのもとに刊行されたのは一九九五年で、そのときは筑摩書房から出ました。今からだと四半世紀近い時が経ってしまったことになる。訳者の岡谷公二さんは四巻すべてを刊行する予定でしたが、出版事情などの関係もあり、この一巻だけのまま宙ぶらりんになってしまいました。それでも岡谷さんは超人的なエネルギーと熱意をもって仕事に邁進し、平凡社の編集者である松井純さんと話し合いながら刊行を進めようとしました。新たに『ゲームの規則』全四巻刊行の企画を立てたのは、谷さんも四巻目のあとがきで触れていましたが、もう一〇年ぐらい前だったようですね(笑)。だから、『ゲームの規則』完結までに非常に長い時間がかかってしまいましたが、レリス作品の翻訳作業が非常に難しかったこと、全四巻の大著ということで分量が多かったことなど、致し方ないという面もありました。

 第Ⅰ巻『抹消』の原書は一九四八年に出ました。その後、五七年に第Ⅱ巻『軍装』、六六年に第Ⅲ巻『縫糸』、そして七六年に第Ⅳ巻『囁音』と続きます。私にとってのミシェル・レリスは半分同時代の作家で、『囁音』が出た翌年、私はフランスに留学し、そのころの彼は盛んに文章を書いていたわけです。私自身はこれまでレリスの遺言と言ってもよい『角笛と叫び』(一九八九年)を翻訳し、谷さんも『オランピアの頸のリボン』(一九九九年)を訳しましたが、それも大分時間が経ってしまったなかで、このたび『ゲームの規則』によってレリスと再びつながりを持ったことになる。今回の翻訳に関わって私が痛感するのは、研究者としてこれまでレリスと向き合っていたときは、自分の研究テーマに従って都合のよい部分だけを読んでいたかもしれない、ということですね。実際に翻訳するときは、汚い下着なんかが散らばっているような部屋に入り込んで付き合わなくてはならず、辟易するところもないわけではありませんでした(笑)。ただ、そうやってレリスと向き合うことではじめて感じたことや見えたこともあるような気がします。たとえば、私にとって興味深かったのは、アメリカ人小説家のリディア・デイヴィスがレリスにすごく入れ込んでいることで、彼女は八〇年代にレリスと会っていて、これまで『ゲームの規則』だけでなく、評論集『獣道』の翻訳も手がけています。また、デイヴィスはプルーストやフローベール『ボヴァリー夫人』の英訳もしていて、本格的なフランス文学のなかにマイナーな存在ではなく一作家としてレリスと付き合っていて、アメリカにこうした読者がいるのかと思いました。ある意味で我々にとって心強い存在ですね。

 このたびの仕事はやはり岡谷さんの功績なくてはありえません。『ゲームの規則』の翻訳では我々を誘ってもらいましたし、岡谷さんのレリス作品との関わりについても考えなければならないと思います。

  ミシェル・レリスの翻訳がどのように出ていたのか少し調べましたが、六八年に岡さんも共訳として関わった『黒人アフリカの美術』が最初の刊行だったと思います。その後、七〇年から「ミシェル・レリスの作品」が四冊出て、そのなかで七二年に出た『日常生活の中の聖なるもの』は岡谷さんの翻訳です。さらに七四年に『夜なき夜、昼なき昼』、七六年に『成熟の年齢』、『闘牛鑑』と続いていって、この時期にかなり集中して日本語で翻訳が出たことになりますね。これは僕が高校時代から大学に入るときにあたり、そうした翻訳を見ながら後に自分の卒論の対象としていきました。

