e-hon TOPへ戻る

紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

1949年創刊。硬派な人文書からホットなサブカルチャーまで紹介する週刊の書評新聞「図書新聞」とe-honのコラボ企画!

「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
取り上げる本や評者を厳選し、確かな見識で深く掘り下げた書評は「読み応えアリ」です!
「図書新聞」定期購読はこちら

 ◆ 3373号(10月27日発売号掲載)

われわれは野良猫と 目配せできたらそれでいい
離脱しちまいな

――アナーキーとは、徴候にひらかれた ケアの正義を生きること
トークイベント採録:白石嘉治×栗原康×五井健太郎

  ■9月13日、東京・新宿のカフェ・ラバンデリアにて、新教出版社が発行する雑誌「福音と世界」の連続トークセッション「統べるもの/叛くもの――統治とキリスト教の異同をめぐって」(模索舎・新教出版社共催)の二回目「自己・神・蜂起」が開催された。登壇者は白石嘉治氏、栗原康氏、五井健太郎氏。本稿はその採録である。(須藤巧・本紙編集)

 ■権力の土俵にのらないたたかいかた

 白石 雑誌「福音と世界 八月号」に「天皇のてまえと憲法のかなたで」というエッセーをよせました。天皇もいらないし、憲法もいらないと思っています。いずれも文明の所産にすぎない。文明はせいぜい一万年くらいで、人類はそれなしに十万年まえからやってきました。文明の「civilization」の「civi」は「国家」です。だから「civilization」は端的に「国家化」です。古代の律令はもとより、明治の「文明開化」も「国家化」です。この文明=国家のやり方は三つくらいしかありません。ひとつは「カミ」を中心にした統治を組織する。これが古代国家です。それが「ヒト」が中心になると近代国家です。そして産業革命以後の現代は、ときに「人新世(アントロポセン)」などといわれますが、そこでは「モノ」が中心になる。カミ、ヒト、モノ、世界には形而上学的にこの三つくらいしかありません。もちろん、カミが中心の統治の場合にも、ヒトやモノはあります。他も同様です。それぞれワントップ、ツーシャドーという感じでしょうか。

 『サピエンス全史』(河出書房新社)がベストセラーになりました。たいへんな時代です。同じ著者の『ホモ・デウス』(同)も最近でましたが、そこでは文明のモノによる統治を問うている。じっさいスマホ――モノ――が手ばなせない。とはいえ、カミやヒトであれ、あるいは現代のモノによる統治であれ、そこではたらいているのは、同じ文明=国家のアルゴリズム(演算の手順)であることに注意すべきです。つまり、法があって、取り締まりがあって、そして労働ないしプランテーションがあることにかわりはない。古代にはカミにもとづいた法があり、近代にはヒトにもとづいた法があるように、現代ではモノにもとづいた法があるのでしょう。法があって取り締まりがある。取り締まり方にもいろいろあります。礼儀作法も、警察も、常識もあります。その結果、労働「させられる」わけですが、それは古代の穀物の単作の強制であるプランテーションがもとになっている。だからオフィスや学校のかたちは、いまでも田畑のように方形なのでしょう(笑)。いずれにせよ、そうした〈法―取り締まり―プランテーション〉という文明=国家のアルゴリズムは、「表象」という環境のなかで作動します。ことばの意味が表象として固定されないと、法もそれにもとづく取り締まり、さらに労働の強制も機能しない。『ホモ・デウス』ではそうした文明=国家の作動環境としての表象が徹底されるさまを「データ教」とよんでいます。モノによる統治は、カミやヒトによる統治にくらべて細部にわたります。だから表象も「データ教」として徹底されなければならない。

 とはいえ、3・11でも明らかなように、そうした文明=国家のアルゴリズムそのものが限界に来ているように思われます。破綻を迎えている。個人的にはちょっとびっくりしています。ダメなことはわかっていたけど、まさかソ連みたいなでっかい国がなくなるとは、八〇年代には思っていませんでした。ツインタワーが崩れるとも思っていませんでした。原発も爆発するとは思っていなかった。だから、文明=国家のアルゴリズムがはたらく表象作用そのものに敵対していく必要がある。世界を、なにか紐づけられた「データ」として見るのではなくて、ある種の「徴候」として見ていく。そうした徴候に知覚をひらいていく。表象のつくりだす文明や国家のアルゴリズムの秩序にたいして、非対称的なかたちで生きていく。結論めいたことをいえば、それがアナーキーな正義です。『ホモ・デウス』がいうような「データ教」に乗らない。アナーキーとは、徴候にひらかれたケアの正義を生きることです。

