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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

1949年創刊。硬派な人文書からホットなサブカルチャーまで紹介する週刊の書評新聞「図書新聞」とe-honのコラボ企画!

「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
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 ◆ 3361号(7月21日発売号掲載)

安倍総理は一刻も早く辞職せよ

評者:村上誠一郎

 ■村上誠一郎・古賀茂明著『断罪――政権の強権支配と霞が関の堕落を撃つ』がビジネス社より刊行された。これを機に、著者の一人である、自民党内の「最後の」、あるいは「唯一の」と形容詞をつけたくなる「良識派」、村上誠一郎・衆議院議員に、大いに語っていただいた。(インタビュー日・6月5日、衆議院議員会館・村上誠一郎事務所にて。〔編集部〕)

 ■すべて、安倍首相が起点となり心の友や側近が引き起こした不祥事

 本書『断罪』を書く原動力となったのは、今の日本の政治と行政にモラルがなくなりつつあるという危機感です。政治と行政に対する信頼が失墜して、日本は滝壺に向かっているのではないでしょうか。古い話で恐縮ですが、一九七〇年代初頭、経済学者の大熊信行氏が「戦後民主主義は虚妄だ」と著書に書いたとき、政治学者の丸山眞男先生はそれに強く反発して「戦後民主主義の虚妄に賭ける」と応じました。日本の民主主義は本物かそれとも虚妄かという「虚妄論争」です。丸山先生は日本の民主主義が本物であったと信じたいと言われて亡くなられました。戦後日本の民主主義は、まさにその「虚妄」になりつつあるのではないかと思えてなりません。

 その原因は安倍政権の運営にあります。この五年間の、安倍政治の総括をしてみたいと思います。

 森友・加計学園問題、南スーダンとイラクの自衛隊の日報隠し、それから働き方改革法案(高度プロフェッショナル制度)のずさんなデータ問題。いずれも安倍さんが起点となって安倍さんの側近、または親しい友達の惹き起こした不祥事です。森友学園は安倍昭恵夫人が名誉校長を引き受けて、安倍さんの名前を冠した小学校を作ろうとして始まった。加計学園の加計孝太郎理事長は安倍さんの「心の友」で、四十年来の友人です。愛媛県と今治市から巨額の金と土地を受領し、加計学園が獣医学部を作ろうとしたことです。

 イラク・南スーダンの自衛隊の日報隠し問題は、安倍さんが自分の後継者にしようとしていた稲田朋美元防衛相が起こした事件であり、働き方改革法案は、塩崎恭久元厚労大臣のときに作ったデータが問題となっています。

 森友学園問題の本質は、財務省が九億円の国有地を一億円に値引きしたのはなぜかということであり、それは昭恵夫人が名誉校長であったことに財務官僚が忖度したからではないでしょうか。それが明白になりそうになったので、財務省の佐川宣寿元理財局長は一年以上、文書はないと国会で答弁し、それが出てきたらその文書を三〇〇ヶ所も改ざんしようとした。わからなければ最終的にはその文書自体も破棄しようとしていた。私が一番ショックを受けたのが、値下げを正当化するために学園敷地のゴミの量を、四〇〇〇台のトラックで運んだことにして財務省が口裏合わせをするように指示していたことです。言語道断。あきれてものも言えません。これで役所の中の役所と言われた誇り高き大蔵省の伝統を引き継ぐ財務省の権威と信用が完全に失墜しました。

 そして加計問題でも、前川喜平前文部事務次官が言っているように、文部行政に大きな汚点を残しました。国家戦略特区でむりやり例外を認め、最初から加計ありきで、加計学園に獣医学科を作らせるよう仕向けたことは明らかです。一言で言えば、政治の私物化です。安倍さんのお友達のために、財政状況の悪い愛媛県と今治市が約一〇〇億円を出すということになったわけです。

 南スーダンとイラクの自衛隊の日報問題については、稲田氏の責任は明白です。イラクの日報はないと言っていたのが昨年の二月に見つかり、見つかったにもかかわらず国会に報告しませんでした。南スーダンの日報も、当初は「ない」と言っていたのがこれまた出てきた。明らかな虚偽答弁ですが、もし稲田氏が知らなかったとしたら、これはシビリアンコントロール、文民統制が効いていないということです。民主主義の根幹を揺るがす由々しき事態です。もし稲田氏が知っていたとしたら、もっと由々しき事態です。

