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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

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 ◆ 3384号(1月19日発売号掲載)

異議申し立ての足跡

われわれにとって「国家」とは何であり、「暴力」とは何であるかが突き詰めて考えられている
評者:海老坂武

  ■一九六八年が歴史の中の特別な一年として記憶されるのは、いうまでもなくフランスの「五月革命」のためである。それが革命の名に値するかどうかは別にして、一ヶ月以上にわたってドゴール政権をゆるがせたこの運動あるいは祭典が、当時の世界の若者たちの感受性や気分と共振しながら、これを集約していたことに間違いはない。そしてその後のフランス社会を大きく変えたことも確かである。

 この運動はじっさい様々な新しい言葉を生み出したが、その核心にある部分、「五月」全体に通底する精神をあえて一言で示すなら、権力、権威、差別、不正,制度検閲に対する「異議申し立て」ということになろうか。そしてその世界史的背景としては、アメリカの不当な介入に対するベトナム人の抵抗―異議申し立てがあったことも忘れたくない。

 この時代、日本の若者は何を考え、何をしていたか。日本における「異議申し立て」は何をめぐってどのようになされていたか。五十年目の区切りということであろうか、二〇一八年、六八年ものが何冊か出版されている。しかし鈴木道彦の『私の一九六八年』は回顧談でもなく歴史的アプローチでもなく、一九六八年に、より正確には一九六七年から六九年にかけて彼自身が何を考えていたか、何をしていたか、序言とあとがきをのぞけばその時点での思考と行動の軌跡、文字通り異議申し立ての足跡である。ここに収められた諸論文はその時代に書かれたもので、私自身は今回再読ということになる。

 この書の中で鈴木が考察の対象としたのは、羽田闘争における山﨑博昭の死(六七年十月八日)とこれをめぐる新聞報道のいい加減さであり、アメリカ人脱走兵の支援(六七年十月)であり、彼自身が現場に居合わせたフランスの「五月革命」であり、第三世界の思想家となった「開化民」フランツ・ファノンであり、ファノンが参加し彼自身もかつてかかわったアルジェリア革命であり、日本の中の「開化民」、小松川事件の李珍宇であり、やくざを殺した後に寸又峡にこもった金嬉老であり、彼自身が取り組んだ金嬉老裁判である。

 このように書きぬいただけで、この時代に鈴木が取り組んできたテーマ、そしてその姿勢が一貫していることが読み取れるであろう。それを一言で言うなら「国家」であり「暴力」である。われわれにとって「国家」とは何であり、「暴力」とは何であるかが突き詰めて考えられている。

 冒頭に置かれた「事実とは何か」、「一〇・八羽田闘争と山﨑博昭の死」(竹内芳郎と共同執筆)、「民主主義のなかの暴力」を読んでみよう。山﨑の死を学生たちの運転する車による轢殺として報道した朝日新聞の報道の根拠が何かを徹底的に問いただし、当時の社会部長などによる黙殺、隠蔽姿勢を小気味好く暴き出している。

 と同時に、「暴徒」非難の大合唱に対する異議申し立てがある。何が「暴徒」を生み出したか、何がデモ隊を「暴徒」に変えるか、と。「事実を知る権利を読者から奪い取り、自由勝手に〈世論〉を作り上げる」マスコミ、「言論の可能性を巧妙に封殺しておいて〈民主主義〉を盛んにふりまわす国家・マスコミ・御用知識人」、彼らの「暴力」こそ学生を暴徒に変え、由比忠之進を焼身自殺に追い込んだものではないか、と。

 国家の暴力は単に街頭において行使されたり、マスコミを通して言論の中に浸透してくるだけではない。「日本のなかの第三世界」の章では、李珍宇と金嬉老という在日朝鮮人の「犯罪」について考察しながら、植民地化という国家の暴力がいかにして被抑圧者の人格の内部に浸透したか、そのときこの暴力に対して人間に残された抵抗の可能性――主体的選択とは何かについての深い理解を示す。と同時に、国家を構成する一員として、日本人自身の共犯性にどう向き合うかを問い詰める。