 栗原 「福音と世界 一〇月号」では、「キリスト抹殺論――ナザレのイエスはアナキスト」を書きました。あっ、タイトルの「キリスト抹殺論」ですが、これはパクリです。大逆事件で殺された幸徳秋水のさいごの著作が、じつは『基督抹殺論』というんです。幸徳秋水がほんとうにすごいなとおもったのは大逆事件で死刑がきまったあと、死ぬまえになんとか一冊だすぞといって、ずっとかいていたのが『基督抹殺論』。死ぬ直前に、ずっと「キリストくたばれ、キリストくたばれ」って。ヤバいひとだとおもいます(笑)。なんでそういうことをいっているのか。もちろん理由があります。じつは幸徳は天皇制の権威を批判したかった。でも当時は、天皇制について書けなかったので、キリスト教の権威になぞらえたのではないかといわれています。ちなみに、『基督抹殺論』の内容はそんなにおもしろくありません。イエスは実在しなかったとひたすら書きまくっている。

 それでなのですが、ある友人にすすめられて、田川建三さんの『イエスという男』を読みました。すごくおもしろい本で、テーマは幸徳秋水がやろうとしていたことと一緒なのではないかとおもいました。田川さんは、イエスはいたといいます。しかし教会の権威として、聖人としてあがめたてまつられてしまっている。それはちがうぞということを、じっさいに福音書などを読みときながら紹介しています。それを読んでいると、「イエスはチンピラだわ」とおもいました(笑)。アナキストみたいです。

 さきほど、白石さんの話のなかで非対称性の話がでました。アナキストが権力や統治とたたかうときに、相手とおなじ土俵にのらないことがだいじなんだと。じつはイエスが当時の権威とたたかうときって、非対称性からはいっています。これは田川さんが書いていることですが、イエスが生きていたナザレはローマの植民地支配にあっていましたが、基本はユダヤ人がしきっていて、ユダヤ教の司祭などが巨大建築を建てて、そこで上納金を集めてて肥え太っている。これをディスっていくんですね。

 しかも、このときのディスりかたがおもしろい。キリスト教にくわしくないひとでも、かれらが「アーメン」ということばをつかうのは知っていますよね。たとえば「汝、姦淫をすることなかれ」といったら、さいごにみんなで「アーメン」。このアーメンは、「ごもっとも」とか「おっしゃるとおりです」という意味なんだそうです。ユダヤ教の司祭が民衆の前で説教をして、そのさいごにみんなにアーメンといわせる。これ、「自分がいっていることは権威にもとづいて正しいことなんだ」ということです。

 イエスがすごいのは、このアーメンのつかいかたを完全に変えていくことです。イエスは、さいしょから「アーメン、アーメン、アーーーメン!」とさけぶ。それから、「汝、敵を愛せ」といったりするので、語順が逆転します。これはなんなのか。田川さんは、権威にあらがう意味をこめているといっています。ぼくもそうおもいますが、アーメンが「ごもっとも」の意味なら、なにかしゃべる前から「ごもっとも! ごもっとも! アアッ、ごもっとも!」っていっているんですよね。ナメているとしかおもえない(笑)。説法やコミュニケーションの方式として、えらいひとがなにかしゃべったら、さいごに「ごもっとも」というのがあたりまえだったのを、しゃべりかたや表現の方法から、それをぶっこわしていく。しかも、ちょっと笑えるじゃないですか。そういうところから、権威を崩そうとしていたのがイエスだったのではないかとおもいます。

