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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

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 ◆ 3358号(6月30日発売号掲載)

精霊とコンピュータ

――実践を通じて現代社会を真に「知る」ための記念碑的作品
評者:上妻世海

 ■本書はシベリアの先住民ユカギールの元でおこなった通算18か月のフィールド調査――彼はある事件をきっかけに森の中での逃亡生活を余儀なくされ、多くの時間を現地民と狩猟生活を共にすることになるのだが――をまとめた民族誌である。SNS上で本書の感想を読むとしばしばみられるのだが、確かに一読しただけでは僕たちと全く異なる枠組みを用いる〈狩猟民の哲学〉を詳細に記述し、僕たちに彼らの身体の在り方≒模倣様態を教えてくれるものであるように読める。「彼は境界領域的な性質を有していた。彼はエルクではなかったが、エルクではないというわけでもなかった。彼は、人間と非人間のアイデンティティの間にある奇妙な場を占めていたのだ」という記述がそのことを象徴的に示している。

 確かにウィラースレフが描き出す「ユカギールの哲学」はそのように読んでも十二分に卓越したものである。彼によれば、実践とはデカルト‐デュルケム主義における「分離された二元論」でも、ハイデガー‐インゴルドにおける「世界との完全な一致」でも汲みつくせないものである。それは僕たちを世界に接触させつつそこから切り離す存在様態≒二重のパースペクティブであり、狩猟のモードでは動物への/からの模倣を通じて人間と動物の間を揺らぐ「愛と誘惑の駆け引き」であり、人間集団の中では先祖のアイビ(魂)を引き継ぎつつ「木煙の匂い」や「語り」を通じて自己のアイデンティティを保ちつつ生きることなのである。言い換えれば、実践的生とは、動物と人間と魂のどこか一極に偏ることを防ぎながらその不安定さを乗りこなすこと=生きることである。

 彼はその生を具体的な事例を用いて描き出すことに成功している。そして、実践に重きを置くこと=二重のパースペクティブを生きるが故に、アイビ(魂)は予め与えられた二元論(精神と身体)に基づくものではなく、文脈と関係性によって動物にも人間にも「人格」を付与すると説明する。彼は「アイビは同じ理性的能力を人間と非人間に付与するのであって、それらの人格が別様に考えるのは、それぞれの種が特定の身体的存在であり、世界に対する志向性をもたらす独自の肉体的自然――メルロ・ポンティの言葉を使うならば、特定の「身体意識」――を持つためである」と述べる。

 この書評の読者の中にはヴィヴェイロス・デ・カストロのパースペクティヴィズムとの近さを感じる人がいるかもしれない。ウィラースレフ自身はパースペクティヴィズムの理論的成果を多分に認めつつも、理論的でしかないことへの疑念を発している。彼が描き出すのは「実践によって開かれるモード」である。それは「世界観」という概念が前提としているような「全体性をもった構造や地図のような形」で実在していない。そして、そうであるからには具体的な事例とともに人々がどのように「不安定な魂の制御」を行っているのかを記述する必要があるのだ。それは「動物やモノの人格性は、狩猟の最中のような、綿密で実践的な没入が生じる特定の状況下において立ち現れるものだ。こうした特定の状況を離れたとき、ユカギール人は、私たち同様、必ずしもモノを人格として見ているわけではなく、代わりに人間の主体と非人間の客体の区別がはるかにたやすくなされるような、ありふれた客体からなる世界を生きている」という記述を見れば明らかであろう。

 僕にとってユカギールの実践哲学はそれだけで魅力的なものだ。しかし、僕が『ソウル・ハンターズ』を読んでいて最も震撼させられた点は、ウィラースレフが実践的揺らぎの中で「実在」を見出す際に、精霊とコンピュータを並列的に例示していることにある。彼はハイデガーの道具連関を用いて、ユカギールの人々が精霊を実践的道具として扱っているが故に全体的な理論的説明を必要としていないことを示す。他方同様に、我々がコンピュータを用いる際に、上手くいっているときは情報工学やコンピュータの機能的連関について知る必要がないことを挙げる。予め与えられた抽象的な「実在と虚構」の二元論がなければ、「住まわれる視点」(インゴルド)から実践の中で精霊が生成されるのであり、それは僕たちの日常生活の中でコンピュータが生成されていることと同義なのである。