 鈴木の初発にあるのは怒りである。若き鈴木道彦は怒れる人である。しかし同時に冷静な論理の人でもある。この二つを兼ね備えた時代批判の言説が何と少なくなったことか。

 最後に一言。あれから五十年、国家の暴力はとてつもなく肥大し、メディアへの浸透もただならぬものを感じる。一例を挙げるなら、北朝鮮に生存しているとされる拉致被害者が本当にまだ生存しているのかいないのか、その疑問すら表明できないとはどういうことか。国民すべてがだまされているのかもしれないではないか。朝日新聞ではこのところ過去の記事についての検証があれこれおこなわれているようだが、心ある記者がいるのなら、せめて山﨑博昭の死についての報道も是非検証していただきたい。

 (フランス文学者)

「地域学」の閉域を超えた、「関西」の持つ多義性

――大阪に見られる「泥臭さ」から、神戸のモダニズムまで
評者:中山弘明

 ■「代書」という抱腹絶倒な上方落語がある。本書が扱う戦間期(一九二〇・三〇年代)、先代の桂米團治が創作した新作物だが、桂枝雀が得意とし、立川談志もしばしば演じたから、今では広く知られていよう。代書屋を今日言うところの「行政書士」などと翻訳してはそもそもぶちこわしだ。履歴書が書けない「無筆」の男が代書屋を訪れ、わけのわからない「履歴」をまくし立てて「履歴書」という制度を破綻させてパニックになる噺である。この男、そもそも生年月日からして怪しく、履歴に「女郎買い」に行った日付を書き込ませるわ、職歴に「ヘリドメ」なる「下駄の減り止め」の露天商を書き込ませるや、「河太郎(がたろ)」なる廃物回収業を持ち出すやら、いかにも「上方」の臭いが立ち籠めるようなやりとりが、江戸者にもおおいにウケる。むろん演者によって様々なバリエーションがあるわけだが、先の談志は、次々に代書屋を訪れ困らせる人物達の中に、本国から来日する妹のために「渡航証明」をはじめとした幾通もの「証明書」を書き連ねさせる「朝鮮人」を登場させ、代書屋をさらに黒いユーモアの中に落とし込んでいく。「渡航証明」とは今日言う「犯罪経歴証明書」のことで、その言葉だけで、充分な政治性を含んでいることは言うまでもない。「松島」や「飛田」の地名も平然と飛び出す。先の「河太郎」にしろ、東京生まれの私は、小学生時代、これらを聞いてただ呆然とするばかりで、しかしまさに全てが崩壊していくような、この噺の言わば地縁感覚に、粋やいなせを身上とする江戸落語にない不思議な痛快さを感じたものだ。

 余談に紙幅をとられたが、本書の面白味の一つも、言わば行政がらみの昨今の「地域学」の閉域を超えた、こうした「関西」の持つ多義性にあることは自明であろう。いくつかそのポイントを拾っていくだけで、「〈異〉なる関西」の意味は分かる。青森出身の映画人川島雄三と生粋の上方物を多く書いた織田作之助の不思議な交流の中に、言わば大阪のシンボル「通天閣」のイメージを破綻させていく契機を読み取る論。同じく織田と直木三十五の明治の政商「五代友厚」の表象を辿る論考など。それは三〇年代の大阪人への一つの反措定たりうるとも言われる。また作家黒川創の小説『京都』にいたる地縁と歴史を貫流するもの。そして金達寿の「屑屋」をめぐる思い出や、福岡弘彬の「ボロ、くず、ゴミ溜まりの街、京都」のコラムなどは、さながら先の「代書」のイメージとも交差し、ゴミ屑に取り巻かれた作家坂口安吾の有名なポートレートともだぶる。二章でも、大阪、熊野、神戸というトポスに蝟集する人とメディアの交差を辿っている。特に「蘇鉄地獄」という沖縄の経済危機により全国に越境していった人々が、雑誌『同胞』によってつながるプロセスは、単に散在する関西沖縄人の同胞意識を超えて、様々に国境を越えた人々とも交差していく。それは、一つ間違えば、大逆事件の怨嗟の歴史とも通底し、恐怖や憎しみともリンクする。しかし、ここでも例えば雑誌から見て取れるのは、方法としての「小咄」である。「笑い」を通じて差別された者同士が集合し、現実がそれぞれの相互に読み替えられていくのである。