 あと、イエスの労働のとらえかたもおもしろい。いろいろ権力者にケチをつけていたら、仕事がもらえなくなります。きっと、「食えなくなるのではないか」という不安がまわりにもでてきたのでしょう。そういうときにイエスは、「貧しき者は幸いなり」といったりします。この発言は、一見すると植民地支配や奴隷制を肯定しているようにみえますが、イエスの根っこには労働そのものがおかしいという発想があるんですね。そこから考えてみると話が変わってくる。じつは、イエスの師匠、ヨハネもゴロツキでして(笑)。ふだん街にいません。ずっと野原にいて、仕事なんていっさいしない。ではどうやって食べていたのか。とりあえずイナゴを食べる(笑)。カネがなくても、労働をしなくても、野原にでればいくらでもイナゴがいる。イエスもその影響を受けていたはずですよね。いざとなったらイナゴでもいける。労働の支配を断ち切って、そこから逃れていく。当時は田畑から逃散する農民がたくさんいました。そういう生きかたを肯定するのが「貧しき者は幸いなり」。これも権力の土俵にのらないたたかいかたです。

 それからもうひとつ、イエスは地主に苦しめられていた農民からも相談を受ける。農民は一揆を考えてますが、イエスは反対します。農民はこういいます。わたしたちはもう耐えきれない。地主のつかいがやってきたらぶっ殺しますと。イエスが「次のつかいが来たらどうするんですか?」ときくと、農民たちは「次も殺します」。「その次は?」「また殺します」。ぼくからすると、そこで「いけー!」とイエスにいってほしいところなのですが(笑)、しかしイエスはそれじゃダメなんだといいます。なぜか。むこうは軍隊をつれてくるので、おなじ土俵にのったらぜったいに負けると。もし本気で地主に勝つことをかんがえるんだったら、こっちも軍隊にならなければいけない。そうすると地主とおなじようになってしまいます。じぶんが主人になってしまうと。イエスがよくいっているのは、ぜったいに主人になってはいけない、それなら奴隷のほうがまだマシだと。……奴隷もイヤですけどね(笑)。

 ではどうしたらいいのか。イエスはいいます。地主の家には帳簿がある。夜な夜なしのびこんで、帳簿を勝手に書きかえろ、と。五〇〇万円の借金があるとしたら、それをゼロ円にするとバレるから、とりあえず三五〇万円くらいに書きかえてみる。そうやって、ちょっとずつ負債を減らしていく。そういうことをイエスがいえるということは、まわりがぜったいにやっていますからね(笑)。イエスの聖人像をとりのぞいて、福音書のおもしろいところをとりだして読んでみると、イエスのなかにアナーキーなものがみえてきます。そして、そう考えてみるイエスもあんがい、ぼくらとあまり変わらないのかもしれません。「おれ、イエス!」「わたし、イエス!」、「ミー、トゥー!」みたいな(笑)。

 2ページ以降はこちら

「閉塞」の正体をさがす

――歴史と同じく、美術とは、メディアとは、出版とはなにかといった本質や本分がいま問われている
評者:増田幸弘

 ■「閉塞」という言葉で時代が語られだしたのは、二〇〇〇年前後のことだった、と記憶している。バブル崩壊にはじまる「失われた一〇年」のなか、なにをしてもうまくいかない手詰まり感から、経済ばかりか、政治も社会も人間関係もぎくしゃくしはじめ、少なからぬ人が「生きにくさ」を感じ、口にするようになった。

 アライは保育所、祭り、図書館、美術館、大学、公民館など、さざまなまな「社会」にあるNGを丹念に探りながら、「閉塞」の正体をさがしていく。「自由を阻害するものの姿は一様ではない。検閲、規制、妨げ、縛り、自粛、監視、圧力、強制とさまざまな姿を見せているが、これをNGと一括」するとして、「NGを探ることは、この時代の社会の本質を探ることにつながる」と考えてのことだ。

 きっかけのひとつにアライがあげるのが、一九九六年一〇月に発表された「全国の戦争博物館に関する調査報告書」である。長崎原爆資料館に展示された南京大虐殺の関連資料に関して「真偽性への疑問」が発端となり、橋本龍太郎首相(当時)の指示でおこなわれたものだった。歴史と「閉塞」は一見関係ないように思えるが、過去の出来事に対して「あった」「なかった」と論争し合えば行き詰まるのは当然だろう。そのなかで「論争を避けようとする事なかれ主義、上部機関への忖度やおもねりといった繊弱さもまた現状の背景にはあるだろう」とアライは看破する。