 「知覚とは概念表象や認知の問題だとする伝統的視点を留保し、その代わりに事物が人々の日常的な活動の流れの中で立ち現れるやり方によって進められる。換言すれば私が提起するのは、いわば分析の順序を逆転させることである。つまり、人々と事物との実践的な関わりのほうこそが決定的な基礎であり、それが「知的文化」すなわち抽象的な認知や概念表象にとって不可欠の前提になっているという仮定からはじめるのである」という宣言からもそれを読み取ることができる。「我々にとって事物の根源的な価値とは抽象的な思考の対象としてではなく、実践的使用のための道具的なモノであるということだ。コンピュータにせよ精霊にせよ、それは何かがなされるために用いられるのであり、それゆえ具体的な目標を成就するために事務的に淡々と用いられる「道具」として立ち現れる」のである。

 つまり、彼の隠されたもう一つの主張は、遠くのどこかに住む「他者」の存在様態を描くことではなく、僕たちが抽象的二元論を暗黙の裡に基礎として据えているが故に、自身の実践的様態をまるで解明できていないということであり、また、アニミズムや模倣様態は近代社会の中でも強く生き延びている、ということである。そしてそれは、デカルト‐デュルケム主義の延長線上にある文化相対主義が他文化を見ることで自文化を相対化するというよりも、その基礎に他者を当てはめるが故に自らの枠組みを自ら強化することになっている、という記述によってより強く述べられる。

 彼は「まさにこの文化相対主義の主張には問題がある。すべての文化がそれ独自の構築された意味の枠組みに閉じ込められ、そうした枠組みはその文化に関連する基準でのみ測ることができると主張するということは、人類学者はある特定の文化の成員であるにもかかわらず、すべての文化についての文化=超越的な解釈を提示していることになる。これは論理的に矛盾している。相対主義的な言明を非相対主義的な一般主張としておこなっているからである。それゆえに相対主義的立場は、あらゆる他者の生がその中で形作られているとされる文化の諸世界から、人類学者だけは一歩抜け出していることを必然的に含意する。なぜなら、「文化を超えた観察の地点によってのみ、〔土着の〕理解を……ある独立した現実の……ひとつの可能な構築に過ぎないと見なすことができる」(インゴルド)からである。換言すれば人類学的な文化相対主義の主張は、西洋の認識論が土着の理解に対して持つ優位性の基盤を掘り崩すのではなく、実際にはむしろ改めて強化するのである」と述べる。

 それは単に他文化を解釈する時だけでなく、同時に自文化を解釈する時に対する警告でもある。二元論的分離の元で何を解釈したとしても、基礎であるその二元論を当てはめ強化するだけになり、都合の悪い問題は隠喩的‐象徴的な意味しかなく実在ではない、と処理しつづけることになるのだから。彼はこれまで隠喩としての地位しか与えられなかった「実在と実践の関係」について真摯に向き合おうとしているのだ。

 彼は本書の最後の段落で次のように言う。「私が主張しているのは、ミメーシスはアニミズム的な象徴世界を制作するための前提にして不可欠の条件であるということだ。日常生活におけるミメーシス的実践なしには、アニミズムの象徴世界は生きられた経験との間にいかなる類似も生まず、まったくのところ宇宙論的な抽象概念以外の何ものでもなくなるだろう。したがってミメーシスはアニミズムの実践的側面であり、その世界製作の仕組みそのものである。現代世界ではミメーシスが重要性を持つというベンヤミンの発見それ自体が、我々の大衆文化の中でアニミズム的な形のつながりが表面化していることの証左である。実際のところ現代におけるアニミズムの広範な役割についてはかなり多くのことを語ることができるものの、それは別な本の主題としなければならない」と。

 個人的に訳者の一人に質問したところ、未だ現代におけるアニミズムの役割に関するウィラースレフの本は出版されていないようである。しかし、本書だけでも十二分にその可能性は伝えられている。本書の表向きの目的は、アニミズムを〈真剣に受け取る〉ための枠組みを提示することである。そしてそのために、抽象的な枠組みから現象をトップダウンに当てはめるのではなく、実践的に文脈と関係性の網目の中へ再参入する必要性を論じる。しかし、ベンヤミンがいうように人間こそがミメーシスを最大限に用いることができるのであれば、その原理はまさに僕たち自身の隠蔽された原理でもあるのだ。