 働き方改革法案の根拠として厚労省の出したデータに至っては話になりません。今までの問題はどれ一つとっても内閣の責任に関わる重大な問題です。

 さらに、前川前事務次官が名古屋で講演した際、そこで彼がどのような話をしたのか調査しろと、自民党の文科部会長が文科省の幹部に申し入れたところ、なんと文科省の官房長がそれを唯々諾々と受け、調べて報告した。これは教育基本法に関わる重要な問題です。

 昔の公務員ならば、たとえ政治家がそのようなことを要求したとしても、「先生、そういうことはおやめになったほうがよろしいと思います」と逆に政治家を諭したものでした。政治家と官僚の劣化はここまで進んでしまいました。

 ■官僚と政治家が劣化した原因は二つの問題のある法案

 森友学園や加計学園の問題がなぜ起きたのか。政治の責任についてはあとで述べるとして、問題の原因は第二次安倍内閣で成立した公務員法の改正です。中央官庁の上級公務員の六七〇名余の人事権を全部官邸(内閣人事局)に移して、官邸が各府省の幹部人事を決定する仕組みをつくりました。これで官僚の生殺与奪の力を時の政権が握ることになりました。このため、公務員は正論や本音が言えなくなってしまいました。われわれ政治家は選挙で勝てばリセットできますが、官僚はいったんラインから外されたらおしまいです。復活の芽はありません。

 ですから、昔は森友問題や加計問題のような理不尽な陳情が来ても、官僚はみな拒否していました。しかし今、忖度ばかりが目に余るようになりました。

 こうした異常な事態が常態化した原因は、公務員法改正(二〇一四年成立)と特定秘密保護法(同年一二月施行)の成立です。この二つの問題点のある法案によって、公務員も正論や本音が言えなくなり、マスコミも自由闊達にものが言いにくくなりました。

 私の伯父(村上孝太郎)や父(村上信二郎)も、大蔵省事務次官や防衛庁官房審議官をやりましたが、二人とも、政治家が官僚を人事で押さえ込むことはいちばんやってはいけないことだと言っておりました。官僚はA案、B案、C案と自由にいろんな政策を出してくる。それを選択するのがわれわれ政治家の仕事ですが、政治家の顔色をうかがっていては官僚は知恵もアイディアも出せなくなる。結果として、政治家に迎合する者だけがポストを優遇されるとなれば、自由な考え方や政策が出てこなくなる。政治家による、人事による官僚支配はやめるべきです。吉田茂元総理にしても、岸信介元総理にしても、官僚たちの能力を評価し、尊重した上でうまく使ったわけです。

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ポピュリズムとデモクラシー

――論争の土台を改めてしつらえるために
評者:山本圭

 ■ほとんど毎月のように「ポピュリズム」にかんする書籍が新刊コーナーを賑やかしている。なかには重厚な分析に裏打ちされたものから、タイトルや帯に「ポピュリズム」と冠するだけのものもあって、その意味するところに些かの混乱もみられる。そのようななか、この茫洋とした政治現象を理解し、論争の土台をあらためてしつらえるための格好の書籍が翻訳された。

 本書は、オックスフォード大学出版の“A Very Short Introduction”シリーズの一冊である。ポピュリズムという政治現象へのアプローチは種々存在するが、ここではとりわけ「理念的アプローチ」が採用される。このアプローチは、ポピュリズムを政治戦略や政治スタイルというよりも、まずもって理念の集合や一箇のイデオロギーとして考える点に特徴があり、著者の一人によると、近年ますます注目されるアプローチになりつつあるという(Cas Mudde “Populism: An Ideational Approach”, The Oxford Handbook of Populism)。そこで本書は、このポピュリズムを「社会が究極的に「汚れなき人民」対「腐敗したエリート」という敵対する同質的な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意志の表現であるべきだと論じる、中心の薄弱なイデオロギー」(本書14頁)と定義する。そしてこの定義を構成する中核概念として、「人民」、「エリート」、そして「一般意志」の三つがあげられる。このように「本質的に異論の多い概念」であるポピュリズムをあらかじめ定義し、視座を明確化しておくことで、ポピュリズムとそうでないものの区別可能性を担保すると同時に、時代や地域をまたがるポピュリズム現象について、有意味な比較をも可能にするというわけだ。