 南京大虐殺であれ、従軍慰安婦であれ、関わった兵士が「記憶」を証言しているにもかかわらず、公的な「記録」がないので「なかった」とされる。いかんせん「記録」は敗戦が決まるとすぐ、国や軍がことごとく焼却処分してしまった(「記録」を国が改竄するプロセスはいま、国民が注視するなか、森友学園に関する公文書で平然とリアルタイムに進行中だ)。展示施設や歴史家に「論争と干渉に受けて立ち、抗する体力と気概」が求められているにもかかわらず、肝心の歴史家たちが変節し、転向していき、さらに事態はねじ曲がっていく。

 「負の歴史の排除」の象徴として立ち現れたのが国旗と国歌だとアライは考え、大学の自律性を揺るがしたとする。二〇〇六年の教育基本法改正で主語が「われら」から「我々日本国民」に置き換わるなど、言葉一つひとつを積み重ね、少しずつ国家主義へ傾斜しながら今日に至る。いまにはじまったことではなく、もはや戻れなくなってきている。

 アライが専門とする美術批評の立場からは、美術館関係者にインタビューした言葉が紹介される。神奈川県立美術館館長の水沢勉さんからは「公立の美術館は役所という組織の中にありますから、アーティストにフリーハンドでやってくれては成立しません」との言葉を引きだしている。これに対して宇都宮美術館の元館長・谷新さんは「今は作家にしても美術館の価値判断に迎合してしまっているようにも感じられます。美術館も作家も自己規制が過ぎる」と言う。

 厄介なことに、美術館という空間が公的なものであることで、批判的な作品は展示を拒否されたり、修正を要求されたりする事例が相次ぐ。つまり歴史と同じく、美術とはなにか、メディアとはなにか、出版とはなにかといった本質や本分がいま問われているのだが、そこはあえて避け、聞いてはいけないこととしてタブー視する。そこにNG社会の閉塞感は見て取れる。黙ってろ、ということだ。

 (フリー記者、在スロヴァキア)

    • 『モンブラン』
    • ファビオ・ヴィスコリオージ/著 大林薫/訳
    • エディション・エフ

「謎」を詰め込んだ「スーツケース」

――両親の「墓碑銘」というべき「文学的な記録」
評者:越川芳明

 ■作家自身を襲ったある出来事が小説の題材になっている。そういう意味では、「ミニマルな宇宙」を書いていると見えなくもない。

 語り手の「僕」は、三十一歳のときに突然、両親を失くしてしまう。フランスとイタリアの国境に位置する「モンブラン」のトンネル内で、火災事故に巻き込まれたらしい。

 突然、「孤児」になってしまった「僕」は、両親を巻き込んだトンネル事故を追いかける。何の前触れもなく悲劇はやってきたように感じられるが、果たしてその前兆がなかったのかどうか? 事故当日(一九九九年三月二十四日)のテレビニュースの映像はもちろん、三十九名の死者を出すことになった事故に関するデータを片っ端から集め始める。その資料ファイルは、なんと六十五巻に、資料ナンバーは4559にまで膨れあがる。だが、事件の真相は「探偵小説のように謎めいた展開」を見せていく。

 「僕」は、十年間、トンネル事故の真相を探求した結果、ある意味で両親の「墓碑銘」というべき「文学的な記録」を残す。それが本書である。「文学的な」と称するわけは、そのエクリチュールにある。

 この「記録」はいくつもの短い断章をつなぎあわせたものだが、一つ一つの断章にはいろいろな「謎」が埋め込まれている。たとえば、両親の葬儀は地域の教会で行われるが、そこで流れるBGMは「僕」がダビングしておいたジャンゴ・ラインハルトの「雲」という曲だったという。ジャンゴ・ラインハルトといえば、知る人ぞ知るジプシーギターの名手である。だが、なぜそのスウィングするジプシージャズを葬儀の曲に選んだのだろうか。「僕」はまるで事実をシンプルに告げただけだというかのように、何の説明も加えない。「僕」が両親の悲劇にまつわる「謎」を追求するように、読者も小説に埋め込まれたいくつもの「謎」について考えざるをえない。