 その場所は鏡による死と誘惑の乱反射、私と非‐私がせめぎ合う場所である。「私は彼/女ではなく、彼/女でなくもない」。だからこそ僕たちは途切れなくメディアを経由して届くニュースに模倣的共感を示すのだ。僕たちは、もはや「発達した人間は象徴的に統合されることで単一の〈私〉を形成し、その外部として〈他者〉と向き合う」という枠組みを疑わなければならない。発達過程としての〈鏡像段階〉ではない。僕たちの中にある危険な魅惑と向き合わなければならないのだ。ユカギール人が、サウナに入り人間の匂いを落とし、森の中でヒトの言葉を控え、模倣を通じて部分的に非人間化し、キャンプに帰還した後は仲間に出来事を語り、木煙とタバコの煙の中で部分的に人間化するように、僕たち自身も僕たち自身の方法で、誘惑と変身の世界に再参入しなければならない。もうそれを否認することはできない。本書は、現代社会を言葉によって「知る」のではなく実践を通じて真に「知る」ために、僕たち自身の最初の一歩を記す記念碑的作品なのだから。

 (文筆家/キュレーター)

デュシャン《泉》は「非常識」か?

――《泉》の現代性を再考するために
評者:塚原史

 ■今年2018年がパリ五月革命、旧ソ連軍プラハ侵攻、M・L・キング、R・ケネディ暗殺、さらには新宿「騒乱」までの大事件から五十周年、第一次世界大戦終戦百周年であることに比べれば、昨年2017年はロシア革命百周年以外に周年行事に呼び出されるような出来事は少なかったようだが、「世界のアート界」ではあのビッグイベント百周年だったことは、一部の記憶にはまだ新しいはずだ。もちろんマルセル・デュシャン(1887‐1968)が1917年4月ニューヨークの美術展に小便器をFountainと題してR.Muttの偽名で出品、展示を拒否された《泉》事件である。この事件のてんまつから、その後一世紀にわたって出現した複数の《泉》Fountain(s)やインスタレーション、トークまで、昨年日本の古都のナショナル・ミュージアムで長期間特集展示されたユニークな企画のドキュメントが、平芳幸浩+京都国立近代美術館編で最近で刊行されている(以下『百年の《泉》…』と略)。

 評者自身、少し前に『ダダイズム』(岩波現代全書)を出版したこともあり、興味深く読んで教えられることも多かったのだが、本書をあえて取り上げようと思ったのは、ある全国紙に椹木野衣が寄せた短評がきっかけになっている。というのも、評者も信頼を寄せるこの鋭利な「美術批評家」(掲載紙の紹介)は《泉》事件について「世界のアート界が、百年の長きにわたって小便器(それも幻の)に翻弄され続けているというのだから、これほど非常識なことはない」(朝日新聞2018年6月2日付朝刊)と記して、同書の輪郭を巧みに紹介しているのだが、その際ダダにまったく言及せずに「前衛美術家」マルセル・デュシャンを語るという椹木の超絶技法が印象的だったからである。

 というわけで、以下の文章は書評と書評・評を兼ねるが、たしかに、「ニューヨーク・ダダ」という呼称は1921年にデュシャンとマン・レイが刊行した雑誌の題名に(パリのトリスタン・ツァラから「許可証」を得て)用いられるまで存在しなかったのだから、1917年の時点でデュシャンは「ダダイスト」ではなかっただろう。しかし、マルク・ダシーが述べたとおり、(デュシャンが到着した)「1915年から1920年にかけてすでに始まっていたニューヨークのアーティストたちの活動が1921年以降DADAという看板に事後的に書き込まれることになった」(『ダダとダダイズム』増補改訂版、2010年)という状況があったのであり、その頃から彼らはヒュルゼンベックの『ダダ大全』やツァラの『ダダグローブ』(未完の企画)にダダイストとして名を連ねているのだから、《泉》事件が、その直後のアルチュール・クラヴァンのスキャンダラスな講演事件(泥酔したクラヴァンが講演の場で服を脱いで警察が出動)とともに、ニューヨーク・ダダ前史に位置づけられることは間違いない。さらにデュシャン自身も1950年頃当時を回想して「ピカビアと私はダダに対する共感をアメリカですでに表明していた」(サヌイエ編『マルセル・デュシャン全著作』、北山研二訳、未知谷)と述べていたから、デュシャンを「前衛」と呼ぶならダダに触れないのはやや無理があるだろう。ピカビア自身、《泉》事件直後の1917年6月にニューヨークで発行したダダにつながる雑誌『391』第5号でデュシャンを「ワシントンスクエアのフランス語教師」として紹介し、(最近)「独立美術家協会委員を辞任した」と記して事件を暗示したのだった。