 今から振り返ってみると、日本におけるレリスの導入のされ方は作家にとってわりと幸福なかたちで行われてきたのではないかと思います。当時はレリスについての情報があまりなかったと思いますが、それでもよい翻訳者がついていました。岡谷さんはもちろんレリスに関心を抱いていくわけですし、『成熟の年齢』の訳者である松崎芳隆さんはミシェル・ビュトールの翻訳者でもあり、ビュトールにレリス論があったことから翻訳を手がけたのだと思いますが、訳文もよく、さらに丁寧なあとがきまでついていて、僕も学生のときに参考にさせてもらいました。ただ、一方でその時代のレリス観は、ジョルジュ・バタイユの友人という側面が強かったんじゃないかと思います。レリスが日本語に訳された背景も、当時のバタイユに対する興味から出たものかもしれません。

 そういったなかでも、レリスの主要作品である『ゲームの規則』がⅠ巻しか出ていない状況が続いていて、欠落感みたいなものがありました。今回の翻訳でその欠落部分を埋めることができ、なおかつバタイユの友人だとかシュルレアリスムの一人だとか、あるいは民族誌学者兼文学者といったレッテルを剥がして、レリスをレリスとして読むことがある程度できるようになってきたのかと思います。読者だけでなく、若い研究者も増えてきているなかで、古い世代がある種の色眼鏡でもってレリスを見ていた部分を、もう少しレリス自身にフォーカスして読むことができるようになってきたという背景もあって今回の翻訳が出せるようになった気がします。

 千葉 いろいろな判断ができると思いますね。レリスが遭遇したことが現在では歴史的な問題になっていて、たとえば第Ⅲ巻『縫糸』では革命中国の話が出ていますが、今の読者から見るとあまり実感がない。かつて左翼知識人たちが信じていた革命という面において、その文章はある種のアクチュアリティを失ったところもありますが、サルトルやカミュと違って、レリスの場合はアクチュアリティで読んでいない部分のほうが大きいです。だから、今読んでも別にそんなに古くなっていないんじゃないかと感じます。

 2ページ以降はこちら

ジュネの嘘

――興味深いエピソードや貴重な証言と考察にあふれた一冊
評者:鈴木創士

 ■モロッコ出身の作家タハール・ベン・ジェルーンのジャン・ジュネの思い出をめぐる本はこんな風に始まる。「白く光り輝いている、ジャン・ジュネの声。記憶のなかの声には色がついているものだ。ジュネの声はどこかまばゆく、それでいていたずら小僧のようでもあった」。

 声の記憶は記憶自体を突破し、声そのものは記憶のもっと向こうからやって来るように思われる。声から肉体が出てくるのだから、もちろん、ジュネの声は光のなかにそれが現れるようにジュネの肉体を携えている。それでも聞く者の心を締めつけたこの声は、ジュネ自身が『恋する虜』のなかに書いていたように、すでに「細工」されていたのだ。

 なぜそうなのか。ジュネはだらしなく身構える。どうでもいい奴らには、警戒すべき奴らには、いい加減なことを言い、嘘をつく。そうせざるを得ないのだ。彼は小説のなかで「天使」という言葉を何度も本気で使ったが、同じように嘘をつく。断るまでもなく、我々が日々目にし、耳にする政治の嘘だらけの言葉とは対極にある嘘だ。彼の嘘は単なる方便ではなかった。ジュネは激怒している。そのために声は細工されることになるのだが、それに気づく者はひとりもいない。

 最初、彼が孤児であり、泥棒だったからだろうか。小説や芝居で成功し、花形になり、うんざりするような連中に不承不承取り巻かれていたからだろうか。ドイツ赤軍を支持し、フランスとドイツのマスコミに総攻撃をくらったからだろうか。ジュネはすでに亡くなっていたのだから知る由もないはずだが、卑怯にも「反ユダヤ主義者」などという根拠のない批判に晒されることを、そんな馬鹿げた空気が生まれる可能性がフランスの知識界にあることを熟知していたからだろうか。結局は最後まで彼の望むとおりの浮浪の境遇が、余人にはほぼ理解できない緊張を彼にずっと強いてきたからだろうか。パレスチナの地で「真実」を見て知ってしまったからだろうか。いつか見てしまうことを最初からわかっていたからだろうか。それとも、ジュネにとって祖国はいつもひとつの「傷」だったからだろうか。美もまたひとつの「傷」だからだろうか。