 二章と三章以降をリンクするのは、「神戸労働運動」の結節点となる関西学院という場である。三章から神戸に視点が変わると、自ずと問題は大阪に見られた「泥臭さ」を払拭するようにモダニズムがせり上がってくる。言わば当然の転回だが、杣谷英紀のこうした、賀川豊彦と神戸の労働運動史の視点が、「異国都市、エキゾチシズム神戸」とは一風違った「労働都市」の側面を浮上させ、二章と三章にある溝を埋めている。港湾都市に労働運動が潜在するのはむしろ当然である。賀川のサンジカリズムは関東ではむしろ違和感を持って迎えられたが、神戸の労働運動は賀川によって、関東の帝大新人会や友愛会と結びつけたと言う。それが関西学院などの場であったわけだ。

 三章以降は神戸に焦点を移すことで、モダニズムが大きく浮上してくる。様々な同人雑誌、映画、建築の問題である。大橋毅彦の論考の中に写真家中山岩太の名が出てくる。むろん神戸は、ハナヤ勘兵衛らとともに芦屋カメラクラブや浪華写真倶楽部が結成されたことでも著名である。安井仲治の「曲馬団シリーズ」や一連の「流氓ユダヤ」の連作は、祖国を追われ難民と化した人々が一時亡命の地として神戸を選んだ史的意義を今日留める傑作である。私は、中山岩太のフォトモンタージュの手法の中に、人と土地を結びつけモンタージュしていく「神戸」という地の意義を感じた。洋画団体コルボーにおける未来派と小唄の関わりも興味深い。それは神戸がロシア未来派の父、D・ブルリュークの来日の地であることを考える時、日本の実験的な芸術手法は、神戸に育まれた小粋な洒落の感覚と深く結びついていることを知ることになるからである。島村健司は「郷土性」を欠くがゆえに、神戸は、敢えて「郷土芸術」と共振することを求めたとするのである。

 また横溝正史の土地との線を見ていくとき、それはすぐに岡山に結びつくのは自明だが、神戸もまた大きなミステリーの結節点であることに気づく。山口直孝の指摘する初期作品以外にも『悪魔の手毬唄』や『悪魔が来りて笛を吹く』のような著名な戦後作品でも、青池源治郎は神戸で活弁をしていたし、新宮家の秘密を隠す地が須磨であることはよく知られている。だから金田一は小説の勘所で神戸に急行するのである。

 四章が「散種されるモダニズム」と命名されるように、百貨店、銀行、劇場、ホテル、病院といった近代的な建築物はみなモダニズムの産物であり、それは文学に様々のドラマの場を提供し、多くの言説の中で語られてきた。それは内地、外地に留まらない。谷崎をはじめとするテクスト群はそれを一つの建物を超えた一種の表象として描いたわけである。そしてその煌びやかな建築群のすぐそばをどぶ川が流れ、そして遠くない場所には「河太郎」がいた。このパースペクティブは、確かに現在と隣接した風景であることを本書は教えてくれている。

 (徳島文理大学教授)

文学的想像力が世界をつくる

――沖縄を生きるために
評者:大野光明

 ■2018年12月14日、沖縄県名護市辺野古の海に、新たな米軍基地をつくるための土砂が投入された。その光景をパソコンの画面でみてしまったとき、いのちが埋められていくのだと感じた。

 埋められているのは何だろうか。海のなかの生き物だけではない。基地建設を許さないと訴えつづけてきた人びとの声あるいは存在や尊厳自体が埋められようとしている。また、それらの人びとが連なろうとしてきた沖縄やアジアの民衆たちの近現代の歴史も埋められようとしているのではないか。あるいは、沖縄に駐留する軍隊が送られた土地で奪われ、傷つけられてきた無数のいのちもその連なりのなかにあるだろう。沖縄に連なるいのちが、この瞬間も埋められている。その連なりのなかにある私自身もまた、埋められていくのだ。苦しく、悔しく、耐え難く、怒りで身体が燃えそうになる。

 この暴挙と愚行を目にするなか、本書を何度となく手に取り、読み、励まされた。国家や軍隊が埋めようとしても決して完遂できない歴史的な水脈と私たちの自律性が、静かに、いきいきと、魅力的につづられている。それは普遍的で領域やテーマを横断する、真に文学的な想像力によるものだ。誰もが傷ついているいま、基地・軍隊に根源的な形で抵抗するために、何度でも読まれるべき本だと思う。