 「人は特殊な状況に置かれると、実際にはなんの関係のないもの同士に相関関係を見出して解釈したくなるようだ」とあるように、やがて「僕」は何を見ても「モンブラン」の事故と結びつけて考えてしまう。「僕」は「モンブラン」に呪縛され、パラノイア(偏執症)患者みたいに、「実際、モンブランはどこでも僕についてきた」と記すまでになる。

 さらに、事件の「謎」を追求しているうちに、「僕」はメランコリーに陥る。胸部に痛みを覚えて、循環器内科の診療所を訪れる。そんな場違いな場所で、まともな診断をしてもらえることもなく、「僕」は自分の失望を描く代わりに、診察室にかかっている絵画にさりげなく触れるだけだ。「医師の左側にはヴァザルリのポスター、反対側にはマティスの複製画――ちなみにそれは画家一九〇四年に発表したエポックメーキング的作品『豪奢、静寂、逸楽』だった――がかかっていた」と。

 ここにも「謎」が埋め込まれている。ヴァザルリのポスターとマティスの絵画である。評者が少しだけやってみた「謎解き」によれば、ヴァザルリは一九三〇年代に幾何学的な抽象性を追求したハンガリー系フランス人のアーティスト。六〇年代にアメリカで「オプアートの先駆者」として見出されている。理知的な計算にもとづき、錯視効果をもたらす抽象画に特徴があるようだ。一方、マティスの作品は「野獣派」の出発点とも言われるものだが、一九〇四年に南フランスの保養地コート・ダジュールで製作されている。太陽が燦々と輝く海岸リゾートで楽しむ人々を多彩な原色で描いている。ついでに言えば、その絵画のタイトルは、ボードレールの『悪の華』の一節「旅への誘い」から取られているらしいが、ボードレールは「かの国にては、ものみなは秩序と美、豪奢、静けさ、はた快楽」(堀口大學訳)と書いたが、マティスは最後の部分だけを「引用」して、なぜか「秩序と美」は排除している。それはさらに追求すべき「謎」だ。いずれにしても、診療所に飾ってあった二つのアート作品は、「僕」の暗く混乱した内面のメランコリーとは正反対な世界を表現していると言えそうだ。

 そんなメランコリーを癒してくれるのは、文学にほかならない。というのも、「僕」に言わせれば、真に優れた文学は現実の相反する二面性を映し出し、多義的な解釈を許すからで、それによって自分を見つめ直す機会が得られるからだ。

 「僕」のお気に入りの文学作品は多国籍にわたっている。ボルヘス、ジョルジュ・ペレック、レーモン・ルーセル、ルイス・キャロル、カフカ、ペソア、ポー、ジャック・ロンドン、ジャック・ケルアック、フィッツジェラルド、小林一茶など……。

 中でも、注目すべきはスペインの作家エンリーケ・ビラ=マタスであり、その名前は二度登場する。「持ち運びができるスーツケースのように作品を軽量化するというアイディア」こそ、ビラ=マタスが「大切にした精神」だと述べる。いうまでもなく、ビラ=マタスは『ポータブル文学小史』(一九八五年)で、マルセル・デュシャン、マン・レイ、ベンヤミンなどを「ポータブルなもの」を偏愛した作家として取りあげている。

 ファビオ・ヴィスコリオージの「小宇宙」を扱った、この小ぶりな作品は、いわば「ポータブル性」を追求した「スーツケース」のような小説の実践例なのだ。

 「スーツケース」の中に詰め込まれた「謎」は、音楽や文学、芸術、映画、スポーツなどにまつわる固有名詞だが、それらは「僕」の哲学(「小説同様、人生にはつねに笑いと涙が混在する」)を暗示するようになっている。しかも、評者が一部の箇所で試しにしてみたように、それらの「謎」をリンク機能でデジタル的に追いかけていけば、果てしなく大きな世界を旅することができる。一個のスーツケースを持って大きな宇宙を旅するのは、読者なのだ。

 (明治大学教授/アメリカ文学)