 著者タハール・ベン・ジェルーンは、酸いも甘いも噛み分け、男色生活から政治にいたるまで人生の裏側に出てしまった真の異邦人、一筋縄ではいかない、それでいて子供のような、このうさん臭い大作家の信頼を勝ち得ていた。晩年のジュネは癌を患っていたが、ジュネが最初に病気の秘密を打ち明けたのも彼である。本書はジュネと著者の間にだけ生起したこの互いの信頼をひそかな原動力としている。きわめて興味深いエピソードや貴重な証言と考察にあふれたこの本の真率さはこのことと無関係ではない。普通はこんなことは滅多に起こらないし、私は寡聞にしてそんな本を知らない。例外をひとつだけ挙げるとすれば、サミュエル・ベケットと半世紀も歳の離れた著者アンドレ・ベルノルドの間で交わされた不思議な友愛を綴る『ベケットの友情』という本だけだ。

 作家の伝記や交友録を読もうとしても、たいていは途中で投げ出してしまう。私も翻訳者の端くれなので、それぞれの本には外国人の著者というものがいる。だが自分が翻訳している著者にはできれば会いたくない。生意気を言わせてもらえば、幻滅するのが嫌だからだ。あらためて考えてみると、例外はアルトーとジュネだけだった。彼らには会ってみたかった。鬼籍にいるジュネに対してもはやそれが叶うことはないとはいえ、この本を読んでますますその感を強くしたのだが、この本を満たしている公平な「愛」はそれほど強力なものに思えた。ベン・ジェルーンも言うまでもなく「作家」であるが、この本がジュネについての証言本である以上に、まず明確にそのことが示されているように思えた。こんな凡庸な言葉はジュネにはそぐわないかもしれないが、ジャン・ジュネは「愛」に溢れた人だったのだろう。秘密の愛。控えめな未知の愛。陰謀のような愛。一般論から限りなく外れた、唐突に打ち切られた議論のような、最後の最後に現れる透明なページのような、それでいてふざけた子供の笑いのような愛。ジュネの愛がタハール・ベン・ジェルーンにこのように例外的な本を書かせる力を与えたに違いない。

 「ジュネは土地なき土地を、目には見えない敵に占領された領土のなかをまさにさまようのだ、みずから戦士に扮装しながら、あるいは、簡単には生きられない、つまり皆と同じようには生きることができない状況を軽やかに乗り切ろうと、女装した敵に身をやつしながら」。

 ジュネは記号がすでに蒸発しかけた、透けて見えるページに辿り着くまで『恋する虜』を書き続けた。もう死がすぐそばで待ち受けていた。ジュネにはとっくにそんなことはわかっていた。長いこと本を書いていなかったが、それでおしまいだった。本書の原題を直訳すると「崇高なる嘘つきジャン・ジュネ」になるが、私にとってジャン・ジュネは崇高で気高い作家のままである。なんの衒いもなく私はそう言うことができる。

 『葬儀』のなかにしるされたこんな言葉が好きだ。「私は君たちの扉の下で眠る。風は立ったまま眠る。君を探しに私の声が旅立つことのできた多くの主題があるのだ!」

  旅立つジャン・ジュネの声……。

 (フランス文学、作家)

もうひとつの時間への旅

――『やまのかいしゃ』の復刊が今、なぜまぶしく見えるのだろうか
評者:寺村摩耶子

 ■『やまのかいしゃ』が帰ってきた。一九九一年に刊行され、長らく品切れになっていた伝説の絵本。その復刊が今、なぜまぶしく見えるのだろうか。どぎまぎしつつも、考えてみたい。一見のほほんとした絵本の底力について。