 それはさておき、まず『百年の《泉》…』の概要をごく手みじかに紹介しておこう(各章の表題は略記)。

 1・「マルセル・デュシャン29歳、便器を展覧会に出品する」(平芳幸浩)‥独立美術家協会展にデュシャンが偽名で署名した工業製品の便器を出品しようとしたあの《泉》事件のてんまつ(その後便器は行方が知れず「オリジナル」不在の作品となった)から「レディメイド」と絵画の奥深い関係性(「近代以降の絵画すべてが「手の加えられたレディメイド」にほかならないという皮肉」)が述べられ、《大ガラス》から「(複製物の)箱詰め」としての遺作(フィラデルフィア美術館蔵)までのその後の作品がピックアップされ、デュシャンの女性性などの主題にも光が当てられる。

 2・「選ぶこと」と「便器の後ろ姿」(藤本由紀夫)‥事件の謎解きを相対化して、《泉》の「フォルムとしての美しさと四次元の影(三次元空間のデュシャンによる表現)としての小便器の意味するものを」、《泉》の「後ろ姿」を合わせ鏡に映して撮影したユニークな写真が掲載され、個性的な解説が付されている。

 3・「誰が“泉”を捨てたのか」(河本信治)‥1917年の事件に戻り、展覧会場から持ち去られ「捨てられた」(トムキンズ『デュシャン伝』などの記述)はずの便器が当初から複数存在していた可能性を最近の研究を背景にして探る。デュシャンの友人アンリ=ピエール・ロシェ(後述)が当時撮影した写真に別の便器が写っていたことに注目、「無意味で無趣味で空虚なレディメイドの《泉》を「20世紀で最も重要な美術作品のひとつ」に変貌させる「言説の迷宮」の建設」をデュシャンが最初から意図していたという重要な仮説が提示される。

 4・「デュシャンを読む」(ベサン・ヒューズ)‥平板な風景画に黄緑と赤の点を加えた1914年のレディメイド《薬局》から、19世紀末のデュシャン家の肖像写真を便器型に切り取った1964年の作品までを取り上げ、それらにチェスのゲームの規則の反映からキリスト教的三位一体の暗示(デュシャンのカトリック性)までを読み取ろうとする試みで、こちらも「デュシャンの迷宮」探索である。

 5・「散種‥三次元化した《大ガラス》に《泉》を放り込む」(毛利悠子)‥《泉》などのレディメイドと『大ガラス(彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも)』(未完)がほぼ同時期の制作であることから、デュシャンのポータブル作品セット『トランクの中の箱』とデリダ『散種』にヒントを得て、《泉》を《大ガラス》の中に「放り込む」実験的なインスタレーションが提示され、この試みをめぐって毛利と浅田彰のクロストークが展開される――「毛利さんのそういう感覚や手つきこそ、デュシャン本人に近いのかもしれませんね」(浅田彰)。

 以上かなり独断的な要約になったが、平芳が巻末で「レディメイドを当然とする環境で生まれ育ってきた人たち〔…〕のキュレーション、作品」から「デュシャンの受け取り方の変化」が「はっきりと理解できた」と述べているのは、「非常識極まりない」という従来の思いこみを越えて《泉》の現代性を再考するために非常に重要な指摘であり、平芳らによる『百年の《泉》…』の企ての奥深い先端性がうかがわれる。

 ここから先は蛇足ではあるが、冒頭で指摘した「ダダ外し」に少々異を唱えておきたい。というのも、《泉》をダダのコンテクストから切り離し「誰が見ても非常識な便器」(椹木)として片づけてしまうと、第一次大戦中のチューリッヒから戦後のパリ、ニューヨーク、東京等々へ導火線の火のように拡がったダダイズムが、その後時限爆弾にも似て1960年前後のネオダダからフルクサス等々の「前衛美術」の世界的展開につながったという状況の中で、デュシャンが(結果的だったにせよ)果たした役割が見えてこないからである。