 だが、本書は読者による安易な消費を拒む。書店に並ぶ政治や基地問題に関する流行りの本とは異なるのだ。たとえば、本書は沖縄における米軍基地の過重「負担」を指摘し、日本国民による平等な「負担」を訴えるものではない。また、「沖縄の基地問題」を考え、日本の対米従属状態を指摘し、主権の奪還を求める本でもない。本書は、これらの議論が「現実的」な「代案」なるものを打ち出すのを競い、既存の国家間関係の枠組みにとどまり、それを維持・強化してしまうと批判する。

 これに対し、新城は、沖縄を生き、語り、書くということが、国家や軍隊によって与えられた枠組みと前提において考えることではなく、その外側へと積極的に離脱していく営みでありつづけてきたと主張する。沖縄とは、未然形として生きられ、獲得すべき未来としてあるのだ。

 未然形の沖縄は、人と人、思想と思想、運動と運動の連なりや結び目において生成するという。この点について、最も印象的な文章の一つは「第5章 消化しえないものの体内化をめぐって――晩年の岡本恵徳を読む」であった。ここで新城は岡本恵徳による「スローフード」(『沖縄タイムス』2003年1月13日)というエッセイをとりあげる。このエッセイで岡本は、ある少年がマクドナルドを「肥満の原因となる食事をさせた」として訴えた裁判で、「本人の責任」であるとしマクドナルド側が勝訴したことを報じる新聞記事に注目していた。新城は、岡本が記事を通して「少年たちの『助けてくれ』という悲鳴」を聞きとってしまう点に着目する。そして、そもそも「悲鳴とはなんだろうか」と問い、こう考察する。「人が悲鳴を発するとき、その声はもはやその人の意識の領有のもとにないだろうし、他者の悲鳴を悲鳴として聞いてしまった者にとっても悲鳴を自分の心身と完全に切離することは難しく、その声は反復されてしまうことになるのではないか」と。そして、「他者の悲鳴を聞いた者は、それを、聞いたことのない自身の内部からの不測の反響として受け取るのかもしれない」。だから、悲鳴とは「その音声を発する主体そしてその音を聞く主体のいずれにも属さず、主体による意味づけを超え主体を外にさらす」(81頁)。悲鳴は発せられたあと、誰によっても領有されず、人びとの反響のなかに存在するようになる。

 沖縄が「連なるというかたちで生きられている」との新城の主張は、このような「悲鳴」のありように凝縮される(259頁)。沖縄はさまざまな人びとの心身と共鳴する形であらわれる。そして、悲鳴が反響として広がっていくように、沖縄もまた「私(たち)」を生成し、「私の心身の枠組みの再組織化」を進めていく(86頁)。沖縄を、誰かによって領有・所有される実体としてではなく、関係のなかで、また関係をつくりかえながら、生きられるものとしてとらえる――そのようなラディカルな存在論が提起されていた。たとえば、世界各地の難民の歴史のなかに沖縄をみることができる(「第3章 沖縄が召喚する難民の世界史――アンゲロプロス『エレニの旅』」)。あるいは、大学卒業後に「貧困や性差別あるいは強いられた孤独や深い疲れを生きていく」学生たちの「困難」を基地問題とつなげて考えることもできる(「分母を疑うこと」、176頁)。

 本書によって私は自身の経験をふりかえることになった。評者は辺野古や高江での座り込みに参加しつつ、自らの住む京都で、その北部の京丹後市丹後町宇川で進む米軍基地の新設と自衛隊基地の拡大と機能強化に向き合う数年を過ごしてきた。京都市内と宇川は車で約3時間の距離にある。日米両政府によって米軍基地建設計画が発表されてから、何度も、一人で、あるいは、仲間たちと車を乗り合わせ、行き来した。建設工事の進むゲート前に反対の意思を示すプラカードを掲げて立ち、用地提供を拒んだ地権者の土地で野菜や果樹を植え育て、基地近くの田んぼで取れたもち米を使ってゲートの目の前でもちつきをした。基地のなかに、沖縄のYナンバーをつけた車両が停まっているのを目にしたこともある。宇川に身を置くとき、辺野古や高江の光景と出来事、見聞きしたことが浮かび上がってくる。どのように基地の前でふるまうか、抵抗とはどのようなことか、非暴力とは何か――現場で問われ試行錯誤するとき、沖縄はふっと立ちあらわれた。