 主人公は朝起きるのが「とてもにがて」なサラリーマンの「ほげたさん」。奥さんがふとんをめくっても、まだ寝ている。子どもたちはとっくに学校に行ってしまった。お父さんがこんな調子で大丈夫なのだろうか。思わず心配になるが、本人は安らかな寝顔で「ぐうすうぴい」。可笑しくも衝撃的な第一場面である。こうして今日も会社に向かうのが昼過ぎになってしまった。それでもなんとか電車に飛び乗った彼は、しばらくして妙なことに気づく。電車が町とは反対の「やまのなか」へ向かって走っていくのだ。

 前に進もうとすればするほど、逆方向にすべっていく。リアルな夢のような物語がせつなくも奇妙に明るく、ゆさぶりかけてくる。日常からの逸脱。そんな物語を楽しんでいるかのような水彩画もやわらかく、電車の中吊り広告にいたるまで遊びにみちている。のっけから畳に「目」があるかと思えば、駅の時計には針がない。電車のつり革が妙にくねくねしている。アニミズムのよろこび。しだいに解体されていく時間と空間のなかに、いよいよ濃くたちこめてくる緑。

 それにしてもいまどきこんな人がいるだろうか。のんびりとした空気のなかでもひときわ目立つ「ほげたさん」。なにしろ会社に行くのに靴をはいてきたはずが、トイレのスリッパだった。何か忘れていると思ったら、かばんがない。さらに気づいたのは、「いつもかけているメガネもわすれてきた」。ここまでくるともはや笑いも忘れて息をのみつつ、感動すらおぼえてしまうほどだ。「ほげたさん」のみごとなズッコケぶり。すばらしいダメっぷり。それでいてヘンにふてぶてしく、地に足がついていないようで、山ではしっかり長靴を調達したりもする。ふつうではない様子。ひさしぶりに見る彼の姿が、すみずみまで管理された社会においてひときわまぶしくみえるのは当然かもしれない。電車のなかでもつねに忙しそうな大人たちのあいだで、スキだらけの「ほげたさん」の存在が笑いと安らぎをあたえてくれることはいうまでもないだろう。

 だが物語にはつづきがある。山奥の終点に着いた彼は、「こうなったら、きょうは、やまのかいしゃにいこう」と思いたつ。メガネがないのをいいことに、目には見えない会社をつくろうというのである。のみならず、現実の会社も(ほんの一瞬ではあるが)巻きこんでしまうのだからすごい。驚きの結末。もちろんそこには周囲の人々の懐の深さが横たわっていることも忘れてはならないだろう。彼のことを内心困った人だと思いながらも、あたたかく受け入れる人々。異質なもの、他者とどう向きあうべきか。そんなことをいちいち考えなくても、異なるもの同士がごくふつうに共存していること。そのゆたかさが初夏の花々の咲き乱れる山のなかに祝祭のごとく描きだされている。

 一見ユートピアのような世界。だがその存在にもまして私が心うたれたのは、世界が一方向にのみ進んでいるのではないことを、ふつうの時間とはまさに逆方向に進んでいく「ほげたさん」が身をもって教えてくれたことだった。日常の時間とはべつに、もうひとつの時間が流れている。目に見える時計の時間とはちがい、後者は目には見えないがゆえに忘れられているが、じつをいうと日常をゆたかにしてくれるのは、その「もうひとつの時間」の方なのだ。ということも『やまのかいしゃ』はひさしぶりに思いださせてくれたような気がする。「やまのかいしゃ」とはもうひとつの世界というよりも、もうひとつの「方向」であり「時間」のことだったのかもしれない。

 目には見えないけれど、どこかにあるという「やまのかいしゃ」。そこで「ほげたさん」たちは今も元気にやっているという。「ぜんぜんもうからない」というが、楽しそうではある。いったいどんな仕事をしているのだろう。そして、それはどこにあるのだろう。「やまのかいしゃ」について、私は多くを知らない。ただひとつたしかに思われるのは、それが今現在の子どもにとっても大人にとっても、ますます必要な存在になりつつあるらしいということだけだ。

 (エッセイスト・絵本研究者)