 この点に関しては、キネティック・アートで知られるジャン・ティンゲリーが1964年東京でデュシャンについて東野芳明に語った次の発言が大変意味深い――「かれ〔デュシャン〕は自分ではほとんどものを作らなかったけれども、きわめて多くの暗示(アリュージョン)を与えたのだ。広い場所を開いておいてくれた。かれはその場所を全部埋めてしまうことはしなかったんだ」。実作者のこんな率直な述懐を引き出した東野は、「これは、デュシャンの第一次大戦以来の「ダダ的」といわれた仕事が、第二次大戦後の戦後派作家によってはじめて受けつがれ、デュシャンによって開かれたひとつひとつの窓から飛び立っていったことの証言でもある」(『現代美術――ポロック以後』美術出版社、1965年、p.185)と、美しい表現でコメントしていた。

 《泉》百年の機会に(もう百一年だが)、半世紀以上前の二人の言葉を思い出すなら、《泉》もまたデュシャンが開いたダダの窓のひとつであり(彼に窓のレディメイドがあることは周知の通りだ)、そこからは「常識か非常識か?」といった不毛な二項対立を無効化する「前衛美術家」たちが飛び立っていったし、これからも飛び立っていくだろう。

 付言すれば、東野は同上書で「荒川修作も、デュシャンに手術されたひとりで、1964年の春のロス・アンジェルスでの個展に、デュシャンの大ガラス作品の複製をとじこめた大ガラス作品を作った」と記したが、この《デュシャンの大ガラスを小さな細部としている図式》はデュシャン本人も訪れた1966年ニューヨークの個展にも出品された。21世紀初めに荒川から直接聞いた話だが、デュシャンへのオマージュだったはずのこのアッサンブラージュへの彼の評価は複雑だったらしく、デュシャンは作品の前で親指を下に向けてNGのサインをしたという(荒川のこの回想場面は山岡信貴の映像作品『死なない子供、荒川修作』中にも登場する)。

 最後に、『百年の《泉》…』の冒頭で平芳が「ニューヨーク・ダダはアートの「否定」ではなくオルタナティヴなモダン・アートの「実定」の試みである」と述べていることに関して、マルセル・デュシャンの友人で《泉》事件の関係者だったアンリ=ピエール・ロシェ(トリュフォー『突然炎のごとく(ジュールとジム)』の原作者でもある)が書いた、若きマルセルをモデルにした伝記的小説『ヴィクトール』から、次の箇所を引用しておこう――「彼〔ヴィクトール〕は美しく、すべてを否定して火を放つような中心思想の持ち主だった。〔…〕その晩の彼は、若きボナパルト〔ナポレオン〕や青年アレクサンダー大王を彷彿させた」(Henri‐Pierre Roche, VICTOR (Marcel Duchamp), Centre Georges Pompidou,1977,p.29. 同センター創立時のデュシャン展資料として発行された版による)。

 「その晩」とは、スティーグリッツ撮影の便器《泉》の写真が掲載された『ザ・ブラインドマン』第2号刊行(デュシャンと当時のガールフレンドのベアトリス・ウッド、ロシェが編集)を祝う1917年5月25日のダンスパーティー(The Blindman’s Ball)の晩のことだが、傲慢不遜な美青年マルセルの面影が生き生きと伝わってくる描写である。

 (表象文化論・現代思想、早稲田大学會津八一記念博物館館長)

ヘーゲル哲学は分析哲学と何を共有できるのか?