 本書では、世界のポピュリズム(よく取り上げられる中南米や欧州のみならず、中東やアフリカを含む)が紹介され、また動員の形態や指導者、そしてポピュリズムの「需要側」と「供給側」を区別した分析など、その議論はとてもインフォマティブなものだ。ただ、やはり本書の白眉は、デモクラシーとの関係を論じた章であろう。もとより、政治理論として「ポピュリズム」を論じるさい、それが私たちの民主社会にとってプラスなのか、マイナスなのか、という規範的な評価がポイントになる。つまり、本書の副題にあるとおり、ポピュリズムはデモクラシーの友か敵か、それが俄かに判断しがたいということだ。

 それぞれの代表的な論者を挙げてみよう。たとえば、エルネスト・ラクラウやシャンタル・ムフのような政治理論家は、ポピュリズムをラディカル・デモクラシーに不可欠なものと見なしている。つまり、ポピュリズムは、既存の政治体制から排除されてきた様々な声を凝集し、エリート政治に批判的に介入するための重要な政治的戦略であるとして、とりわけ左派側からのポピュリズムを擁護する。

 他方で、ピエール・ロザンヴァロンやヤン=ヴェルナー・ミュラーのような理論家は、ポピュリズムの民主主義的な効用を説く見方を厳しく批判する。たとえば、邦訳が刊行されたミュラー『ポピュリズムとは何か』(板橋拓己訳、岩波書店)では、それは一部の人民の声を過度に代表するものであり、そのかぎりで民主社会に不可欠な多元主義を毀損するとされている。評者の見るところ、ポピュリズムの規範的評価をめぐっては、大まかに言って以上の二つの見解が対立している。

 それでは、このような見解のズレがなぜ生じているのか。本書の回答は次のようなものだ。すなわち、ポピュリズムそれ自体はもちろん民主的なのだが、多元性を尊重するいわゆるリベラル・デモクラシーとは相性が悪い。「ポピュリズムは、極端な多数派支配を擁護し、ある種の非リベラルなデモクラシーを支持するような一連の理念なのである」(本書141頁)。リベラル・デモクラシーを擁護する向きと批判する向きで、ポピュリズムの評価が変わるのはそのためである。このように両者の厄介な関係をほぐした点に、本書の最大の貢献がある。

 とはいえ、近年の左派ポピュリズム論に見られるように、ポピュリズムを多元性と和解させようとする動向もあるとすれば、ポピュリズム一般を多元主義と対立させる図式化はどこまで本当だろうか? そこではおそらく、差異を擁護する「リベラルな多元主義」というよりも、差異を創り出す「闘技的な多元主義agonistic pluralism」との両立が模索されているのだろう。だとすれば、両者の対立をめぐる今般の理解については、なおも慎重な検討が必要であるようにも思われる。

 (政治学)

「平岡正明入門」の決定版

――著書一二〇冊を超える巨匠の全貌を「革命論」ベースで読み解く
評者:後藤護

 ■黒地に白抜きの文字が浮かび上がるシックな表紙――『間章著作集』(月曜社)を幾分髣髴とさせる、「殺し屋的ダンディズム」(三島由紀夫)を湛えたノワールな装いだが、本書はその間章の苛烈な批判者でもあった平岡正明に関してのストイックな入門書である。六十年代という「政治の季節」を直接体験しなかった世代にとって、平岡は『山口百恵は菩薩である』に象徴されるように、風狂な「サブカル論者」という印象が強いかもしれない。ジャズ批評や歌謡曲批評の先達として語られることはあれど、デビュー作『韃靼人宣言』に始まる政治寄りのラディカルな初期作品群はいまではあまり顧みられることがない。平井玄や四方田犬彦など一部の批評家達を除き、後続世代からは敬して遠ざけられてきたように思う。