 新城は辺野古・高江での座り込みに参加する人びとの移動に着目し、次のように述べている。「みんなで乗り物を共有して移動するというこの運動は、無数の生成の過程で必然的に集団性を帯びる。誰かと乗り合って数時間を共にすること自体が、たとえば那覇と辺野古と高江という空間を繋ぐ移動のなかで始まるのである。島そのものが移動のなかで動きはじめている。この人の移動は、これまで沖縄のなかにいながら共在性を切断されていた人たちの生の連続性と交通性の回復を可能としている」(152頁)。運動の豊かさや広がりを見事にとらえるこの希有な視点をふまえれば、那覇と辺野古・高江をつなぐ移動の経路のそのさらに先と外にも、人びとが無数の移動の経路と交通をつくり、経験していることに気づく。集っては別れ、ふたたび出会う。そのつながりは広い。そして、その共在性は国家と軍隊がつくるものとは異なる世界を、自律的に編み出してきた。

 その一方で、本書の座り込みに関する魅力的な叙述や記録を読みながら、少なからぬ違和感ももった。たとえば、ときに、運動現場における男性中心主義や性別役割分業が批判されてきた。現場ではハラスメントや深刻な性暴力も起きる。個々のケースの「解決」とそれにとどまらない問題提起をしようにも、それが困難となる場面を、評者は見たり聞いたりしてきた。運動現場が切迫すればするほど、そこで感じた違和感は言語化しにくく、議論することも難しい。本書が魅力的に運動を叙述することで、沈黙を抱えることになる人もいるかもしれない。現実に起きてきた困難もあわせて共に考え議論したいと思った。

 本書の別の特徴は、既存の沖縄に関する言説の争点を明瞭に浮かび上がらせている点である。たとえば、新城は、基地の県外移設論=「本土」引き取り論を批判する。その提唱者たちが「移設」という日米両政府によって与えられた用語と言説構造を引き受けてしまい、基地・軍隊を面積や数字の問題として切り縮め、その暴力の作用と機能をとらえることに失敗していること。また、世界的規模で進行する米軍再編プロセスと米国のヘゲモニーを批判的に問えず、下からその動きを支えてしまうこと。皆が「代案」なるものを語ることに前のめりになるなか、言ってはならぬことを控えるという積極的な消極性の大切さを感じる。

 また、琉球独立論についての批判も厳しく展開されている。新城は、独立論のなかの〈国家からの独立〉とは異なる、〈国家としての独立〉へと向かう流れに注意を払う。そして、いかなる国家も常に排外主義や異性愛主義、人びとの支配と権力の行使がともなう点にたちかえり、独立論が批判される。自己決定権をとなえるとき、その自己とはなにか、どのようであるかを絶えず批判的に検証すべきだという。沖縄への内在的批判を決して緩めない姿勢がここに貫かれている。

 評者は本書を日本のリベラルを自称・他称する知識人や研究者、活動家たちの言説とつきあわせる必要もあると考える。リベラル派は、安倍政権打倒のスローガンのもと、天皇の「お言葉」を礼賛しつつ、沖縄を反安倍の象徴としてとらえ、対米従属からの脱却と国家主権の奪還を主張する。沖縄は都合よく外在的に実体化され、横領されている。私たちはこれらの言説と距離をとり、ナショナルな枠組みや前提の向こう側へと連れ出される勇気と辛抱強さをもつべきではないか。

 新城はこう述べている。「来たるべき政治とは何か。それは、国家の論理を留保なく拒否する政治である。それは、国家を前提として国家を考えることを一切やめ、国家に拠らない生存の道を、無条件の連帯のなかでいつでもどこでも模索していく営みである」(210頁)。この言葉を、私たちの議論と実践の出発点に据えたい。

 辺野古が埋められていくいま、私は悲鳴を感受しているだろうか。その悲鳴に共鳴する自らの声に気づいているだろうか。そして、沖縄に連なる私たちをどのように想像・創造できるだろうか。これらの問いから、来るべき世界をつくりだしていこう。

 (歴史社会学、社会運動史研究)