――ヘーゲル哲学の決定的に本質的な読みを提示
評者:座小田豊

■本書の意図を著者はふたつ挙げている。1.ヘーゲルの思索の現代的アクチュアリティーの解明、2.ドイツ古典哲学の伝統を分析哲学のアプローチと結びつけること。前者は特に「精神」概念および精神哲学の本質的な解明と規定されている。後者は、この解明の成果をもってして、ヘーゲル哲学を今日の分析哲学の議論と対質させる、というのである。全体は4部構成になっており、特に第1部の2章でマクダウェルの『心の哲学』が、第4部の13章でプラグマティズムが、14章でフランクファート、ドウォーキンらが主題的に取り上げられている。その論証方法は、本書全体の前後の議論の参照を求めつつ行われるという入り組んだものとなっている。前者の、ヘーゲルの精神概念の解釈という観点で重視されているのが、(1)「自然」概念の位置づけと、(2)行為の社会性および共同性の解明、そして(3)全体論における個人主義の「構成的な」意義づけである。著者によれば、プラグマティズムおよび分析哲学における大方の理解として、ヘーゲルは自然を精神の「疎外態」と見なして客観的実在を消去し、加えて、全体を個人に先立たせ、さらには個人を全体に従属させていると、みなされている。これはある意味では正しいが正確な理解ではない。いや、ヘーゲルの真意を汲み取りえていないものだと著者は言う。何よりも、彼らは、「ヘーゲルの研究の第一義的な次元である形而上学的次元、すなわち『論理学』における「概念」の理論」を把握していないからである。

 前世紀後半以降隆盛をみせてきた英米の分析哲学は、K.ポパーの顰にならって形而上学批判の一番の標的としてヘーゲル哲学をやり玉に挙げてきた。絶対的精神の現実性を主張しながら、現実そのものを見ようともしない精神主義者、個を抑圧する非論理的な全体主義者だというのである。ドイツにおいてもH.アルバートがドイツ観念論の基礎づけ主義を揶揄して、理念を根底に据えながら、その資格を棚上げにしたまま、無根拠の上に体系を構築しようとする夢想家ミュンヒハウゼン男爵のごとき振る舞いだと批判した。ヘーゲル哲学は全体主義だというラッセルのレッテル貼り以降、分析哲学者たちはこの哲学を悪しき形而上学の権化のごとくにみなしてきたわけだが、その最大の理由は、好悪はともかく、ヘーゲルの言説が彼らの理解を超えていたからというべきであろう。だが、言語と論理の分析を得意とする彼らにとってみれば、ヘーゲルの文章がほとんど意味をなさないものと思われたとしても致し方ないとしても、故意の無理解という批判を免れようとするなら、少なくともカント哲学に対して払ってきたのと同じくらいの努力は惜しむべきではなかったと思われる。近年そうした営みが漸く分析哲学の側から現れてきており、ヘーゲル研究者の側にも内外にそれに呼応して論議に積極的に加わる者たちがいるが、著者クヴァンテはその最前線に立っていると言ってよいだろう。彼は本書で、それらの一つ一つに詳細な考察を加えたうえで、いずれもヘーゲル哲学の現代的な射程を十分捉えきれておらず、正鵠を射たものになってはいないと結論づけている。

 その理由を、先の三点に限って、クヴァンテの主張の概略を押さえることで示したい。(1)ヘーゲル哲学においては、精神は「自然からの還帰」としてのみ叙述可能なのであって、それゆえ自然と精神の相互連関に着目した上で、「自然性の倫理的重要性を証明」し、そこに『論理学』の反省論理的な関係を読み取らなくてはならない。(2)『精神現象学』の「承認」概念の検討を通じて、行為主体である個人の自己意識が「社会的に構成されている」ことが、そして『法の哲学』の意志論の分析を通して個別主体の「完全な自律は社会的実在の次元においてのみ実現される」ことが明らかになる。著者によればこの行為論によってとりわけヘーゲル哲学の「現代的意義」が顕著になる。論理的に見るなら、個体性を「普遍性と特殊性の内的結合」として捉えるヘーゲルの実践哲学構想には、「方法論的・存在論的想定および規範的想定の配置関係」が含まれているからである。(3)ヘーゲルが主張するのは「垂直的全体論」であり、もちろんこれは「全体‐部分」や「実体‐属性」モデルではない。(2)と直結するが、「有機化の原理」に基づく普遍的精神と個別的精神との相互補完的な運動を通じて構成されていくのが「全体」であり、これが著者の言う「精神の現実性」の原基にほかならない。分析哲学と突き合わせることによってヘーゲル哲学の決定的に本質的konstitutivな読みを提示している本書は、日本のヘーゲル研究者のみならず一般のヘーゲル理解にも大きな見直しを迫るであろう。いささか晦渋な原文を日本語に移す作業に取り組まれた訳者たちの努力には深甚なる敬意を表するが、なおの精進を期待したい。

 (東北大学教養教育院・総長特命教授)