 そうした平岡思想の根源でありながら暗渠に閉じ込められてきた領域に光を投げかけたのが本書である。新内・浪曲・落語・河内音頭……挙げればキリがないほどの極彩色を見せた平岡の「芸能論」より、その「革命論」こそが主軸であるという認識に立ち、平岡の安保闘争の敗北、そこからのマルクス・レーニン主義およびブンドによる世界情勢の把握を通奏低音にして、百二十冊を超える書物をものした巨大に屹立する「平岡正明山脈」を登頂する。

 この本の三六段に分けられた登頂ルートを進むうちに、平岡の夥しい書物の数々が(クロノ)ロジカルに整理されていき、読者は本と本のネットワークが明瞭に浮かび上がってくる確かな手応えを掴むはずだ。例えば「闇市」「水滸伝」「石原莞爾」「第三世界窮民革命」といった魅力的なキーワードを乱れ撃ちしながら、いまいちその総体が掴みづらい七二~七三年頃の、汎アジアを股にかけた平岡の最も活動的だった時代――七三年には八冊もの本を出している――を見事に整理しきった箇所などは、おそらく本書で何度か訪れる知的ピークの一つだ。

 また「テン年代」などとディケイド単位で語って事足れりとする現在のサブカル批評の視野狭窄ぶりを是正する観点から、いま最も読むべきは二七段「『過渡期世界論』を読む」かもしれない。この段で語られる「過渡期だよ、おとっつぁん」シリーズ全三作は、六〇年安保と七〇年安保の失敗およびその後九年間の左翼陣営の敗けっぱなしというパターンが二度も成立したことから教訓を得て、八〇年代初頭に平岡が打ち立てた、十年単位で時間を輪切りにして管理するブルジョワ的タイムテーブルから逃れる一連の試みであり、例えば『ゴルゴ13』といった国産エンタメが大藪春彦を経由して満州国といった「他の国、他の場所、他の時間、他の歴史」へと接続されていく過程をダイナミックに分析し、一年が同時に十年、百年であるような重層的な時間/地理感覚を獲得し、帝国主義をポリリズミックに解体させる方法を見極める。ところでこうした「大過去との接続が可能となるらせん状のポリリズム」、すなわち「ヘルメス的」といってよい歴史叙述を林達夫は「精神史」と名付け、それは方法の省察などではなく、「現場における、あれやこれやの、てんやわんやの操作」であるとした。この方法論とも言えぬヤクザなスタイルを、平岡は「黒い精神史」として実践していると、かつてヒップホップに結び付ける形で拙論「レアグルーヴ、平岡正明」に書いたのは、やはり現行のサブカル批評への不満ありきだった(『ヱクリヲ7 音楽批評のオルタナティヴ』所収)。

 さて、三六段構えの本文の間に、途中三六発のパンチライン集をインサートしつつ、末尾に三六冊の著作案内を付すことで成立する本書は、錯綜する平岡思想の道筋を満遍なく整理することに成功している。とはいえその満遍なさの代償であろうか、タイトルに「論」と謳っているものの、あくまで「入門」の域を出ない。しかし随所にヒントめいた鋭い洞察が散りばめられているのは確かで、それを各人が個別の「テーマ」として拾い上げ、自由に展開する余地がある。例えば平岡に関して、「彼の体質はそもそも硬質で、抽象的な、アルフレッド・ジャリの『超男性』的にマシナリーなものを愛する傾向を持っていた」と大谷が記述するとき、異性との交感不可能性から来る暗黒のナルシシズムとしての「独身者機械」(M・カルージュ)の一系譜として平岡を捉えることが可能だと気付く。そこから六〇年代の著作におけるマニエリスムへの言及や、澁澤龍彦への傾倒、野毛における種村季弘との交流なども考慮して「マニエリスト=平岡正明」の像を容易に導き出すことができる、等々。

 その意味で、今後も平岡批評のウェルメイドな「教科書」として参照されることは疑いないものの、あくまで足掛かりとして乗り越えられるべき一冊である。権威化にはくれぐれも用心したい。標石はしばしば墓石になりかねない。おそらく「権威」と化すであろう本書へ階級闘争をかけるもう一冊が出ることで、平岡研究はさらに弁証法的に駆動していくと見る。

 (映画・音楽批評/翻訳家)